学習会講義資料バックナンバー 10−1 

不登校に関する事例その1 第10回学習会(2001.2.24)事例検討資料

1.家族構成,家庭での様子

Y 男 12歳 小学6年生
 家族構成は,父,母,姉(中2),妹(小4)の5人家族である。母親は明るく,PTAの球技大会など進んで参加し,活発な感じの母親である。本人,妹とも母親に頼り切っている面がある。家では一人でトイレに行けない,母親の手をにぎらないと眠れない,留守番が出来ないなど母親から離れることに不安を感じている状態であった。父親は仕事の関係で朝早く出勤し夜遅く帰宅する。そのため,父親とのふれあいが少なく直接話をすることがほとんどなかった。妹も登校を渋ることがよくあり,ふたりそろって学校を休むこともしばしばある。

2.不登校のきっかけ

 Yが登校を渋るようになったのは,3年生の夏休み以降であった。夏休みに母の実家である沖縄に旅行に行き始業式の前日に帰ってきた。その後発熱し,そのあと3日間休んだ。2学期からは担任が産休で休むため担任が変わった。2学期からは体調が悪いと,しばしば学校を休むようになり,3学期はほとんど登校しなかった。友達との接触はいやがらず,登校出来たときには休み時間に友達と楽しく遊んでいたという。母親いわく,学校に行きたくない理由は,「給食が嫌いで,残すことを友達に言われるのはいやだ。」ということであった。

3.指導の経過

 そこで学校では担任,学年主任,生徒指導主事,母親の4人で教育相談を数回行った。家での様子などを聞くと同時に教育センターの相談に関しての紹介を行い,連絡を取ってみるように促した。母親は教育センターで教育相談を受けた。母親は登校させるということに積極的ではなく,本人が行きたいと言うまで待つという姿勢であった。担任は登校刺激を与えたいという様子であった。3年生での欠席日数は31日であった。

 4年生になり担任が変わる。母親と一緒に登校し,教室にいてもらうことで学校に来るようになった。しかし,苦手なことがあると欠席した。「給食が苦手で食べたくない。」「国語の音読が心配で寝られない。」「持久走で完走できるか心配だ。」「算数のテストがある。」「プールに行ったので体がだるい。」等々。欠席の理由は次々と変化していった。野球部に入部するが,長続きしなかった。放課後,友達とは遊んでおり,学校に来なくても放課後グランドで姿を見かけることがしばしばあった。

 学校では,担任が主に家庭との連絡を取るようにした。欠席したときは家庭訪問をし,母親から家での様子を聞くようにし,学校の様子を伝えるようにした。本人に会えるときには学校に行きたくないわけを聞き,原因や背景が分かった時には対応策を考え,必要に応じて学級指導をも行った。朝,友達を迎えに行かせたり,電話をしたりして登校刺激も与えた。家庭との連携が大切と考え,自立を目標に自分で決めて行動させるようにしていった。そして,少しでも好ましい変化が見られたときには大いにほめた。4年生での欠席日数は60日である。

 5年生になりクラス替えがあり,私が担任になる。始業式には顔を見せたが,新しいクラスであるという不安からまた休みがちになった。

 そこで,欠席した日は必ず家庭訪問に行くようにした。Yとは始業式以来会ったことがなかったので,なるべく顔をあわせるようにした。本人は友達と遊びに行っていて家にいないことが多かったので主に母親と話をした。母親と学校側で対応が食い違うとYにも良くないであろうと考えたので,母親の話をよく聞き,今後の方針を十分に話し合った。学級の子供たちはYが学校に来なくても積極的に遊びに行っていたので「ありがとう,よろしくね。」と声をかけるようにした。母親の話からは父親の姿が見えないのですこし,つっこんで聞いてみた。学校でも協力したいのでということで関係機関を紹介できることを話した。

 父親について話をした次の日,父親から学校に電話がきた。Yと話し合ったという。給食が原因だという。給食は無理には食べさせないこと,他の子にうまくいっておくことを約束した。明日は学校に行かせるからという。しかし,次の日も欠席した。5月半ばの出来事であった。

 Yに変化が表れたのは6月にはいってからであった。6月半ばに大森山宿泊学習があった。友達と楽しく過ごす経験ができればと思い,積極的にさそった。学級の子供たちも家に行ったり,電話をかけたりしてくれた。6月1日から毎日登校するようになった。しかし,1日中いることはなく,毎日早退。午前中で帰る。宿泊学習は2日間途中で帰ることなく参加した。

 宿泊学習が終わってから,表情が軟らかくなったように感じた。登校した日は苦手なことにもぶつかることが多い。そういう場合は「まかせるよ。」と言い,やるかやらないかは自分で判断させた。また,グループ活動の機会を増やし,友達と教え会う場面を多く体験させるようにした。5年の終わりまで風邪以外の欠席はほとんどなくなった。毎日早退する。午前中のみの登校。給食がとれる時間までいるときは,牛乳のみ飲み,他のものは食べなかった。5年生での欠席日数は57日である。

 6年生になると,生活のリズムも安定してきた。朝学校に来て,2時間目と3時間目の間の長休みに友達と思いっきり外で遊び,午前中で早退。水曜日と土曜日は午前中で終わるので1日学校で過ごす。体育が好きで運動能力も高い。学級でも認められている。途中で帰りたくなっても5時間目に体育がある日は5時間目に再び登校してくるようになった。1学期の終わりに「2学期はミニテスト(漢字と計算定着のためのテスト)をがんばる。」という目標を立て,2学期は自主的に練習し,がんばった。学級の中で自分のことを理解してくれる友達の中では明るい笑顔を見せ,元気にしているのだが,リーダーとして1年生の世話をする縦割り活動,全校集会での委員会発表など少し変わったことがあると登校を渋ることが多かった。特にプレッシャーをかけることはせず見守った。  

 Yの場合,自分に自信がないことが原因で母親から離れることができなかったものと考えられる。自分に自信をもつこと,友達は自分のことを認めてくれているのだということがわかれば,Yの登校につながるのではないかと思い,自己理解とリレーション作りを中心とした構成的グループエンカウンターを実践してきた。以下ふりかえりカードの記述である。

9月5日 ウォーミングアップをやって後出しじゃんけんが得意になりました。ぼくは 印象を書いてもらって,思ったことがあまりなかったのでよかったです。(エクササイズ 気になる自画像)
10月3日 今日トラストフォールをしてTくんのことが信用できてよかったです。グループのメンバーと話し合っていろいろなことが言えたのでよかったです。(エクササイズ おもしろ村)
2月6日  ぼくは最近友達に言えなかったことがいえるようになってよかったと思います。ほかにも言えないことがあればチャレンジしたいです。(エクササイズ  さわやかさんワーク)

2学期の終わり頃には,1日学校にいることもできるようになってきたので,そのころから「例外探し」もしてみた。
・簡易給食(サンドイッチ,おにぎり)は食べる。
・体育が午後にある日は掃除までする。
・算数は苦手。算数が始まると帰る。
・グループ活動は好き。
・国語で話し合い活動をする時は,他の人の話をにこにこして聞いている。
・図工,習字など,作品が残るものをいやがり,帰りたがる。
・給食は食べないが,家庭科で料理したものは食べる。

6年生における2月16日現在の欠席日数は24日である。

 3年の2学期から現在に至るまでの経過をたどってきたが,現在は落ち着いている状態であると考える。しかし,不登校の状態は依然続いており,いつ何のきっかけで休むか思うと不安である。Yの担任として2年間無理強いせず,本人にまかせてきたつもりであったが,それはYから逃げてきたことになるのではないか,もっと適切な指導をしてくれば不登校状態は改善したのではないかと感じている。卒業を目の前にし,Yの心の状態を把握し,全てを受け止めることができればよかったと反省している。

◎検討して欲しいこと
 ・Yが完全に不登校状態から登校状態になるようにこれからどのような支援をしていくべきなのか。


<検討会から>
・「検討してほしいこと」はYが新しい環境に対して何とかやっていこうとする力を付けるにはどうしたらいいかというように,読み替えをした方がいい。その方が対応策が考えやすい。考えられるのは,「中学校に入学する際の引継をしっかり」,「父親との面談を実現すること。その際には,手紙などで気持ちを伝えておくことも一方法。」「母親をヘルプすることも伝えておくこと。困ったときには,ここに相談するといいですよ,などと具体的に」
・仮説を立てて子供の指導に当たることがとても大切である。状態の改善に向けて,二つの仮説が考えられるだろう。一つは家庭環境等の外的な環境調整に力を入れると改善に向かうだろうということ。もう一つは本人自身の生きる力づくりに力を入れると改善に向かうだろうということ。どちらの仮説を採るかによって,かかわりのアプローチが変わってくる。
・体育のために再び学校に来るという部分は大事なポイントである。できることをほめられていい気分になっているというのではなく,自分のもっているものを発揮する心地よさというものがあるのではないか。つまり,他者評価による心地よさではなく,自分のもっているものを十分に発揮する心地よさということである。他者評価にこだわらず,もっと自分の良さを発揮できるような課題(発達の最近接課題)を教師や親が準備できるといい。努力すればできるような課題に取り組み,自分の力で課題を達成することでどんどん力が付いていく。たとえば,体育の時間に,自分自身を伸ばすという体験,自分自身の伸ばし方を知ることができれば,他の場面にもきっとその力が発揮されるだろうという仮説でもある。がんばり方,努力の仕方がわかれば,人と比べてできる自信ではなく,自分自身の持っている力でできるという自信につながり,不安も減っていくだろう。
・子供が学校を休みたいと言ったときに「あなたが決めていいよ」とまかせるのは,今後の見通しをもっていないと「逃げや放任」ということになる。この部分を子供にまかせれば,きっと数ヶ月後にはこのように改善するだろうという見通しを持つことが大切である。放任すれば,子供は良くも悪くもわがままな部分も持ち合わせているので,勝手気ままな方向に流されていく。その間,学習などはどんどん空白が増えていく。教科の学習はやはり大切なものである。人間が生きていくときの知恵の元となるものである。

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