ホットミルク 『黒執事』パロディ
「うーん、実に素晴らしい!!」
大袈裟なほど感嘆の声を上げるクラウスは良く食べ、よく喋る。
「このミルフィーユも見事だ。執事にしておくにはもったいない!イタリアでドルチェの店でも開いたらどうだ!?」
二杯目の紅茶を注いでいるセバスチャンに向けられた言葉だ。
「クラウス様よりお褒めのお言葉、恐縮にございます」
意表をつかれた会食メニュー――牛たたき丼とか言ったか――と執事らしい程好い振る舞いに、このイタリア人は相好を崩している。
「ときにシエル。セバスチャン手製のスイーツでとびきり美味しかったものはなんだい?」
執事としては優雅すぎるくらいの仕草で給仕をしているセバスチャンの手が一瞬、止まった。
奴でも、そういった評価は気になるのか?そう思って少し可笑しくなった。
「そうだな……ホットミルクは、なかなかの物だったな」
あの日…………。
業火に阻まれ、黒煙に手足を絡め捕られ、悪魔に射すくめられ、およそ動き回るなど出来る状況ではなかった、あの時。
新たなる指輪の持ち主と宣言をし、セバスチャンと出会い、刹那、闇に落ちた。
闇から醒めて現実を感じたのは、当時の僕の手のひらには少し余るくらいのカフェオレボウル。
たっぷりと注がれたホットミルクのふんわりとした甘い香りは、手のひらの暖かさは、信じていいものだと思わせた。
自分以外の者の手を借り、ベッドに身を起こした僕に、
「長い事生きていますが、子供の世話はしたことが無くて。ご満足いただけるか解りません。申し訳ありません、マイ・ロード」
言葉と気遣いと共にあてがえられたカフェオレボウル。
マイ・ロードとは言われるのには微妙な反発心があったが、ミルクの温かさはあり難くもあった。
新米執事セバスチャンが懇意にしていた子沢山の女主人曰く「どんなに愚図る子供にもミルクが一番」なんだそうだ。
「……ホットミルクはスイーツとはいえないが、あの時の僕には、それまで口にした事が無かった程の物だった」
目を丸くして驚いているイタリア人は、
「人間の基本はマンマが作るとはこの事かな」
今まで見たことの無い笑顔で、フォークを置いた。
「君とならこれからも楽しくやれそうだ」
相違無い心持の僕としては、差し出された手を笑顔で握った。