2001学習会講義資料バックナンバー 9−1 

「ゲシュタルト療法とは何か」
                             
1.なぜ,今,ゲシュタルト療法なのか
・ゲシュタルト療法は,構成的グループエンカウンター(以下,SGE)の発想と技法の源流である。感情を伴った洞察をめざすのがゲシュタルト療法であるが,SGEも同様である。「今,この瞬間,自分は何を感じているか」という気づき,インサイト(洞察)ではなくアウェアネス(覚知)を求める。気づいたら,それを言語,または非言語で開示していくことを求めるのは共通点である。

2.ゲシュタルト療法は,SGEにどのように生かされているのか
(1)体験学習を強調する点
・エクササイズを介して,「なるほどそうか」という感情を伴った洞察を求めるのは同じである。体験学習という認識の仕方を強調するのも同じである。しかし,ゲシュタルト療法は心理療法であり,パーソナリティ内部に深くふれるエクササイズを用いる。「イントラパーソナル(個体内)」志向である。ところが,SGEは,パーソナリティ間のやりとりに目を向けたエクササイズが多い。「インターパーソナル(個体間)」志向である。もっとも,リレーションが深まれば,内観法や未完の行為の完成のようなエクササイズも取り入れている。

(2)グループでの共有
・ゲシュタルト療法は,グループの前で特定個人とのやりとりをセラピストが行う。それを見ているメンバーも類似の問題を持っていることが多いので参考になる。SGEも同じやり方をすることがある。例えば,リーダーが特定個人を相手に論理療法の面接をしてみせるとか。しかし,それよりも全員に同じエクササイズを促すことが多い。メンバー同士,体験して感じたことを語り合う(シェアリング)場を重視する。リーダーと特定個人の会話は原則として行わない。グループ体験が人を育てるという思想がより強い。ゲシュタルト療法は,エクササイズが人を癒すと考える。

(3)家父長性の強さ
・セラピスト,リーダーとも,どちらも自己開示,自己主張の強さを持っている。

3.ゲシュタルト心理学(理論)〜図と地の理論とは?
・「ゲシュタルトとは?」〜部分部分,あるいは要素要素を一つの意味ある全体像にまとめ上げたもの。ゲシュタルト心理学では,「全体は部分の総和以上のものである」という考えが前提にある。
・ゲシュタルトを作るときの原理は「図と地」である。「図」とは目立つ方,「地」は目立たない方。ルビンの盃が有名。ゲシュタルトを作るときには,必ず図と地が作られている。図と地が定まらない,図と地が凝り固まっているというのが問題になる。
・ケーラーのチンパンジー実験。天井から吊されたバナナ,木箱,棒が部分部分のもの。チンパンジーはその部分を全体像としてまとめ上げ,バナナをとった。一つのゲシュタルトを構成したということである。(心理学の教科書では,「洞察学習」として紹介)
・「二」を見て漢字の「二」と読めるのは,ただの二本の棒(部分)からゲシュタルトを構成しているからである。

4.ゲシュタルト療法とは何か
(1)歴史
・F.パールズによるゲシュタルト療法は精神分析療法とゲシュタルト心理学(理論)を融合して生まれた。パールズが著した1951年の「ゲシュタルト療法」発刊を持って,ゲシュタルト療法がスタートした。
・実存的心理療法と呼ばれる「第三勢力」の心理療法一つ。第三勢力としては,ゲシュタルト療法以外に,ロゴセラピー,論理療法,交流分析などがある。
・1963年,エスリン研究所(エンカウンターグループのメッカ)において,ゲシュタルト療法ワークショップを開始。

(2)基本的な考え方
・精神分析療法とゲシュタルト心理学(理論)の融合。自由連想を解釈する伝統的な精神分析療法では,知的洞察にとどまり,治癒しないと言われてきていた。そこで,感情を伴った洞察の必要性が言われたが,精神分析療法ではいっこうにその技法を開発しなかった。そこで,パールズは,「地を図にする」,つまり,ゲシュタルトの再構成という考え方を理論に導入して,ゲシュタルト療法を完成させた。(*パールズは,実存主義哲学,東洋思想の影響も受けている)
・人間はゲシュタルトを作らないと動けない。どうしてよいかわからないのは,ゲシュタルトを作れないか,もしくは作れても一つだけだからである。健全な人間であれば,ゲシュタルトを自由自在に作ることができる。ゲシュタルト療法は,ゲシュタルトを作れない人にゲシュタルトを創造する場を与えようとするものである。
・ゲシュタルトを作るとは,物理的世界をどう受け取るかということである。
【コフカの例】草原だと思って横切っていたところが,湖が凍っていたのだとわかり,びっくりして落馬したという。受け取り方,考え方,認知の仕方がゲシュタルトを作るということである。
【非行少年の例】少年が父の暴力のために非行に走ったという考え方もあるが,父の暴力のはけ口になってやったまでで,父を助けてやっていたのだという考え方もできる。そうすると少年は非行には走っていないだろう。

・今の自分は過去の産物ではない。今の自分が過去の自分にどういうゲシュタルトを作っているのかということである。
・行動を変えるかどうかは本人が決めることである。「なぜ?」と解釈するのではなく,「何をしているのか」ということに気づかせることを骨子とする。
・人間の成長とは,ゲシュタルトを作り,こわし,またゲシュタルトを作るという連続である。
・いつまでも壊せず,作り直せないゲシュタルトが精神分析でいうコンプレックスになる。ゲシュタルト療法では,「未完の行為」という。円の下が切れていると,いつまでもその円が気になって心から消えない。だから,その円を閉じてやる。そうすると円が心から消え,次のものに向かい出せる。
・パールズは「洞察」とは言わない。「覚知(アウェアネス)」と言う。感情に気づくだけではなく,その感情になりきると「覚知」となる。「悲しいのに笑っている」というのは洞察であり,「はい,悲しいです」と泣けば覚知である。気分がすぐれないのに「おかげさまで元気にやっています」というのは不健全。身体表現が「地」になっているのだが,「図」にすることが成長の第一歩である。「気分がすぐれないなら,そのままに」,あるがままの自分に正直になることを「覚知」という。
・従来の心理学は言語に焦点。言語が図である。ところが,パールズは身体感覚や非言語に焦点を当てる。つまり,それらを図に見ている。
・理論で言うと,フロイトは「エスあるところにエゴあらしめよ(衝動や本能を理性や現実感覚で制御しなさい)」。ところが,パールズは「エゴあるところにエスあらしめよ(理性を捨てて身体の感覚に耳を傾けなさい)」。身体の感覚とは,声,表情,ジェスチャー,視線,座り方など。
・あるがままの自分をその都度その都度で図にすること,ゲシュタルトが構成され,壊され,また新たに構成されるという過程を通して,人間は成長していく。
・ゲシュタルト療法でめざす理想像は言葉だけでなく行動する人間である。思考する人間ではなく感情体験をする人間である。
@今を生きる人間
Aここを生きる人間
B実際体験する人間
C喜怒哀楽を表すことをためらわない人間

・ゲシュタルト理論では感情を全体的にとらえる。
・ゲシュタルト療法がゲシュタルト心理学と異なるのは,ゲシュタルト療法は外界にゲシュタルトを作るだけではなく,自分の内界にもゲシュタルトを構成すると考える点である。

(3)技法について
・ゲシュタルト療法の技法はどうするのか。人間と人間の関係を重視する。セラピストの能動性があり,禁止や命令もする。ロジャースはリレーションが癒すと言ったが,パールズは言語と身体のギャップを指摘し,クライエントが身体重視の自分に徹底するから治るととらえた。
・ゲシュタルト療法の技法は,感情体験を伴った洞察,覚知に容易に導くことができる。つまり,地として目立たない身体感覚や身体言語をいかにして図にするかということが容易にできる。

【例】ホットシート,未完の行為の完成,ドリームワーク,句の繰り返し,言葉にジェスチャーを合わせる,反対のことを言う,できないことをする,質問を叙述に変える,ジェスチャーを言葉に合わせる,身体表現を誇張する,トップ&アンダードッグ,事実を語った後に思いを語る,内観法,他

(4)ゲシュタルト療法のスピリット
<ゲシュタルトの祈り;パールズ,國分康孝訳>
 我は我がことをなさん 汝は汝のことをなせ
 我が生くるは 汝の期待にそわんがためにあらず
 汝もまた 我の期待にそわんとて生くるに非ず
 汝は汝,我は我なり
 されど,我らの心 たまたまふれあうことあらば
 それに越したことなし 
 もし心通わざれば それもせんかたなし

<パールズを超えて;タブス,國分康孝訳>
 曰く 我は我がことをなし 汝は汝のことをなす,と
 されど それのみならば 我らの絆,失わるること明白なり

 我が生くるは 汝の期待にそわんがために非ず
 されど,我 かけがえなき汝の存在に脱帽せんとするものなり

 そしてまた 我も汝に脱帽の礼をうけんと欲す
 我ら相互に 心とこころふれあいしときのみ
 我らここに在り,と宣言すべきなり
 汝との絆失わば 我すでにおのれを喪失したも同然なり

 我らの心ふれあいしは 偶然にあらず
 心を尽くし思いをこめて 求めあいしがゆえに
 心通うに至りしなり
 いたずらに,事の流れに おのれをまかしたるに非ず
 内に期するところありしが故に 心ふれあうに至りしなり
 然り,事の起こりは 我が発心なり
 されど 我が発心のみにて 足れりとするに非ず
 真理のきざしあるは 我と汝と 共にあるときなり

5.パールズの「ゲシュタルト療法」を読む
(1)基本的な考え方に関する部分
・ゲシュタルト心理学の仮説とは「人間は本来,パターン,もしくは全体にまとまる傾向があり,全ては全体の機能という観点から見る時,初めて正しく理解される」というものである。
・ゲシュタルトとは「形,形態,個々の部分がまとまって構成する一つの形」のことである。
・「図」と「地」とは「関心事」と「背景」である。
・ゲシュタルト療法は「今,ここ」中心のセラピーである。伝統的心理療法は,過去に問題のあった人という見方をするが,ゲシュタルト療法では,「今,この瞬間にも問題を引きずっている」ととらえる。今,現在の自分の考え方,行動,言葉等に気づけば,どんなに自分が問題を引き起こしているのか,現在の本当の問題は何か,どうすればよいかに気づく。そして,「今,ここで」彼自身の問題を自分で扱えるようになっていく。
・ゲシュタルト療法のめざすところは「血の通っていないマネキンのような人間を生き生きとした本物の人間に変革させること」である。
・未完成のゲシュタルトはいつも前面に,しかも重要なものが前面に出てくる。未完成のゲシュタルトが問題であり,神経症患者はそのことを認めようとしない。だから,今,現在を理解すること,そして,今,何が起こっているのかに気づくことが大切なのである。治療は4週間で済む場合もあるし,20年かかる場合もある。
・「なぜ?」と問わず「いかに?」を問う。
・二人の人間が出会う時,二つのそれぞれが持つ「脚本」が出会う。一方が相手に合わせたり,相手を自分に強引に合わせることが起こり,お互いの間に,混乱や戦いが起こる。その結果,二人の人生脚本はめちゃくちゃになる。その筋書きを立て直すことがゲシュタルト療法の目的である。
(2)ホメオスタシスとゲシュタルト理論のつながり
・全ての生命は「ホメオスタシス」,すなわち一般には適応と呼ばれている過程によって維持されている。このホメオスタシスの過程があるからこそ,有機体としての人間は常に平衡を保つことができ,環境が変わっても健康を維持できるのである。生理的な部分では,例えば,血糖値が低下すると副腎からアドレナリンを分泌,肝臓のグリコーゲンを糖質に変え,その糖を血液中に送ることによって回復する。逆に血糖値が上がりすぎると,膵臓が必要以上のインシュリンを分泌,肝臓や腎臓の糖分を取り除いていく。血糖値上昇が慢性化すると糖尿病になり,人為的にインシュリンの投与が必要になってくる。人間はこうした生理的なホメオスタシスと同様に,心理的なホメオスタシスの過程を持っている。心理的な平衡が脅かされると,心理的ホメオスタシス過程が働きだし,欲求を充足する。
・人間の最も優勢な欲求(平衡を保つために一番激しく求められているもの)は,いつも図として意識の前面になり,その他の欲求は一時的にせよ,地として背景に追いやられる。・人間が自らの欲求を充足させ,心身の平衡状態を保つためには,ゲシュタルトを完成させ,次の関心事に進むには,今,自らは何を欲しているのかを感知しなければならない。また,自分や自分を取り巻く外界をどう操作したらいいか知らなければならない。

(3)神経症のとらえ方
・神経症とは,一番の欲求を充足させる能力を失った人がかかる病気である。(心理的ホメオスタシス機能がうまく働かない) 次々に起こる欲求の区別がつかないし,選択もできない。だから,神経症患者は自分の欲求が何かに気づく必要があるし,選択の仕方を学ばないといけない。一つのゲシュタルトが完結するまで十分に一つの状況にとどまり,それから次に進むような手順が構築されないといけない。
・神経症患者は自己と他者の区別もはっきりしない。融合してしまっている。どこまでが自分なのかがわからない。彼自身の欲求と他者の欲求を区別できない。次のような症状が見られる。「イントロジェクション(取り入れ)」〜真に自分のものではない規範や行動,考え方などをあたかも自分のもののように思いこむこと。「プロジェクション(投射」〜自己に端を発するものを外界のせいにする。「コンフルェンス(融合)」〜自分と外界を一つのものと考え,区別ができない。「リトロフレクション(反転)」〜他者にしてあげたいことを自分にしてしまう。
・神経症者は「すでに済んでしまったことにこだわる(ゲシュタルトを壊せない)」,「現実に合わないやり方に縛られる(ゲシュタルトのパターン化)」の傾向が見られる。心理療法ではどのように進めていくかというと,「弁別能力の再構成」,「何が欲求を満たすのかを考える」などである。

(4)パールズの面接
【一例】
T;「どれも,今,という言葉をつけて話してください」
T;「今はどんな気持ちですか」
T;「それをみんなに話してください」
C;「みんなはもっと働かなくてはいけない」
T;「あなたの声を聞いて,みんなはどう思っているでしょう?」
C;「たぶん,地獄に堕ちろと思っている」
T;「では皆さんで,彼にそう言ってください」
メンバー;「地獄に堕ちろ」,「地獄に堕ちろ」
T;「どうですか?」
C;「言いたいことが言えている感じがする。正しいという感じだ」

・基本は,ノンバーバルに表出していることは常にバーバルなものよりも重要ということである。言葉ではうそをつき,説き伏せることはできても,姿勢や声などのノンバーバルな行動は真実を語っている。
・神経症患者などは,過去の断片がいろいろとじゃまをするので,現在に十分関われないでいる段階である。問題は「今,ここ」にあるのに気持ちが他のところに行ってしまい,目の前の問題に集中できない。だから,セラピーを通して,現在に生きることを学ばなければならないわけで,徹底して「今,ここ」で自分が何をしているのかに注意を向けてもらうようにする。言葉や解釈ではない,経験的なセラピーである。クライエントに自分の動作,呼吸,情動,声の調子,思いを表すものとしての顔の表情に注意を向けるように進める。自分自身に気づけば気づくほど,自分自身が何か,ということを学ぶことができる。もし,「今,ここ」から逃げようとする自分自身を経験するならば,クライエントは自分で妨害している自分というものを経験し始める。セラピストがクライエントの示す動きに敏感であれば,クライエントはセラピストの気づきを手がかりに自分の気づきを広げることができる。セラピーを進める際の簡単な言い回しとして,「今,私は〜に気づいています」,「私は〜である」という言い方を勧める。

*パールズの面接の実際については,「グロリアと3人のセラピスト」を見てほしい。クライエントのグロリアに対し,徹底的に「今,ここ」に注意を向けるような面接が展開されている。パールズに迫力は必見である。

<参考・引用文献>
・「カウンセリングの理論」;國分康孝,第8章ゲシュタルト療法,誠信書房,1980
・「エンカウンターで学級が変わる 中学校編Part3」;國分康孝編,コラム:ゲシュタルト療法から学ぶもの,図書文化,1999
・「ゲシュタルト療法〜その理論と実際」;F.S.パールズ,ナカニシヤ出版,1990

 


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