学習会講義資料バックナンバー 9−1
「キャリア・カウンセリングの理論と実際」
1.キャリア・カウンセリング,キャリア・ガイダンスとは何か?
(1)キャリア(Career)とは何か?
・単に「職業」とは言えない。ボランティアや子供会の役員等,報酬がなくても「キャリア」である。訳しようがなく,「キャリアはキャリア」とした方が使いやすい。キャリアの定義は様々だが,次のSuper(1976)の定義はキャリアをうまく捉えている。
人生を構成する一連の出来事。自己発達の全体の中で,労働への関与として表現される職業と,人生の他の役割の連鎖。青年期から引退期に至る報酬,無報酬の一連の地位。それには学生,雇用者,年金生活者などの役割や副業,家業,ボランティアなども含まれる。
(2)キャリア・ガイダンス(Career Guidannce)とは何か?
・学校における指導においても,職業センター等における指導においても,キャリア・ガイダンスが行われる。同じ哲学,理論,技法を背景に持って迫るのであるが,対象となる相手が違うということである。
@学校において(中学校・高等学校進路指導の手引き−昭和62年)
・「生徒の個人資料,進路情報,啓発的経験,及び相談を通じて,生徒自ら将来の進路を選択・計画し,就業または進学して,さらにその後の生活によりよく適応し,進歩する能力を伸張するように,教師が組織的,継続的に指導・援助する過程である」
A職業センター等において(職業安定法第5条)
・「職業指導とは,職業に就こうとする者に対して,その者に適当な職業の選択を容易にさせ,及びその職業に対する適応性を大ならしめるために必要な実習,指示,助言その他の指導を行うこと」
(3)キャリア・カウンセリング(Career Counseling)とは何か?
・「生徒,学生,成人のキャリアの方向付けや,進路の選択・決定に助力し,キャリア発達を促進することを専門領域とするカウンセリング」のことである。日本進路指導学会が,「キャリア・カウンセラー」を認定している。
<参考>カウンセリング関係者の資格(2000.12月現在)
・第1グループ〜日本産業カウンセラー協会認定「産業カウンセラー」
・第2グループ〜日本臨床心理士資格認定協会認定「臨床心理士」
・第3グループ〜各学会認定によるもの。日本進路指導学会認定「キャリア・カウンセ ラー」,日本カウンセリング学会認定「認定カウンセラー」,日本教育心理学会認定 「学校心理士」,学校教育相談学会認定「学校カウンセラー」,ヘルス・カウンセリ ング学会認定「ヘルス・カウンセラー」
・第4グループ〜各種研究機関が認定するもので多種多様。
*<参考> 日本教育カウンセラー協会認定「教育カウンセラー」とは何か?
1999.6月,教育に生かせるカウンセリングの普及・定着をめざして,「日本教育カウンセラー協会」が設立された。(会長,國分康孝) なぜ,このような団体を設立したのか。それは,現代日本の教育界におけるカウンセリング事業の問題点への対応策を講じることが急務と考えたからである,という。協会では初級,中級,上級の教育カウンセラーを講習,試験,審査を経て,認定している。(現在,秋田では3名のみ認定)
*興味関心のある方は,学習会事務局までお問い合わせください。
2.キャリア・カウンセリング,キャリア・ガイダンスの歴史的経緯
・APA(アメリカ心理学会)がカウンセリングの歴史を調べたところ,その源流に「職業指導運動」,「心理測定運動」,「精神衛生運動」の3つがあることが明らかになった。第1次大戦後にカウンセリングという新しい分野が形成されたが,その時の母体として3つがあったということである。これら旧来の3分野が合流して,カウンセリングという新分野を形成した。つまり,キャリア・カウンセリングやキャリア・ガイダンスは新しい概念ではなく,カウンセリングの源流の一つに関連するということである。
☆職業指導運動とは?
・たくさんの失業者をどうするか,社会変革をしなければならないという一連の動きがムーブメントとして沸き起こった。その中心人物にParsonがおり,「キャリア・ガイダンスの元祖」と呼ばれている。
<参考>心理測定運動とは?
・フランスに生まれた知能検査がアメリカに伝わり,その後,多くの心理検査がアメリカにおいて開発された。個人の知的,心的状態をいかにして測定するかに主眼が置かれた。
*知能検査について
・1905年,フランスの精神医学者,心理学者のビネーがシモンの協力を得て,ビネー・シモン知能測定尺度を開発。
・1916年,アメリカの心理学者ターマンがビネー式知能検査をアメリカに輸入するにあたり,IQ(知能指数)の概念を導入。ビネー式知能検査を改良して,スタンフォードビネー改訂知能検査を開発。
・日本では鈴木ビネー,田中ビネー知能検査が有名。
・ウェクスラー式知能検査も日本ではよく使われている。ルーマニア出身のウェクスラーが1939年に開発したのがウェクスラー・ベルビュー知能検査。6種類の言語性検査と5種類の動作性検査によって構成。言語性IQ,動作性IQ,全体IQの知能指数が求められる。成人用にWAIS,児童用にWISC,幼児用にWPPSI。
<参考>精神衛生運動とは?
・精神分析に代表されるように,個人の心の底にある問題を探ることに主眼が置かれた。
3.なぜ今,キャリア・カウンセリング,キャリア・ガイダンスなのか?
(1)個人の働き方が変化してきている
・4.6%の失業率はついにアメリカを越えた。雇用関係もかつてのように終身雇用として安心できなくなってきている。
・働く形がだいぶ変わってきている。就業人口そのものは横這いだが,内容的には正規職員が減り,パート職員が増えているという実態。一つの会社に籍を置くのではなく,いくつかの会社に出向いていって仕事をする,「派遣労働者」が増えている。通訳やコンピューター関連の仕事など。
・つまり,現代は,個人が自分はいったい何ができるのかということを考えざるを得なくなった状態であり,個人としての対応を迫られるような時代になったということである。
(2)個人に対する企業の対応が変化してきている
・企業もまた現代に流れに合わせようとしている。「うちの会社もいろいろと選択の幅を用意しますよ。でも,それを選ぶのはあなた自身です」
・「中途採用」を行う企業も増えてきている。これは大学卒でとるよりも,小企業で働いたり,ボランティアの経験があったりするような人を中途採用する方が,企業メリットが大きいだろうという考え方。
・「会社を越えて通用する能力」にも着眼するようになってきている。他社で鍛え上げられてきた者で,希望するなら大歓迎という考え方。
・入社試験の際に,以前なら学歴重視の風潮があったが,今では,出身大学名など問わない企業が多い。「大学で何を学んだのか?」,「我が社で何をしたいのか?」等が問われる時代。
・従業員のキャリア形成,自己啓発への支援を行う企業も増えている。大学院等へのかかった費用の8割をフィードバックするような制度等。
(3)学校進路指導に変化が求められている
・「生き方の指導」こそ,すべての教育の基本である。学校進路指導に「職業と労働を取り戻すこと」が求められている。
以上のことを補うのが,キャリア・カウンセリングであり,キャリア・ガイダンスである。
4.キャリア・カウンセリング,キャリア・ガイダンスを支える理論
(1)キャリア・カウンセリングの理論
・カウンセリングのアプローチは感情に対するもの(精神分析療法,来談者中心療法),思考・認知に対するもの(認知行動療法),行動に対するもの(行動療法)などがあるが,キャリア・カウンセリングはそれらを折衷してのアプローチをとる。
(2)キャリア・ガイダンスの理論
@職業選択理論
A.特性因子理論
・キャリアや職業の選択は,自己理解,職業理解,合理的な推論によるマッチングによって行われる。人には個人差,職業には職業差があり,両者をうまくマッチングさせることが大切である,という考え方。この考え方の元祖がParsonである。彼の職業指導理論(1909)は,心理測定で各個人の特性を明らかにし,職業分析で各職種が必要とする特性を明らかにし,そして各個人が自分の特性に適した職を選ぶという図式である。キャリア・カウンセリングに置いて,この図式に即してカウンセリングをする人を「パーソニアン」と呼ぶ。
*「特性」と「因子」について
・特性とは「測定できる反応」である。例えば「記憶力」は「先生がこれから言う言葉を真似していってみてね」で測定できる。また,「概念化」は「馬はどんなものですか?」という問いに「走るものです」というように答えられるかどうかでその程度を測定できる。それ故に,いずれも「特性」である。この「記憶力」と「概念化」に共通するものは何かというと「言葉の力」と言える。このように共通して捉えられたものを「因子」という。
B.意志決定理論
・キャリアや職業の選択は,意志決定の連鎖によって行われる。意志決定の要因を重視する理論,プロセスを重視する理論,期待理論などがある。
A構造理論
A.心理学的構造理論
・精神分析を基礎とする精神力動論によってキャリアや職業の選択を説明する理論。キャリアや職業の選択は,個人と環境が同一であることによる調和的相互作用によって,安定的に選択され,より高度の職業の職業達成をもたらすという考え方。
B.社会学的構造理論
・環境は単一次元ではなく,物理的,心理的,社会・文化的な次元を持つ。それが人間の選択,機会の利用,キャリア形成に重要な影響をもたらすという考え方。特に家族はキャリアの選択に大きな影響をもたらす。個人が,あることを選択できるかどうかを規定する主な要因は,機会に遭遇するかどうかである。
B職業発達理論
・職業選択は一般的に10年以上もかかる発達的プロセスである。そのプロセスは個人の欲求と現実の妥協(最適化)をもって終わるという考え方。(Ginzberg)
・個人は多様な可能性をもっており,様々な職業に向かうことができる。職業発達は個人の全人格的発達の一つの側面であり,発達の一般的原則に従う発達段階と発達課題がある。職業発達の中核は自己概念である。自己概念を職業を通して実現することをめざした斬心的,継続的,非可逆的なプロセスである。かつ妥協と統合のプロセスである,という考え方。(Super)
5.キャリア・カウンセリング,キャリア・ガイダンスの実際
(1)キャリア・ガイダンスの6分野
@自己理解〜進路や職業,キャリア形成に関して自分自身を理解すること
(内容例) ・進路及び職業的適合性はどうか
・人事,労務管理の能力はどうか
(方法例) ・観察法(見て)
・検査法(テストして)
・面接法(会って)
A職業理解〜進路や職業,キャリア・ルートの種類と内容を理解すること
(内容例) ・職業の種類は何があるか
(方法例) ・様々な情報を伝える(印刷物,インターネット等)
B啓発的な経験〜選択や意志決定の前に実際に経験してみること(体験入学,職業実習等)
Cカウンセリング〜進路や職業,キャリアに関してカウンセリングを受けること。
D方策の実行〜進学,就職,キャリア・ルートの変更などを意志決定し,実行すること。
E追指導〜選択した進路,職業,キャリア・ルートの中で適応し,向上すること。
(2)キャリア・カウンセリングの特徴
・開発的(育てる)カウンセリングに重点を置く。
・職業選択,キャリア形成などの具体的目標達成を重視する。
・手法としてはシスティマティックアプローチをとる。
・ガイダンスと一体となって行われる。
・理論は折衷法である。役に立つ理論をどんどん取り入れる。
・カウンセリングのみでなく,コンサルテーション,協力,教育の機能を重視する。
・学校,職業相談機関,企業などの社会の各分野を通じて,生涯を通じ継続的に行われる。
参考・引用文献
1.日本教育カウンセラー協会主催認定講習会資料「キャリア・カウンセリングの理論と 実際」.木村周.2000.5月
2.カウンセリングの理論.國分康孝.誠信書房.1980
3.カウンセリング心理学入門.國分康孝.PHP新書.1998