「14歳の憂鬱」梗概
 
 私立女子大の付属中学に通う二年生の峰田由美は、いつも朝の目覚めが遅く、目ざまし時計の音で、やっとベッドから起きあがる。休みの日に目覚めた由美は、階下の洗面所の鏡で自分の顔を見た。そこにあったのは酷い顔付きの無表情な、能面のような蒼白の顔だった。由美はそういう顔は見たくないのだが、同じような顔を学校の教室でも見たような気がした。必修になっている、級友の前でのスピーチをしたときに見た三十九人のクラスメートの顔が、同じような白い能面の顔をしていたのが、思い出された。由美のスピーチの内容は「道」をテーマに、通学途中で見た猫の死骸から、最近世間を騒がせた同年代の中学生の猟奇的殺人事件に言及し、日常生活に潜む危険と悪意に及んだもので、中学生が学ぶことの意味を、自分自身を確立し、そういう不測の事態を上手に乗り切っていく必要性にある、との考えを述べたものだった。
 その話を聞いていた級友のなかに、一人だけ、血色の良い生き生きした表情の生徒いて、由美の関心を捕らえた。由美はその中学から入ってきた「外部生」のことが気になって、調べ始めた。その生徒は、赤尾たみといい、勉強はあまり出来ないが、美術と家庭科が得意で、父親と二人暮らしだ、ということが、分かった。確かに、たみの絵は先生の採点は良くなかったが、掲示されている作品を見ると、由美の心を捕らえるものがあった。由美はたみに接近し、絵を教えてもらう話を持ちかけ、たみの家を訪問することになった。私鉄沿線に住んでいるたみは、由美を迎えに行くが、降車駅で大雨に降られ、雨宿りしているとき、死んだ兄が書き残した雨の日の物語を思い出す。それは、迷った子猫を助けて、飼い主を探す話だったが、飼い主と認める決め手は、猫の耳が食い千切られていたことだった、という残酷な話だった。
 由美はたみの家で、デッサンをした。描いたのはたみが持って来た男の子の人形だった。由美はたみの描きかたを見ていたが、白いキャンバスには一切、触れずに、空中に手を彷徨わせるだけで、あっという間に絵が出来上がっていたのに、驚かされた。たみは、手作りのお茶を出してくれた。なぜか、三人分だった。由美は翌週も家に行った。色を付ける段階に掛かっていたのだが、たみはこの作業にも、筆を使わなかった。停電中に、由美は誰かに襲われた。灯が点いたあと、人形を見ると帽子がなく、由美の手のなかにあった。それをきっかけに人形と由美の対話が始まった。人形はたみの兄と名乗ったあと「僕は冤罪で殺された。大人たちの陰謀で殺されたのだ。父親に殺された」と意外なことを打ち明け、閉じていた目を開けて由美を睨みつけた。由美は気を失って、床に崩れ落ちた。
 由美は暗い部屋に、パンティー一枚で、冷たい金属板の上に寝かされていた。男が二人、そばに立っていて、話をしていた。「手術をする前に、標本に手順を説明したほうがいい」と話し合っていた。年上の髭面の顔色の悪い男が、由美の脇に着て、説明を始めた。「これから、あなたに行う手術では、あなたの血管を取り出します。人形師は麻酔をしませんから、痛み止めの方法を、あなたが選んでください」と言い、五つの方法をコンピューター画面を使って説明しはじめた。第一の方法は、足の裏の痛感神経の巣に、金属の錐を刺し込んで激痛を与え、その後の手術の痛みを和らげるやり方だった。由美はその方法を勧められ、手術の手順を画面で見せられた。それは、コンピューター制御のロボットが、腹を切り開き、内蔵を摘出して、血管を取り出すプロセスを、生々しく見せていた。由美はそれを見て、失神した。だが、自分の体に行われた手術の過程は明瞭に思いだすことが出来た。いつもは働いていない無意識の領域の脳細胞に記録されていたのだ。その場面は、夢の中にも現れ、由美は目覚めたとき、びっしょりと全身に汗をかいていた。
 目を覚ましたとき、電話が鳴った。たみから、次の絵を描く予定を確認する電話だった。たみは「忘れ物がある」とも言った。その言葉に導かれるように、再度、たみの家を訪れた由美は「父の一郎です」と自己紹介した、先日の髭もじゃの男から「手術のとき、戻すのを忘れた物はこれです」と袋に入れた内蔵を渡された。それは、拳大の黄色い臓物で、子宮だった。由美は家に持ち帰り、棚に置いた小型の水槽のなかに、入れておいた。自分で、再手術をして、体の中に返そうと思ったのだが、急いで返さなくても、命には別状がないと気が付いて、観察してみる気になったのだ。水槽の中の子宮は次第に透明になり、中でなにかが育っている感じがした。中から声が聞こえた来た。赤子の声でバッハの「マタ受難曲」を歌いはじめたのだ。その一節に「シモン」の名があった。イエスの十字架を背負った異民族の男の名だが、それはたみと兄の父、人形師・一郎の名前でもあった。