随想
 

 
加藤幸子


 昭和四十年代、国内の材木の需要が多く、林野庁の方針は拡大造林で、経済的に価値の低い原生林を皆伐し、生長の速いスギやヒノキを植林することであった。それに対して、林野庁に在職していた四手井氏は、生態学的根拠から、自然を経済性で判断するのは愚かなことだと考え、天然林を択伐すべきだと方針を批判した。私は、四手井氏と話した後、感覚の領域で割り切れない部分が残った。もっとも、現在は、値段の安い熱帯の外材に押されて国内林業は経済的に苦しい。
 割り切れない部分というのは、自然に対する経済性に代わる価値基準である「美しさ」や「快さ」である。例えば、日本画家の自然の風景画は人工林の風景であり、「緑の倍増計画」はデザインや快適機能に重点を置いている。これらは、反文明的側面を排除した、馴らされた自然、きちんとした自然である。
 「美しさ」や「快さ」を価値基準にしていくと、単純で、画一的で、生物的エネルギーの弱い自然になっていく。整然とした自然は人の好みであると言う意見もあるが、ヒトは安定感に安住する生物であると思い込んでいるだけという可能性もある。森林浴やアウトドアブームも同じである。
 人工林が自然林と大きく違うのは静寂である。人工林には、下生えの植物が貧弱で、餌になる果実や昆虫が少なく、薄暗くてチクチクした葉が密生しているので、野鳥や動物がわずかしか生息していないからである。
 自然の評価はヒトの側からなされている。しかし、世界は単数のヒトだけではなく、複数の生物が生きている。複数の動物から見た自然の価値基準は単数のヒトの価値基準と異なっているはずである。とすれば、自然を評価すること自体が無意味である。ヒトだけでなく、すべての生物の複数の目をもって自然を評価することが、自然保護の基本になる。

 この評論の最大のポイントは、意外な論の展開である。自然保護の評価基準が経済性でないことは常識になっているが、それなら何かといえば曖昧である。多くの人は自然の美しさという漠然とした基準を挙げるだろう。しかし、自然の美しさの基準とは何か。それも所詮人間が決めた基準である。人間には理性があるので、どうしても統一的な美を求める。雑然とした中には美を見つけられない。しかし、自然は人間だけのものではない。だからといって、人間が他の生物を保護するのも傲慢である。他の生物の立場に立って自然を共有することが、本当の自然保護であるという作者の意見を理解させる。
 具体的には、まず、四手井氏の、自然を経済性で判断するのは愚かなことだという自然保護の考え方を理解させる。これについては、多くの生徒は納得するだろう。その上で、さらに割り切れない感覚の領域である「美しさ」と「快さ」について考える。多くの生徒が考える自然保護の理由はこれであろう。ところが、その結果生まれる人工的な自然の特徴がどのようなものであり、それを人の好みだとする理由が思い込みにすぎないことを考える。そこで、生徒は揺さぶられる。そして、なぜ自然を保護しようとしているのか考え直す。そして、地球には人間以外にも複数の生き物がいて、それぞれの自然に対する価値を持っていることに気づかせる。最後に、人間が自然を評価すること自体が無意味である。複数の目をもって自然を見、他の生物と自然を共有することが、自然保護の基本であることを理解させる。


第一段
昭和四十年代の林野庁の方針
 ・奥地の原生林を皆伐する
       ブナ
 ・生長の速いスギやヒノキを植林する
         人工林
四手井先生の主張
 ・天然林(=原生林)を択伐する
 ・自然を経済性だけで判断するのは愚かである。
 ↓
割り切れない部分
 感覚の領域

第二段
割り切れない部分
 “美しさ”や“快さ”という価値基準。
日本画家の風景画
 ・同じような二等辺三角形の木が整然と並んでいる人工林の風景。
 ・画一性
 ・馴らされた自然
 ・反文明的側面を慎重に排除した緑。
  ↑
  ↓
 ・種々の落葉樹や針葉樹が混じりあい、感覚的にはゴチャゴチャして、野生動物が跳梁する天然林。
緑の倍増計画
 ・デザインや快適機能に重点
 ・きちんとした自然。
  ↑
  ↓
 ・のびのび枝を茂らせる。
 ・草ぼうぼうにして虫や鳥を増やす。

第三段

“美しさ”や“快さ”で選んだ自然
 ・単純で、画一的で、生物的エネルギーの弱い自然。
  ‖
 ・人の好み
  ↑
  ↓
 ・思い込み
  ・安定感=“美しさ”
  ↑
自然の評価はヒトの側からなされている

第四段

世界は単数ではなく複数である
 ・ヒトの世界  他の動物の世界
 ↓
自然を評価すること自体が無意味になる
 ↓
自然保護の基本
 ・複数の目を持つこと

1.学習プリントを配布する。
2.環境問題で問題になっていること、なぜそれが問題なのかを問う。
 ・温暖化、砂漠化、森林激減、フロンガスによるオゾン層破壊、絶滅種の増加
 ・人間が引き起し、人間が困る問題。
 ・温暖化すれば栄える生物もいる。ある種の生物が絶滅することで繁殖する生物もいる。
 ★生徒の興味を引き出す。
 ★環境問題の何が困るのかを問題提起しておく。
3.「複数の目を」では、森林問題について考えることを予告する。
4.学習の準備2、漢字の読みを確認する。
5.学習の準備3、語句の意味を板書する。
 ・火の車=経済状態が非常に苦しいこと。
 ・多岐=一つの物事がいろいろな方面に分かれていること。
 ・跳梁=自由にはねまわること。とびまわること。
 ・画一=個々の事情・性質などを考えず、何もかも同じような形や性質にととのえそろえること。
 ・観念=ある物事に対する考え。
 ・すべ=手段。方法。
 ・嗜好=人それぞれの持つこのみ。
 ・四六時中=二四時間中。一日中。いつも。つねに。
 
第一段 先日、森林生態学(8101)〜一致していたからだろう。(8205)
6.昭和四十年代の林野庁の方針について
 1)なんと言う方針だったか。
  ・拡大造林
 2)それはどのような内容だったか。
  ・奥地の原生林を皆伐し、生長の速いスギやヒノキを植林する。
  ・スーパー林道を切り開く。
 3)原生林にはどんな木が例として挙がっているか。
  ・ブナ林
 4)スギやヒノキの林はなんと言うか。
  ・人工林
7.四手井先生について
 1)どんな人物であったか。
  ・森林生態学者
  ・林野庁に在職
  ・内部にいながら反対していることに注意する。
 2)どんな主張をしたのか。
  ・天然林を残して択伐していく。
 3)「択伐」の対義語は。
  ・皆伐
 4)反対の理由は。
  ・自然を経済性だけで判断するのは愚かである。
 5)値段の安い熱帯の外材に押されて国内林は火の車であることから、先生の意見が正しかったことを確認する。
8.先生との対話後に見えてきた「割り切れない部分」が、対話中に問題にならなかった 理由は。
 ・感覚の領域に一致していたから。
 ★経済性は思考の領域であるのに対して、感覚の領域とは何か、次の段落へのつなぎになることを押さえる。
 
第二段 それは、自然を(8206)〜きちんとした自然に後戻りだ。(8306)
9.割り切れない部分について
 1)「それ」の指示内容は。
  ・割り切れない部分
 2)割り切れない部分とは何か。
  ・“美しさ”や“快さ”という価値基準。
10.日本画家の風景画について
 1)“美しさ”や“快さ”という価値基準の例として2つ挙げているが、1つは何か。
  ・日本画家の風景画
 2)題材は。
  ・同じような二等辺三角形の木が整然と並んでいる人工林の風景。
  ★実際の日本画家の風景画を見せる。
 3)一言で言うと。
  ・画一性
 4)このような人間が意図的に作った自然を作者は何と呼んでいるか。
  ・馴らされた自然
  ・反文明的側面を慎重に排除した緑。
 5)作者の好む自然とは。
  ・種々の落葉樹や針葉樹が混じりあい、感覚的にはゴチャゴチャして、野生動物が跳   梁する天然林。
11.緑の倍増計画について
 1)もう1つの例は何か。
  ・緑の倍増計画
 2)特徴は。
  ・デザインや快適機能に重点を置いている。
 3)馴らされた自然と同義語で使われている語句は。
  ・きちんとした自然。
 4)この計画に対する作者の意見は。
  ・のびのび枝を茂らせる。
  ・草ぼうぼうにして虫や鳥を増やす。
 5)作者の意見が取り入れられない理由は。
  ・樹形を損なう、汚い、蚊がわく、痴漢が出没する。第三段 “美しさ”や“快さ”だけで(8307)〜変わってしまう。(8503)
 
第三段 
“美しさ”や”快さ”だけで(8307)〜“害獣”に変わってしまう。(8503)
12.“美しさ”や”快さ”の自然について
 1)この基準で選ぶとどんな自然になるか。
  ・単純で、画一的で、生物的エネルギーの弱い自然。
 2)それが人の好みであるという意見に対する作者の反論は。
  ・整然とした自然への嗜好がヒトの内部に遺伝的に組み込まれているわけではない。
  ・そう思いこんでいるだけ。
  ・安定感を“美しさ”と錯覚させているだけ。
  ・ヒトが安定感に安住する動物であるかは疑問である。
 3)ヒトが安定感に安住する動物であるかについて考える。
13.森林浴、アウトドアライフについて、作者が否定的であることを確認する。
14.人工林が静かな理由を確認する。
 ・野鳥や動物がわずかしか生息していない。
 ・下生えの植物が貧弱で、餌になる果実や昆虫が少なく、薄暗くてチクチクした葉が密  生している。
15.生物的エネルギーの乏しい自然が生まれる原因は何か。
 ・自然の評価がヒトの側からだけなされているから。
 
第四段 私は子供のころから(8504)〜私は思っている。(8516)
16.水の循環のイメージワークをする。
 ・CDで静かな音楽を流しながら、次の文章を読み、水になったイメージを作る。
 ・「両手を膝の上に置きます……。背筋を伸ばし……目を閉じて……ゆっくりと深呼吸をします……。息を吐くたびに、からだがゆるんでいきます……。そして、それとともに、心もゆったりと落ち着いていきます……。
 では、夜明け前の静かな海を思い浮かべてみましょう……。海面はとても静かで……ゆったりとした波の音が聞えてきます……。あたりは、だんだん明るくなってきて……水平線から太陽がゆっくりと姿を現します……。海は、太陽の光にキラキラと輝きます……。その海を見ているうちに……あなたは、透きとおった綺麗な水になって、海のととけあっています……。とてもいい気持ちです……。太陽の光が、あなたのからだのなかにさし込んできます……。あなたは、光でいっぱいになって、どんどん温かくなります……。
 そうすると、あなたは、目に見えない姿になって、ゆっくりと上に昇り始めます……。
あなたは、水蒸気になったのです……。水蒸気になったあなたは……どんどん、どんどん、高ーく、高ーく、昇っていって……まっ白ーい雲の中に吸い込まれていきます……。とても柔らかい、気持ちよい雲になったあなたは、空の上を旅して……高ーい山の上にやってきます……。
 そうすると、あたりは、だんだん冷たくなってきます……。そして、突然、あなたは、とっても美しい、まっ白い雪に変わります……。雪になったあなたは、ふわふわと舞い降りてきて、山の斜面につもります……。あなたは、柔らかいクッションのような雪になって、ゆっくりと休みます……。空が晴れて……やがて太陽の光がさしてくると……あなたはまた、キラキラ光る水になります……。そして、山の斜面をちょろちょろと気持ちよーくすべり降りていきます……。
 そして、いつの間にか、さらさらと流れる谷川になって、山を下り、だーんだん大ーきな川になります……。あなたは、大ーきな川のなかに入って、ゆったりと流れていく自分を感じています……。あなたは、自分のペースで、自分の好きなように流れていきます……。まわりの気色を眺めて見ましょう……。まわりには、何が見えますか……? 田んぼや……村や……町や……学校が、見えるかもしれません……。あなたは、ゆったりと流れていって……やがて、海に流れ込みます……。広ーい広い、大ーきな海に抱かれて、あなたは、ゆったりと海面に浮かびます……。
 ある朝、あなたはまた、キラキラと輝く太陽の光に照らされて、海面から上に昇りはじめます……。そのとき、不思議なことが起こります。太陽の光がさっとさしてくると、あなたは突然、美しい七色の虹になったのです……。海の上にかかっている、美しい虹になった自分を感じて見ましょう……。どんな気持ちでしょうか……。
 あなたの中にある美しさ……形を変えていくやわらかさ……そして、あなたがもっている大きな力……を感じてみましょう。
 では、もとの教室にいる自分を感じます……。いまから、私が三つ数えます……。そうすると、とても気持ちよく、すっきりと目を開けることができます……一……、二……、三……、さあ、目を開けます……両手を上げて、大きく伸びをしましょう。
17.虫をこわがるかどうかについて話をする。
18.世界は単数ではなく複数であるとはどういうことか。
 ・世界は、ヒトの世界だけでなく、他の生物の世界もある。
 ・ヒトの世界から見るの好ましさと、他の動物の世界から眺める自然の好ましさは違う。
19.そのとき、自然を評価すること自体が無意味になるについて
 1)「そのとき」の指示内容は。
  ・ヒトが他の生物の立場にたって自然を評価できた時。
 2)なぜ無意味になるのか。
  ・人間だけの価値基準で自然を評価できないから。
20.自然保護の基本とは何か。
 ・ヒトの価値基準だけで自然を評価しないこと。
 ・複数の目で自然を見ること。
 ・他の生物と自然を共有すること。
 
■まとめ
21.論理構造を追う。
 1)論理構造を図示する。
  林野庁の方針
   ↑
   ↓経済性
  四手井先生の主張
   ↓
  割り切れない部分
   ‖
  「美しさ」「快さ」という基準
   ↑  │ 例1 日本画家の風景画
   │  ↓ 例2 緑の倍増計画
   │ 単純で、画一的で、生物エネルギーの弱い自然
   │  ↑
   ↓ 自然の評価をヒトの側だけからしている
  自然保護の基本
   ‖
  複数の目を持つ。
   ↑
  世界は単数ではなく、複数である。
 2)論理構造を説明する。
  ・「自然保護の基本は複数の目を持つことであること」が結論である。
   ・例として、自分の体験を使っている。
  ・対比する意見として、「自然を『美しさ』『快さ』で判断する」を持ってくる。
   ・例として、日本画家の風景画や緑の倍増計画を使っている。
  ・四手井先生の話は、対比意見を導くための導入として書いている。
22.指示語の学習をする。
 1)現代文ミニマム「指示語」を配布して、指示語について説明する。
 2)本文の指示語に傍線を引いたプリントを配布し、指示内容を確認する。

 



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