差異と反復

1998年「643No5」テーマが「リズム」だった回にテーマ小説として書いた物です。プロローグとエピローグの音数に注目してください。関連ページメルマガ8号

  プロローグ/序説

ときに 詩歌ポエム 韻律ライム 語りにして、日本語訳 ノベルズではなし。音数パルスをそろえて 脚韻みまくる 口承文学カラオケボックスにこそ 戯遊詩人日々があり、辞書片手書斎中 欧米言語フォーリンラング意訳作業、散文詩とさえびたくはなし。電子講談デジタルビート韻文朗読ポエムリーディングそれらもまた くは 過去 るものだ.。

  風景画/ランドスケープ1

鈴木英人のリトグラフは日本人がアメリカ西海岸に対して持つ憧憬を象徴的に表現している。カリフォルニアの青い空、降り注ぐ太陽、真っ青な海は降り注ぐ日差しを浴びて揺れ動く海面をキラキラと乱反射させる。どこまでも続く白い砂浜には海岸線に沿って亜熱帯のヤシの木が立ち並ぶ。休憩所は木造の白くペイントされたロッジ、そしてその隣には赤いコンバーチブルスポーツカー。カーラジオから流れるサーフィンUSAとサンルーフから流れ込む熱い潮風の匂い。サングラスをかけた青年達がサーフィンボードを持って現れる。小麦色の肌をしたカリフォルニアガール達はコパトーンを肌に塗り、イイ男を物色中。まるで清涼炭酸飲料水のCMのようなロングサマーバケイション。そんな一枚がリゾートホテルのカフェテラスに掛けてある。

  モノローグ/独白

あたしがなんで朝っぱらからこんな安ホテルのカフェテラスで一人でドンペリあけてるかって、そんなのこっちが聞きたいわよ。あたしは女優よ、一流の女優なの、分かる?あたしだって好きで単館上映のアートシアター出てんじゃないの、こう見えてもねぇ、あたしにだってゴールデン枠のトレンディードラマ?出てみませんかってお誘い来てんのよ、ね、聞いてる?主演よ、主えーーん、いいでしょぉーー。でもねぇーー、ウーーキウキに喜んじゃって、どんな役?ってカワイコぶって聞いたのぉージャーマネにぃ、したらさぁ、なんかいま売り出し中の若い小娘いじめる継母役とか言うからさ、あたし、あーーぁたまきて、ワイン投げつけちゃった。ま・ま・ま、、飲んで飲んで、どぉーーして?あたしのすすめるお酒っていつもウエイターさん飲んでくれるわよ、勤務中なのに客のすすめるお酒も飲めないなんて失礼だと思わなーーぁい?なんならマスターに言ってあんたクビにしてもらっても良いんだからね、知んないの?あたしここのマスターとデキてるからさ、ほら、あたしってここ半年ほど泊まりっぱなしでしょ?そこはやっぱ女優だからさァ、色恋沙汰の一つや二つ?

マスター、ドンペリ空いたわよ、次なんか適とーに持ってきて頂戴!なに逃げようとしてんのよ、注ぐのよあんた、早く、飲めない?頭悪いのね。あんた絶対出世しないタイプよ、男はね、女に上手く愛嬌振りまいてちやほやもてなしてなんぼのものなんだから・・・だから、そのぐらい上手く要領かまして都合つけないさいよ。それでさぁ、あたしかぁーっとなっちゃってジャーマネの頭にワインなみなみ注いじゃってさぁ、空になったワインボトルで頭殴ってやったわよ、もう、あたしは女優よ、分かる?なんで女優になりたかったか、なんで女優になれたのか、みんなにちやほやして欲しくてこの仕事についたの、みんなにちやほやして欲しいから努力してきたの、十代の小娘いじめる憎まれ役やりたくてこの世界に入ったんじゃないの!主役はあたしなのよ、あ・た・し、聞こえてんの?ねぇ、なんか言ってよ、なに目ぇーそらしてんのよ、女に胸ぐらつかまれて何にも言えないの?あんた男でしょ?はっきりしなさいよ、いい年して十代のガキンチョに嫉妬してるあたしってかわいいでしょ、きれいでしょ、こう見えても自然体の演技を売りにしているの自然な感情を表に出せるあたしって、かわいいでしょ、ねぇ、本当のこと言ってよ。

  風景/ランドスケープ2

ホテルのカフェのバルコニーには 木漏れ日のガラス窓に切り取られた八月の砂浜。真っ青な海と真っ青な空、水平線には真っ白な入道雲がにょきにょきと顔を出す。八月最後の日曜日。今年最後の大盛況に海の家はわきかえる。白玉の乗ったイチゴ味のかき氷に、フロートの浮いてるメロンソーダ。バナナ味のチョコクレープとほろ苦いウィスキーボンボン。

地元の女子中学生仲良し3人組が日焼け止めのパラソルとビニールシートを入れたリュックサックを持って浜辺に到着。高校進学をひかえ、中学最後の夏休みを満喫する彼女達は、ひまわり柄のうすでのワンピースを着て、その下には脱いだらいつでも泳げるように紺色のスクール水着を着ている。青と白とのパラソルを開いて砂浜に差すと、ビニールシートを敷いてリュックをのせて重石にし、脱いだ服をリュックに詰め込むとそのまま3人とも波打ちぎわに走り込む。少女達がはしゃいでかけあう水しぶきに、太陽の日差しが差し込んでキラキラと光をなびかせながら落ちていき、水面に幾重もの波紋を広げて消える。

先ほどから、そんな少女達の姿を遠くから眺めるクラスメートの男の子が3名。サーフィンボードに寝そべって、遠くからサングラスごしに彼女達を眺める。教室では見慣れた彼女達がいつもとは違う日差しの中できらきらと波間をただよう。彼女達の方でもクラスメートの視線を感じつつ、気付かないふりをしながら、ビーチボールの投げっこ。海上の空を仰ぐと、水平線に見えた入道雲が積乱雲に発達して、こっちに向かってやってきていた。

  写真/ピクチャーズ

見てよ、この写真。カワイイでしょぉー、誰だと思う?

∬∬∬∬∬
(δ_δ)
⊂  Ρ
〆♭

あたしよ、あたし、ね?わかる?あたしって、すっっごい美少女だったんだから・・隣りにいる男?・・・・忘れた、昔のことなのよ、恋人?ってんじゃなくて、そうね・・なんて言ったかな、男友達?私達まだ幼かったのよね、当時まだなんにも知らない17の小娘よ、でも当時は自分がすごぉーーーーーく大人だと思ってた、恋のことも男のこともなんでも知ってると思ってた、世界が自分を中心に回っているような気がしたの、傍から見たらすごく生意気な女だったと思う、みんなが私をカワイイと言ってくれたし、私も自分のことなんて美しいんだろって、こんな美少女どこにも居ないよって思ってた、彼もそんな私に目を止めた一人だった。

夏休みが始まる頃よね、まだ七月の始めだった。日焼け止めにつばの広い白い帽子をかぶって、ダンスのレッスンに通っていたの、あの頃は女優になるのが夢だった・・・というより、そうなる運命だったのよ、あたしのような美人がこの美貌をいかせる職業は他にはないって、これは運命なんだって、だってこの顔よ、このスタイルよ、他に何があるって言うの?神様はどうしてこんな美しい星のもとに私をお作りになられたのかしら、って・・・・この写真みると冗談に聞こえないでしょ?

そんなあたしの姿を静かに見続けてる青年が居たの、ダンスレッスンの帰りだったかしら、五分咲きのヒマワリが咲き乱れる庭の向こうでいつもキャンバスに向かって絵を描いてる青年だった。美大に通う画家の卵であたしは女優の卵、なんか出来の悪い三文小説みたいだけど、年寄りの感傷なんていつの時代もこんな物よ、思い出に個性なんてないわ、記憶の中ではすべては輝いてるの。

現実なんて醜いものね、肌荒れを隠すためにたいた照明がさらに肌荒れを進行させる・・・終わらない撮影、コロコロ変わる演出、そうこうしてる間にも厚塗りしたファンデーションから黒い汗が流れて、あたしの肌を荒らしていく。

でも、この頃のあたしは今みたいになるとは思ってなかった。今よりずっと美しかったし、これまでもずっと美しかったし、これからもずっと若くて美しいままなんだって、みんながかわいいって言ってくれるし、ちやほやしてくれる、それを当然なんだって思ってた。この青年画家はそんなあたしをモチーフに絵を描いてたの。φ('-'o) カキカキ

「ヒマワリ畑と白い帽子の少女」って題の風景画。五分咲きのヒマワリが今まさにつぼみを開こうとしているそのさなかに、ヒマワリ畑と鉄格子の向こう側に、日差しを避けるようにして白くてつばの広い帽子をまぶかにかぶった少女が顔を出している。五分咲きのヒマワリはまだ完全に開き切っていないのに対し、少女の白い帽子は降り注ぐ日差しから少女の白い肌を守るため外界に対して大きく開き切っており、それは日差しからだけでなく青年画家の視線からも少女を守ろうとしている・・と同時に開ききった帽子は成熟した私の自意識を示してもいたの。私はそのヒマワリ畑の前を通るとき画家に見える様にわざとゆっくりと美しく歩いたし、彼もまたそんなあたしを悪く思ってなかった様に思う。少女は画家の視線を意識しながら、けれども目を合わさずに、見られていることに気が付かないかのように歩いている。画家もまた、彼女に見られていることを意識しながら、さもそれに気付いていないかのように絵を描き続けている。覗き見している画家と覗き見させている少女、覗き見させられている画家と覗き見させている少女。二人の間に存在する暗黙の了解がヒマワリ畑を介して微妙なバランスで成り立っているのがキャンバスから感じ取れる。そんな絵よ。

彼は私を美しいと思ったから私を絵にした。私は自分を美しいと思ったから、彼に絵を描かせた。彼は私の美しさを信じ、私は彼の目に信頼を寄せた。見る者が見られ、見られる者が見せる、主導権は常に入れ替わり、リードする者が常にリードされている。私はいつのまにか私を好きな彼を好きになっていた。

そして私達は何も言葉を交わさないまま絵は完成するの、私は彼のことを何も知らなかったし、その絵を目にすることもなかった。夏が終わる頃には彼は新しいモチーフを求めて旅に出たの。

彼がただの画家でなく、風景画家だと知ったのはずいぶん経ってからよ。私が居たのは人物画の中ではなく、風景画の中だったの。彼にとって私は人格を持った一人の人間ではなく、そこにある美しい風景の一つでしかなかったってこと。まるで、こっから見える景色みたいでしょ。

こうしてさ、ガラス張りのカフェテラスから窓枠で切り取られた四角い砂浜を眺めるでしょ、青い海、白い砂浜、水平線には白い入道雲とどこまでも続く青い空、水着を着た女の子達が女友達と一緒に遊びに来て、水着になって泳ぐじゃない?そんな女の子達をナンパ目的にか見に来る男の子達も居るじゃない?でもね、彼らにとっても女なんてのは風景でしかないのよ、そんな男達に見られていい気になってちゃダメなんだって、思うのよね。彼女達に待ってるのは、カッコイイ男の子のGirl Friendになることではなく、世界の終わり・・World's Endにも似たGirl's Endが訪れること・・・・それは少女期の終わり、今の彼女達が春の日差しを浴びて昇り行く太陽だとしたら、いまのあたしは秋の訪れに怯える沈み逝く太陽かもしれない、でも、どんなに輝いていた春の日差しも、いつかは秋の落ち葉に取って代わられて、気が付けば寒い冬が来てるのよ。

でも、あたしは彼女達に教えてあげない。説教ばばあだって思われるのが嫌とか、そんなんじゃないの。あたしが長年苦労して積み上げてきた経験をそんなに簡単に若い子達に譲り渡してやるものですか、彼女達が泣きを見るのを私はこうして遠くから楽しみにして待ってるの、彼女達のうろたえる姿を私はこうして悠然と安全な場所から眺めてたいの。わかる?夏の海にはね、夕立と台風が付き物なの。

  風景/ランドスケープ3

カフェテラスの向こう側には秋口の砂浜が風に吹かれている。ラジオから流れる台風の接近。曇りがちな空は降り注ぐ太陽よりもむしろ、暴風雨に吹き荒れる台風を待っていた。風が強くなり出すと、「台風が近づいて来ておりますので遊泳中の方は大至急浜辺にお上がり下さい」と緊急の放送が繰り返され、海の家は店先の浮き輪やパラソルを片付け始める。浜辺の人ごみはいつのまにか駐車場に吸い込まれ、たたみ遅れたパラソルと新聞紙が風に舞う。少女達もあわててパラソルをたたみ、窓に木枠の雨戸を当て、店じまいした海の家には「準備中」の紙がゆれる。閑散とした浜辺には海を見つめる少年達が一組、そして少年達が見つめる視線の向こう側には水着の上からタイトなラバースーツを着込んだ少女達がボディーボードにつかまり波間を漂っている。ビッグウエーブが来る。そんな気がした。

  ダイアローグ/対話

「今度の映画は、いつ撮影されるのですか?」

とウエイターがささやくと、女優はうれしそうにニヤリと白い歯をみせて話し始める。

「いまに決まってんじゃなぁーい?お天気待ちなのよぉ。じゃなきゃ、いつまでもこんなボロホテルに泊まっているわけないでしょーーぉ?今度の撮影は台風が主役なの、あいつったらあたしなんかよりよっぽど良いお金もらってんだから、みて、この気まぐれな主演様が来るまでの滞在費、撮影機材のキープ料だって馬鹿んなんないのよぉ、カメラ・照明・集音マイク、完全防水の機材そろえようと思ったらいくらかかると思ってんのよ。ね、ここはハリウッドじゃないわ。自前の機材もないんですもの、まして竜巻を合成する予算や技術なんて期待する方がどうかしてるわ、ビデオ化の収入も予算に組み込んだ単館上映の低予算Vシネマなの、電気系統も完全防水用の機材じゃなくって、通常用の物をビニールシートでコーティングしたスタッフのお手製で、数も最小限度に絞り込んであるわ、使用するカメラも一台、予備も何台かあるけどあまり良いカメラじゃなさそう、チャンスは一回、ワンチャンス・ワンショットの長回しで本物の竜巻とお芝居よ、嵐と台風の中の撮影なの。

あたしみたいな美人女優を過酷な風雨にさらすんだから、せっかくのメイクが台無しだわ、ひどい話でしょ?でもね、良い根性してると思わない?こうみえてもあたし業界じゃプッツン女優っておそれられてんのよ、気に食わない仕事は平気ですっぽかす、定時にはあらわれない、酔ったままスタジオに入る、スタッフをあごで使う、先輩女優にはあいさつしない、どんなに世話になってもありがとうは言わない、自分はあいさつしないくせに、似たような後輩にはめっちゃ厳しい、そんな女優に台風の中での撮影なんて依頼する?普通しないわよねぇ、雨で電気系統おかしくなってスタッフが右往左往して現場の動きが止まったら、即帰っちゃうような女よ。撮影再開なんて待ってらんないわ。

でもね、今度の撮影は大丈夫なの、台風ぐらいで現場の動きは止まんないわ、だってチーフカメラマンが自然の動きを知り尽くした元風景画家なんだもん。嵐や竜巻の中で何度も野宿してきたような男よ、それでもキャンバスとパレットは一滴も濡らさないんだから、ギミックなしの良い絵になるわ、だからお友達連れて観に来んのよ!わかったわね。」

そう言ってウェーターのおでこに軽く指先で触れると酔った足取りで席を立ち、チップだけカウンターに投げ込んで「あとはツケといてよ」とだけ言って暴風雨の中へ消えて行った。

  風景/ランドスケープ4

降りしきる雨の中、風にあおられ高くなった波の中にボディーボード一つで自ら波打ち際に華を添えにいく少女達。それまでサーフボードに寝そべっていた少年達は、ボードに乗って彼女達に近づいていく。

「お前ら、台風近づいて来てるの分かんねぇのか、危ねぇ―からさっさとあがれ。」

すると彼女達は

「なに言ってんのよ、あたしたち冬でもボードやってるの知ってるでしょぉ、このぐらいの雨どぉってことないんだから、ほっといてよ。」

お互いボードにつかまったまま海上で揺れつつ会話は弾む。

「そんなのいつでも出来るだろ。潮に流されて遭難したらどうすんだよ。」

「さっきまでいた邪魔な海水浴客いなくなって、やっと好き勝手波乗り出来るんだから、静かにしててよ。」

「波乗りしてる暇あんのか、夏休みの宿題終わってねぇーだろ。」

「そーゆーあんただって、自由研究の観察日記いつも1日で仕上げてるくせに。」

「なに言ってんだよ、俺は塾の夏季講習行って余分な勉強してる分、そういうところはヒロシにまかせてだな。」

「分数の割り算分からなくて夏休みの補修受けさせられてた奴が何を言うかぁ」

 八月最後の日曜日、この夏最後の家族連れでにぎわったこの日も、台風の接近で幕を閉じようとしている。真っ黒な曇り空は雨を降らし、海は透き通るようなマリンブルーから人を飲み込むドス黒い無彩色に変わり、自然の荒荒しさを取り戻す。太陽は顔を見せず、空からの日差しは稲妻に代わる。天候は徐々に台風と秋雨前線の季節に入り、落ち葉が舞い、太陽はかげり、夏は終わる。夏休みの宿題はラストスパートで仕上げ、再び学校が始まると、中学三年生の彼らは進路相談や模擬試験のことで頭を悩まし、高校入試を迎える。

けれど、地元の海でボードをやるには、砂浜からひとけが去った季節が良い。そんな気がする。

  エピローグ/付記

けれど 拍子リズムは 強弱の 繰り返しで、 過ぎ行く日々デイリーワークも 繰り返しの渦。最新情報ニューエストモデルに 身をささげる者さえ 時間軸を見失いルーズ・ザ・タイムテーブル ふへんデジャヴの海へ沈み落つ。真新しい消費指数ムーブメントは 換骨奪胎レトロリバイバルを繰り返し 流行仕掛けクロックワーク司会者オレンジ達も 古きをたずねて新しきを生むサーチ・アナライズ&クリエイト。これらもまた 多くは 過去に 拠るものだ。

元ネタ云々言い出すと、タイトルの「差異と反復」ってジル=ドゥルーズの本のタイトルで、ストーリー的には文研の樋口さんの一人芝居の戯曲を元にしてます。あと、一部言葉のリズム=音数は奥の細道から持ってきてます。

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