『純子』  あのころ、街にはミニスカートが流行っていて、純子もヒザ上、十五センチの超ミニだった。  純子とは、K大キャンパスで知り合った。   そのころ俺はK大生で、純子はY短大二年生だった。純子はミニがよく似合った。デブのブスより、足がスマートな小柄でキュートな女の方がミニは似合う。  上着はラフなセーターにして、フレアの付いた紺色のミニが、純子のいつもの格好だったが、時折、超ロングのドレス風に装ってきて、人の意表を突くのも、純子のやり方だった。  目立ちがりやで、そのくせ、寂しがりやで……。  純子は、短大の寮に入っていた。赤坂の二つ木通りを入っていった狭い路地の隅に、崖の横にへばりつくように建っている白いペンキ塗りの二階建ての建物が、純子が入っている女子大生の館だった。  達也は、何度もその寮の前に行った。グループ交際が始まったころは、大学生仲間と一緒に、その寮の門前まで行って、彼女たちが出てくるのを待っていた。それは、甘酸っぱい経験だった。女の館の前で、若い男が待っている図は、伝統的な男女交歓の構図だが、そのあまりに、アナクロな行為を、自分たちがしているという自覚もあって、建達也たちは、門前で興奮していた。  デートは、いつも、一応、午前の講義が終わったあとに、決まっていたから、軽い昼飯をとったあと、彼女たちが、午後の講義をさぼって、出てくるのを待つのだ。もちろん、午後にも講義はある。それを、彼女たちがさぼれるのは、代返という手てあるからだ。交代で友達の出席の返事をし、さぼる。寮では、寮母が眼を光らせているが、午後のある時間になると、このお目付け役が、必ず、出掛けていくのを彼女たちは知っていた。その時間は、もっとも仕事がない空白の時間で、寮母には息抜きの時間だった。  その隙を見て、彼女たちは出てくる。それを、達也たちは、建物の陰や電信柱の陰で、待っている。  それからの行き先は、大体決まっている。日が落ちるまで、放送局近くの喫茶店で、だべっているのだ。コーヒー一杯で、五時間は粘る。よくそれだけ話すことがあると思うのだが、話は止めどなく流れて、止むことはなかった。お互いに若い男女だから、性的な引力が働いて、ときには胸をときめかせ、顔を紅潮させて、夕方を待っていたのだ。  日が暮れると、女たちは、持ってきたバッグを持って、トイレに消える。トイレから出てきたときは、彼女たちは、すっかり見違えるように、変身して、ダンサーになる。ダンスをし易い、派手な衣裳に着替えて、地下鉄の駅の近くのビルの地下にあった「ゴーゴークラブ」に乗り込むのだ。八十年代にディスコと名前を変えたダンスクラブは、そのころ、そういう名だったのだ。  入口の両側に、二本の太い柱が立っていて、その上に横文字で「MUGEN」の金色文字が掲げられていた。そこから、斜めに下に伸びている天井も左右の壁も、鏡張りだった。達也と純子、それに達也の大学のクラスメート、純一と正人、純子の友人の毬と美里が、それぞれ、ペアになって、階段を降りていくと、ジーパンを履いてティーシャツに金のネックレスを付けた、受け付けの女の子が、入場料金を徴収したあと、中の席に案内た。といっても、キャバレーのように席が決まっている分けではない。いちおう空いている場所に連れて行って、飲み物を注文するウエータに引き継ぐだけだ。  達也はいつも、そこでは、「コーク」と言って、コーラを注文した。アルコールの入ったドリンクを頼めない分けではないが、酒は避けたかった。好きでもなかった。そのころ大学で、しばしば行われた「飲み会」にも、達也は付き合わなかった。一度だけ、出席して、調子に乗って飲み過ぎ、悪酔いして、酷い目にあったことがある。激しく吐きながら、家にようやくたどり着いたが、それでも、一日中吐いていた。翌日は、頭の激痛が続き、夕方まで寝ていた。以来、達也は酒を避けるようになっていた。このような場所で、アルコール飲料を飲み、動きの激しいツイストを踊ったりしたら、ぶった倒れるに違いない。だが、達也の横で、純子は、「コーク・ハイ」と言っていた。コーラにウイスキーを入れた、口触りはいいが、強い飲みものだ。純子は酒が強かった。  「純子たら、この前のコンパで、日本酒一升開けたんだって」  純子が、注文するのを聞いて、毬が、聞いた。  「まあね。勢いで行ったみたい」  「流石だね、コーク・ハイなんて、物足らないでしょう」  「いいの。今日は飲みにきたんじゃないでしょ」  「そうか」  脇に抱えた黒いエナメルのバッグから、青い箱のハイライトを一本取り出して、ビックの百円ライターで火を付け、一口吸い込んだ純子は、毬の追究を軽くかわしてから、 「達也君は酒のみ女は嫌いだものね」  と長い付け睫毛を瞬かせて聞いた。  「いや。君は特別だよ。酒のみ女は嫌いだが、純子が酒のみなのは、許せる」  「どうしてさ。同じじゃないの」  「まあな。俺にとっては、そういうことだ」  「純子が酒飲みなのを、どうして許すの」  まだ、酒も飲んでいないのに、純子はしつこく聞いた。ウエイターが、各自の飲み物を持ってきて、カウンターの上に置いた。  達也は、コーラを一口飲んでから、  「踊ろうぜ」  と純子の手を掴んで、ステージにいった。この店には生バンドが入っていて、流行の「ビートルズ」や「ローリング・ストーンズ」のナンバーを多く、やっていた。それに合わせて踊る踊りは、下半身を激しく捩じるツイウトだ。別名をモンキーダンスともいう変化形も流行りだしていた。