はじめに
 
 
 不登校やいじめなど、学校の教師は今までとは違った対応が求められています。教師も変わらなければなりません。しかし、変わらねばならない方向は何となく見えても、どうすれば変わることができるのかがわかりません。研修会で勉強しても系統だったことは学べず、書物を探しても自分の求めることを具体的に書いたものは見当たりません。その一つのヒントになるのが教育相談です。 
  今、フツーの教師が求められている教育相談は、相談教師や専門のカウンセラーのカウンセリングとは異なります。「カウンセリング・マインド」という曖昧な言葉で呼ばれているものです。学校でカウンセリングをそのままの形で行うことは、不可能であり有害でもあります。それは、学校教育に大きなヒントは与えてくれますが、学校の現状と大きくかけ離れていることもあります。そこで、「学校教育相談」という独立したジャンルが必要となってきます。学校教育相談は、カウンセリングの亜流でも下位に位置するものでもありません。教師にはカウンセリングが不可能なように、カウンセラーには学校教育相談はできません。学校教育相談は教師にしかできないものです。 
  ただし、学校や生徒の問題には、何でも教育相談が役立つ訳ではありません。一喝する方が有効な場合もあるし、面談をするにしても指導的・助言的な方が有効な場合もあります。この問題ではどのような方法が有効なのかをしっかりと見据えることが大切です。 
  この冊子では、現在問題になっている不登校やイジメ、一般の生徒の精神的な成長のために、学校教育相談に何ができるのかについて考えました。 
一つは、『個人面接の技法』です。不登校の生徒、イジメられている生徒、イジメている生徒、心に悩みを持っている生徒と面談をする時に、どのような技法をどのように使えば、生徒が心を開いて話してくれるのかを解説しました。具体的な技法の説明だけでなく、技法をシステム的に学習するプログラムも提示してみました。また、カウンセリングの理論を簡単に説明し、学校教育相談との違い、学校教育相談の独自性について考えました。 
 もう一つは、『人間関係を育てるグループ・プログラム』です。学校教育相談は、問題を抱えた個々の生徒を対象にする治療的教育相談だけでなく、一般の生徒集団を対象にする開発的教育相談があります。学校はさまざまな個性を持った生徒が共に生活する場です。そこで起こるトラブルが、不登校やイジメの原因になることもあります。しかし、人間は一人では生きていけません。集団のなかでこそ育つ部分もあります。そこで、LHRの場と時間を積極的に利用して、人間関係や生き方や進路について学習するプログラムを紹介しました。 
 

Ver.2

  第一版を出してからまだ2年もたたないのに、「フツー」という言葉が時代のキーワードになっています。大昔は非行少年が問題になり、一昔前は優等生が危ないといわれ、いまや普通の子こそが危ないといわれています。いったい子どもはどうしたらいいのか、困ってしまう。私は「フツー」という言葉がわかりません。普通とは相対的なものであり、また、個々の子どもは何かその子にしかないものを持っているはずですから。  
 それは教師にもいえます。「フツー」の教師とカタカナでタイトルしたのは、100人教師がいれば、100通りの接し方がある、かくあらねばという確固とした接し方はないのです。ただ、大枠はあります。それを知ってもらうのが本書の目的の一つです。  
 もう一つは、最近「心の教育」という言葉があちこちで聞かれるようになりましたが、日々生徒に最も多く接しているのは教師です。「心の教育」とは特別なことでなく、日々の生徒との接触の中でのわずかな気遣いでできることが多いのです。また、スクールカウンセラーの数も増えてきました。教師はカウンセラーにはなれないが、カウンセラーにはできないこともできます。スクールカウンセラーと互いの長所を生かしあって連携できれば、素晴らしい効果が発揮できるはずです。そのためにも、「学校教育相談」というジャンルを確立する必要がますます増えてきました。  
 Ver.2では、生徒理解のための理論として「交流分析」を、方法として「インシデントプロセス法」を加筆しました。また、開発的教育相談プログラムも少し入れ替えて「人権学習」「環境教育」を加えました。そして何より、ビジュアルなレイアウトに心がけ、少しでも読んでみようかなという気持ちを起こしてもらいやすいように工夫をしました。  
 
 
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 第1章  ちょっと気になる生徒たち
 
社会の急激な変化に伴って、子どもも、親も、そして教師も、今までとは考え方や感じ方が変わってきました。教師が、子どもや親と対応するときも従来の方法ではうまくいかない場合が多くなってきました。新たな対応に一つのヒントを与えてくれるのが学校教育相談の手法です。3つのケースについて、こじれる対応と教育相談的な対応を対比的に見ていきましょう。                  
  

1.ホームルームで気になる生徒
 
  A君は、1学期は欠席は少なく授業も真面目に受けていました。成績はあまり芳しくありませんが、目立たない生徒でした。ただ、休み時間は一人でいるので、ちょっと気になっていました。HR活動や学校行事にも参加していましたが、自分から積極的に友達を作ろうとはしませんでした。クラスも彼を積極的に受け入れようとはしないまま10月を迎えました。 
 しかし、最近、欠席が目立ち始め、HR活動や学校行事には全然参加しなくなりました。そこで家庭訪問をしてみました。 
 
■ こじれる対応
どうしたの。最近、学校よく休むけど。
……………‥…。
どうして。何かあったの。
べつに。
クラスではあまりしゃべらないようだけど友達いないの。
…‥‥‥‥‥‥。
D君とは中学の時はしゃべっていたらしいけど、最近はどう。
…‥‥‥‥‥‥。
今度、席替えするけれど、誰か一緒になりたい人いない。
解説 生徒の気持ちを聞かずに、先回りして一方的にしゃべれば心を閉ざして話さなくなります。
クラスのみんなも心配しているし。
‥‥‥‥‥‥‥。
朝、行きたくないんなら先生が迎えに来てあげでもいいし、誰かに迎えに来てもらうようにするけど、どう。
‥‥‥‥‥‥‥。
休みが続くと、欠課時間数がオーバーして進級できなくなるわよ。
解説 こういう生徒が学校を休み始めた時は、学校から逃げたい気持ちと学校に行かなければならないという気持ちが複雑に絡み合って、自分にも整理がつかない状態になることが多いようです。そんな時に学校や時間数のことを話さない方がよいでしょう。
 
□ 教育相談的な対応
気になって寄ってみたんだけど、調子はどう。
まぁまぁ。
まぁまぁか。学校行かないで家にいるってどんな感じかなぁ 
何か、変な感じやな。
そうか、家にいると変な感じがするのか。変なってどんな感じかな。もう少し話してくれな 
い。
解説 「なぜ」と理由を問うのではなく、あくまで生徒の気持ちや感じに添いながら話していくことが大切です。
耳の奥でボーッて鳴っているような。
ボーッて音がするのか。それは嫌な感じ?
そうかもしれない。
ここでは、少し解釈が入っています。このような問いかけは生徒と信頼関係がある程度できあがって、教師が生徒をだいたい把握できたと思った時、決めつけるのではなく、感想ような感じで投げかけてみればいいでしょう。
 
 
 
 

2.授業中、気になる生徒

 B君は、遅刻や欠課が多く、授業に出ても教科書やノートを出さず、マンガを読んだりウォークマンを聞いたり私語をしたり寝ていることが多い生徒です。提出物などもほとんど出しません。家では、深夜のアルバイトをしたり夜遊びをしたりしているようです。気になるので呼び出しましたが、なかなか来ず、3回目でやっと来ました。 
 
■ こじれる対応
どうしてこの前呼んだとき来なかったん!
用事があったんや。
どんな用事や。
解説 これでは、本題に入る前に生徒は帰ってしまいます。
いつまでも、こんな授業態度だったら、進級できないぞ。
わかってる。明日からちゃんとする。
その言葉は何回も聞いた。明日から明日から、いつになったらやるんや。まぁ、勉強しないのはお前の勝手やけどな。
うるさいなぁ、ほっといてく れ。
先生はなぁ、お前のこと思って言ってるんやぞ。せっかく高校へ入れたんやからもうちょっと頑張ってみたらどうや。親も心配してるぞ。
しつこいなぁ、親は関係ないやろ、高校なんか来とうなかったわ。ほっといてくれや。
ええかげんにせんか!
解説 脅かしたり、嫌味を言ったり、恩着せがましくなったり、なだめたり、説教したりしては生徒にとって苦痛です。「ほっといてくれ」の一言も出るでしょう。
 
□ 教育相談的な対応
よく来てくれたな。
何の話や。
解説 3回目でも、来てくれたことを評価してやります。
君の授業中に様子が気になってな。
ああ、明日からちゃんとしたらええんやろ。
ちゃんとやってくれたら、うれしいけど。君は授業中どんな気持ちで座ってんのか気になるんや。
勉強なんかわからへんし面白ないし、ボーッとしてるわ。
勉強が嫌いやからボーッとしてるのか。
嫌いなことないけど、夜遅まで起きてるし、しんどいねん。 
夜遅くまで起きてるし、しんどいのか。
学校に内緒やけど、バイトしてんねん。
解説 事実よりも気持ちを聴いてやり、それを受け入れてやると生徒も心を開いてきます。
そやけど、このままいったら進級も危ないかもしれへんしな
わかってるんやけどな、ほんまに次からやろうと思うんやけど、でけへんねん。
やろうと思うけどでけへんのか。 そりゃ、こまったな。
どうしたらええんかな、先生
どうしたらええんやろうな。先生も一緒に考えるわ。
解説 このようにうまくいくとは限りませんが、生徒自身に自分の状態や問題点に気づかせ 
ること、生徒自身が「何とかしなくては」と思うことが大切です。そのうえで、援助していけばいいでしょう。
 
  
                                                                     
3.家庭訪問で気になる保護者
 
 C君は、1学期の中頃から、授業をさぼったり便所でタバコを吸ったり、学校で問題行動が出始めました。2学期になって、便所で集団喫煙をしているところを発見され、彼だけが家庭謹慎の指導を受けました。彼は喫煙の事実を認めず、自分だけ指導されることにも納得がいきません。家庭訪問をすると、親は子どもの学校での様子は知らず、家では親に優しいたいへんいい子だと言い、全く信じられない様子です。 
 
■ こじれる対応
P 
 
あの子は自分は吸ってないと言っておりました。優しい子ですから、友達に誘われてそういう場所にいたかもしれませんがあの子自身は絶対に吸っていません。
でも、生徒指導の先生が現場を目撃されたんですから。それに、1学期の中頃からエスケープしたりタバコ臭かったりすることがありました。
「先生は俺を目の仇にしてるんや」とあの子は申しておりました。
いや、私だけではなく他の先生も同じように言っておりますし。
だいたい、この学校は全然生徒のことを信じてない、といつも言っていますわ。
学校としてはですね、罰というのではなく、今後、同じようなことを繰り返さないようにと指導の意味で……。
だからあの子は吸ってません 
おそらく家でも吸っているはずです。お母さんは気づかれませんでしたか。
解説 押し問答が続き、挙げ句の果てには、学校の指導の悪口と親の躾の悪口を言い合い生徒のことはそっちのけで感情的な対立になってしまいがちです。 
 
□ 教育相談的な対応
あの子は自分は吸っていないと言っておりました。友達思いの優しい子です、友達に誘われてそういう場所にいたけど、自分は絶対に吸ってないと言ってますわ。
S君は「友達思いだからその場にはいたけど、自分は吸ってない」とお母さんに言っているんですね。
あの子は学校であったことは何でも話してくれます。それに、親の言うことは何でも聞いてくれて、優しい言葉をよくかけてくれたりするんですよ。 
学校でもS君が優しいところがあることはよくわかります。
気の優しい子ですからね。
ちょっと気になっていたんですが、1学期の中頃から友達と一緒に授業を抜け出すことがありましてね。
本当ですか、あの子ったらそんなことを少しも言わないで。
家庭ではあんまりそんな話はされませんか。
学校であったことは何でも話してくれるんですが。
お母さんをあまり心配させたくないんでしょう。
悪い友達に引っ張られてね。あの子、嫌とは言えない子ですから。
そうですね。友達思いというんですかね。
もうちょっと、しっかりしてくれたらいいんですが。
そこがご心配なんですね。
先生、どうしたらいいんでしょうかねぇ。
一緒に考えていきましょうか
解説 子どもを信じたいという親の気持ちをまず受け入れることが必要です。そうしたうえで、学校のことを話すと、親は今までと違った目で冷静に子どもを見ることができるようになります。そして、他の問題にすり替えるのではなく、その子の抱えている問題に焦点を当てていくようにします。 
 
 
 
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参考文献
 
 『学校教育相談 初級講座』小泉英二(学事出版)            
 『マイクロカウンセリング』アレン・E・アイビイ著(川島書店)      
 『カウンセリングの技法』国分康孝著(誠信書房)            
 『面接のプログラム学習』D.エバンス他著(相川書房)          
 『教育カウンセリングと交流分析』杉田峰康著(チーム医療)        
 『新しい自己への出発』岡野嘉宏・多田徹佑(社会産業教育研究所出版部)   
 『交流分析入門』桂戴作・杉田峰康・白井幸子(チーム医療)        
 『教師と生徒の人間づくり  第1集〜第4集』国分康孝監修(瀝々社)     
 『エンカウンターで学級が変わる@A中学校編』国分康孝監修(図書文化)   
 『新しい開発教育のすすめ方』開発教育推進セミナー編(古今書院)     
 『家庭科ワークブック』牧野カツコ編著(国土社)            
 『自分さがしの心理学』川瀬正裕他著(ナカニシヤ出版)          
 『ニュー・カウンセリグ』伊東博著(誠信書房)             
 『教師業ワークブック』シドニィ・サイモン著(黎明社)          
 『実践 教育訓練ゲーム』坂口順治著(日本生産本部)           
 『おしゃべり用心理ゲーム』パラキハウス(TBSブリタリカ)       
 『キャリア ガイダンス 1986年4月号』リクルート          
 『Creative O.D.  人間のための組織開発シリーズ  第1集〜第4集』柳原光監修(行動科学実践研究所) 
 
 
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