1 「国際電話」
「ねえママ、私早速忘れ物しちゃたよ。お兄ちゃんのカメラ、クライスト・チャーチの空港で、置き忘れちゃった」
ニュージージーランドに高校の姉妹校交流でホーム・ステイに出けた娘の恵理から、出国後三日目に掛かってきた国際電話は、忘れ物の報告だった。
「いくら探しても、出てこないよ。もう駄目だわ。せっかくの写真がなくなっちゃたよ」 心配したのは、兄の所有物のカメラではなく、中身の写真だった。
「仕方ないわね。ほかには困ったことないの」
心配した母の久野に、恵理は追っかけて、 「だから、使い捨てカメラを三台買ったからね。もうしようがないわ。こっちは寒くて真冬だよ。最低気温が六度だって。冬の札幌並だよ。だからお風呂に入れないんだ。でも寒いのをのぞけば快適だよ。ホストファミリーの人たちは、みんないい人だし、子供も賢こそうだよ。ただ、お母さんは、厳しいの。坊やと遊んでて、五月蠅いって叱られちゃった」
「厚着をしてれば、寒いのは防げるでしょ。ちゃんとやっていけそうなの」
「英語はあんまり通じないけど、どうにか大丈夫。楽しくやってますから。ああ、そろそろ九時だから、寝なくちゃね。こっちの人は、九時に寝ちゃうんだよ」
まだ外は明るいが、久野が時計を見ると、午後六時を回るところだった。時差は三時間だから、向こうは確かに午後九時だ。
「じゃあ、切るよ。また、後で電話するからね」
「無理しないでやりなさいよ」
茹だるような暑さが続く東京の夏。受話器を置いてから、エアコンが急に効いたような気がして、久野は、少し、心地よかった。