教材観  展開  本文 
       
      教材観
       
      相沢は転校生であるが、担任に紹介された時、「何かをみている」ようだった。担任は無視をされたように声を荒らげたが、相沢は超然とした雰囲気で受け流す。クラスの生徒は担任を嫌っていたのですぐに仲間になれた。私は相沢君を「懐かしい気持ち」と「せつない感情」を抱いた。それがどのような記憶から出たのか思い出せない。相沢君はいつも「真剣に何かを見つめている」ようであり、彼の瞳には「うっすらと涙の膜が張っている」ようであった。 
      私は好奇心からでなく、懐かしい感情について考えていたのだが、クラスの生徒は恋をしていると噂する。私は必死で否定しようとすればするほど、かえって意識してしまう。そして、文化祭のクラス委員にならされてしまう。しかし、相沢君は「もういいんでしょう。帰ろう」とみんなの見ている前で私に言った。この時の私の気持ちは、「初恋とか、そのような甘い気持ち」ではなく、味方を得たようで、気持ちが楽になった。彼は「物事を正確に見つめることができる人」のようだと感じた。私は思い切って、あの懐かしい感情のこと、何かを見つめているように見えることを話した。彼は、「ほんの一瞬唇をかんで」、「全然たいしたことじゃない」と「投げやり」に言った。「私などに及びもつかないことを隠し持っている」ように見えた。彼は、「私と必要以上に親しくなることを拒否している」ように見え、「同情」し、「不意に悲しい気持ち」になった。 
      二人の交際は深まり、彼も「気を許しはじめ」、私も懐かしい気分を忘れて、「楽しさ以外の何もなくなった」。彼が何かを見つめていて「幸福でない」のだと思う時、「私の心を傷つけた」。私は、「好きな男には、のんきな幸せを授けたいと願うほど大人」になっていた。 
      私が父親の仕事を聞いた時、「きわめて明るい調子で」、「もう、逃げる必要もないみたい」と言って、私の背中をたたいた。私は、彼が「目の前で笑っている」というだけで「気分が落ち着く」。しかし、「私の目の届かない所で、彼が、つらい目に会っていたらと考えるだけで、暗い影」がさし、「よけいに怖くなる」。そして、「好きだから。心配だから」と告白する。そして、「なんだか怖いから」、彼の目が懐かしいと思いたくないと言う。公園での二人は、「恋を語り合うには幼すぎて」、「せつない」と思う。彼の瞳には、「相変わらず涙の膜が張っている」ように見えた。二人は、ジャケットのポケットのなかで手を握り会った。 
      家に帰って、妹と母親との会話の中で、祭りで買ってきて死なせてしまったひよこのことが話題になった。その時、私の懐かしい思いが「ひよこの目」であったことに気づく。ひよこは、「自分の死を予期しているかのように澄んだ瞳」を見開いていた。「何もかも映し出しているようで、何も見ていない目」に、「なぜか恐怖」を感じた。それは「最初っから、生きる気なんかなかった」「諦観」を感じさせた。相沢に懐かしさを感じたのでなく、最初からあの諦観した目に引かれ、「恐ろしさのあまたに、恋をしてしまった」のだ。 
      そして、実際相沢君は、父親が病気を苦にした自殺の道連れになって死んでしまった。私は、中三にして、「人間は思う通りにいかないことがある」のを知ってしまい、すっかり気落ちしてしまった。彼は、あの公園で、「確かに生きようとしていた」。人生に対して礼儀正しい人」だった。 
      それから、街の雑踏や電車の中で、ひよこの目に出会った。その時、「もはや、あなたは、死というものを見つめているのではありませんか」と尋ねて見たい衝動にかられる。 
      
        
          
            | 相沢幹生 | 
             亜紀 | 
           
          
            ・真剣に何かを見ている 
            ・うっすらと涙の膜が張っている    | 
            ・懐かしい気持ち 
            ・せつない感情 
            ・心の中のもどかしさを取り去りたい | 
           
          
            ・初恋とか甘い気持ちが混じっていない ことにも気づいていた 
            ・物事を正確に見つめることのできる人 | 
            ・味方を得たような気分 
             | 
           
          
            ・及びもつかないことを隠し持っている 
            ・私と必要以上に親しくなることを拒否している 
            ・何かに対して心を砕いている 
            ・何かを背負っている         | 
            ・不意に悲しい気持ちになる       | 
           
          
            ・気を許し始めている 
            ・幸福でない 
            ・私の背中をたたいて吹き出す 
            ・私の目の前で笑っている 
            ・亜紀のこと好きだな 
            ・寒くなることは、今はいいな。これからも平気かもな 
            ・瞳には涙の膜が張っている      | 
            ・楽しさ以外になにもない 
            ・懐かしいとは思わない 
            ・好意を持ちすぎていた 
            ・心を傷つけた 
            ・好きな男には、のんきな幸せを授けたい 
            ・恋というものを実感していた 
            ・彼の手が自分に触れられているというだけで、気持ちが楽になる・私の目の届かないところで、つらい目にあっていたらと考えると怖くなる 
            ・好きだから。心配だから 
            ・懐かしいと思うことがなんだか怖い 
            ・そばにいることが彼の瞳をぬらしている | 
           
          
            ・自分の死を予期しているかのような澄 んだ瞳を見開いていた 
            ・何もかも映しているようで、何も見て いない目  
            ・諦観 | 
            ・記憶をうずかせた 
            ・なぜか恐怖を感じた 
            ・最初から、彼のあの目に引かれていた 
            ・恐ろしさのあまり恋をした 
            ・何をしてあげられるのだろう | 
           
          
            | ・人生に対して礼儀正しい人      | 
            ・人間の思う通りにいかないことがあるの を知ってしまう | 
           
        
       
       
      
       
      展開
       
      導入 
      1.自分とは何か、人生・死に対する気持ち・結婚についてのイメージを確かめるために、事前アンケートをとる。 
      1)海が、あなたの目の前にあります。あなたの気持ちを書いてください。 
        あなたは砂漠の中にいます。まわりにどうしても越えられない壁があります。どうしますか。 
        ガラスのコップがあります。思い浮かぶことを書いてください。 
           「海」は「人生」を象徴します。 
           「砂漠」は「死に対する気持ち」を象徴します。 
           「コップ」は「結婚」を象徴します。 
      2)三種類の動物を思い浮かべてください。それぞれについて、三つずつその特徴をあげてみてください。 
           一番目にあげた動物とその特徴は、自分はこうなりたいと思う人物像。 
           二番目が、人からどう見られているか。 
           三番目は、本当の自分。 
      2.教師が音読し、感想を書かせる。 
        ・幹生と亜紀の役割を決めて読ませると面白くなる。 
      3.展開によって段落を考える。 
       1)幹生との出会い(はじめ〜) 
       2)幹生との交際(それは、秋の学園祭についてお話し合いが〜) 
       3)幹生との初恋(その日から、私たちは〜) 
       4)幹生の死(私が家に帰ると、母は夕食の〜) 
       
       
      第一段「幹生との出会い」 
      1.「その男子生徒の目を見た時〜手ごろな気分転換法だったのだ。」を音読せずに概要をまとめる。 
      2.一人称小説の特質をおさえた読み方を確認する。 
        ・一人称小説では「私」という視点を通して一元的にでき事や登場人物が描かれる。  
        ・「私」の内面を直接語ることができるので、この小説のように主人公の心の揺れを描こうとする場合に都合のよい手法である。 
        ・ただし、この手法には「私」の心情が独善的に語られやすいという短所もある。 
        ・したがって、この小説の場合、「私」の心理を細かく読み解くとともに、「私」を取り巻く他の登場人物との関係にも注意させることが大切である。それによって「私」という人物をより客観的に把握することができるのである。 
      3.登場人物と時間を確認する。 
        ・私(亜紀)と相沢幹生。 
        ・私が中学三年生の頃。 
      4.短編小説には、一つの小道具が使われるが、この小説の場合は何か。 
        ・幹生の目5.幹生の目の様子をまとめる。 
        ・澄んだ瞳で教室を見下ろしていた 
        ・何かを(真剣に)見ている 
        1)何を見ているのか。 
          ・空気中にある彼自身にしか見えないもの 
          ・彼にとって重大なもの 
          ・いつもうっすらと涙の膜が張っている 
        2)見ているものはどんな感じがするものか。 
          ・楽しいものではなく、悲しいもの 
          ・個人的な事情は避けて言葉を選びながら会話している。 
      5.私の気持ちをまとめる。 
        ・なぜか懐かしい気持ちに包まれた 
        ・どのような記憶から端を発しているのか思い出せない 
        ・せつない感情 
         ↓ 
        ・心の中のもどかしさを取り去ろうとして幹生を見つめる。 
         ↓ 
        ・幹生が好きであると噂される。 
        ★よくある学園もののパターンである。 
        ★ここまでは、安物の学園青春ドラマである。 
       
       
      第二段「幹生との交際」 
      1.「それは、秋の学園祭について〜私たちの背後から追いかけて来た。」を音読させる。 
      2.会話から、クラスの雰囲気を理解する。 
        ・男子生徒は、無責任で、調子乗り。 
        ・女子生徒は、多くは表面的には同情的だが、内心は興味本位。 
        ・何人かの女子生徒の親友だけが、親身に考えてくれる。 
        ・クラス委員は、糞まじめな民主主義の権化のような優等生。 
          ・何でも最後は多数決で決めれば解決すると思っている。 
      3.幹生が実行委員を引き受け、私を誘った。その理由は? 
        ・避けることのできない状況だと判断した。 
        ・拒否すれば話し合いが長引き、悪意にさらされる時間が長くなるだけだと判断し、自分を守ろうとした。 
        ・また、亜紀を救おうとした。 
        ・亜紀が自分を見つめる理由を聞く機会を作ろうとした。 
        ★その他、いろいろな考えを出させる。 
      4.「私と幹生は、しばらく無言で〜何かを背負っている彼は、そういう人に見えた。」を音読させる。 
      5.「自分の気持ち」を確認する。 
        ・幹生を好きで見ていたのではなく、懐かしいものを思い出そうとした。 
      6.私の気持ちの変化を考える。 
        1)「自分の頬に血がのぼるのを感じた」気持ちを考える。 
          ・幹生は気づいていないと思っていたのに知っていたから、恥ずかしい。 
        2)「味方を得たような気分」になった理由を考える。 
          ・初恋とか甘い気持ちが混じっていないことにも気づいていたから。 
            ↓幹生に対する評価 
          ・物事を正確に見つめることのできる人。 
        3)「私たちよりも、ずっと先を行っているみたい」に幹生の死を予感していることを確認する。 
      7.幹生の様子について考える。 
        1)「一瞬唇をかんだ」「投げやりに言うと、再び口をつぐんでしまった」理由は。 
          ・個人的な事情を隠してきたきたのに、気を許している自分に気づいたから。 
          ・自分のことで精一杯で、他人の目などどうでもいいから。 
          ・死を予感しているので、できるだけ人とかかわりたくなかったから。 
      8.私は「不意に悲しい気持ちになった」理由を考える。 
        ・私と必要以上に親しくなることを拒否していることに同情していた。 
        ・私たちの年齢の人間が許容できる大きさ以上に、何かを背負っている。 
        ★ひとりぼっちでかわいそうに思っていたが、想像以上に大きな何かを背負っていると気づいて、自分のことのように悲しくなった。 
        ★なんとかしてあげたい→恋の芽生え 
       
       
      第三段「幹生との恋」 
       
      1.「その日から、私たちは、つき合っている二人〜私の心には暗い影がさす」を音読させる。 
      2.つきあい始めた「幹生の変化」をまとめる。 
        ・気を許し始めている。 
        ・私といるときは、上の空の様子が影をひそめ、よく笑うようになった。 
          |しかし 
        ・私とことばを交わしていないときは、何かを見つめている。 
      3.つきあい始めた「私の変化」について。 
        1)「懐かしいとは思わなくなった」理由を考える。 
          ・彼に好意を持ち過ぎていたから。 
          ・彼に恋をしてしまったから。 
          ★後で、これが恋ではないことが分かる。 
        2)恋愛という感情が表現してある部分を抜き出す。 
          ・彼が幸福でないのだと思うことは、私の心を傷つけた。 
          ・好きな男には、のんきな幸せを授けたい。 
          ・甘酸っぱいものを思い出した時に頬がくぼむ 
          ・彼を悲しい場所に置きたくない 
          ・(彼が悲しい思いをすると)自分自身がやるせないだろうと予測する。 
          ・自分勝手な自分を許していた。 
          ・私が楽しい気分になるためには、彼もそうでなくてはならなかった 
          ・彼の手が自分に触れられているというだけで、気持ちが楽になってしまう。 
          ★恋愛とはエゴイスティックなものである。 
      4.父のことを聞かれたとき、幹生がきわめて明るい調子で言ったことに注意する。 
        1)「もう、逃げる必要がない」とはどういうことか? 
          ・父が追い詰められて自殺することを予期している。 
          ★自分も道連れになることも予感している。 
      5.「亜紀は、おれのこと好きなの?〜幸せだった。笑い続けていた。」を音読させる。 
      6.「亜紀の気持ち」について 
        1)「好きだから。心配だから」という矛盾した気持ちを考える。 
          ・私といるときは幹生を幸福にできるが、ひとりの時はそうではないから。 
          ・大切なものは、失しないたくない、失わないだろうかと心配になる。 
        2)「思いたくない」と「思わない」の違いを考える。 
          ・意識して思わないようにしている。 
          ・幹生の目を懐かしいと思う気持ちの裏に、不吉なものを予感し、怖い。 
          ★幹生の死を予感している。 
      7.「幹生の気持ち」について 
        1)亜紀のどこが好きなのかを考える。 
          ・自分でも気づいてない自分の内面を直観しているから。 
          ・生きる希望を与えてくれる。 
          ・自分を心配してくれる人がいると生きる力がわく。 
        2)寒くなることが嫌いだった理由と、嫌いでなくなった理由を考える。 
          ・寒さは、自分の人生のように寂しさと重なっていたので嫌いだった。 
          ・自分の中にエネルギー(生きる希望)を感じる。 
        3)「ちょっと、狭いけど」の意味を考える。 
          ・不幸な自分だが、よければつきあい続けてほしい。 
      8.幹生の瞳の涙の膜の意味について考える。 
        ・うわのそらの涙ではない。 
        ・私がそばにいることが、彼の瞳を濡らしている。 
        ★つらい悲しい涙から、うれしい涙に変化している。 
        ★実際は、私の思い込みだけで、以前と同じかもしれない。 
       
       
      第四段「幹生の死」 
       
      1.「私が家に帰ると、母は夕食の支度を〜とうの昔に死んでしまったのだ。」を音読させる。 
      2.「心の中に詰まっていたもの」とは何かを考える。 
        ・幹生との幸福な思い出。 
      3.「手の平に爪が食い込むほど、握りしめた」気持ちを考える。 
        ・恐ろしい衝撃に耐えている。 
        ・幹生の死を予感して大きな衝撃を受けた。 
      4.ひよこの目について考える。 
        ・自分の死を予期しているかのように澄んだ瞳を見開いていた。 
        ・何もかも映しているようで、何も見ていない目。 
        ・最後の力を振り絞り、目を見開いている。 
        ・諦観(あきらめて、ながめること) 
      5.ひよこの死に対する、母や妹の態度と私の態度の違いを考える。 
        ・母や妹=悲しみで肩を落としていた。 
        ・私   =ひよこの目を見守り続けていた。 
        ・死の恐怖や不思議さに対する異常な興味。 
        ★私の感性のちがいについて注目する。 
      6.「恐ろしさのあまりに、恋をしてしまった」気持ちを考える。 
        ・恐ろしさを打ち消そうとして恋をしてしまった。 
        ・死の恐怖に対する異常な興味が恋に姿を変えた。 
        ★私の恋愛観の異常さ。猟奇趣味。 
      7.「私は、その夜、たくさん夢を見て、〜おわり」を音読させる。 
      8.幹生の死に対する私の態度について考える。 
        ・みんな=黙祷するように言われて目を閉じた。 
        ・私   =黙祷の間も、こっそり目を見開いていた。 
        ★ひよこの死の時と同じ反応である。 
        ・人間の思う通りにいかないことがあることを知って気落ちしていた。 
        1)「人間の思う通りにいかないこと」とは何かを考える。 
          ・幹生がせっかく生きようとしたのに、死ななければならなかったこと。 
      10.「人生に対して礼儀正しい人」について考える。 
        ・自分の不幸な境遇に耐えて、希望を見失わない人。 
        ★その他、いろいろな考えを出させる。 
        ★「堤防」への問題提起。 
      11.なぜ幹生は抵抗せずに死んだのかを考える。 
        ・せっかく生きる希望を見出したのに、中学3年だったら、父親に反抗して生きることもできるはずである。 
        ・最終的には運命を受け入れた。 
        ★その他、いろいろな考えを出させる。 
      12.その後、私がひよこの目に出会う意味を考える。 
        ・ひよこの目は、自分の死を見つめている目である。 
        ・生きる希望を失ってしまっている目である。 
        ・私には、人の死に対する異常な興味がある。 
        ・私は、生きるということに異常な興味がある。 
        ★その他、いろいろな考えを出させる。 
        ★恋愛小説ではなく、死(生)をテーマにした小説であることを確認する。 
       
       
      13.死を見つめるワークをする。 
        1)センタリングをする。 
        2)イメージワーク〜小川の散歩〜をする。 
        3)死を見つめるワークシートを配布してやらせる。(これは、六浦基「死をみつめるワークブック」(アニマ2001)からとったもので、幼いころの私、ずっと大事にして来たもの、ペットへの思い、動物の死、はじめて死を見た時、生きていて良かったこと、死への恐れ、許せる死、死のイメージなどについて書かせるものです) 
        4)ふりかえりの感想を書かせる。 
       
       
      14.「堤防」を読む。 
        1)教師が音読し、感想を書かせる。 
        2)3〜4人のグループに分ける。 
        3)「堤防」を読んで、幹生の死の意味、私がひよこの目に出会う意味を考えさせる。 
          ・キーワードは「運命」「自殺」 
       
       
      15.「ひよこの眼」について、終末感想文を書かせる。 
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