学習会講義資料バックナンバー 3−2 

「カウンセリングを支える哲学」について

〇 哲学とは何か?
・我々の言動の前提のこと。
・多くの心理学者は前提をテストに置く。この世の中のものは量として存在するという考えるからである。
・人によっては前提を「無」とも言うし,「神」とも言う。しかし,例えば前提が「神」であると言っても論証のしようがない。皆の考える前提を論証できないということはすなわち,考え方が十人十色ということになる。それ故,誰の哲学があっているとか間違っているとか言えない。考えてみると頼りないが,この哲学がないとクライエントに対したとき,手も足も出なくなってしまうときがある。生きていく上で哲学がないと生きていけないということもある。
・病気のためにいくらも生きられない我が子に対して,好きなことをさせて我が儘放題に育てたらいいか,それとも,普通の子供と同じようにきちんとしつけをしながら育てたらいいか教えてほしいというクライエントがいた。その時に,ロジャーズ風の面接では何の助けにもならなかった。師である霜田静志に尋ねたところ,「これは心理学の問題ではない。君の人生哲学を語ればいい」と助言された。
・カウンセリングを行う人にとって,哲学は不可欠である。教師カウンセラーのように人の人生を左右するような立場にある人は哲学を持て。
・実存主義には量の思想はない。存在するのは一人一人の認知の世界である。いろいろな世界に自ら入っていってつかんでいくしかない。文章としてはつかみ取ったものを書いていく。統計を重視する人々から見れば「エッセイ」と言われるが,この違いは哲学の違いである。

〇 何に対する「前提」なのか?
・「存在論」,「認識論」,「価値論」の三つがあり,三つの前提を総称して「哲学」という。

(1)存在論:この世に究極に存在しているのは何か?
・心理学:究極に存在しているものは量である。
・観念論(アイディアリズム):プラトン,カント,ヘーゲルら。究極に存在しているものは永遠不滅のものである。神やイデーなど,目に見えないところにある。
・自然主義:フレーベル,ルソーら。この人生に究極に存在するのは宇宙の法則である。それらは地上にあり,子供の中にも宇宙が広がっている。子供にも太陽と水を与えれば伸びていく。「花園(キンダーカートン)」の考え。ロジャーズは「すべての子供にはよくなる力がひそんでいる」と言う。
・プラグマティズム:デューイら。人生で究極の存在は「経験」である。経験とは五感で認識できる世界である。しかし,文化や時代によって経験は異なるので,永遠不滅のものではない。たえず変化するものである。ケースバイケースという考え方。
・実存主義:キルケゴール,ヤスパース,サルトルら。究極の存在とは一人一人の受け取り方の世界である。(現象学) 一人一人の認知,思いの世界である。
・論理実証主義:バートランドラッセルが初期。ウィットゲンシュタイン,エリスら。究極の存在は二つだけ,「論理と事実」である。「神は愛である」というのは事実ではない。人が勝手にそう思うだけである。だから,論議には値しない。フィーリングの世界はご自由にということ。

(2)認識論
・観念論:直感的につかんだことを「知った」という。プラトンは,数学を解く力があるような抽象能力がないと難しいという。カウンセリングの世界では,観念論に立つ人はいないだろう。例えば,「離婚はよくない」という永遠不滅のものがあるのが観念論だから。・「物事を知っている」とはどういうことか。自然主義では「宇宙の法則を知ることが物事を知ること。ゆえに,それらを学べ」という。プラグマティズムでは体験を集めてきて,データを整理し終えた瞬間,「知っている」という。実存主義では,体験的に「なるほど」と思ったら「知った」という。鈴木大拙の話の例。泥棒の父が,子供と一緒にある家に泥棒に入った。父親は「泥棒」と叫び,子供をおいて一目散に逃げた。子供は必死になって捕まらないように逃げた。禅の世界では,この泥棒の子供が体験したようなことを「真にわかった」という。「体を張って物事を知れ」ということ。これはエンカウンターグループに通じる。論理実証主義では,口とデータの両方で「知る」ということ。つまり,論理性と事実の発見で迫るということである。

(3)価値論
・「僕たちはどうすべきか?」という命題に対して。観念論では,「離婚はよくない」というように,答えは全て決まっていて,選択の余地はない。だからカウンセリングには使えない。自然主義では,「宇宙の法則によって生きよ」となる。プラグマティズムでは「ケースバイケース。目標達成に役に立つのが大切である。こうしよう,ああしようと考えた場合,どちらが役に立ちそうかを考えて判断せよ。そうすることが善である。」と考える。カウンセリングの折衷主義とはプラグマティズムの考え方を具現化したものである。例えば,高校生が「性的関係を持ってもいいでしょうか?」と相談に来た場合,「こういうデータがあって,損をする場合が多いよ」というようなデータで話す言い方になる。実存主義は,「自分にとって意味があるならば善」という考え方。それがたとえ役に立たなくてもかまわないところがプラグマティズムとは異なる。吉田松陰の最期の言葉,「かくすれば,かくなることと知りながら,やむにやまれぬ大和魂」はプラグマティズムからすれば,ばからしいということになる。論理実証主義は「論理性と事実に基づくことが善である」と考える。ノイローゼ患者を診て,「なぜ,論理性もなく,事実でもないのに悩んでいるのか」という考え方をとる。
*つまり,「哲学を持つ」とは,
┌─────────────────────┐
│ ・この世に究極に存在しているのは何か?     │
│ ・「知る,わかる」とはどういうことか?        │
│ ・何が善で,何が悪か?                │
└─────────────────────┘
 というようなことに関して,自分なりの答え,考えを持つということである。
 哲学を持つには,複数の哲学に触れ,その中から選ぶか,新しく創ればいい。

〇 カウンセリングに影響力を与えている哲学とは?
・「実存主義哲学」である。
・カウンセリング界の第一勢力は「精神分析療法」であり,自然主義哲学の流れが強い。第二勢力は「行動療法」であり,プラグマティズムの流れが強い。第三勢力は「実存主義的カウンセリング」(パーソンセンタードアプローチ,交流分析,ゲシュタルト療法)であり,その名の通り,実存主義哲学の流れが強い。トランスパーソナルも実存主義哲学の流れを汲んでいる。カウンセリングに影響力の強い実存主義についてもう少し触れる。

☆ 実存主義とは何か?
・國分Tが気に入っているのはキルケゴール,ニーチェ。キルケゴールは「教会が人をダメにしている。教会のいいなりで個が死んでしまった。教会を粉砕しないと個の自由はない」と言った。ニーチェは「神自身を粉砕せよ。神の言うままでは奴隷に過ぎない。過ちを起こさない神の奴隷になるよりは,過ちを犯してもいいから自由になりたい。神を神の座から引きずり下ろさない限り,個の自由はない」と言った。
・禅の教えは「権威者を切って捨てるくらいでないと自由になれない」
・実存主義のエッセンスとは「権威粉砕の精神」である。心意気の哲学,反逆の哲学である。
・このような実存主義の考え方がカウンセリングに入ってくると次のようになる。

(1)適応論への批判
・「適応している人がいいやつ」という考え方への批判。
・適応しようがしまいが「ありたいようにあるやつの方がまとも」という考え。「Courage to be(存在への勇気)」 心を奮い立たせる考え方である。

(2)因果論への批判
・精神分析などの伝統的なカウンセリングは,原因があるから今の症状があるという発想。しかし,実存主義では,「どんな人にも自由はあるわけで,過去の流れを断ち切らないのは君自身だろう」と考える。千葉周作の例。試合を前に不安になり,寺に座禅を組みに行った。いつまでも和尚が座禅をやめよと言わないで,「いつやめたらいいですか?」と聞いたところ,「俺の言いなりになるつもりか」と一喝されたという。実存主義は「因果を断ち切る自由を持て」という哲学である。

(3)行動主義への批判
・データがこうだから,事実がこうだからといっても真にわかったということにならない。自分が体験してこうだと思ったことを語れ!! ロジャーズがいくら偉くてもロジャーズがああ言った,こう言ったばかり言うな!! 自己を語れ!!

(4)プロフェッショナリズムへの批判
・プロフェッショナリズムとは「役割に忠実なこと」
・カウンセラーがいつ,どんな時にも役割から抜け出せないのがそう。
・役割を離れ,個人として言いたいことがあれば言えばいいじゃないか,というのが実存主義。

☆ 実存主義の影響を受けた人が使うカウンセリングの技法とは何か?
(1)自己開示(エンカウンターなど)

(2)限界の提示をためらわない
・どうしても今,郷里の養父母に会いたいという相談の人に,「僕だって,会いたくても会えない人がいる。それが人生というものだ」と応える。
・相手が子供であってもできないことはできないと限界を提示する。

(3)パーソナルな反応をする
・一人間としての反応をためらわない。状況によっては,クライエントに見舞いに行ったり,プレゼントを持っていったりするのをためらわない。

(4)リフレーミング
・違う観点で物事を見るようにし向ける。「妻が死んで悲しい」というクライエントに「もしあなたが先に死んだら妻を悲しませたろう」と説く。

☆☆☆ カウンセリングを学ぼうとする人へ
・カウンセリングの理論を学べ
・カウンセリングの技法を学べ
・カウンセリングを支える哲学を学べ
・自らのパーソナリティを高めよ

*A・フロムの「自由からの逃走」などは読んでおくとよい。論理療法,禅,老子の思想なども是非,読んでおくとよいだろう。

 

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