学習会講義資料バックナンバー 5−2 

「アサーション理論」

1.アサーション(assertion)とは何か?
・辞書の意味は「主張」,「断言」となるが,もっと幅広い意味を含む。「自分の気持ち,考え,意見,希望などを率直に正直にしかも適切な方法で自己表現することであり,自分と相手の相互を尊重しようという精神で行うコミュニケーション」という定義にまとめられる。

2.子供たちにわかりやすくアサーションの考えを伝えるには?
・アサーションの学習は,自分を語り,相手の言うことを受け止める,万人に当てはまるような「やり方」を一方的に機械的に教えることでもなければ,カウンセリングのように,一人の子供だけを見つめて,その子の問題やこれまでを振り返ることでもない。歴史を担った子供をそのままに受け止めながら,教師は必要以上にそれにとらわれず,「こんなことをやったらどう? 次にはこれを試したら?」と言って新しいやり方を提示する。すなわち,その子供のあるがままを受け止める心のケアと対人関係についての教育的働きかけという,二つの働きかけを同時に行う。
・アサーションを伝える教師は,声高に扇動してもダメだし,ただじっと待っていてもダメで,ある方法や課題を示し,いろいろ試してもらいながら,それについての子供の感想や戸惑いを本音のレベルで引き出すという,教育とカウンセリングの中間をバランス良くつないでいく自覚が必要である。

3.自分も相手も大切にするアサーションとは何か?
・「自分も相手も大切にするアサーション(自己表現)」という観点によると,自分と相手のやりとりには三つのパターンに分けられる。(後述) 学校内で実際によく見聞きする教師と子供のやりとりの例を通して三つのパターンを考えてみる。

(例)
 鈴木先生は,1時間目の開始チャイムが鳴り終わったところで,教材を抱えて5年1組の教室に向かいました。ところが教室の中はわいわい,がやがや。席に座って教科書の用意をしている子供はごくわずかで,大概の子供はおしゃべりに興じており,とても授業を始められる状態ではありません。こんな光景が毎日のことで,鈴木先生が黙っていると子供たちのおしゃべりはいつまでも果てしなく続きかねません。こんな時,あなたなら………………… │

さて,自分自身の頭に浮かんだ対応はどういうものだろうか。以下に三つのパターンを紹介する。
@「受け身的なアサーション」〜相手を大切にしようとするが,自分の気持ちや意 見を大切にしないスタイル
・このスタイルは,自分に対して自身が持てないこと,また,自分を後回しにして周りの人のことを考えようとする傾向,そして,それが何よりも相手に対する思いやりと誤って信じている状態から生まれる。このスタイルをとる大人は,子供たちから優しくて物わかりのいい,民主的な親や教師と受け取られる場合があるが,実のところでは,自分を表現しないモデルとして,子供の前に立っている。人生を自分で選びとる姿勢,自分にはそれだけの価値があるし,自分の考えや気持ちは他の人のものと同じくらい貴重なんだということを子供たちに向かって伝えることができない。

A「攻撃的なアサーション」〜自分の考えや意見が唯一絶対に正しいものであって,相手の気持ちはあまり重要ではないか,間違っていると決めつけて,相手を大切 にしないスタイル
・このスタイルは,大人たるもの,はっきりした態度をとらねばならないし,子供になめられてはいけない,優柔不断であってはならないという思いが強い場合に生まれる。また,子供は正しいことを知らないのだから,大人が主導権を握らねばならないという決めつけも,このスタイルを助長する。大人が子供を導くのはある意味で必要だが,自分の方が正しいという前提が大人の側に強くありすぎると,子供の自主性や個性がなかなか育たない。相手に対して自分の優位を示すことが大切という気持ちもこのスタイルを生み出す出発点になる。また,自分を抑えて我慢を重ねてきた人が堪忍袋の緒が切れた瞬間に不満を吐き出して反撃に回ったり,別の場ではうまく自分を表現できない人が自分より弱い立場の人や家族を相手にこのスタイルをとることがある。

B「アサーション」〜自分も相手も大切にするスタイル
・このスタイルは,かけがいのない自分,かけがいのない他者に対する信頼と期待に支えられてはじめて実現される。モデルとなる大人の頻繁なアサーションに触れ,自分自身が尊重に値する存在であること,また,他者も同じように大切な人間であることを感じ取り,自分に向かう姿勢と同じに他者に向き合う術を身につける。

例文で示した教師と子供のやりとり例に関して,上記の三つのスタイルを具体的に紹介する。
@「受け身的」
・先生はしばらく子供の様子を見守るが,子供たちはだらだらとおしゃべりを続けるだけである。そこで先生は,子供たちの自覚を促そうと考え,教壇の前に立ち,教科書をパラパラとめくったり,黒板に今日のタイトルを書き始めた。渋い顔で教室を見回し,不満な様子を表現するが,そんな教師の気持ちに気づく子供は数えるほどしかいない。先生の不満はますます募る。

A「攻撃的」
・先生は,黙っていてはダメだ,是非ともここで積極的な指導をしなければならないと思う。できるだけ威厳のありそうなポーズを心がけ,大きな声でこう言う。「何やっているんだ。歩き回っているそこの二人,それから,そこ。いい加減に口を閉じろ。みんな教科書の準備がなってないぞ。もうとっくにチャイムは鳴ったのに,まだ休み時間気分でいるのはどこのどいつだ。そんなことだから,1組はけじめがないと言われるんだ」 子供たちは苦々しい思いでおしゃべりをやめ,先生に言われたように授業の準備を始める。

B「アサーティブ」
・教壇の前に立ち,はっきりした声でもう1時間目が始まっていることをクラスに向かって伝える。そして,「準備のできていない人ばかりだな。これだとなかなか授業に入れなくて,先生としては,とても嫌な気分だよ。2分間待つから,みんな急いで教科書の準備をして席に座りなさい。けじめをつけてしっかりと授業に臨むことにしよう。いい? では準備はじめ!!」と言う。先生の気持ちに触れ,ハッとした子供たちは急いで1時間目の準備にかかる。両者が2分間で気持ちを切り替えて授業に臨んだため,どちらも嫌な気分を引きずることがない。

4.アサーションを心がけるとは?
・アサーションを心がけるとは,「自分も相手も大切にする」方向を私たちが意識的に選び取ることから始まる。様々な言い方や人への対し方が可能な中で,できる限り,自分も相手もどちらも大切にする道を各自が試行錯誤して探すということ。まずは,正直に自分の気持ちや考えを表現するのが一つの手がかり。唯一絶対に正しいアサーションが存在するわけではく,「自分も相手も大切にしよう」という姿勢が貫かれている限り問題はない。各自が個性にふさわしい言い方や言葉の表現を選べばいい。
 こちらがどんなに相手を大切にしようと心がけても,数々の心の傷を負った子供は教師の言葉を大人の迫害と理解して心を閉ざすかもしれない。つまり,アサーションが必ず,相手との良好な関係を構築すると言い切ることはできない。にもかかわらず,アサーションが大切なのは,たとえ相手がこちらの意図の通り受け取らないにしても,「自分も相手も大切にする」姿勢を,受け身的や攻撃的なアサーションによって伝えることは絶対にできないからである。子供たちの自己信頼と他者信頼を育むために周囲の大人ができるのは,大人自身がアサーションによって子供たちと接することである。

5アサーションを支えるもの何か?
(1)自己信頼(「自己受容」に同義と思われる)
・自己信頼とは,「私には失敗や短所などもあるが,それをひっくるめてこの自分を私なりに大切にしていこう。この世に私という人間は一人だし,他にとってかわることのできないかけがいのない存在なのだから。私は私なのだから」という感覚のことである。交流分析の「I am OK」という表現がこれにあたる。これは,うぬぼれとは異なり,むしろ,「自分には何ができ,何ができないか」,「自分の得意なことは何で,苦手なことは何か」,「相性のよい相手はどういうタイプで,相性の悪い人はどういうタイプか」等々,自分で自分をよく理解していること,また理解していこうとする基本姿勢が含まれたものである。
・自己理解,自己信頼(自己受容),アサーション(自己表現)の間には密接な関係がある。自分をよく理解していれば,自己信頼も育ちやすく,それらに基づいてアサーションがしやすくなる。アサーションをすればするほど,自分の気持ちなどについて確かめやすくなるわけだから,自己理解も一層深まるという循環が生まれる。

自己理解→ 自己信頼→ アサーション
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<自己信頼を育てるには?>
@I(わたし)メッセージを使う
・I(わたし)メッセージとは,自分を主語にして自分の気持ちや考えをわかりやすく伝えていく語り方。例えば,教室で騒いでいる子供たちに対して,「こんなに騒がしいなんて,君たちはどういうつもりだ」と言うのではなく,「こんなにクラスが騒がしいと先生はとても嫌な気持ちになる」,「先生も落ち着いて授業をしたいんだ。もっと静かにしてほしい」などの言い方になる。子供とのやりとりにおいても,「君らのせいで先生は嫌な気持ちにさせられた。本当は先生は怒りたくないのに」というような,子供に自分の感情の責任を押しつける言い方ではなく,「先生は君らのこれこれについて嫌な気持ちがしている。怒っている」というような言い方,つまり,自分の感情についての責任を明らかにし,その上で,相手ときちんと対峙するような言い方となる。
・Iメッセージは,建前や決まりなどで相手を制するのではなく,自分の価値観や判断基準などを問うことになる。Iメッセージを使おうと心がけることで,「そう言う気持ちや考えを持っているのは他ならないこの自分だ」と確認し,「それを伝えたいときに伝えていけるのは自分だ」という自己信頼を育てやすくなる。

Aアサーションの体験を積み重ねる
・誰かに何かの依頼を受けて,断りたいと思ったとする。自分なりにアサーションをしたところ,相手がそれをよくわかってくれた。こうしたアサーションの成功体験は,アサーションをすることへの自信につながるし,無理して依頼を引き受けないでいられた自分によい気持ちを持てて,自己信頼への育成にもつながる。もし,相手がよくわかってくれなかった場合でも,自分の能力不足に原因を帰属させるのではなく,その状況に原因を帰属させ,次にはこうしようと考えられるとしたら,それはそういった対応のできる自分への自己信頼を育てる体験となり得る。つまり,アサーションをすること自体が自己信頼を育てるきっかけになるということである。

B自尊感情を育む・自分の良さを認める
・自分で自分を認めるという自尊感情はとても重要。自尊感情は他者からの評価によって決定する。子供とのかかわりの中で,日頃忘れがちな自尊感情を発掘し,自分の良さについてしっかりと認めてあげることが大切である。                        
(2)相互信頼
・「I am OK,You are OK」の考え方。「私は私なりに自分の言いたいことをあなたに伝えていくし,あなたもどうぞそうしてください。あなたから出てくる表現や戻ってくるものをまた私なりに大切にし,やりとりを重ねていこうと思います」という姿勢。自己表現力や自己表現のレパートリーが大人と比べて格段に劣りがちな子供とコミュニケーションするときには,この相互信頼の姿勢がひときわ大事になる。相互信頼を考えるには,「積極的傾聴」の姿勢が重要な働きをなす。つまり,相手の表現も大切にしよう,相手の言いたいことを理解しようとして聴くこと,相手のコミュニケーションの窓を開こうという努力をしながら話を聞いていく姿勢が,相手が子供の場合,特に必要である。相互信頼を考える上で,もう一つ重要なことは人間のコミュニケーションには葛藤や食い違いがつきものだという認識である。葛藤や食い違いがあったらいけないという思いこみは,自分の気持ちをアサーションで言えなくなるし,自分の価値観から外れる子供に否定的なレッテルを貼りやすくなる。

(3)認知・信念
・認知とは,日頃自分がどのようなものの見方や考え方をしているかということを意味する。こうした認知が,その人の表現のあり方に大きく影響を及ぼす。他者との関係の持ち方においても,それが良くも悪しくも作用しやすい。ことに,教師と子供の関係を考える上では重要。自分の認知をどうやって自分にプラスなものとしうるか,一方で自分の認知を大切にしながら同時にどうやって凝り固まらず,柔軟でいられるかが鍵となる。

参考・引用文献
・「子どものためのアサーショングループワーク〜自分も相手も大切にする学級づく り」.園田雅代,中釜洋子.2000.金子書房

 

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