「匠の蘭帳」梗概
 
 品川の東海道の路上で、美しく着飾った女の死体が見つかった。江戸南町奉行所同心の飯山梅之助と岡っ引きの小六親分が、捜査に当たることになった。女の身元は、吉原の花魁、右京太夫と解った。太夫は前の夜、人気浮世絵師の安斎歌麿、油問屋の美濃屋善兵衛、伊達藩江戸家老の佐藤承吾らの客を取っていた。
 最初に疑われたのは、太夫と深い仲だった歌麿で、美濃屋と佐藤の油取引の不正を太夫から聞いて、二人を脅していた。すると、数日して、今度は別の遊郭で侍と遊女の心中事件が起きた。死んだ侍の身元は、甲斐の国の浪人、安藤猪一郎と判明した。そして、品川沖で、美濃屋が水死体で見つかった。美濃屋は歌麿の後援者でもあり、歌麿は脅し取った金で隠退を決意し、愛人のお夏を描いた西洋画の最後の作品を美濃屋に買い取らせていた。
 その作品は、それまでの歌麿の浮世絵とは、まったく違った手法で描かれていた。オランダくだりの帳のなかに、裸女が蛇に絡まれた構図で、絵の具も油絵の具を使って描いた猟奇画だった。
 この作品を描くために、歌麿は、一日中家に閉じこもって、何枚もの写生をしていた。写生の対象になっていたのは、お夏だった。歌麿は、お夏にあられもない姿をさせて、禁制の絵を描いていた。その写生の最中には、いつも、異様な女のうめき声が聞こえていた。歌麿は、この画を美濃屋に法外な高値で、買いとらせた。その裏には、右京太夫と懇ろだった歌麿が、美濃屋らの油買い占めによる価格操作などの不正をつかんでいたことがあった、と考えられた。
 花魁殺しの容疑で捕まった歌麿は、犯行を否認し続けていたが、お夏の減刑嘆願書の提出を知って、一転、自白し、死罪を言い渡され、処刑された。お夏は晒首されていたその首を家に持ち帰って、供養した。
 しかし、動機がない歌麿の犯行に疑問を抱いていた飯山は、休暇中に同僚の下したこの判決に疑問を抱き、同期の与力の津田謙吾とともに、佐藤と歌麿の因縁を求めて、長崎や米沢を訪れ、真相に迫る。
 長崎の調査で明らかになったのは、 佐藤と歌麿は長崎で、一緒に西洋画を学んだ顔見知りで、オランダ商館長の娘を奪い会った仲だった、という意外な事実だった。そのオランダ娘は女の子供を生み、国に帰っていたが、その子は歌麿の出身地の米沢に養子に出されていた。
 長崎から帰った後の翌年正月、飯山と小六親分は、雪の米沢に向かった。その子が育った米沢の近郊の歌麿の叔父の家で話しを聞くと、その子は近所の姉妹と仲良く育ったが、年頃になって、姉妹が、売られていったり、奉公に出されて、離ればなれになり、その子も同時に行く方をくらましていた、ことが判明した。
 そのころの闇夜に、天童藩邸前で伊達藩士と天童藩士の果たし合いがあり、天童藩士が切られて殺された。この事件の捜査中に、伊達藩邸から火が出て、江戸の大火になった。この大火で美濃屋の堅固な建物も完全に焼失したが、奥の庭の隅にある蔵だけは焼け残り、歌麿の最後の作品のその西洋画も辛うじて焼残った。その焼け残った蔵にある夜、黒い影が忍び込んで、その最後の作品を盗み出した。
 出火責任の捜査を命じられた津田と飯山は、伊達藩の避難先の寺の捜索で、佐藤らの不正と花魁殺しに繋がる証拠書類を多数、押収する。
 これを基に幕府は佐藤らを追及して、油買い占め事件や心中事件と美濃屋の水死を自白させた。
 まず、加瀬を尋問した津田と飯山は、最初は、伊達藩江戸屋敷の女中で安藤の姪子の娘に出火の責任を被せようとしていたが、実は、加瀬が失火の犯人だったことを自供させた。さらに、加瀬は、美濃屋の水死にも絡んでいたことも自供した。
 さらに、幕府の大目付け、堀田但田島守重信の調べを受けた佐藤は、ニつめの心中事件は、美濃屋との油の闇取引を右京太夫に知られた佐藤が、その殺害を依頼した安藤から、さらに金をせびられたため、伊達藩江戸屋敷の隠密頭、加瀬四郎次郎に頼んで、仕組んだ、ということを認めた。
 これで、三人の殺害と出火の責任が、佐藤と加瀬にあることが確認され、二人は、江戸払いの処分となった。
 だが、最初の花魁殺しは、飯山らの厳しい追及にもかかわらず、佐藤も加瀬も頑強に犯行を否認した。そのため、捜査は振り出しに戻ったが、捜査の原点に戻って、歌麿の供述調書を読み直していた飯山と津田は、右京太夫もお夏と同じ米沢の出身だ、と気が付いた。
 二人は、歌麿の家に向かった。そこで、歌麿の霊を弔いながら暮らしているお夏にさらに詳しい話しを聞こうとしたのだった。
 お夏は、その席で、亡くなった歌麿への恋情を切々を語った。殺された右京太夫は、米沢で幼い頃、一緒に遊んだ姉妹の姉で、よく知っていたこと、二人が歌麿をめぐって、愛の奪いあいの関係にあったこと、佐藤らの不正が右京太夫によって歌麿に知らされていたとなどを切々と語った。
 そして、犯行の日に、お夏は右京太夫の元を訪ね、太夫が歌麿と閨に入るのにあわせて、太夫の紅入れに毒を盛ったことを認めた。そして、死体を品川に運んだのは、「仲のよかった妹が品川宿で遊女をしているので、近くに置いてやりたかったから」と語った。
 オランダ人と日本人の混血という宿命を負った娘は、一世一代の恋情を歌麿に捧げていた。真犯人が明らかになった時、娘は、必死で蔵から持ち出してきた歌麿の西洋画の遺作、「蘭帳」の中の裸婦のように、金髪、碧眼の色白の美女に変身し、もと来た世界へと戻っていった。