・性の小説  1 「再会」  洋子は踊り子である。いまでは、ダンサーという呼び名の方が通りがいいが、洋子は、自分がダンサーだと、思ったことはない。あくまで、踊り子だと思っている。洋子は横浜・黄金町のストリップ劇場で、「踊り」を見せている。その「踊り」は、ダンサーと呼ばれる踊り子がするものではない。ぎらぎらとした男たちの視線に、生まれたままの姿を晒すのが仕事の踊り子に「ダンサー」という言葉は似合わない、と彼女は思っている。  一日に五回のステージが、彼女の「踊り」のすべてである。その「踊り」は、和服姿での踊りが一つ。そして、その着物を脱いでいき、裸になる過程が一つ。そして「オープン・ステージ」と呼ばれる特出しの舞台。これにもう一回の「本生板・ステージ」を加えると四回のステージが一回の出番の出し物だ。  洋子は、最初の「踊り」のステージに、芸の全てを掛ける。そして、二番目の脱ぐステージでは、男の視線をじらす技を惜しみなく披露する。ここで、官能の昂りを覚えたことも、昔はあった。だが、いまは次ぎに控えた「オープン・ステージ」の「一つ前」としか、感じなくなった。「オープン・ステージ」では、女の一番恥ずかしい部分を、丸いステージを取り囲んだ観客の視線に晒さなければならない。腰を突き出して、右手の人指し指と中指で、茂みのなかの割れ目を開いて、視線の前に突き出す。満遍なくステージを回り、同じ客に三回は見えるようにするのが、「ルール」だ。  洋子も、踊り子に成り立てのころには、このステージだけで、下半身が熱くなったが、、慣れてからは、要領を覚えて、楽をするようになった。それでも、そのステージの時に、彼女の秘密の部分は熱くなって、濡れることがある。それを、馴染みの客は、知っていて、 「あんた、感じているのかい」 と聞くお客がいる。  そういう客には、洋子は、  「感じるわけないじゃないの」 と答えることにしているが、実は、意識しないでも、濡れてしまうことがあるのを、彼女は知っていた。  心でそうは思っても、口に出して  「そう」 とは言わないのが、  (せめてもの、踊り子の嗜みだ) と、洋子は、考えていた。  しかし、体は反応する。そういう、反応した体が、求めることもあって、最後の「本生板」は、そういう流れでこなしてしまうのが、彼女のこつでもある。愛してもいない見ず知らずの男と他の男たちが見つめているステージで、セックスするのだから、感情を込めないようにするのが、一番だ。あくまで、  (これは、仕事なのだ)  そう割り切ることが、こういう商売を続けていく、こつでもある。  だが、初めの頃は、そう割り切っているためか、感情を左右せずに終えることが出来たが、最近は違ってきた。心が、否定しても、体が言うことを聞かないときがあることが分かってから、彼女は、全てを流れに任すことにした。  そうするようになってから、相手によっては、(感じてしまう)ステージになることがあった。そのときは、本当に、感じて、細く長い、喜びの声を上げた。それが、評判になって、ファンが増えるということもあった。  それは、三十代初めの、盛りの頃だった。  だが、五回のステージで、そういう状態になるのは、せいぜい一回で、あとはすべて事務的に終える。客の男が、放出してしまうまで「感じている振り」をして、早く「行かせてしまう」のが手なのは、ソープ嬢と変わらない。  だが、いつも、思うのは、  (男たちが、みな、純朴で、可愛い) ということだ。  (そういう男というもの全体を、私は愛している) と考えると、ステージで、見知らぬ男と交合する自分の姿に、自信が持てる。  (私は悪いことをしているわけでない。哀れな男たちを救っているのだ)  そう考えて、女神のような気分になることもあった。だが、そういう高揚した気分は、いまはない。ただ、淡々と、「仕事」をこなしている。「ひも」とよばれる義雄と、たったひとりの息子の健一の生活を支えるために。 (それは、わたしはステージが、嫌いではないけれど)  そもそも、踊るのが嫌いだったら、この仕事は続けられない。  (嫌いではないけれど、毎日違う見ず知らずの男を、あそこに受け入れるのは、虚しい気分だ)  そう思うようになってから、もう半年にもなるが、かといって、この稼業から、足を洗う手立てもない。  そうして、いつものように、生板をこなすつもりで、ラスト・ステージに上がった洋子は、その日、舞台へ上がるジャンケンに勝って、上がってきた男を見て、思わず、舞台の袖に引き返そうかと、思った。  その男は、洋子が、まだ、幼かったころの思い出のなかに生きていた。  ステージに上がってきたその男は、  「あんた、本名は、木村かおるではないかい」  乳房を触らせるお触りの段階で、そう囁いた。  「そうよ、良く知っているわね」  洋子は、良くいる情報通のファンの一人だと思って、そう答えた。  「おれは、岩瀬だよ。小学校で同級生の」  「え。ああ。あの太一ちゃんか」  洋子は気が付いた。「太一ちゃん」は、皆の憧れの君だった。勉強は学年でいつもトップだたし、足も速く、運動会では、いつでもクラスの代表選手だった。  女子生徒は、みんな、憧れていた。だが、それほど目立つほうではなく、勉強も下から数えたほうが早く、スポーツも苦手だったかおるには、高嶺の花と諦めていた。だが、太一に対する思いは、人一倍だった。  ある時、かおるは、思い切って、ラブ・レターを書いた。一晩中、文面を考えて、宿題も手に付かないほど、じっくり考え、綺麗な模様が透かし彫りになった便箋に、一字一字丁寧に、思いを書いて、翌日、太一郎の下駄箱に入れた。  だが、期待した太一郎からの返事は来なかった。それでも、体の芯から思いが募り、かおるは、学校での勉強にも手に付かなくなった。それほど、良くなかった成績は、まったくの最低線まで、真っ逆様に落ち込んだ。  結果は、洋子一人だけが、泣く泣く、遠くの私立女子高校に、進んだのだった。  (それが、わたしの、人生の躓きはじめ)  洋子は、今でもそう思っている。  その相手が、いま、このステージに上がっている。  洋子は、そう思うと、われが分からなくなった。  そして、太一郎のズボン脱がせ、ステージに横たえると、男の象徴を右手で掴み、しごいていた。洋子は太一郎の右手を、自分の秘所にも導いた。右手で扱いても太一郎のものは、反応しなかった。洋子は、太一郎の顔の上に、両足を跨いで、下半身を沈めた。そして、右手で太一郎にものを握りながら、顔を埋め、口で頬張った。  洋子は、頭を上下に激しく振りながら、太一郎のものの上に、唇を滑らせ、喉に呑み込み、舌を絡ませた。太一郎のものは、徐々に硬度を増し、容量を増やして、直立した。  洋子は、体を入替え、太一郎の上に馬乗りになって、自らの下半身の別れ目の部分に固い太一郎の下半身を迎え入れた。洋子は、腰を上下させて、刺激した。洋子も、久し振りに快感が、脳天まで突き抜けた来た。  (商売で毎日、四回ずつやっているのに、まだ、わたしは、こういう風に、感じることが出来る)  洋子の官能が、全身を性器にしたようだった。身体中が、感じていた。長い時間が、経ったように感じた。観客の目は、もう、意識になかった。ただ、ぎらぎらとした多くの目がかおるとその初恋の相手との交合を、食い入るように、見つめていたが、洋子は (こういう形でも、太一ちゃんとできた) という、実感だけで、満足だった。  太一郎は、放出した、洋子は、何時ものように、避妊具を付けるのを、忘れていたから、放射の感覚を、体内に感じた。それは、スレテージでは、初めての感触だった。それは、最高の心地良さだった。洋子も  「あああー。あああー。最高よ」  思わず声を出していた。最後に、洋子は、太一郎の体を両手で抱え上げて、対面して抱き合い、下半身を接合したまま、太一郎が、放出したものが流れだすのを、感じていた。  そして、ゆっくりと身を離し、太一郎の下半身を、ウエットティッシュで拭った。そして、そのティッシュを自分の下半身にも、持っていて、流れだしたものを綺麗にした。  太一郎は、ステージを降りていくとき、  「あとで、電話していいかな」 と聞いた。  洋子は、番号を教えた。そして、太一郎は、客席に戻り、洋子は、最後のオープン・ステージのため、観客に、深々と頭を下げて、舞台裏に消えた。洋子が、最後のオープン・ステージに入ったとき、太一郎の姿は、客席から消えていた。洋子は、すこし、寂しい気がした。  (わたしの、年季が入ったオープンの姿を見てほしたかったのに)  洋子は、何時もより、丁寧に、最後のステージを務めた。右手で、大きく花びらを開く動作も、丁寧にした。その奥の花びらは、太一郎との刺激で、赤みを増し、濡れていた。  (それをあの人に見てもらいたかったのに)  すこし、残念な気がしたが、  「電話をする」 と言った太一郎の言葉を信じ、中学時代からの思いの成就を次の機会に掛けることにした。  太一郎からの電話は、翌日、午前中に、洋子が楽屋に入ると同時に、掛かってきた。 「昨日は、どうも」  太一郎は、恥ずかしげに、そう切りだした。  「いえいえ、あんなことしか、わたしにはできないの」  「いやあ。素晴らしかった。ありがとう」  「わたし、毎日、あんなことしているの。軽蔑するでしょ」  「そんなことはない。寂しい男たちに、夢を与えているんだからね」  「そんなにまで、言われるなんて」  洋子の瞳が、濡れはじめた。  「ところで、電話したのは、少し、時間がないかと思って」  「時間って、今は休みはないのよ。劇場は、年中無休だし。でも、ワンクール終われば、一週間はお休みだわ」  「それは、いつからなの」  「来週ね」  「では、来週でいいよ。いつか、暇なとき、会いたいんだ」  「では、来週の月曜日は」  「それでいい。桜木町駅裏の喫茶店で、昼頃に」  洋子は、天に昇る心地がした。  (あの憧れの君の、太一ちゃんが、わたしに会いたいという)  洋子は、来週の月曜には、最高のおしゃれをしていこう、と誓った。  その週、洋子の踊りは、弾んでいた。  約束の月曜日に、洋子は、いつになく早起きした。二人は、横浜の桜木町の喫茶店で待ち合わせ、京浜東北線の関内駅で降りて、中華街を通り、山下公園に出た。その長い散歩の最中、洋子は、太一郎に身を寄せ、腕を絡ませることが出来たことに満足していた。山下公園では、海を見ながら、体が熱くなった。遠くの海を見ていると  (ずっとこのままの時間が続けばいいのに)  そんな気持ちが、強くなってきた。  洋子は、  「ここは、寒いから、元町に行こうよ。それから、坂を上がって、外人墓地の脇にあるレストランで食事をしようよ」  すっかり、饒舌になっていた。  食事をして、すっかり満腹してから、近くの「港の見える丘公園」に歩いていった。時間は、もう午後三時過ぎになり、そろそろ、日が傾きはじめていた。  洋子は、すっかり舞い上がっていた。太一郎の肩に寄せる頭の傾きが増し、体が密着した。洋子は、太一郎の血管の脈動も感じられる程近くにいて、二十年以上も心中に隠してきた恋情が、これほどのものだったのかと、自分でも驚愕していた。  洋子は、太一郎の方に体を向け、じっとその顔を覗き込んだ、瞳を穴のあくほど見つめた。  太一郎は、そんな洋子を、無視した。  「太一ちゃん、こっちを向いてよ」  洋子はせがんでみた。  太一郎が、こちらを見た。  「ねえ、キスして」  太一郎は、聞かぬふりを装った。  「ねえ、キスしてよ、わたしに」  洋子は、背伸びして、長身の太一郎の顔に、自分の顔を近ずけ、口を持っていった。そうなると、太一郎も男だけに、それに応じざるを得なかった。洋子は、太一郎の唇を貪るように吸った。太一郎は、必死にそれに応えた。  唾液が、糸を引いて、洋子の口に流れていった、洋子は、むせながらも、それを全て吸いつくした。そうなると、太一郎の性的衝動に火が着いた。太一郎は、洋子のセーターの下に手を入れ、直接、胸をもみしだいた。洋子は、突然のその動きに、思わず身を引きそうになったが、持ちこたえて、太一郎の要求に応じた。乳首に触れられて、快感が走ったのはもう、十年間も忘れていた感覚だった。 太一郎は、大胆にも洋子のスカートをまくり上げ、中のパンティーに手を掛けた。洋子は、それも拒まなかった。太一郎はパンティーを引きずり降ろして洋子の茂みをかき分け、敏感な部分に触れた。唇は重ねたままだった。  (この人は、テクニシャンだわ)  洋子は、感じていた。ステージには、いろんな男が上がってくるけど、こんなにテクニックが、ある人はいない。  洋子は、はっきりと、その部分が、ひどく濡れてきたのを、股の感覚で感じていた。すぐにでも、漏れてしまいそうだった。  「ねえ、わたし、もう我慢できない、しにいこうよ」  洋子は、太一郎の耳もとでせがんだ。  太一郎は体を離した。洋子は降ろされたパンティーを引き上げ、乱れたセーターを繕ってから、再び、右腕を太一郎の左腕に絡ませ、体を右に傾けて、太一郎の肩に預け、坂道を降りていった。  二人は、そのまま、坂の下の温泉マークの連れ込み旅館に直行した。  太一郎は、自分から先立って風呂に入った。湯船に入りながら、後から来た洋子が、身体を洗うのを見ていた。全裸の洋子は、流石に踊り子らしく、要所が引き締まり、良い体型をしていた。一児を持つ人妻とは思えないほど、形の良い乳房と、その下でゆるやかな凹みを見せる腰への線と、黒々とした逆三角形の陰毛と、そこから、二本に別れている股や脛。どれをとってもステージの照明で見たときと同じように美しかったが、こうして、薄く生活感のある、照明のもとでは、血の通った艶めかしさがあった。  洋子は、うなじから洗いはじめ、胸や背中を流したあと、両腕と手、さらに両足をスポンジデ洗い、最後に、腹の下の秘所を取り分け、丁寧に洗い上げた。太一郎は、洋子に、手本のような「入浴ショー」を見せられ、興奮した。すでに股間の逸物は、いきり立っていた。  先に風呂を出た洋子は、布団に入っていた。太一郎は、布団に滑り込んだ。洋子は、生まれたままの姿で、太一郎を迎えた。太一郎は、洋子の頭を抱え込んで、こちらに向かせ、唇に接吻した。洋子は、待っていましたとばかりに、応じてきた。激しい接吻で、唾液が、枕に零れた。次いで、太一郎は、洋子の胸から下へと唇を這わせ、洋子の股間に降りていった。股間にいきなり、口付けしたのは、待っていられないほど気分が高揚していたからだ。洋子のそこは、ぬれそぼっていた。口を近づけると、割れ目の中から、液体がほとばしり出た。太一郎は、それを、啜った。洋子は、その行為に、われを忘れた。  「ああー。ああー」  あの日のステージの時のように、洋子は、糸を引くような歓喜の声を出しはじめた。 太一郎の両手は、洋子の乳房をもみしだいた。唇は、洋子の秘所をまんべんなく辿り、激しい動きで、一番敏感な部分を、刺激した。  洋子は、太一郎の頭を抱えて、悩ましげに、自分の頭も振り扱き、激しくかぶりを振っていた。それを見て、太一郎は、秘所への攻撃をやめ、身体を入れ換えて、洋子の口に、自らのいきり立ったものを押しつけた。洋子は、右手でそれを掴んで、頬張り、頭を前後に動かして、刺激した。太一郎は、天を仰いで、うめき声を上げた。  太一郎は、また、身体を入れ替え、洋子の背面に回り、後ろから、手を回して、両の乳房を掴み、揉み上げた。そして、耳元に囁いた。  「さあ。次はどうしてほしい」  「もう、早く、入れて」  「何を、どこにだ」  洋子は、それを言えなかった。  (毎日、観客に全てを晒した上に、見ず知らずの男に、何回も身体を許しているのにこのはにかみはなんだ)  太一郎は、洋子の恥じらいをみて、女の性の不思議さを感じていた。  「あなたに、そんなことは言えないわ」  「そうか、あそこに、入れて欲しいのだろう」  洋子は、静かに、頷いた。  太一郎は、洋子を仰向けにした。そして、いきり立ったものを、その下半身に当てがうと、思い切って差し入れた。  洋子は、  「ああっ。うっつ」  声を漏らした。太一郎は、腰を前後に動かして、激しく洋子の内部を突いた。洋子も足を真横に広げ、なるべく、深く受け入れるような体勢を取った。  そうした行為が、果てしなく続き、二人は、急坂を一緒に登り、頂上を究めた。太一郎は、最後に、洋子の体内から、差し入れていたものを抜いて、洋子の胸に放出した。洋子は、それを、右手で掬って、口に運んだ。  「あなたの精のかたまり。一滴も無駄に出来ない」  そういって、おいしそうに、飲み下した。  あとは、ぐったりとなった太一郎が、ゆっくりと洋子の、胸や腹を撫でて、余韻を楽しんだ。洋子も満足していた。顔も身体も紅潮していたが、その肌を太一郎が柔らかく撫でてくれることで、落ちついた、心地よい気分を味わっていた。