「呪術師の聲」 終章    


長い物語は終った。
 朝靄の神域に蠢く怪しい薬屋達の目的と、武蔵野の箱館の一室での一職員の葛藤
は、いずれも犯罪というべきものではなかった。
 益田龍一は、ある種感動していた。
あの中禅寺が、当人が黙っていれば誰にも気付かれないまま終ってしまう筈の出来
事を、皆に話して聞かせたのだ。
日頃自分の事など話さぬ男が。
語らずに済ませられる秘密ならば、語らずに済ませる男が。
座敷に居合わせた面々──益田も含めて──は常日頃、鬼のように口が達者なこの
男にいいように揶揄われ続けている。殊に付き合いの長い小説家に対する扱いなど
知らぬ者が端から見たら、彼等はどういう人間関係にあるのか甚だしく疑問を感じ
てしまうくらいに非道い。
しかし日頃のそうしたあしらいにも関わらず、気難しげで口煩い古書店主はその仏
頂面の影で存外彼等を信頼しているのだと──改めてそんな風に感じて、話を聞き
終った益田は場違いに身の内が暖かくなるような思いに浸った。
 そう思ったのに。

「僕は『益田君に話している』と言っただろう」

 全てを語り終った後、中禅寺はそう言った。
その言葉を聞いた瞬間、益田は全身凍り付いた。

他の者は誰も気付いていない。
偏屈な男の、何気ない憎まれ口だと思っている。
しかしこれは自分に対する「口止め」だ、と益田は察した。
中禅寺は「或る事」を皆に知られたくなかったのだ。
だから 敢えて「自分に聞かせ」たのだ。
益田は、そう解釈した。

自分だけが知っている事。
直接「薬屋」に逢った自分と、
その男──狛江と旧知の中禅寺だけが知っている事。

 関口は、もともと大学の研究室で粘菌の研究をしていた。専門が異なるとはいえ、
今でも伝手を頼れば微生物学者である狛江の履歴業績などは知る事が出来るだろ
う。
鳥口は雑誌記者である。元官立研究所の職員の顔写真を入手する事など、雑作も無
い筈だ。
榎木津は──他人の記憶が視える。益田の記憶する、中禅寺の記憶する男の姿はず
っと見えていただろう。
 しかし、彼等には判らない事がある。
直接本人に会って会話を交わした者だけしか知り得ない事。

 それは、狛江の声だ。

 子供だった益田が、神社の林で「薬屋」と名乗る男達に出会って逃げ出したのは、
恐ろしかったからではなかった。眼鏡をかけた色の白い男の言葉は、まるで意味
を掴めない不可解なものではあったが、その控えめな優しい声は少年にも真摯で誠
実な印象を与えた。逃げたのは、林の奥からがっしりした強そうな男が近づいて来
るのを見たからだ。そちらの男は怖かった。だから走った。
それでも話の途中で逃げ出してしまって、あの親切そうな男には悪い事をしたよう
な気がしてならなかった。気になって後刻神社に様子を見に戻ったのだが、既にあ
の不思議な一団は姿を消していた。

彼の声は、関口の声に似ている。

話し振りは全く違う。「薬屋」──狛江の方は、夢見る様にゆったりと話す。自分
の発言に自信を持っているのだろう、なんとも楽しそうな話し方だ。関口はだいた
いあまり口を開けず不明瞭にもごもごと発言し、語尾などはしょっちゅう消えてし
まう。初対面の人に対する時や、緊張するような場面では吃ったり、甚だしい場面
では失語する。まるで二人の話し方の様子に似た所は無い。それでも、声は似てい
るのだ。
馴染みの友人達と馬鹿話をしている時は、関口も遠慮無くよく喋る。最前の皮肉な
主との軽口の応酬を聞いていた益田は、関口の声が狛江の声に似ている事に気付い
た。

だから、どうだというのか。
益田が関口と狛江の声が似ているのを知っているからといって。
それを他の者に知られる事が、中禅寺にとって不都合だとでも。

──きっと、そうなのだ。
声が似ている、というだけではすまされない。
この二人は、中禅寺からすれば良く「似ている」のだ。

世間話程度の会話ならば中禅寺は大概書物から目を離さないから、客の人相風体等
彼にしてみれば其れ程重要な要素では無い。話し相手として重要なのは、受け答え
の内容や相手の理解力、情報量、それに──声だ。それが窓一つ無い研究室内だろ
うが、心地よい風の通る座敷だろうが、気に入った書物と適切な受け答えの出来る
気心の知れた友人が居れば、中禅寺にとってはそれで充分なのだろう。
その友人の一方を、未遂に終ったとはいえ中禅寺は傷つけようとした。
その事が知れれば、いま一人のほぼ同じ立場にある友人と中禅寺との信頼関係は、
何か決定的に修復不可能な打撃を受けてしまうのではないだろうか。

そして益田は、更に酷く恐ろしい考えに思い到る。
中禅寺が無意識にせよ、無防備な友人を傷つけようとした理由が、
狛江が──「関口に似ている」からだったとしたら。
実際はそんな理由では無かったにしても、関口がそう信じたとしたら。

不可ない。
知られてはいけない。
益田は、狛江の声の秘密を他人に洩らしてはいけないのだ。

「僕は益田君に話している」
薄れた青い光を背にして、痩せた呪術師の影が畏ろしい封印の呪を発する。
益田は成す術もなく、座敷に釘付けになって仕舞う。

誓います、誓います、
益田は、心の中で呪術師の影に向かって叫ぶ。
僕は誰にも喋りません。
僕さえ余計な事を言わなければ、
この座敷の平安は何時迄も護られる、

だからぼくはだれにもはなさない──

声には出せない誓いを、
益田は力の限り、心の内で繰り返した。

恐ろしかった。



 突然強い力で襟首を掴まれ、正座をして膝を握り締めていた益田はバランスを崩
し、座卓の縁でしたたか膝を打った。情け容赦の無い腕は委細構わず益田の身体を
そのまま斜め上に釣り上げ、その耳許で大声を張り上げる。
「帰ろうマスカマ、僕はお腹が空いたぞっ!そら、自分で立つ!」
 見た目は華奢な腕なのに、恐ろしい膂力である。急に手を離され、ふらついた益
田は思わず榎木津の肘に縋る。そのまま目を遣ると、座敷の主は陰に落ちた床の間
の前で俯いて本に目を落としている。
 読めるのだろうか。もうこんなに暗い中で。
ふらり、と足が萎える。榎木津が肘を突っ張って、益田を邪険に支える。
「ずっと正座なんかしているからだ!こんな所で座禅をしていても悟りは開けない
ぞ、どうせなら寺に行くのだ寺に。お前は寺が好きだろう」
「足が痺れたのかい?あれは辛いよね──」
 関口が親身に同情してくる。顔が会わせられなくて、俯いてしまう。
「足が痺れたくらいで泣くなッ!だからおまえはカマだというんだ」
 泣いているように見えるのだろうか。
「それじゃあ師匠、どうもお邪魔しましたあ、」
 全員が立ち上がった頃合を計って、鳥口が元気良く挨拶をする。
中禅寺は薄い闇に沈んだまま、微かに頷く。
「ち、中禅寺さん、あの、」
 益田は気力を振り絞ってなんとか主に声をかけようとしたが、探偵の奇声に掻き
消されてしまう。
「ようし、寺に行くなら頭は僕が丸めてやろう!心配するな、頭を剃らせたら僕は
日本一だぞ、やった事ないけど。つんつるりんのぴっかぴかにしてやるぞッ!」
 そのまま無抵抗な助手をずるずると廊下へと引き摺って行く。関口と鳥口が御付
きのように意味も無く両脇から従う。
「そしたらおまえはもうカマじゃなくなるぞ、嬉しいだろう。明日からおまえは茶
瓶だ、チャビン、チャビンオロカ。うはははは。呼び難いな」
 あまりに馬鹿馬鹿しいのか、中禅寺はもうこちらを見ようともしない。
否、見て──いるのだろうか。こちらを見て──

見ている。
最後の一瞬、探偵助手と床の間の前の主の目が合った。
再び、益田の全身の血が冷たくなる。
彼が其処に見た物は深く冥い淵の如き眼差しだった。
絶望した人間の様な。


              *


 それからの一週間というもの、益田はひたすら修行に励んだ。
座敷から引きずり出した後、探偵は玄関先で一言「修行が足りん」と言って、呆け
ている助手を肘から振り落とした。何の修行だかは判らなかったものの、益田は兎
に角無心で探偵の仕事に打ち込み、軽薄な物腰に磨きをかける事にした。支離滅裂
な探偵をなだめ、意味不明な依頼者の話を聞き、艱難辛苦の聞き込みに回り、抱腹
絶倒な立ち回りを演じた。
 榎木津を見習って、悩む前にまず行動を起こす事を基本姿勢にすると、気分は不
思議に晴れやかになった。ただ、周囲は呆れた。親が見たら嘆くかもしれない。し
かし、こちらの方が自分の性に合っている、と元刑事の青年は思った。考え悩む事
は、正直怖かった。


 そして今日また、益田は坂の上の古書店の前に立っている。
都合がつけば昼前に自宅を訪れるようにとの中禅寺からの電話が、前日神保町の事
務所にあったのだ。
「狛江の事で」と電話を通しても張りの有る声が言った。
 きた──と、益田は思った。
電話の向うの声が急にひどく遠く感じ、少し足が震えた。
 母屋の玄関に回り、案内を乞う。

「御免下さ──」
「やあ益田君、呼びつけて済まなかったね」
 声を掛け終らぬ内に主の通る声がすぐ側から響き、益田は飛び上がった。
どうやら中禅寺はいつもの座敷ではなく、手前の部屋に居たらしい。
玄関に現れた和装の古書肆は、益田の姿を目にするやいなや、すうっと眉を重苦し
く寄せる。
「益田君、きみ──」
「は、はい、」
 動悸が治まらないまま、益田は息を詰めて主の言葉を待つ。
「それは、日持ちのしない菓子じゃないだろうね」
「は?」
 中禅寺は重々しく客の下げた菓子折りを指差していた。
「え──その、麩饅頭です」
「日持ちしないだろう」
「え、ええ、売り子さんは今日中に食べろって」
 主の眉間の皺が更に険しく深くなる。
「まったく、君達は揃いも揃って──まあ、取りあえずあがり賜え」
 中禅寺の言葉で初めて、益田は玄関に沢山の履物が有る事に気付いた。中でも三
和土の真ん中で転がっている異常に金具の多い深靴は、今朝方事務所で探偵秘書が
甲斐甲斐しく紐を結んでやっていたのを見たばかりである。益田は大いに安堵を感
じると共に、こんな所で脱いでしまって榎木津は帰りにきちんと自分で紐が結べる
のだろうかと心配になる。それとも、自分達のうちの誰かが面倒を見るはめになる
のか。益田は慌てて他の靴の持ち主達を確認する。剥げちょろけた関口の革靴。彼
は人並みはずれて不器用だからややこしい紐結びなど問題外だ。可成り風格の着い
た鳥口の運動靴。それとこの、隅で猫が気持ち好さそうに載っているへたへたにな
った布靴は──
益田が猫の尻尾をめくって見なれぬ靴の吟味をしていると、中禅寺が声をかけた。
「そんな所で探偵をする必要は無いだろう。今丁度皆の茶を淹れているから、悪い
が一緒に来てくれないか。それから狛江に紹介するよ」

今、何と。
「狛江──さんに?」
「ああ、神社の少年の話をしたら会いたがったからね、君に来てもらったんだ。電
話で話したろう?ついでに皆にも紹介しようと思って」
「それじゃ──」
 がらがらと大きな音を立てて、自分の周囲を取り巻く壁が激しく崩れて行く様な
感覚が益田を襲う。

考え過ぎ──だったのだ。
ここで狛江を皆に紹介するのなら、彼の「声」は秘密でもなんでもなかった、とい
う事になる。中禅寺はそんな事には頓着していなかったのだ。
落ち着いて考えてみれば、中禅寺は元々自分達等より遥かに面倒見の善い、至って
良識的な男である。それは益田にもよく判っている筈だった。
益田はただの己自身の思い込みに、あれほどまで脅えてしまっていたのだ。
自呪自縛、益田に呪をかけたのは結局益田自身だったのである。

 だが。それならば、前回座敷を辞する直前に益田が見た、
中禅寺の思い詰めた様な暗い瞳は──あれは、何だったのか。
断じて見間違いではなかった。まだ、何か隠された事柄があるのだろうか。益田は
──其れ以上考えたくはなかった。


「麩饅頭と大学芋とカスタアドプディングと豆大福とひよこ饅頭ときんつばが君の
割り当てだ。最低でも各一個は食べて貰う」
 益田を厨房に伴った中禅寺は、顰め面で燐寸を擦って焜炉に火を起こした。
「誰か少しは日持ちのするものにすれば善いのに、皆よりによって──ああ、でも
美味そうだね」
 紙包みを開いた益田の手許を覗き込んで、中禅寺はそれでも少し嬉しそうに言う。
矢張り菓子は好きなのだ。
「水気の無い菓子見たら罵倒する人がいますからね、どうしても生菓子になっちゃ
うんです。すみません、今度実家に帰ったら鳩サブレ持って来ます」
「サブレーはクッキーの類だからな。榎さんに見つかるなよ。ああ、湧いたようだ」
 沸かしかけだった薬缶はすぐに湯気をたて始めた。
「ひよこは少し保つんじゃあないですか?」
「あれは狛江が持って来たのだから出さないと──そういえばね、益田君」
 茶器は全て細君が整えてあったようで、大振りの塗り盆の上に茶托と菓子の取り
皿と楊子が載っている。一旦全部の湯呑みに直に湯を注ぎながら、中禅寺は何気無
さそうに言った。

「僕は、とても怖かったんだよ」
「え?」
「君に思い出させて貰って、僕はすぐに狛江を捜そうと思った。連絡が付かなけれ
ば君にでも頼んでね」
「僕にでも。非道いっすね、これでも結構お役に立ちます」
 そうだね、人間は銭亀より遥かに大きいからな、と茶碗に注いで冷ました湯を急
須に流し込みながら、中禅寺の声が少し笑う。
「僕は武蔵野の研究室で別れて以来の狛江の消息をまるで知らない。今どこでどう
しているのか。前線には出ていないと思うが、もしかしたら戦争で死んでいるかも
しれない。そんな事をつらつら考えていてね、僕は恐ろしい可能性に思い当った。
いや、本当は──本当はね。僕は意識の隅でずっと怖れ続けていたのだと思う」
 中禅寺は流しの前の窓の方を向いたまま話し続ける。
「もしかしたらあの研究所で僕達に仕事をさせていた──僕の上官だったあの男が、
狛江を引き抜いたかもしれない。所属は違うが、縁が無い部署ではない。中国で
行われた実験に、狛江は参加させられたのではないかと、僕は其れを怖れていた。
だから余計に、彼の事を思い出せなかったのだ」

 あの、男。
榎木津が「化け物」と呼んだ、
中国での忌まわしい過去を持つという帝国陸軍大佐。
「愉しい事ですよ」
 笑いを含んだ深い声が、益田の耳に蘇る。
あれこそ──あの聲こそが、生涯忘れ得ぬ畏ろしい聲だ。

「中国での実験って、何──あ」
 陸軍。中国大陸。実験。──微生物学者。
単語の連なりが、益田に警察官時代に聞いた帝国陸軍の中国における戦争犯罪の噂
を思い出させた。子供を脅かす怪談の様な、事実とは信じ難い、おどろおどろしい
噂。
「でも中禅寺さん、あ、あんなのはただの怖い噂なんでしょう?実際には、実際に
は正規軍隊がそんな、まさか──」
「益田君」
 逆光の中で、中禅寺の黒い影の輪郭が不吉に浮かぶ。
「あの噂は事実なんだよ。関東軍は大量殺戮兵器の開発のために、事実ハルピンで
戦争捕虜を用いた生体実験を行っていたんだ。当時の研究施設も現存している。他
にも明るみに出ていない計画が、幾つも有ったかもしれない」
「でも、それじゃ、」
 膝が震え出す。
根拠の無い、興味本意の噂だと思っていた。
戦闘中に人間が人間を殺すのは、勝ち残り、生き残る為に仕方が無いと益田でも思
う。けれど無抵抗な捕虜の身体で、毒瓦斯や病原菌が人体に及ぼす効果を確認する
生体実験なぞは、そんなものは──ヒトの所業ではない。

 まさか、狛江が。
あの、関口に少し似た、優しい声の、真摯な研究者が、

「そんな、そんな──それじゃあ中禅寺さんは、
狛江さんがあの悪魔の細菌部隊に居たって、──」

「居なかった」
「は?」
「以前狛江が所属していた研究所に電話してみたら、簡単に見つかった。狛江は戦
後もずっとそこで抗生物質の研究を続けていた。南方に出張した事はあるが、大陸
には行っていないのだそうだ。直接本人とも話したよ。室長になっていた。」
 
 このひとは。
「そ、それを先に言って下さい、」
 意地悪だ。
益田は膝が崩折れそうになるのをやっと堪える。
「もぅ──、泣きそうになっちゃいましたよ僕、
非道いじゃないですか中禅寺さん、今、凄い怖かったですよ──」
 本当に、意地悪だ。

「なんだそのくらい。僕はその数千倍怖い思いをしたんだよ。少しは付き合ってく
れても善いだろう」
 中禅寺は背を向けたまま、急須の中身を湯飲みに移している。
「想像しても見賜え。もし電話に出た狛江が、あの間延びした声で
『久しぶりだね中禅寺君、大陸は愉しかったよ』なんて言った日には──」
 何時の間にか菓子皿は麩饅頭の包みと並んで、どっしりとした鎌倉彫りの盆に移
されている。そちらは益田が持て、という事らしい。
「──連絡をとるには本当に勇気が要ったんだよ」
 湯呑みを一つづつ茶托に載せると、盆を両手で捧げ、中禅寺は振り向きもせずに
先に立つ。塗りなので滑りそうにも見えるが、肉体労働を厭う古書肆はそちらの軽
い盆を選んだのだろう。
「どうも少し濃いようだ」
 湯飲みを覗き込んで、中禅寺が言った。

 座敷に向かうのに、縁の方には回らず間の部屋を抜けて行く。
次の間に二人が入ると、襖越しに賑やかな話声が響いて来た。
鳥口のすっ恍けた叫び声、榎木津の頓狂な大声。
宥めるような関口の声に、もうひとつ穏やかな、懐かしい声──

「中禅寺さん」
 両手が茶で塞がっている主に代って、菓子盆を片手に持ち直して襖に手を掛けよ
うとするその前に、益田は思い切って言った。
「あの、狛江さんって、似てますよね──」
 盆を捧げたまま、中禅寺は不審そうに益田を見る。
「──声が、関口さんに」
 中禅寺は一瞬眉を顰めて、視線を泳がせる。
それから突然何かに思い当たった様に、表情が開けた。
「ああ──そう言われてみれば、そうだね。
喋り方がまるで違うから、今迄気が付かなかったよ」
 そして益田を見て、にこりと笑った。

 それが彼の心からの笑顔だという事が、
今度は益田にも善く判った。


─ 呪術師の聲 終 ─ 


1999年07年



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