2001学習会講義資料バックナンバー 11-1 

 
精神分析理論の基礎 その1
 
T.精神分析理論の骨子(引用;カウンセリングの理論,國分康孝著)
1.幼少期の体験が性格を形成するということ
 
2.無意識があらゆる行動の原動力であるということ
 
<精神分析理論を骨子とした精神分析療法とは?>
 幼少期の体験で無意識下に抑圧されているものを想起し,遅まきながらその体験を克服するということ。一言でいえば,「無意識の意識化」である。
 
*エピソード1;「無意識の発見」(引用;精神分析読本,大橋秀夫著)
 フロイトは次の二つの事例から「無意識」を発見したと言われている。
(1)親友ブロイアーから聞いたアンナ・O嬢の治療経験。父親の看病を契機に多彩な身体症状(咳,視覚障害,言語障害等)が出現していたアンナには,二つの意識状態が交互に出現していた。意識の第一状態は不安そうに見えるがほぼ正常,第二状態は放心状態から興奮し,乱暴になり,悲痛な事柄を物語る別人のよう。ある時,アンナは偶然,第二状態のときに,自発的に一つの症状(水が飲めない)が生じた時の事情(犬がコップに口を付けた)を語った。すると,直ちに症状が消失して水を飲むことができたという。以後,ブロイアーはこのことにヒントを得て,催眠状態のもとで他の症状に対してもそれが生じた当初の事情をアンナに語らせたところ,まるで過去を再体験するかのごとく,忘れていた出来事を生々しく語り,苦しみ,その際症状はいったん増悪して頂点に達したかと思うとそのまま消失したという。
(2)フロイト自身が見学した「後催眠暗示」の実験。医師が被験者に催眠術をかけ,一定の時間後にある特定の行動をとるように命じて術を解く。例えば,部屋に四つん這いになるようにと命じておくと,命じられた時間になると被験者は四つん這いになるという。理由を聞くと「小銭を落としたものですから」など,もっともらしい言い訳をつけて答えるという。命じられたという事実は思い出せず,あくまで自由意志の行動だと主張する。
 この実験からは「催眠中に命じられたことが思い出せないとはいえ(無意識下に)残っている」,「無意識の内容が行動に影響を及ぼす」,「被験者は行動に対して別の動悸を見つける」ということが示唆される。
 
 フロイトは上記の二つの事例を考え合わせ,ヒステリーの病態を次のように捉えた。「ヒステリー患者は無意識的な追想に悩んでいる」
 
*キーワード1;フロイトによる神経症の定義とその治療(引用;臨床ユング心理学入門,山中康裕著)
 人間における意識と無意識の領域は圧倒的に意識の方が広く,無意識の方が狭い。意識に都合の悪いものが全て無意識下に押しやられる。本人に自覚のないまま隠蔽する操作が行われる。(抑圧) しかし,無意識領域にもキャパシティがある。抑圧されたものがふくらみ,キャパシティを越えると次第に意識の領域を脅かし始める。その意識が脅かされた状態をフロイトは「神経症」と定義した。したがって,神経症を治すには,無意識という闇の領域に意識の光を当て,抑圧されていたものをもう一度意識化すればよい。そうすることによって精神の安定を保つことができる。
 
*キーワード2;リビドー(引用;臨床ユング心理学入門,山中康裕著)
 フロイトが診た神経症患者の大半がヒステリー。ヒステリーとは女性特有の癇癪持ちのように理解されるが,精神医学的には「過去の抑圧された経験が身体的症状に転換されて起こってくる症状」を指す。フロイトの患者が抱える問題の大部分が性に関することであったため,フロイトは無意識下に抑圧されるもののほとんどは性の問題であると捉えた。そして,その抑圧された「性エネルギー」のことを「リビドー」と定義した。(なお,國分.1980は,リビドーを自己保存本能,生殖本能を含む建設的なものとして広く捉え,「生エネルギー」とすべきであろうと述べている) 
 
U.リビドー発達的見地(引用;カウンセリングの理論,國分康孝著)
 性格とはリビドーが人生の節目節目でどのように満たされてきたかによって決まる。フロイトは次の5段階を設定した。
 
(1)口唇期;oral stage(誕生〜1歳半)
 この時期は,乳を吸う活動が中心となって心身が発達すると考えられるので,この名称で呼ばれる。乳児は口唇粘膜とその周辺で快感を得ているに違いないと想像。口唇活動に伴う栄養摂取,快感獲得,母子間の感情的交流の三つが分離せずに密接に絡み合っている。この時期に問題のある人を「口唇期性格」といい,たいていは甘えん坊,酒飲みである。
 
(2)肛門期;anal stage(生後8ヶ月〜3,4歳)
 この時期は,大小便の躾の時期に相当する。排泄活動が快感をもたらす。快感は排泄を我慢することから来る充足感と,排泄によって得られる緊張の解放感から成ると考えられる。躾を通してセルフコントロールの訓練をする時期である。この時期に問題のある人を「肛門期性格」という。あまりにも躾が厳しい中で親の言うままに育つと,何事もきちんとしないと気の済まない融通の利かない人間になる。逆に,親に反抗して育つと時間や金銭,愛情を出したくない人間になる。(けち,攻撃的など)
 
(3)男根期;phallic stage(3,4歳〜6,7歳)
 この時期,幼児は自らの性器に関心を示し,性の区別に目覚めてその相違を主としてペニスの有無によってなそうとするので,この名がある。自らの性器に関心を示した幼児は性器に触れることが特別な快であることを発見する。「お医者さんごっこ」をするのもこの時期。親に対する強い性的魅力を感じ始める時期でもある。特に男児は母親に強い性的愛着を感じ,その母に特別な権利を有する父親に嫉妬し,その不在を願うほどになる。(エディプスコンプレックス) ところが,このエディプスコンプレックスは激しい葛藤を引き起こすことになる。というのは,父親への愛情や甘えが消失しているわけではないので,父親への敵意に対する罪悪感や愛情を失う不安,父親に報復されるのではないかという恐怖感が湧き起こるからである。この不安や恐怖は「去勢不安」(ペニスをとられるのではないか)となる。去勢不安の生起によって,男児は母親への性的愛着を断念,あるいは抑圧し,父親と競う代わりに父親を見習って男らしさを身につけるようになる。これをエディプスコンプレックスの終結と性同一性(男性性)の獲得と呼ぶ。この時期に問題のある人を「男根期性格」という。エディプスコンプレックスが終結せず,いつまでも異性の親に定着し,親以外の異性を愛情対象にしなくなるなど。
 
*参考;女児が父親に強い性的愛着を感じ,母親に嫉妬するのは「エレクトラコンプレックス」と呼ばれる。男児の場合は,愛情の対象が母親のまま変化しないが,女児の場合は,はじめ母親に向けていた愛情がこの時に父親に移る。女児は自分にペニスがないことを発見し,男児と比べて劣っていると感じる。(ペニスは力の象徴) ペニスがないのは母親も同じであることを知って失望し,自分もペニスを持ちたいと願う。(男根羨望) 男児の場合は去勢不安からエディプスコンプレックスが終結するのに対し,女児の場合は男根羨望からエレクトラコンプレックスが生起する点で大きな違いがある。
 なお,エディプスとは「エディプス王」,エレクトラとはアガメムノン王の「愛娘エレクトラ」であり,共にギリシャ神話がその由来である。エディプスコンプレックスを発見したのはフロイトであるが,「女児のエディプスコンプレックス」を「エレクトラコンプレックス」と命名したのはユングである。
 
(4)潜伏期;latency period(6,7歳〜11,12歳)
 エディプスコンプレックス,エレクトラコンプレックスが衰退,あるいは抑圧された後,性本能は足踏み状態になる。(全くなくなるのではなく潜在する) ほぼ日本の学童期がこの時期に当たる。同性間の交わりが進み,男らしさ,女らしさが強調され,性的同一性の強化が進行する。学習などの知的活動にもエネルギーが注がれる。また,学童期は社会化の時期でもある。小学校生活の中では,現実原則に従うことが求められるため,快楽原則は抑圧,抑制(潜在化)せざるを得ない。これがきちんとできる子どもを「いい子」と言うが,後に問題になる場合もある。快楽原則の潜在化がある限度を超えると,快楽への欲求が抑えきれなくなる。今まで「いい子」だった子どもが急に不登校や暴力児になるのはそのためである。
 
(5)性器期;genital stage(11,12歳〜 )
 思春期になると肉体的成熟に伴い,本能衝動の絶対量が増加し,女子では月経の開始が,男子では射精を伴う自慰がこの時期の到来を告げる。この時期の男女は過度の禁欲と快楽の間を激しく動揺し,本能が荒れ狂う時期でもある。この危機を乗り越えるべく,個人はそれぞれ模索し,議論したり,書物を読んだり,運動をしたり,精神の糧となるものを何でも取り入れようとする。この過程は「自分を創る」と言われている。自我,それまでの出来合の超自我(潜伏期に取り入れた両親の超自我)ではもはや激しい本能衝動を治めきれず,新たな拠り所としての超自我を必要とするために,両親の影響から脱し,新しい人との出会いを通じて,本能衝動の制御可能な自分を形成しようとするからである。すなわち,自分とは「他人との関係の中で他人との同一化が起こり,そのような同一化がいくつも重なり,いわば沈殿してできあがった人格」ということになる。以上のことが順調に経過した場合,潜伏期から存続していた異性に対する感情と,新たに激しさを増した性的欲求とが合流し,精神的にも肉体的にも異性を愛することが可能になり,一個の独立した人格となる基礎が形成されると考えられる。この一人前の人間を「性器期的性格」と言い,精神分析のめざす人間像である。
 
 
<参考・引用文献>
・心理学辞典,中島義明,有斐閣,1999
・カウンセリングの理論,國分康孝,誠信書房,1980
・精神分析読本,大橋秀夫,サイエンス社,1981
・臨床ユング心理学入門,山中康裕,PHP,1996
 
*精神分析理論の基礎としては,「夢理論」,「防衛機制」,「コンプレックス」等についてもいずれ機会を見て触れることにしたい。

 

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