村上陽一郎
死の二つの極相へ
死には二つの極相がある。
一つは、絶対的な確からしさ、それゆえの陳腐さである。人の死だけでなくペットや虫や草花の死など、死は免れようのない運命として訪れ、日常的なありふれた出来事である。それは予言ですらない。しかし、いつ死ぬかはわからない。
もう一つは、絶対的不可知性である。誰も死が何であるかを知らない。自分の死を体験することができない。自分では体験できないが知っていて語ることのできるものは数多くある。ただ、それらは生の中で起こり生の一部の延長であるので、わずかではあるが可能性としてはつながっている。
我々が語りうるのは、第一の極相における死の科学についてである。第二の極相について語りうるのは死を逆照射されたときの生についてである。
死の人称問題
第一の極相の死は、第三人称の死である。その死は、消滅や消失で、物理学や生物学や生理学などの科学の対象になる現象である。我々は第三人称の他者の死を客観的に眺めることができるので、第一人称の自分の死も他人事のように客観視できる可能性もある。「第一人称が第三人称に譲歩しているような第一人称−第三人称」という状況である。しかし、対象としているのは「死」そのものではなく、死に向かう生、死を生きる生である。単に第三人称の死なら死そのものを凝視できるが、自分の死を第三人称化するのは不可能である。
それは時制の問題になる。
第三人称の死は、過去・現在・未来のすべての時制が可能だが、第一人称の死は、未来の時制のみである。第二人称は過去の時制が成立しない。・
第三者の死は、一つの機能の欠如や喪失にすぎず、代替可能である。世界中で無名の誰かが死んでいても、愛用品の喪失ほどにも気にかけない。
第一人称である行為者としての主体的自己の身体は、生理的身体にとどまらず、その延長としての自由自在に操れる道具も含まれる。その道具を自由に操れなくなった時、その道具は「死んだ」といえる。同様に、生理的身体に属している身体部分が思うように使えなくなった場合も、身体部分の死として考えられる。しかし、その場合も機能の代替が可能であるという点で、第三人称的な死の持つ性格を備えている。
つまり、第一人称である自分の身体部分の死も、第一人称の死にはなり得ないのである。
孤絶の恐怖へ
第一人称の死は論理的に知り得ないものであり、知り得ないものに対する恐怖とはどんて形をとるのか。苦しみや痛みへの恐怖は、死に臨んだ生の恐怖である。
生への盲目的な執着がヒトが生物であることの明証であるなら、死への恐怖はヒトが生物であることへの明証である。
自分の死は他者にとって第三人称の死にすぎず、誰も第一人称の死を体験したことがないのであるから、自分の死は完全な孤絶の中での体験である。一切の人間関係を失ってただ一人で死を引き受けなければならない恐怖こそが、死の恐怖を消極的な逆説的観点から
見た場合、人が人間として生きてきたことへの明証になる。
死の恐怖を積極的な意味で人の人間たることの明証と考えた場合、第二人称が介在する。人間は究極的孤絶性を知性によって表層的に理解する方法を獲得してきた。しかし、知性によって理解された表層的な人間の孤絶性は誤っている。
私の身体は道具によって拡大したかのように感じられる。また、自分の身体の支配や制御の方法は他者の模倣によって獲得される。模倣する自分と模倣の手本になる相手が分離しない「我々」意識で連なっている荊個我的な状況の中で、第一人称と第二人称の他者同士に分極化する。主体の集合体としての「我々」は前個我的「我々」状況の変形であり回復である。
孤絶性は越えられるか
個我の孤絶性は生にある限り抽象的構成に近い。それゆえに、第一人称の死は極限の孤絶性を照射する。
第二人称の死は、自己の死に限りなく近づく。子や親の死は。ほとんど私の死である。ここで第一人称の死を知る境位を得た。デカルトのコギトでは個我の孤絶性は絶対であった。しかし、第二人称との前個我的「我々」状況の名残が、第二人称の死を第一人称の死であるかのようにつかむわずかな糸口を与えてくれる。死がえぐりだす人間の諸相のうち重要なのは、この人間の矛盾する二重の存在構造、孤絶性と関係性の共存構造である。
14.「確認テスト2」をする。
1.学習プリントを配布し、学習の準備を宿題にする。
2.第三段の形式段落に40〜53の番号を付ける。
4.漢字の読みを確認する。
41 完璧 43 明証 44 深淵 糧 46 先達 空疎 48 介在 49 肌膚 烙印 施す 52 個我 53 没我
5.語句の意味を確認する。
43明証 はっきり証明すること。
44深淵 奥深く、底知れないこと。
46先達 道などを案内すること。案内人。また、指導者。
空疎 見せけだけでしっかりした内容や実質がないこと。
47逆説 一見、真理にそむいているようにみえて、実は一面の真理を言い表している表現。
48介在 二つのものの間にはさまってあること。
49烙印 ぬぐい去ることのできない汚名。
洗礼 その後に影響を与えるようなことについて初めての経験をすること。また、ある集団の一員となるためなどに、避けて通れない試練。
52個我 他と区別された個人としての自我。
53没我 物事に熱中して我を忘れること。
6.「あなたにとっての死の意味」チェックをする。
7.音読する。
8.死への恐怖について(0〜43)
1)第一人称の死は未知のものであることを確認する。
2)死への恐怖の中には何があるか。
・苦しみへの恐怖。
・痛みへの恐怖。
3)死への恐怖を言い換えると。
・死に臨んだ苦痛の状態としての生への恐怖。
・死ぬことも怖いが、死に至る苦しみや痛みへの恐怖もある。
・瀕死の重傷を負った時の痛み。重病の苦しみ。
4)苦しみは生きていることの証であり、死が生の終わりだとすると、死は苦しみの終わりでもあるのか。
5)しかし、死は未知であるから、苦しみの終わりであるかどうかもわからない。
6)死への恐怖のもう一つの意味は。
・死への恐怖は、ヒトが人間であることの明証である。
7)「ヒト」と「人間」の違いは。
・ヒト=単なる一個の生物としての存在。
・人間=人格を持った存在。
9.消極的な面について(44〜47)
1)第三人称の死とは何か。
・消滅、消失。
・本当の意味での「死」ではない。
・私の死の参考にならない。
2)私の死も第三者にとっては「消滅」にすぎない。
3)だから、私の死は、誰の死も参考にできず、誰の死の参考にもならない。
4)つまり、完全な孤絶の中で体験することになる。
5)この孤絶感が、死への恐怖を増幅させている第二の原因になる。
6)増幅する理由は。
・生の世界では、人同士の間の関係性の中で生きてきたから。
・死の世界とのギャップが大きい。
7)死への恐怖が逆説的に生への明証になる理由は。
・死の孤絶性を感じるほど、人との関係の重要性が意識され、生きてきたことが実感 できるから。
8)消極的である理由は。
・死を通して生のありがたさが実感できるから。
10.積極的な意味について(48〜50)
1)孤絶性を死以外に自覚するのは。
・理性による理解。
・西欧近代思想。
2)西欧近代思想の特徴は。
・精神と物体を分けて考える。
・全体より個人の存在を尊重する。
3)理性による理解と矛盾するものは。
・人が人との関係性の中で生きていると言う体験。
4)筆者はどちらが正しいと考えているか。
・体験。
11.人間の関係性の例について(51〜53)
1)名演奏の例から言えることは。
・楽器は身体の拡大されたものである。
・人と物と関係している。
2)ドライバーの例から言えることは。
・車の外壁は身体のようである。
・外に降りて確かめなくてもどの位置にあるか把握できる。
3)鉄棒の例から言えることは。
・身体的支配は他者の模倣によって獲得される。
4)母親と子どもの例から言えることは。
1)母親は子どもを名前で呼んでいた。
・子どもは自分と他者が分離していない発達段階である。
2)母親が子どもを「僕」と呼ぶようになる。
・分離しない「我々」意識でつながっている。
・母親が自分のことを第一人称の「僕」と呼んでいる。
3)この状態を何と呼んでいるか。
・前個我的「我々」。
・一人の人格として自分を認識する前の、母親との一体感。
3)「母親からの反射の光」とは。
・自分は母親から見ると「僕」という存在である。
4)「それと反射的」とは。
・自分を「僕」と第一人称で呼ぶ
5)子どもが自分を「僕」と呼ぶようになる。
・「僕」を僕としてとらえる。
6)2つの僕の違いは。
・前者=第一人称の呼び方。
・後者=自分と言う存在。
7)言い換えは。
・第一人称と第二人称の他者同士に分極化する。
・主体的集合体としての「我々」
・集団でいながらも、一人一人の人間は一つの独立した主体として存在し、その間にはつながりがない状態。
・これが個我である。
8)生の世界で体験している人間の関係性の原点は母子関係の中にある。
5)没我的抱擁とは。
・恋人が周りを気にせずに抱き合っていること。
・それは母子関係への回帰である。
12.「確認テスト3」をする。
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点検日 月 日
組 番 氏名学習の準備 1.読み方を書きなさい。 1 極相 2 陳腐 免れ 遭遇 7 不可知 8 既に 11 絢爛 絶無 13 彼我 希釈 17 照射 2.語句の意味を調べなさい。 1極相 2陳腐 4命題 7不可知 11絢爛 13彼我 14希釈 17照射 3.次の問題の答えにあたる部分に線を引き、番号をつけなさい。 11)「二つの極相」とは何か。2と7から。 22)「絶対的な確かさ」の言い換えは。 33)「死は陳腐である」理由を2から。 44)「確実な予言」とは何か。 135)死と演奏の「彼我の違い」は何か。 6)「前者」「後者」とは何か。・ 167)「この二つ」とは何と何か。 178)「第一の極性」に何があるか。 9)「第二の極性」で語り得ることは何についてか。 学習のポイント 1.「絶対的な確からしさ」と「陳腐さ」の関係を理解する。 2.「人は死ぬ」が予言にならない理由を考える。 3.死が「絶対的不可知性」を持っている理由を理解する。 4.「見事なバイオリンの演奏」と「死」の違いを理解する。 5.第一と第二の極性の違いを理解する。 6.「死の哲学」と「死の科学」の違いを理解する。 |
死すべきものとしての人間 死の人称問題 学習プリント
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組 番 氏名学習の準備 1.読み方を書きなさい。 19 埒外 22 凝視 23 達観 従容 26 忘我 代替 30 何某 充填 哀惜 33 媒介 参画 咀嚼 39 臨む 土壌 2.語句の意味を調べなさい。 19埒外 21対象 22凝視 23達観 従容 26忘我 代替 30何某 充填 哀惜 33媒介 参画 咀嚼 39土壌 3.次の問題の答えにあたる部分に線を引き、番号をつけなさい。 181)第一の極性の人称は。 2)第一の極性の死は何と同義か。 3)第一の極性の死は何の対象にとなる現象か。 194)第三人称的死を自分自身に当てはめると。 205)「病人が医者に譲歩しているような病人ー医者」を一人の人間の状況に当てはめる と。 216)ジャンケレビチが見逃している点は。 227)「病人ー医者」が自らの中に凝視し続けているものは。 238)我々が第三人称の死をどのように凝視しているか。 9)死において不可能なことは。 2610)第三人称の死に対して、可能な時制は。 11)第一人称の死に対して、可能な時制は。 2812)第二人称の死に対して、可能な時制は。 2913)第三人称にとって死とは何か。 3914)私の身体部分の「死」は何か。 学習のポイント 1.第一の極性における死が第三人称と言えることを理解する。 2.「病人−医者」の関係が言い当てている状況を理解する。 3.「第一人称−第三人称」という状況を理解する。 4.「第一人称−第三人称」が対象にしている生を理解する。 5.死は常に第三人称として現れることを理解する。 6.死は第一人称の所有格の目的語になることができないことを理解する。 7.死の人称と時制の関係を例文を通して理解する。 8.第三人称の死について例を通して理解する。 9.ピアティゴルスキーの演奏の例における「死んだ」という表現を理解する。 10.自分の身体の部分的死が第三人称的な死の持つ性格を備えていることを理解する。 |
死すべきものとしての人間 孤絶の恐怖へ 学習プリント
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組 番 氏名学習の準備 1.読み方を書きなさい。 41 完璧 43 明証 44 深淵 糧 46 先達 空疎 48 介在 49 肌膚 烙印 施す 52 個我 53 没我 2.語句の意味を調べなさい。 43明証 44深淵 46先達 空疎 47逆説 48介在 49烙印 洗礼 52個我 53没我 3.次の問題の答えにあたる部分に線を引き、番号をつけなさい。 401)第一人称の死は何であるか。 2)死への恐怖とは、本当は何への恐怖か。 413)苦しみとは何か。 4)死と苦しみの関係は。 435)死への恐怖は何であると言えるか。 446)第三人称的な死は何であるか。 457)私はどのような状態の中で死を体験するか。 478)何ゆえに人は死への恐怖を増幅するのか。 9)日常生活においては我々はどのような状況の中で生きているか。 10)死においては我々はどのような状況の中で引受ねばならないか。 4911)我々は何と何の矛盾を乗り越えるために様々な方法を案出するのか。 5112)演奏家にとって、身体が拡大されたものは何か。 13)ドライバーにとって、身体の一部のように感じるものは何か。 14)身体的支配は何によって獲得されるのか。 5215)母と「僕」は何によってつながっているか。 16)「母親を第二人称的他者としてとらえる」の言い換えを2つ。 学習のポイント 1.「死への恐怖」と「生」と関係を理解する。 2.死への恐怖がヒトが人間であることの明証である消極的な面を理解する。 3.日常の生の世界での人間の関係性と、第一人称の死の孤絶性の関係を理解する。 4.死への恐怖がヒトが人間であることの明証である積極的な面を理解する。 5.体験による人間の関係性と、理性による表層的な人間の孤絶性の関係を理解する。 6.人間の関係性の具体例を理解する。 7.母親と「僕」の関係を理解する。 |
死すべきものとしての人間 孤絶性は越えられるか 学習プリント
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組 番 氏名学習の準備 1.読み方を書きなさい。 54 仮借 56 授受 58 十全 61 私秘 思惟 2.語句の意味を調べなさい。 54仮借 57境位 58十全 61私秘性 思惟 62モナド 63情死 3.次の問題の答えにあたる部分に線を引き、番号をつけなさい。 541)個我の孤絶性は何に近いか。 2)第一人称の死は人間にとって何か。 553)第二人称の死は何であるか。 594)自分にとっての第二人称の死は何の結果か。 605)言い換えると、何の現れか。 616)デカルトのコギトは何を示したものか。 7)思惟とはどんな概念か。 8)知性は何を主張するか。 629)人は何と何を二重焼きにしているのか。 6410)死がえぐり出す重要な人間の諸相は何か。 学習のポイント 1.個我の孤絶性が抽象構成に近いことを理解する。 2.A氏の死と、私の子供や親の死との違いを理解する。 3.「私の死」の持つ絶対的な一回性という言い方を理解する。 4.生の一回性をつかむ人間の根源とは何か理解する。 5.人が人間として存在していることを積極的に示す局面とは何か理解する。 6.原子としての人間のイメージとは何か理解する。 7.分節化され分極化する以前の原状態における「我々」の記憶とは何か理解する。 8.モナドとしての個我の集合体である「我々」とは何か理解する。 9.人間の持つ矛盾する二重構造とは何か理解する。 |
死すべきものとしての人間 確認テスト1 組 番 氏名 1.死の第一の極相の特徴は何か。 2.絶対的な確からしさが陳腐である理由は。 3.第二の極相の特徴は何か。 4.第二の極相が絶対的不可知性を持っている理由は。 5.名演奏の私の死との違いは何か。 |
死すべきものとしての人間 確認テスト2 組 番 氏名 1.第一の極性と第二の極性の人称は。○で囲む 第一の極性=第一人称 第二人称 第三人称 第二の極性=第一人称 第二人称 第三人称 2.「病人が医者に譲歩しているような」状態とは。( )内に、「病人」「医者」のい ずれかを入れる。 自分自身( )になった( )が、( )の立場から( )である 自分の死を客観視すること。 3.「病人−医者」状態の死が凝視しているものは何か。 4.過去の時制が可能な死は。○で囲む。 第一人称の死 第二人称の死 第三人称の死 5.会社の何某の死、愛用品の喪失、無名の者の死、名演奏家の楽器の死、私の身体の部 分死に共通する性質は何と何か。 |
死すべきものとしての人間 確認テスト3 |