「フィービー−蘭の名前」あらすじ
湖のほとりにある伯父の別荘で夏を過ごした大学生、達也はある夕方、対岸に新築された別荘のベランダから、男が伯父の別荘を覗き続けているのに気付く。その夜、達也はインターネットで、犯人がネット上の画像を使って、殺人事件を犯す「インターネット殺人事件」という探偵小節を読んだ。それが、達也をこの現実のものとも、幻想ともつかぬ「イメージ」の実体を探ろうという気持ちにさせた。
翌日、自転車を飛ばして対岸に向かった達也が、開店間近のレストランに入ると、主人がその別荘に誘い、大温室で咲き誇るランを見せ「あなたの伯母に新種のランの名前をつけ欲しい」と頼み、花束を託した。達也はいとこの麗子と相談し、その娘の由美の愛称だった「フィービー」と決め、その翌日、名前を知らせた。すると男は大喜びし、「これを里子さんに渡してください」と言って、また花束をくれた。伯母の里子に渡すと紙切れが落ち、それを見た里子は卒倒して、気を失った。
秋になり達也は、大学生活最後の学期を迎えていた。すると、ある日、テレビから航空機墜落事故のニュースが流れて来た。そのニュースで、男の素性が分かる。男は里子の昔の恋人だった。男から達也宛ての手紙が来ていた。敬愛する里子の意外な過去を暴くものだったが、その内容を呼んで、達也の伯母への思慕はむしろ深まった。
男は、里子伯母を主人公にした小説の原稿も送って来た。それは、北の雪国が、初任地となった若い新聞記者が、現地の女性に恋をしながら、結ばれず、その女性が不治の病に罹りながら、最期も見とれないという悲恋小説だった。それを読んで、達也は現実世界の不条理と空想世界、イルージョンの世界との乖離に思いをいたして、大人になることの意味をおのずから、考えさせられた。
達也はクリスマス・イブに、由美にせがまれて銀座を歩いた。そのとき、ずっと暖めていた自らのオリジナルの物語を話してみる気になった。それは、エイズに罹った女性のヴァイオリニストが、入院中の病院でいつも聞こえてくるヴァイオリンに生きる勇気を与えられ、病状を悪化させずに、回復に向かう、という物語だった。達也は、それを話し終えて、この小さな最愛の姪に、人世の大きな試練を乗り越えて、生き生きと行きていこうとする女性の決意を伝えることができた、と実感した。そして、自分も、生き甲斐を見つけることが、人世では大切なことだ、と理解することができた。
その後、由美と銀座で映画を見た達也に『大人になること』への勇気が湧いてきた。