「死体の遺言」梗概
 
 江戸は神田・庵町の紅問屋「山形屋」前の路上を行きつ、戻りつする母子の二人連れが、意を決したように、店の暖簾を潜って中に入っていき、女将さんに面会を申し出た。その直前に、夫を予想もしなかった「心中」で亡くした女主人の久乃は、落胆の中にあったが、この母の美代香の申し出には、重なる衝撃を受けた。美代香は、連れの男の子を亡き主人の子だと言って、認知を求めてきたのだった。即座に断った久乃に、美代香は、奉行所に申し出ると尻をまくって帰っていった。
 「山形屋」主人の変死事件の捜査に当たっている町奉行所同心、飯山清衛門は「心中」説に疑問を持っていた。それは死亡推定時刻と現場の状況からだった。死体の腐敗具合から心中とされたが、腐敗は遺体の置かれた状況によって進行具合が変わる。これは、「心中」に見せかけた謀殺ではないか、との疑いをもって、捜査を進めていくと、不審な若者達が心中の現場に出入りしていたことが分かった。
 それは「山形屋」の手代、権八の友達だったが、捜査の途中、権八は博打場での喧嘩が原因で死んだ。飯山が、権八の喧嘩の相手で、友人の元加賀藩士・津島喜八郎の行方を探り当て追及すると、津島は犯行への加担を認めた。町奉行の調べで、久乃が恋仲になっていた権八に金を渡して、夫の不倫相手を探り、始末を頼んでいたことも明るみに出た。だが、恋に狂った権八は、主人と相手を同時に殺そうと、「心中」を仕組んだのだった。また、津島は美代香とも懇ろな関係で、美代香が書いて持っていた認知状と一緒に書かれた美代香宛ての文書を二分して、半分を「遺書」に使って心中に見せかけたことを自白した。
 町奉行のお裁きでは、血液鑑定も行われ、科学的に、親子関係は「不存在」と確認された。判決で、久及は江戸所払い、国帰しとされたが、なぜか美代香にはお咎めなしだった。