「クローン」概要
 
 ある日の夕方、河原一面のお花畑で、その少女を見つけた私は、望遠レンズつきカメラで姿を追いつづけた。少女は突然倒れてしまい、私が駆け寄ると、泣きながら抱きついてきた。私は少女を車に収容し、走りはじめた。それが、少女との危険な旅の始まりだった。
 車は、浦和の公園から北に向かい、夜を徹して北上していった。その間、彼女は、眠り続けていたが、時折起きて、進路を命じたりした。私は彼女の名前が分からないので、「かぐやひめ」をもじってかぐちゃんと呼ぶことにした。かぐちゃんに言われるままに進んでいくと、車は山形県の蔵王に到着した。見上げると、そこには、見たことの無いような荘厳な古城がそびえ立っていた。
 不妊治療で念願の子供を得て、七歳まで育てた若い夫婦の子供が行く方不明になったと報せを受けた埼玉県警浦和西署の金井警部補らは、極秘裏に捜査を始めた。少女がいなくなった日の目撃証言を重点に捜査をしていくと、河原沿いの公園で、お年寄り二人の証言が得られた。それは、明るい光の中に少女のような姿が見え、その光の輪が、中年の髭面の男と一緒に、公園を出ていった、というもので、金井は有力情報と見た。また、その少女は、体外受精で出生したことが分かり、当時の担当医を探すと、その医師は六年前に失踪していたことが分かった。
 私は城の中に入っていったが、内部は異様だった。内部は博物館のようになっており、生命の誕生の過程が、下等動物から順に展示されていた。最後の人の発生のコーナーに置いてあった人の標本はかぐちゃんそっくりだったので、私が驚いていると、白衣の老人が現れ、私は地下四階の監禁室に閉じ込められた。その部屋は一方の壁一面が水槽のガラスになっていて、向こう側に沢山の魚が回遊していた。またキッチンには多量の食材も蓄えられていて、住むには快適な環境だった。
 金井警部補は、担当医の東京の家を訪問した。そこは、世田谷の高級住宅街だった。家には老婆が一人いて、「息子が家出したあとは、嫁と二人で暮らしていたが、嫁も一年前にいなくなった」と話した。だが、嫁の捜索願いは出していないという。
 監禁された私は、部屋の高度な設備を使って、料理を作ったり、快適な風呂に入ったりして、時間を潰していたが、ある夜、水槽の中に観音様の姿が現れ、助けを求める声を聞く夢を見た。また、退屈しのぎに、水槽の魚を観察していて、同じ形の魚が二匹ずついるという事実に気が付いた。助けを求めている声はかぐちゃんのようだった。
 医師の嫁の行く先を探して再び、世田谷の家を尋ねた金井警部補は、老婆が殺されているの見つけた。司法解剖の結果、腰から心臓に向けて高圧電流が走り、心臓を直撃したのが死因と判明した。
 かぐちゃんを救出しようと、私は脱出を決意し、排気ダクトを伝って試みたが失敗し、再び捕らえられて、監禁室に戻され若い看護婦と一夜を過ごす。そして、その看護婦から奪った認識票で部屋を出るのに成功する。
 仙台市郊外の医師の嫁の実家を世田谷署の武藤警部と尋ねることになった金井警部補は、実家の両親が転居したことを知る。転居先は、山形の蔵王と分かり、二人は、仙山線で山形に向かった。しかし、その場所は予想していたより、さらに奥だった。二人がタクシーでその場所に行くと、広大なススキ原のなかに、大きな城のような建物が聳えていた。二人は、中に踏み込んだ。
 私が脱出口を探していると、館内の警報機が鳴って、警備員らが緊急配置についた。私は、拳銃の発射音を聞いて、階段を上って、一階に行ってみると、二人の男が柱の陰で、拳銃を構えていた。私は、「監禁されていた」と名乗り、二人の男に自己紹介すると、二人は刑事だと身分を明かした。
 警備員らは侵入したのが警官だ、と知って、穏便になり、捜索に協力的になった。私は、二人を案内して、地下二階の医師のいる場所に向かった。すでに、老医師は、私との対話で、かぐちゃんは、「私が作った作品だ」と言って憚らなかった。「その作品が欠陥品だと分かったので、製造物責任(PL)として、改修した改良品に交換するため、あなたをメッサンジャーとして、ここに越させた」と言っていた。二人の刑事は、医師の母殺しを追究した。だが、医師は「母と妻の良い所を集めて再生したのが、これだ」と側に立った老女を指差し、「私は、母を殺してはいない。再生のために細胞を採取した時に、高圧電流が流れてしまったのだろう」と殺意を否認した。しかも、その実行は、妻の両親を再生した若い男女が行ったのだという。
 私は人の命を勝手に操る医師の態度に怒りがこみ上げた。こんなことが実際に行われていたとは想像外だったが、人の知識への要求は果てしない。恐れは現実かもしれないのだ。