CLOSING
一面の桜の舞う白い空間から、その明るさとは異質な、切り抜いた黒い影の
ような男は、自分の本来属する空間へ 夕闇に翳る書斎の中へ戻って来た。
「帰ろう。」
ひどく静かな声を私にかける。
「で、でも。」
私はきっと泣き出しそうな表情(かお)をしていたに違いない。
「用事は済んだ。帰ろう。」
「でも。」
扉の外の世界は、海も空も岬も女も、桜色に溶け合ったまま
しだいに闇に暗溶(フェードアウト)してゆくのだろう。
「彼女は大丈夫だ。
僕らは自分達の居場所へ帰ろう。」
黒い男の肩に残っていた数枚の花びらが、
白い軌跡を描いて暗い床に落ちた。
「で、でも。」
私は慄える声で言った。
「帰りの汽車、もう、ないよ。」
*このレポートは、一部を除き、概ね事実に基づいています。
長らくお附き合いいただき、まことに有難う御座居ました。
1998年08月
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