「鳥の歌」梗概
 
 一日三回の食事をすることが、面倒になったので、二回にすることにした。それを実行しようとした日の朝、ベランダの窓から迷い鳥が部屋に飛び込んできて、住みついた。私は長年勤めた出版社を、リストラで退職してから、職安通いをしているが、一日中、寝ている日が多い。それで、「一日二食」に決めたのだった。私は駅前のタウン誌が編集部員を募集しているのを知り応募し、「採用」された。その日、家に帰ると、部屋の空気が変わり、高原の爽やかさが部屋に満ちていた。 翌々日、編集長の奥さんの加奈子さんが「今晩、家に夕食に来ませんか」と誘った。私は家を訪れた。多くの品数と量の料理が供された。家の中は、鳥の絵やモビール、鳴き声のCDなどで溢れていた。その中にカザルスの「鳥の歌」があった。
 翌日、事務所に行くと、若い女性が伝票整理をしていて、「稲村の姪の玲子です」と名乗った。稲村さんは商社マンとしてはやり手で、次期戦闘機の選定に絡んで、嫌気がさして商社をやめたことや、そのころ加奈子さんと知り合って、再婚したことなどが分かった。その日、家に帰ると、鳥が四羽になっていた。部屋の空気は、アルプスの山の香で、その爽やかの中で眠りに就いた私は、あいつらが歌う心地よい調べを聞いた。
 今月号の仕事が終わって、私達はバード・ウオッチングに行った。早朝の高原は、鳥で一杯だった。私は自然の中で綺麗な空気を吸い、体も心も爽快になった。帰りの車中で、玲子さんは私の膝に顔を埋めて眠った。その顔は若い女性の芳しさを漂わせ、長い髪は官能的な芳香がした。私の下半身は強張り、中年の肉体は本能的な反応に目覚めていた。家に帰ると、あいつらは、十六羽に増えていた。翌朝、加奈子に玲子さんのことを聞いた。加奈子さんは、「玲子は主人の妹の子供で、妹が早逝してから、前の奥さんが、引き取って育てた」と話した。私は屈託のない玲子の明るさの裏に隠された人生の苦悩を思うと同時に、失った自分の家庭のことを思い、暗澹たる気持ちになった。だが、私は、同居しているあいつらのことを思いだした。「わたしは、独りぼっちではない」と分かって、心が安まった。私は稲村さんに「家に鳥がいる」と打ち明けた。稲村さんは「家にも鳥が居ついたことがあった。鳥が居るのは、悪いことではないでしょう」と言った。鳥が居ついてから加奈子さんと知り合い、新しい世界で仕事を始めることができたのだという。
 その晩、あいつらは、六十四羽に増殖していた。いつものようにコーラスを歌いながら、壁にヴィーナスの像を描いた。それは、玲子さんのようにも見えたが、若いころ陸奥を旅していて知り合った女性の姿だった。その人と私は、僅か三日間で恋に落ち、初体験をしたのだった。私に猛烈な食欲が湧いてきた。その時、玄関のチャイムが鳴った。インターホンから、玲子さんの「お夜食を一緒にとお持ちしました」という明るい声が聞こえた。