「アパート物語」概要
 
 東京郊外の私鉄沿線でアパートを経営する磯田誠と富士子の夫婦は、老朽化したアパートを潰そうかと考えていたが、安い家賃に助けられている住民のことを考えると、決断が付かない。借家人のなかでも、一番の長居の長塚は、破損した家の修理のことで、富士子にねじ込んできたり、自分が保証人になって入居した青年が、自分に無断で紹介した会社を辞めてしまったのを根にもって、苛め尽くして、世逃げされたり、物騒な存在だった。
 その長塚が最近、最もうるさいのは、「猫のおばちゃん」といわれる猫好きの老女が、部屋から外に猫を出していることだった。富士子は二人のいさかいの仲に入って、猫のおばちゃんに部屋の中でだけ飼うのを納得させたりして、苦労した。長塚は酒癖も悪く、しばしば深酒して、羽目板を蹴破るなど、鬱陶しい入居者だった。
 そんな長塚が、階下の寺崎青年の部屋のドアーに「救急車を呼んでください」という張り紙を見つけて、大騒ぎになった。会社を解雇された寺崎青年は、ここ数日飲まず食わずの状態で、部屋の中に血を吐いて倒れていた。長塚からの連絡で、急行した誠と富士子は、緊急入院した病院にも付添い、親身の世話をした。その甲斐あって、無事退院した寺崎青年には、下半身不自由の後遺症が残っていたが、生活保護を受けて、一人暮らしの生活は立ち直り、長塚への恩を忘れずにいた。
 そんな春先に、長塚が庭先で異常な行動をしているのを見受けた寺崎青年は、長塚が猫を殺して、解剖したのを知り、声を掛けた.すると、長塚は慌てて逃げだし、岡の下の水田地帯に向かって、走り去った。寺崎青年は、後を追ったが、長塚は激流の用水路に身を投げて、流されていった。寺崎青年は必至で追いかけ、浅瀬で止まった長塚を、今こそ恩返しの時とばかりに、助け上げた。
 一端、岡に上げて見たが、長塚の意識は朧で、処置に困った寺崎青年は、大家の磯田夫婦に連絡に走った。車で駆けつけた磯田夫婦は、的確に処置して、長塚を救急車で病院に運んだ。この結果、長塚も九死に一生を得て、健康を取り戻した。
 折から春満開の季節。色々な問題を抱える多様な人々が巻き起こす事件を、長生きの者の知恵で、一つ一つ誠実に解決してきた磯田夫婦は、借家人達を招いた花を見る会を開こうと計画を練りはじめ、招待状を作り始めた。