公開資料 bP0「学校教育相談の意義と役割」(諸富祥彦先生)

1.文化の変遷で子供理解を
・10数年前までは学校教育相談はそれほど必要なかった。カウンセリングの勉強をする先生は趣味と思われていたくらいである。そして,そうした先生方は学校内で浮いてしまったケースが多かった。ところが最近はカウンセリングの勉強が必要になってきた。今までの指導では通用しなくなったからである。いろいろな意味で子どもが変化してきた。しかし,全く変わったというのではない。個別に話すとそうでもない。ただ,病理の重い子供は増えてきている。顔がきれいで病理の重い子供が増えている。昔と違うのは,集団になったときである。
・児童,生徒の理解はとても大事である。その子自体を理解するのはもちろんだが,その子たちがどんな文化の中に育ってきているのか,どんな空気を吸って育ってきているのかを考えることも大切なことである。現代の子供たちは皆から外れたくないという心理が第一に働く。そうした心理をどこで学ぶかといえば,日頃かかわる文化に学び,自分を合わせていくのである。

  <昭和53年以前> まじめ,ガンバリズム,高度成長時代,巨人の星,
            アタックbP,吉永小百合,山口百恵世代

  <昭和53年〜平成3,4年> 自己中心主義,自己実現の時代,
            SF漫画,松田聖子世代,

  <平成3,4年以降> 脱力主義,むなしさの時代,稲中卓球部,
            パフィー,宇多田ヒカル世代

・その時代の漫画や芸能人を見ても,空気が違う。今の子供たちを理解するには,同じ空気を吸ってみるのが一番いい。テレビの「ヘイ,ヘイ,ヘイ」や漫画の稲中卓球部などを見ればいい。頭が痛くなるだろうが,我慢して見れば,今の子供たちの気持ちが少しわかるだろう。
・昭和53年以前は,皆,貧乏だった時代。外国に追いつけ追いこせの目標で,根性,忍耐がはやり,やっと実現したあかつきには感動があった。車を買う,海外旅行に行くなどの目標がある人など,ものが輝いていた時代であり,心もまた輝いていた時代。手に入れたい目標が生き甲斐やがんばりがいにつながっていた。はじめから「守りの人生」。
・今の子供たちはすでに多くのものが手に入る時代に生きている。すでに手の中にあるものを維持する時代であり,それでは気合いが入らない。頑張れば輝く人生が手に入るというものでもないので,生きる意味を実感できないのである。それで,勉強に力が入らないし,ちょっとした無理に耐えられない。定職に就けなくてもフリーターでいい。楽にやっていても現状維持ができるならそれ以上は無理をしたくないという生き方である。
・漫画も音楽も昔とテンポが違う。今は生活のテンポがアップしているため,ゆったりした時間があっても時間を無駄遣いしているような感覚に陥り,ゆったりできない。いつも何かにせかされている感じで,ストレスがたまる。刺激の強さも現代の特徴。テレビでも音楽でも刺激が非常に強い。子供たちも日常がそうであるので,常に強い刺激の中にいないと落ち着かない。40分授業に静かに参加できないのはこうした理由もあるだろう。
・総合的な学習の時間に大きな期待が寄せられているが,両刃の剣ともなり得る。体験を重視する学習は子供たちに受け入れられるだろう。しかし,逆に,普通の授業にはますます参加できなくなる子供を育ててしまう懸念もある。
・子供の心,脳の発達には何かにとりつかれたように熱中してぼうっと見つめるような機会が必要である。シュタイナー教育などでは,大根を切るにも一つ一つ心を込めて切るような教え方をするという。我々大人は子供たちのそうした機会を奪い去っているのではないか。
・昭和53年は一つのターニングポイント。人々が豊かさを実感し始めた時代。時代が自己中心になり,快楽志向になっていく。学校の中でも人気のある子供像が変わっていくポイント。以前はスポーツ万能,勉強できる子供が人気,以後はおもしろい子供が人気者になる。芸能人のダウンタウンが人気があるのはまさにそう。笑いのパターンは相手をからかっている。あの感覚がいじめにもつながっていく。
・今,29歳から41歳くらいの大人は「新人類」と言われ,親に大事に育てられ,自己中心,わがままに育ってきた世代である。この大人が親となり,子供たちが学級崩壊を引き起こしている。

2.子供と向き合えない親のタイプ
・子育てにおいて,子供と向き合えない親の3タイプ
  @支配型〜親の理想通りにしようとする。
  A家来型〜子供の言いなり。
  B放任型〜どうにもならず,かまわない。
・3歳頃の子供がわがままな時期に大人がどう対応するかで,子供は大人への対応を学ぶ。子供が大変だとつい物を与えたり,何でも言いなったりすると,子供は「大人って自分の言いなりになるんだなぁ」と思ってしまう。親にそのようにしつけられた子供は学校の先生に対しても同じ対応を求めるようになる。

3.親とどう接したらいいのか
・問題行動を起こす子供は家庭的にも問題を抱えている場合が多い。「あんな親じゃ何やってもダメだ。親がやらないのにどうして俺がやらなくちゃいけないの」と子供へのかかわりを放棄してはいけない。教師があきらめたら,誰がその子の面倒を見るのか。全ての親が協力的だと思わない方がいい。家庭に原因があるとしても,原因が解消されなければ手の打ちようがないというわけではない。まず,親をどうこうしていこうとする考えは早めに捨てた方がいい。子供と勝負しようと思うと気持ちも切り替わって取り組んでいけるだろう。
・親への対応でやってはいけないのは,どんなひどい親でも学校に文句を言いにやってきたときに門前払いをしてはいけない。いくら忙しいときでも,できる限り丁寧に対応しないと,親の怒りに火がつくことになる。エネルギーがあって,暇があるだけに火がつくととことん学校に敵対する。エネルギーがあるということは,味方に付けたら大きな協力者になってくれるということでもある。忙しくても,まず部屋に通し,お茶を出して接待すれば,用事が済むまではある程度待っていてくれるもの。不平,不満を担任に訴える親というのは,何かしらの原因で虐げられているため,その思いをぶつけたいと思っていることが多い。その対象となりやすいのが担任。カウンセリングの技法である,傾聴,共感,繰り返しなどを使いながら,親の話を十分に聞き,最後に「お母さんも大変なんですね」と一言言うだけで,「先生は私の話を聞いてくれた」と怒りがおさまることが多い。親の話にしてもまともに聞けないような内容も多いが,軽く流しながら,聞き続けること。まずは関係づくりに徹するようにした方がよい。関係ができたら,徐々に攻めに転ずるとよい。具体的なお願いをしてみるとよい。初めから「正論」で攻めてもうまくいかない。一気に敵対関係に入ってしまう。そうなると「あいつをとことん困らしてやれ」となり,教師を困らすことが目標になってしまう。親が家庭で「あの先生はダメなやつだ」と語り始めると,子供は教師への反抗の印籠をもらったようなもの,歯止めが利かなくなる。例えば,学校でタバコを吸う生徒の親を呼んで面接したときに,「先生,うちではタバコを吸うのを認めているんですよ」と開き直られ,「でもね,お父さん,タバコは体に悪いことですし,やめるように言っていただけませんか」と正論を言っても「はい,わかりました」と言う親ばかりではない。そんなときは,正論をひとまず置いて,関係づくりの話をしつつ,徐々に進めていく方がよい。
・親を面接するときは,「プラス1」の対応が基本。親が一人なら教師側は二人,両親そろってきたら,教師側は三人で対応すると,丁寧に対応してもらったというイメージを持つようである。

4.自己肯定感の低い子供たち
・現代の子供の一つの特徴としては「自己肯定感の低い」子供も増えている。これを育てることが心の教育の核だろうとは思っている。
・自分の人生を大切に思えない,自分のことが嫌い,人生投げやりなどの感情を持っている子供が多い。特に高2の頃が低さのピーク。男子の方が女子よりも自己肯定感が低いという統計結果が出ている。
・女の子で,自分の手首などを自ら傷つける子供が増えている。話を聞くと自分を粗末にしていると落ち着くのだという。万引き,ドラッグ,売春に走る子供たちの多くが,同じようなことを言う。
・自己肯定感の低い子供は親が支配的な場合が多い。親の期待に応えようといい子供を演じ,頑張りすぎてつらくなり,ふと自らを傷つけてしまう。
・多くの子供が死にたくなったことがあると言う。どんなときかと言えば「食事中の母親の一言」が多い。「どう,勉強頑張ってるの? あなた変なことを外でしてないでしょうね?」と言われ,怒って言い返せる子供なら大丈夫だが,優等生タイプはお母さんが大好きだからこそ,言葉を飲み込んでしまう。お母さんに本当はつけたいバツ印が転じて自分へのバツ印となってしまう。「私ってなんてダメなの。大嫌い」となる。

5.子供への対応の例
・自分を追いつめる子供が増えている。本当に追いつめられた子供には逃げ場を与えましょう。「疲れてきて,このままイライラが続くと,クラスの友だちを刺しちゃうかも。先生どうしたらいいの?」,「どうしたらいいと思う?」,「海でも見れば少し気が晴れるかな」,「休んでいってくればいいじゃない」,「本当に休んでいいの?」,「もちろん,いいよ,行っておいでよ」という流れの面接をしたら泣き出した女の子がいた。「先生に逃げてもいいよと言ってもらったのは初めて」と言って泣いた。実際は彼女は海に行かなかったが,「いざとなったら逃げてもいいんだ」と思うだけでも違う。このような本当に追いつめられた子供には是非逃げ場を与えてほしい。
・「先生,俺,いじめられてるんだ」,「何かあったの?」,「太っているから馬鹿にされるんだよ,先生,太っているって悪いことなのかな?」と悩みを相談に来たとする。その時にはしっかりと言ってあげてほしい。「太っていても,全然,悪くないんだよ。だって,誰にも迷惑かけてないでしょ。悪いのはみんなの方だよ。君を悲しませることしているんだからね」
・教師はいっぺんにいろいろなことをしようとして失敗することが多い。泣いて相談に来る子供がいたら,まずは話をしっかりと聞くだけでいい。それを対応や解決についてまでいっぺんに触れようとするから,子供は「先生には黙って聞いてほしかったのに」と思う。保健室登校でやっと登校し始めた子の話をしっかり聞きながら,最後に「そろそろ,教室に行けそう?」の一言がぶちこわす。いじめの相談に来た子に,「つらかったんだね」としっかり聞きながら,最後に「でも,あなたも少し悪いところがあるんじゃないの?」でそれまでの良好な関係を全て帳消しにしてしまう。教師は欲張りすぎないこと。
・自分一人をかまってほしいという子供も増えてきている。授業中,先生のそばに寄ってきて手を離さないでいるとか,何回もプリントの答え合わせに来る子供とか。そうした子供に集中してかかわっていると,他の子供たちがザワザワしてくる。一人の子にのみ集中してかかわるのは十分に気をつけねばならない。個別の場面で十分にかかわってあげるとよい。アドラー心理学では「まじめに頑張っている子供に注目せよ」と説いている。

6.学校で取り組んでほしいことの一例
・これから学校現場で是非取り入れてほしいことの一つに「アサーショントレーニング(自己主張訓練)」がある。ロールプレイの手法を取り入れながら,イヤだというべき時には,相手の気持ちも考えながらしっかりと自分の気持ちも伝えられるような訓練をしてほしい。
・フォーカシングの技法を取り入れた,「箱イメージ法」も大いに役立つと思われる。日頃の悩みをプリントに示したいくつかの箱にどんどん書き込んでいく。相談したい人は名前を書き,特に相談したくない人は無記名で用意したボックスに入れる。これだけでも気持ちがすっきりと落ち着く子供が多い。この方法は,学校の教育相談ポストが活性化されるという副次的な効果もある。(ほとんどの学校のポストが利用されていないだろう。誰かに見られたくないという心理もある。だから,学活でクラス全員が行うなどの工夫をすれば大いに効果が上がるだろう。)


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