公開資料 bP8 「カウンセリングリサーチ入門」(國分康孝) 

T.リサーチの意義
1.プロのカウンセラーとして欠かせない四拍子
@Practice
・実践。個別指導の実践と集団指導の実践の二つ。集団指導は,構成的グループエンカウンター,キャリアガイダンス,サイコエデュケーション,グループワーク,カウンセリングを生かした授業など。
ATeaching
・レクチャー(講義)とスーパービジョン。
BResearch
・研究。大きく分けて二つの分野,五つのレベルがある。(後述)
CManagement
・人材育成,人事管理。
 
2.行為選択の基礎
・リサーチとは「事実(Fact)」を発見する作業である。専門職の人は,自分自身の一挙手一投足を一つ一つどうしていくかを,その瞬間瞬間に選ばないといけない。例えば,問題を抱える人を援助するために「こうしたらいいだろう」と推論するためには,「事実」がほしい。
・事実をいくつか集めてまとめると「概念(Concept)」になる。世の中は,概念がなければ何も見えない。例えば,水をすくう柄杓という概念があるから,夜空の星を見て,「柄杓の形をしたものが,北斗七星だよ」と言える。
・概念を束ねると「理論(Theory)」になる。理論を多く知っていると,物事の判断がつきやすくなる。
・精神分析理論を知っていれば,このクライエントは母子分離不安を過去に持ったのではないかと推論できる。行動理論を知っていれば,女性と会話ができないという,このクライエントはラーニングの問題ではないかと推論ができる。
・リサーチの素養があれば,行動を選択する際に,迷いがなくなるということである。
 
U.二つのリサーチ
1.Basic Research(Pure Research)
・理論の構成を目的とするリサーチのこと。例えば,ねずみを使った実験などは,学習理論を構築するために行われたリサーチである。昔はこのタイプのリサーチが主流を占めていた。
 
2.Operational Research(Applied Research)
・問題の解決を目的とするリサーチのこと。例えば,学級崩壊を予防するにはどうしたらいいのか,その方策を構築するようなリサーチ。
 
V.リサーチのレベル
1.Pre-Science(科学前)
・統計処理はない,仮説もない,あったとしても,ふとその時に思いついたような仮説がある程度。例;落ちるリンゴから万有引力の法則を発見したニュートン。
 
2.Case-Study(事例研究法)
・母集団はない。サンプリングもない。たまたま出会った人を対象にする。問題提起につながるリサーチ。対象によっては,このリサーチ以外にできないものもある。(ある障害を持った生徒が対象の場合など) 新しいやり方が効果的かどうかを調べ,そのやり方を提唱する場合などにも適している。クライエントが治る,変わっていくというプロセスを調べるにも適している。例;フロイドは自分自身の体験から「母親を父親に奪われたくない」という思い(エディプスコンプレックス)が,世の中の全ての男性にあるということを事例研究から推論した。土井健郎は,日米の事例を比較し,日本人には「甘え」があるのではないかと推論した。
 
3.Field study or survey(実態調査)
・サベイは母集団そのものを調査するリサーチ。事実のみがわかる。例;人口調査。
・フィールドスタディは母集団からサンプルを取り出し,どうしたらどうなるか程度までは調べるリサーチ。教室の外でも行える。例;構成的グループエンカウンターを用いると,友だちが増えるということを調べるような研究。比較や効果の測定。かつて,八王子セミナーで行った大学生を対象とした構成的グループエンカウンターの効果測定研究など。
 
4.Experimental Field study(野外実験研究)
・「実験」とは「意図的な」という意味。人工的に設定したグループを使ってのリサーチ。人数や性別などを実験群とほぼ同じようなグループにするため,そのグループを「統制群」という。なお,「対照群」とは,統制群ほどには条件を整備していないグループのことをいう。例;明るい部屋と暗い部屋では作業に差が出るかを調べたのがホーソン工場の実験,構成的グループエンカウンターの合宿に参加した人としない人では自己肯定感に差がみられたかどうかを調べる実験など。
 
5.Experimental Study(実験研究)
・例;脳波の研究など。
 
*リサーチを行う際には,自分のリサーチが上記のどのレベルなのかを知っていることが大切である。自分のリサーチの限界を知っている必要があるからである。
 
W.リサーチレポートの書き方
・リサーチレポートとは論文のことである。次の五つのことが書かれてあれば論文といえる。
1.研究目的と意義
・コンパクトにまとめるようにしたい。言いたいこと,伝えたいことがはっきりしていれば,短くまとめることはできるはずである。
 
2.文献研究
・過去の類似の研究を紹介しながら,どこからヒントを得たか,どこが同じでどこが違うのかを明らかに示すことが大切である。リサーチが独りよがりにならないためである。また,「盗作」と言われないようにである。
 
3.研究方法
・対象(母集団,サンプリング),仮説,測定具,実験手続き,分析方法が書かれる。
・仮説の立て方は,「事実からの推論」と「理論からの推論」の二つがある。仮説のないリサーチもある。その場合は,「○○に関するパイロットスタディ」となる。
 
4.結果
 
5.要約と考察
・結果から示唆されるもの,研究方法上の改善点,今後の課題などが書かれる。
・結果から何が言えるのかをまとめるのが,プロとしての腕の見せ所である。例;友人関係をしっかり持っている生徒の方が,ストレスやフラストレーションに対する耐性があるということが結果から示唆された。
 
X.研究法としての事例研究の書き方
・ストーリーを書いただけでは事例研究とは言わない。次のような観点でまとめるとよい。
 
1.「問題発見」をねらいとした事例研究の時(例;学級崩壊の事例研究)
・フレーム(チェックポイント)を定めるとよい。例えば,モチベーションはどうか?,レディネスはどうか?,リレーションはどうか?など。
 
2.「プロセスの発見」をねらいとした事例研究の時
・フレームを定めるか,フレームを探すとよい。例えば,ロジャーズのプロセス・スケールなど。
 
3.「技法開発」をねらいとした事例研究の時
・いつ,どこで,どのような介入が,どのようなフィードバックを喚起したのかをまとめるとよい。例;論理療法とゲシュタルト療法を合わせた簡便法を開発する場合,どういう時に論理療法を生かし,どういう時にゲシュタルト療法を生かすのかなど。
 
Y.実践報告としての事例研究の書き方
・人を助けるための事例研究(ケースカンファレンス,スーパービジョンなど)の場合は,次のような項目でまとめるとよい。                   
 
1.ストラテジー(問題,目標,方法)
 
2.各セッションの目標
 
3.各セッションの介入(インターベンション)
 
4.各セッションでの感想(インプレッション)
・例;「怖かった」,「なぜ,怖いと感じたのか」などを話題にするとスーパービジョンがしやすい。
 
5.抵抗,感情転移の処理
 
6.終結の方法
 
Z.教授法としての事例研究の書き方
・事例を用いて何を教えるかというと,読みとり方である。アセスメント(例;なぜだと思う?),インターベンション(例;どうしたらいいと思う?)を学ぶようにするには次のような記述の仕方がある。
 
1.事実の記述
 
2.多様な事例
 
 なお,事例を用いた教授法として,様々な工夫がなされてきている。例;インシデントプロセス法,シェアリング方式,Q&A形式など。
 
*リサーチについて書かれた著作は少ない。次の著書を参考に学んでほしい。
・「カウンセリングリサーチ入門」(國分康孝,誠信書房)
・「カウンセラーのための6章」(國分康孝,誠信書房)                    

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