学校教育相談の開発的発想


第1節 日常の教育活動に生かす治療技法

 第4章では、問題を抱えた生徒に対する治療的教育相談の技法について考えてきた。しかし、第3章でも述べたように( 3036-3042)、現代社会に生きる生徒たちの殆どが、何らかの問題を持たざるをえない状態である。学校の中には不登校などの顕在化した症状は呈しないまでも、それと同じ問題を抱えた生徒が溢れている。そうした生徒に対しても、学校教育相談の治療技法は有効であるし、実際教師は意識していないかもしれないがそれに類することはしているのである。

1.学習指導と治療技法

 日常の学習指導の中にも治療技法が生かされている。例えば、授業は<論理技法>的に展開する。教材研究は教材の<解釈>であり、授業内容の伝達は<情報提供・教示・示唆>であり、伝達した教科内容をもとにして論理的に推測させるのは<論理的予測>であり、多様な受けとり方の力をつけさせるのは<論理療法>である。生徒が興味を示すように教師の体験談を話したりして<自己開示>もする。生徒の理解を深めるために<説得>や、時には<暗示>を使ったりもする。そして、授業の終わりや単元の最後にはまとめとして<定着確認>をする。
 また、学習計画の指導は<行動技法>的になる。まず主要目標を設定し、下位目標を決め、行動計画を立案して、行動の変容を迫る。ただ、下手な指導は、ほめたりけなしたりする<強化>や<消去>の使い方が間違っていたり、<数量化>しないで漠然とした目標を掲げて頑張れ頑張れと励ますだけだったり、<スモールステップ>を使わずにいきなり難しい課題を与えたりする。
 しかし、これらはあくまで「的」であって<論理技法>や<行動技法>そのものではないことがある。なぜなら、そのベースに<かかわり技法>が使われていない場合は似て非なるものになるからである。知識を伝達するだけで生徒の気持ちを無視して展開するような授業や、生徒の気持ちも考えずに教師が一方的に目標や計画を設定してしまったりする指導は、教育相談とは正反対のものになる。

2.生徒指導と治療技法

 日常の生徒指導の中にも治療技法が生かされている。例えば、喫煙やバイク乗車やカンニングなどの校則違反の指導は、威嚇的な指導は論外であるが、<論理技法>的に展開する。<閉ざされた質問>で詰問していき、<論理療法>によって校則違反に対する受けとり方を改めさせたり、<論理的予測>によってこのままいけば自分がどうなるかを考えさせたりする。指導が入りにくい場合は<自己開示>や<説得>などを使う。そして最後に<定着確認>をする。また、基本的な生活習慣をつける指導も<行動技法>的になる。展開は学習計画の指導と同様である。
 しかし、これらもそのベースに<かかわり技法>が使われていない場合は、あくまで「的」であって<論理技法>や<行動技法>とは別物になる。学校の体面や規則の存在を守るためだけに行う生徒指導は教育相談的とは言えないのである。

3.教育的ベースと<かかわり・自己洞察技法>

 学習指導にしろ生徒指導にしろ、<かかわり技法>を使わなければ教育相談にならない。生徒の気持ちがわかる教師は、リラックスした気持ちと態度で、生徒と視線を合わせ、話すスピードや声の大きさなどを考えながら、関心を生徒の話題に集中する。これが<かかわり行動>である。そして、生徒が言葉や行動で表現していない感情を<観察>する。<閉じた質問>よりも<開かれた質問>を多くし、<最小限のはげまし>を使いながら、できるだけ生徒の気持ちを語らせようとする。内容がはっきりしない時は<明確化>したりする。
 さらに生徒の内面を理解しようとすれば、<自己洞察技法>を使う。生徒の感情に焦点を当て、<くり返し>や<明確化>や<支持>や<気づき>によって感情を引き出し、<感情の反映>によって矛盾する感情を明らかにし、自分の問題を洞察させる。さらに<意味の反映>によって生徒自身の価値観まで洞察させるのである。

4.姿なき<カウンセリング・マインド>の正体

 この<かかわり技法>こそが姿なき<カウンセリング・マインド>の正体なのである。<カウンセリング・マインド>が、<マインド(精神)>ではなく<スキル(技法)>であることはすでに指摘した( 3026-3028)。<カウンセリング・マインド>という実態のない言葉に頼っている間は、学校に教育相談は根づかないだろう。しかし、それを治療技法と対応させて具体的にとらえれば、誰でも少し意識して練習すれば身につくようになるだろう。さらに深めたい場合は、相談教師になる目的でなくても第4章で紹介した技法の基礎訓練やロールプレイや事例研究で研修すればよいのである。ただし、生徒の状態をよく見極めて使用しないと、新たな問題をつくり出すという悲劇を生む可能性もあるので十分な注意が必要である。
 ところで、最近の生徒を見ていて気になることがいくつかある。1つは、言語表現能力の低下である。生徒は成長の可能性を持っているのであろうが、それを言葉で表現できずに、以前にも増して奥深く秘められてなかなか表に出てこない。それを引き出すのは大変時間がかかり難しくなっている。
 2つめは、過保護や過干渉によって、自分からはっきりした意志を表明しなくても誰かがやってくれたり指示されたりすることに馴れていることである。教師が<かかわり技法>や<自己洞察技法>を用いて、待ちの姿勢で生徒が自分の力を引き出すのを援助しようしても、生徒の方が待ちきれずに辛気臭くなったり、本当に聴いてもらっているのか疑いを持ったり、教師を頼りにしなくなったりする傾向がある。
 3つめは情報の過多である。不登校の増加や正当性がその背景を説明せずに報道されると、一種の流行現象になり、自分の問題を考えずに安易に不登校になってしまう。自分の状態を情報で得た症状に当てはめてしまう。カウンセリングの過程を情報として得ているので、却って防衛的になってしまう。
 だからといって、<かかわり技法>や<自己洞察技法>をやめて指示的になるのでなく、だからこそ、<かかわり技法>や<自己洞察技法>によって、生徒が自分の問題は自分で考えて解決できるような力をつけるように指導・援助していかねばならないのである。


第2節 開発的教育相談

1.開発的教育相談の特徴と目標

 前述したように( 3018-3020,3046-3047)、開発的教育相談の特徴と目標は、一般の生徒を対象に、生徒が各人の発達段階に即して発達課題を獲得し自己理解を深めることを、教師が連続的累加的に援助し潜在能力やその能力を使う方法を認識させることである。
 日常的な学習指導や生活指導に治療技法を生かすことも広義の開発的教育相談と考えることができるが、ここでは狭義に、クラス全体を対象にして、学校行事やL.H.R.の時間などの学級活動の機会に行う、計画的な進路学習と対人関係学習に生かす開発的教育相談について考えてみよう。
 ただし、私は最近担任を持っていないので、実践に裏付けられたプログラムを提示することはできないが、かつて担任をしていた時に考えていたことや最近の授業で実践したことをもとに、アウトラインと今後の可能性について提示できると思う。

2.グループ指導の形態

 開発的教育相談はクラス全員を対象にするのであるが、グループ指導の形態を、学級運営に当てはめ、構成員相互の関係の深まりの順番に並べてみよう。

1) グループ・ガイダンス
 クラス全体に対して、知的なレベルの情報を提供する。情報は、高校生活に必要な知識や心構え、発達途上で誰でもが解決しなければならない問題などがある。例えば、定期試験前に試験勉強の仕方や計画の立て方を説明したり、進路計画、親子関係、交友関係、異性関係などのあり方を講義形式で説明したりすることが考えられる。

2) グループ・ワーク
 クラス全員が、現実レベルの人間関係で、共通の活動に従事し達成することを目標とする集団体験である。例えば、文化祭や球技大会などの学校行事への取り組みなどである。

3) グループ・ラーニング
 仲間同士で意見・感情・体験を分かち合う学習形式である。典型的な例は生徒主導型のクラブ活動であるが、クラスで言えば気の合った仲間が集まって勉強会をすることなどが考えられる。

4) グループ・カウンセリング
 比較的軽い問題を抱えた生徒が、互いのやりとりを通して問題解決をしてく集団体験である。例えば、クラスの問題をじっくりと討議することなどが考えられる。

5) グループ・エンカウンター
 生徒が集まってお互いに感情のレベルで交流をし合おうという前提で、言いたいことを言い合い、自己を変容したり悩みを解決する集団体験である。グループ・エンカウンターには、教師によってプログラムされた構成的なものと、生徒の主体性に完全に任せた非構成的なものがある。
 以上のことをまとめて次の表にしてみた。課題やクラスの状態に応じて、どの形態で指導するのが適切かを判断する目安になるだろう。

ワンマン的  指示的    助言的    共助的   放任的
教師の方針を生徒に押しつる      教師の援助的発言によって生徒全員で決定する    全ての決定や実施は、生徒のコンセンサスで行う  
グループ・ガイダンス
 グループ・ワーク  グループ・ラーニング
グループ・カウンセリング構成エンカウンター 非構成      エンカウンター

3.学校の年間スケジュール

 開発的教育相談は、学校行事やL.H.R.の時間を計画的に活用して展開する。府立高校の一般的な年間スケジュールの中でポイントになる学校行事は次のようなものが考えられるだろう。研修旅行は1年か2年で実施され、10月の場合は体験学習、1月の場合はスキー学習になることが多い。(* 印は進路学習、# 印は対人関係学習のポイントになる行事である)。
  上  旬      中  旬      下  旬  
4月 # クラス開き    # 前期役員選挙 
5月 # 遠足       * 中間試験   
6月 # 球技大会     * カリキュラム予備登録
7月 * 期末試験    
8月
9月 # 文化祭・体育祭  * カリキュラム本登録  
10月 # 後期役員選挙   * 中間試験     # 研修旅行   
11月 (# 球技大会)  
12月 * 期末試験    
1月 # 研修旅行   
2月 (* 中間試験)  
3月 * 期末試験    

4.進路学習と開発的教育相談

1) 進路指導の理想と現実

 高校での進路指導は、本来、生徒の次のプロセスを教師が援助するものである。1)今の自分の能力や適性や学力などの特徴についてよく理解する。2)社会の仕組みや職業についての知識や情報を得る。3)それらと幼い頃からの夢を総合して自分の人生を組み立てる。4)それに適している能力や適性や学力はさらに伸ばし、不足している部分は補って自己変容する。5)最終的に進路を選択する。
 しかし、現在の高校で行われている進路指導は、2)の情報提供と、5)進路決定は行っているが、1)の自己理解、3)の人生設計、4)の自己変容の学習や指導が抜け落ちていることが多い。つまり、指導に重点が置かれていて、本当の進路学習はあまり行われていないのが現実である。また、2)の情報提供にしても、生徒が消化しきれない大量の情報を一方的に与えるだけであったり、5)の進路決定にしても、就職先や進学先を斡旋するだけであったり、ひどい場合は生徒が希望していないのに押しつけたりしていることがある。
 その結果、就職や進学をしてから自分とは何かという疑問を持ち始め、その疑問に押しつぶされるケースが急増している。高校は、大人が組織的計画的に、子どもの自己理解と人生設計と自己変容を援助できる最後の場なのである。この時期にこそ進路学習を充実させなければならない。

2) 進路学習のアウトライン

 進路学習の計画は3年間を見通すことと、1年間の中では定期試験やカリキュラム登録の時期を考えて作成することが大切である。
 第1学年の主要目標は、自己理解と学習習慣の確立である。4月上旬に、高校に入学した意味を考えさせ、高校の生活や学習の仕方について<グループ・ガイダンス>をする。定期試験を利用して自分の学力的傾向を分析しながら、自分に合った学習方法を確立していく。カリキュラム選択の関係で、9月までに文系が理系か、就職か進学かのおおよその方向を決定しなければならない。(これは時期的に非常に酷なことであり、今後の課題になる)。10月からL.H.R.の時間を利用して、自己理解のための学習、職業観や勤労観についての学習を計画的に実施していく。<グループ・ガイダンス>の形態で教師が説明し、生徒がチェックシートやワークシートを使いながら自分で考えていく方法が望ましい。そして、<グループ・カウンセリング>の形態で学習が深められればより効果的である。学年終了時には自分の能力や適性や学力を把握し、自己変容の方向を考えられるところまで学習する。
 第2学年の主要目標は、進路の方向の明確化と自己変容である。9月のカリキュラム登録までに、自己理解を深めながら進路に関する資料を検討し、進路の方向を明確にし人生の設計をしていく。そして、進路の実現のために必要な能力や適性や学力を伸長したり補ったりして、自己変容をしていく。
 第3学年の主要目標は、人生設計を持ち、今後の進路を決定し、その実現に向けて具体的な努力をしていくことである。

3) 進路学習に生かす開発的教育相談

 開発的教育相談が進路学習に生かせるのは、自己理解を深めることと、人生設計や自己変容の方向性や目標を考えさせることである。

1) 今までの自分を振り返る
 自分理解を深めるには、まず、今までの自分を振り返り、どれだけ発達課題をクリアーしてきたかを考えることが必要である。
 高校生の時期はこれまでの発達段階で獲得してきた課題を再構成する時期である。しかし、現代社会では、どの発達段階においても十分に課題を獲得することが難しく、積み残してきている課題が多い。各発達段階の課題(「発達の段階」 2042-2053)や、青年期に生じる様々な問題(「青年期の課題」 2056-2069)についてガイダンスしたり、発達課題のチェックシートを作って生徒に自分の積み残している課題を気づかせたりすることもできる。また、交流分析の脚本分析(「心の分析」 2106-2109)を応用したワークシートを作り、それをもとにして自分史を書かせることもできる。

2) 今の自分を知る
 今までの自分を振り返ることによって今の自分が浮かび上がってくる。それを確かめるために従来は業者の性格テストなどをしてきたが、これはあまり賢明な方法ではない。その前に、交流分析の構造分析(「心の分析」 2089-2093)で人の心の仕組みを教えたり、ユングのタイプ論(「人間のタイプ」 2116-2127)などで人間の性格のパターンについて説明しておくことが必要である。その後で、エゴグラム(「心の分析」 2093-2095)や性格のタイプ分類のチェックシートをさせたりする。ただし、チェックシートなどをさせる場合は、その結果を教師が診断し指導の方針を立てるのでなく、見方を簡単に説明して生徒に自分で診断させることが大切である。また、最近流行の心理ゲームなどを利用するのも面白いが、興味本位に流されるのでなく、目的やフォローがしっかりしているものを選ばなければならない。

3) これからの人生を考える
 自己理解の次は、適切な情報提供、そして人生設計である。
 これからの人生はこれまでの人生の延長線上にある。将来の自分や死についても脚本分析を応用したワークシートをして自分史の続きを書かせることが効果的だろう。また、人生の方向を決定するのは価値観である。チェックシートで自分の価値観を明らかにし、<グループ・カウンセリング>の形態で話し合いができればさらに深まるだろう。
 システム化した現代社会では、高校生にもなると自分の先が見えてきて、いくら努力しても仕方がないような無力感に陥る。しかし、それは社会の一定の価値観に囚われていることが多く、価値観を転換すれば明るい未来も見えてくるかもしれない。高校生の時期に自分の価値観を見直すことは重要である。逆に、自分の人生を1つの物語として受け容れることを考えるの大切である。いつまでも過去の栄光に未練を残していて、これからの人生の可能性まで台無しにするのは勿体ないことである。

4) 自分を変える
 人間は、今の自分に不満を持ち何とか変わりたいと思いながらも、積極的に自分を変えようとしない。それは、自分を変えるのは苦しいことで、その苦しみに比べれば今のままでいる方が楽だと思ってしまうのである。本来、高校生は人間形成の上で最も変化の激しい時期にあるはずであるが、最近の高校生を見ていると、変わることを諦めた老成している生徒が多いような気がする。システム化が徹底した現代社会においては無力感に陥ることはやむを得ないことかもしれないが、自分を変える方向や方法を知らないことも多い。
 自分を変えるには、エゴグラムの結果をふまえて自我状態を変えたり(「心の分析」 2095-2097)、自分の性格のタイプを知って変えていくこと(「人間のタイプ」 2127-2131)などが考えられる。
 学習計画を含めた自己変容の具体的な方法については、<行動技法>を使って計画を立てて実行に移すようにするとよいだろう。

4.対人関係学習と開発的教育相談

1) 学校教育の中の対人関係

 人間は、グループの中で自分の価値を認めてもらい、相手の価値を認め、対等に仲間として付き合って欲しいと思う。そして、グループの一員として役割を分担し、自分の役割に応じた働きをしたい、仲間と協力して1人ではできない大きな目標を達成したいという欲求を持っているものである。そして、頼藤和寛は講演の中で述べているように(1019)、相手の気持ちを感受できる<センス>と相手に具体的に働きかける<スキル(技術)>の対人関係能力によって、その欲求を達成していく。
 しかし、現代社会は、消費社会のシステム化や核家族化や地域社会の崩壊によって、対人関係能力をつけるどころか削ぎ落としている。現代の高校生も殆どが対人関係に悩んでいる(3039)。
 同年代の人間が最も多く集まり最も長く生活を共にする場である学校も、学力主義と管理主義によって( 3037-3038)、生徒の対人関係をますます希薄なものにしている。学校は生徒の内面まで可視化して管理しようとするのに対して、生徒は私事化して自分だけの世界に遁走しようとする。それは学校から切れるだけでなく、学校での友達関係からも切れようとする。空間的に断絶する場合が不登校になるのであるが、学校へ来ている生徒も個性を発揮したり目立つ行動を避け、できるだけ他の生徒と同調することによって、自分からも切れようとしているのである(「逸脱の構造」 2078-2085)。
 それでもやはり、対人関係を学習できる場は、同年代の人間が最も多く集まり最も長く生活を共にする学校しかないのである。

2) 対人関係学習のアウトライン

 学校生活全体が対人関係の学習の場であるが、計画的に学習するには学校行事やL.H.R.の時間を活用する。従来、学校行事は成功させることを目標にして、クラスの交流と親睦を図り、クラスの団結を目指して取り組む<グループ・ワーク>の段階であることが多い。それも大変意義のあることであるが、結果の成否にかかわらず、取り組みのプロセスで日常の学校生活の枠組みが変化し、生徒の人間関係が動いていることにも注目すべきである。生徒は今まで関わったことのない人と関わらざるをえない状況が出てくる。そこで、様々な対人関係の葛藤が生じ、対人関係能力が必要になってくる。
 クラス開き、遠足、球技大会、学校祭と学校行事が続くが、それぞれの行事に向けて、その成功を目指しながらも、一方では対人関係能力の成長を考慮した目標を段階的に設定する。取り組みの中でクラス内の対人関係の問題を明らかにし、L.H.R.の時間を利用して対人関係学習を進めていくのである。また、役員選挙は役割分担を決めるという意味よりも、クラスの人間関係がより鮮明になるという意味で注目すべきである。そして、文化祭終了後から計画的な対人関係学習を開始する。内容の概要については後述するが、形態としては<グループ・ワーク>の段階から、<グループ・カウンセリング>や<グループ・エンカウンター>の段階まで深めていくと効果的になる。

3) 対人関係能力を育てる開発的教育相談

 対人関係能力を育てるには、まず自分自身を知り、次に相手を知り、そして自分を知ってもらうことが必要である。そのためには、感受性を養い、コミュニケーションや協力などの対人関係のあり方や、そこに生じる問題と対処の仕方を学ばなければならない。また、集団思考と集団決定、集団での活動、フィードバックなどのグループの動きを体験的に学習することも必要である。これらは、開発的教育相談の分野そのものである。
 対人関係能力を理論的に学ぶには、自己理解は進路学習で述べた方法、対人関係のパターンは交流分析のやりとり分析(「心の分析」 2097-2099)、そこに生じる問題はゲーム分析や時間の構造化(「心の分析」 2101-2104)や精神分析の防衛機能の考え方、対処の仕方はストロークの考え方(「心の分析」 2099-2101)が参考になるだろう。疑似体験的に学ぶには、ロールプレイ( 3077-3080)やサイコ・ドラマなどの利用が考えられるだろう。
 しかし、最も効果的と思われるのは、グループ・ダイナミックス、グループ・ワーク、Tグループ、エンカウンター・グループなどで使われているプログラムである。それはグループで行うレクレーション・ゲーム形式になっている。勝敗を競ったりプロセスを楽しむ要素もあるが、理論的な裏付けがあってゲームを通して何を発見し何を理解するかが目的になっている。それらが人間関係づくり・自己発見・自己開示・感情表現などの目的コース別に配列されている。そうしたプログラムをクラスの状態に応じて利用していくのである。そうした実践も報告されている。ここでは具体的なゲームやプログラムを紹介できないが、次に参考図書を挙げておく。

「人間づくり 第1集〜第4集」 国分康孝監修 瀝々社
 実際に学校で実践した結果が書いてあり、大変参考になる。第1、2集は中学校編、第3集は高校編、第4集は小学校編である。
「ニュー・カウンセリング」 伊東博 誠信書房
 感覚→からだ→自己→対人→表現の教育のプロセスを「からだである人間」として「体験しながら学習」する人間教育の新しいアプローチを提供してくれる。実践例や反応、注意などのあり使いやすい。
「エンカウンター」 国分康孝 誠信書房
 エンカウンター・グループについて書かれたものであるが、構成的エンカウンターのエクササイズの説明やプログラムは参考になる。
「教師業ワークブック」 シドニィ・サイモン 市川千秋・宇田光訳 黎明社
 自分の価値観を見つけたり整理したり築き上げたりするのを援助する31の方略が提案されている。題名は教師業とあるが、クラスでの集団活動にも使えるように書かれている。
「実践・教育訓練ゲーム」 坂口順治 日本生産性本部
 ビジネス書として侮るのは教育者の傲慢であろう。現在、教育現場が企業から学ぶことが多い。数多いビジネス書の中から私が縒りによって探し出した図書である。
「おしゃべり用心理ゲーム」 パラキハウス TBSブリタリカ
 パーティの話題用に作られたもので、最近類似品が多く出回っている。系統性や理論的な裏付けがないので興味本位になってしまう。
「Creative O.D.───人間のための組織開発シリーズ」 柳原光監修 行動科学実践研究所(販売元プレスタイム)
 上記の図書のバイブルになるものである。市販されておらず非常に高価なので入手するのは難しい。

5.開発的教育相談の教師の力量と役割

 開発的教育相談の教師の役割は、治療的教育相談よりは現実的で<父性原理>が強くなる。時には、指示・注意・禁止・命令したりしなければならない。しかし、その教育的ベースとして、生徒が自己嫌悪や他者憎悪や人間不信に陥らないように配慮する<かかわり技法>がなければならない。
 また、自己理解や対人関係などに関する基本的理論をわかりやすく生徒に説明できるように理解したり、チェックシートやワークシートやゲームを本来の目的に添って使いこなせる力が必要である。そのためにはまず教師が楽しみながらやってみて、自分の好みに合うものを、自分なりに工夫することが必要である。
  さらに、学校行事の縮小に向かっている流れに歯止めをかけるために、学校運営にも積極的に関わっていく必要がある。

6.開発的教育相談を生かした授業実践例

 次に報告するのは、昨年度2年生の選択国語での私の実践である。授業とL.H.R.などの学級活動の時間とでは生徒の意識に違いがあるかもしれないが、生徒が今何を求め、それにどのように取り組もうとしているかがよくわかると思う。

1) マイライフ

 自分の人生について書かせた。まず、人生を、幼児期・児童期・思春期・将来・死についての5つに分け、交流分析の脚本分析の項目を参考にして幾つかの質問事項に答えさせた。そして、それぞれ800字程度で書かせた。最後に自分の書いたものを読み返して「あとがき」を書かせ、表紙をつけて提出させた。質問事項と次のようなものであった。
幼児期(幼稚園までの頃)
1)私の誕生日はいつですか。
2)私の名前を付けたのは誰ですか。
3)私の名前にはどんな願いが込められていますか。
4)私は何と呼ばれていましたか。あだ名や愛称。
5)両親はどんな方針で私をしつけたであろうか。よく言ったことやその方法。
6)私は親にどんな感情を抱いていたか。
7)私は自分自身にどんな感情を抱いていたか。
8)私は世の中をどのように見ていたか。
9)どうしてもやりたいと思った事は何か。
10)二度としないと思った事は何か。
11)両親が尊敬していたのはどんなタイプの人か。
12)私が最も好きだったのはどんなタイプの人か。
13)両親が軽蔑していたのはどんなタイプの人か。
14)私が最も嫌っていたのはどんなタイプの人か。

児童期(小学校の頃)
1)両親が私によく言ったことはどんなことか。
2)両親が好んだ人生訓や格言は何か。
3)両親が私に特に教えたことは何か。
4)両親が私に特に禁じたことは何か。
5)私が好きだった童話や童謡。
6)私は尊敬した英雄は誰か。
7)私が好んだ悪者は誰か。
8)家族が苦境にあった時、母はどんな反応をしたか。
9)家族が苦境にあった時、父はどんな反応をしたか。
10)両親はどんなことで口論したか。
11)先生とうまくやっていけたか。
12)他の生徒と仲良くすごすことができたか。
13)家族で食事する時に、どんなことを話題にしたか。

思春期(中学・高校の頃)
1)私は仲間とどんな話をよくするか。
2)私にとって尊敬する英雄は誰か。
3)世の中で最低の人間は誰か。
4)私を最も嫌な思いにさせるのはどんな種類の感情か。
5)私を最も良い気持ちにするのはどんな種類の感情か。
6)困難な状況の下で、私はどんな反応を最も起こしやすいか。
7)私はどんな種類の感情を心の中にためこむ癖があるか。
8)家に来客がある時、両親はどんなふうにふるまうか。
9)両親は二人きりになると何を話しているだろうか。
10)私はどんな悪夢にうなされたことがあるか。
11)他人は私の目にどううつるか。

将来(高校卒業後)
1)私は人生で何が起こるのを待っているか。
2)「もし、かなうなら」「あんなことさえなかったら」はいうテーマを与えられたら、私はどんな話をするか。
3)私にとって「打ち手の小槌」は何か。
4)どうすれば最も有意義に自分の人生をすごすことができるだろうか。
5)自分の人生を無茶苦茶にするとしたら、何をするのが一番よいだろうか。
6)私は五年後に、どんなことをしているだろうか。
7)私は十年後、どこにいて何をしているのだろうか。
8)私は子供を何人ほしいか。
9)私は何才で結婚したいか。
10)私はどんな人と結婚したいか。
11)私はどんな家庭を築きたいか。
12)私はどんな親になりたいか。
13)私の妻(夫)にはどんな親になってほしいか。
14)私は自分の子どもにとんな人間になってほしいか。

死について
1)私は何才まで生きるつもりか。
2)どうしてその年令を選んだのか。
3)私は老後について、どんな計画をもっているか。
4)私が死ぬ時、誰がそばに付いていてくれるだろうか。
5)私の最後の言葉はどんな言葉だろうか。
6)私は後に何を残して死ぬだろうか。
7)人々は私の墓石に何と刻むだろうか。
8)私は自分の墓石に何と刻むだろうか。
9)私の死後、人々は何を発見して驚くであろうか。

 今までの人生を振り返って自分史を書かせることはよくあるが、将来や死についてまで書かせるのは少し変わっていると思う。将来や死について書かせることは、夢を語るということだけでなく、逆に今までの人生を振り返るのにも有意義である。また、交流分析の質問事項を考えることによって、事実の羅列ではなく、自分の心理の内面に深く迫った読み応えのある作文になったと思う。さらに、全体を書いたあと読み返して「あとがき」を書くことによって、もう一度自分を客観的に見れたと思う。
 各期2時間で合計11時間も使ったが、最初の頃は1時間目で完成して2時間目は遊んでいる生徒が多かったり、後でまとめて書くと言う生徒もいた。しかし、期が進むごとにじっくり書くようになった。「あとがき」に、自分を振り返ることで新しい自分が発見できたと書いている生徒が多いようだった。ただ、質問事項をもう少し整理する必要があった。
 生徒の感想としては次のようなものが特徴的であった。a)これからの自分はどうあるべきか考えさせてくれた。b)今までこのように自分の人生を振り返ることなんかなかったような気がする。だからすごくよいことを学んだなと思う。c)小さかった時の忘れかけてた思い出が甦ったりしてすごく新鮮な気持ちになれたし、将来や死について初めて考えるという体験をした。d)過去のことより未来の作文が書けたから良かった。なんか想像だけどワクワクした。e)家とかで親にいろいろ喋って楽しかった。f)将来のこととか書いて表すと自分の中で整理するみたいでよかった。

2) 心理ゲーム

 教材と教材の谷間の時間に心理ゲームを取り入れた。

1) 私の洋服ダンス
 これは、自分の性格を考えるゲームである。瞑想して自分の性格や特徴を表す言葉を思い起こし、それを4枚の紙片に書き、机の前に置き、1枚ずつ自分の心に着せてみて、自分に似合うもの着心地のよいものの順に並べる。そして、もう一度1枚1枚味わってみて、感想を作文に書かせた。
 「選択国I」の最初の時間にしたが、何となく宗教っぽくて、「選択国I」の行く末を暗示するような感じであった。

2) エゴグラム
 これは、交流分析の手法の一つである。人間の心の中には、親の心・子供の心・大人の心の3つがある。さらに、大人の心は、父親的な心と母親的な心に分けられ、子供の心は、自由な心と従順な心に分けられる。まず、こうした概要を説明した後、幾つかの例を分類させて具体的に理解させた。そして、質問紙によって自分の傾向を診断させ、その結果について作文を書かせた。
 自分の内面を探るのが目的だが、これは自分史を書くための準備としても有効であった。また、生徒は非常に熱心で、自分について知りたがっていることがよくわかった。

3) 「NASA問題」
 月面に不時着した時、残された15の品物の持っていく優先順を決めるというゲームである。まず個人で解答させ、次に好きなもの5人ぐらいでグループを作り、意見をまとめさせる。その時、多数決やジャンケンなどの安易な方法でなく、論議を尽くして全員が納得して決めるように指示する。次の時間、その結果を黒板に書かせ、正解を発表して誤差の少なさを競う。しかし、ここまではあくまで準備で、問題はどれだけ正解に近いかでなく、自分がグループ討議の過程で果たした役割を考えることである。まとめ役・親分・トラブルメーカー・傍観者、まず自分で自分を診断し、さらに他ののメンバーに評価してもらう。その違いも重要な問題である。
 人間は、自分1人でなく、他の人間との関係において生きているのだから、こうした理解も必要である。生徒は、普段の授業では想像できない程ケンケンガクガク討論をしていた。正解を発表した時も大いに盛り上がった。それだけでなく、今までの討議の中での自分の役割、他人から見た自分の姿を真剣に気にしていた。

4) イメージ・ゲーム
 「おしゃべり用心理ゲーム」の中から面白そうなゲームをした。生徒には、答えを記入できるプリントを配り、問題を読んだ。
 「川を渡る女」は、「Lさんは川のこっち側にいる。恋人のM君は川向こうにいる。LさんはM君の所に行きたいが、橋が流されて渡ることができない。舟を持っているB君に頼むと、百万円出さないといやだと言う。Lさんはあきらめて、同じく舟を持っているS君に頼む。S君はからだを要求する。どうしてもM君に会いたいLさんはS君の要求を通りにし、川を渡る。ところがM君はLさんのしたことに怒って、Lさんを捨ててしまう。悲嘆にくれるLさんの前にH君がやって来る。H君は、一部始終を見ていたといってM君を非難し、よかったら僕と暮らしましょう、と言って家に連れて帰った。さて、Lさん、M君、B君、S君、H君の5人を悪いと思う方から順番をつけるとどうなるか」という問題である。それぞれ、愛・倫理・ビジネス・セックス・家庭を表し、順番をつけることによって自分の中の価値観がわかるようになっている。
 「3つの動物」は、「3種類の動物を思い浮かべて下さい。それぞれについて、3つずつその特徴をあげて見て下さい」という問題である。1番目にあげた動物とその特徴は自分がこうなりたいと思う人物、2番目が人からどう見られているか、3番目は本当の自分を表している。
 「海、砂漠、コップ」は、「海があなたの目の前にあります。あなたの気持ちを言って下さい?あなたは砂漠にいます。回りにどうしても越えられない壁があります。どうしますか?ガラスのコップがあります。思い浮かぶことを言って下さい?」という問題である。海は人生、砂漠は死に対する気持ち、コップは結婚を象徴している。
 「もう森へなんか行かない」は、「あなたは森を抜けて歩いて来ました。それはどんな森でしたか?森を抜けると川が流れています。どんな様子の川ですか?川を渡ると家があります。どんな家ですか?あなたは家に近づきました。ドアは、どのようなドアでしょう?家の中に入ります。窓があります。窓からどんな景色が見えますか?」という問題である。森は過去の人生、川はパートナーに対する愛情関係、家は仕事、ドアはパートナーに求めるもの、窓は未来を象徴している。
 普段喧しい授業も、教師が読み上げる問題を聞こうとして静まり返っていた。答えの意味を解説すると大騒ぎになる。そして、次の問題を読み始めるとまた静まり返る。これは、生徒の自分の内面を知りたいという意欲の現れであり、聞きたい授業(?)は必死で聞くという現れだと思う。
 心理ゲーム全体の生徒の感想としては次のようなものが特徴的だった。a)今まで知らなかった自分の心や友達の心がわかって面白かった。b)こんなこと授業でやっていいんかいなと思いました。でもすごく楽しく、こんなこと授業でないとできないなと思いました。 



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