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チベット/ネパール編 (1999/9/17-10/15) |
[拉薩] [日咯則] [拉孜] [定日] [聶拉木] [Tatopani] [Kathmandu] [Pokhala] [Lumbini]
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(神の地の意) 1999.9.17-23 [曼陀羅] |
中国の朝は、粥と油条。油条一本たいてい50厘(約8円)、粥一杯たいてい1元(13円)。安い。でも、味がない。塩をかけよう。 バルコルに面したカフェでビールを飲んでいた。陽気な、でも英語の話せない店員のお兄ちゃんは「コーラ」は「コーラ」と言っているのだが、なぜか、「ビール」は「ビッラ」と言う。同じ店内に居たアメリカ人団体観光客のおじさんに直されていた。なんて風景を見ていたら、現地のお兄さんが日本語で話し掛けてくる。彼は、内蒙古自治区から医学を勉強しに来ている内モンゴル人。仲良くなって、餃子をたらふく食べて、(彼曰く)ディスコに遊びに行った。初めはチベット人の行くディスコへ。でも、入れてもらえなかった。で、漢民族の行くディスコへ。入れてもらえた。でもそこは、初めこそ皆踊っていたのだが、途中からショーパブ状態。つんくみたいな人が歌い。女の人が踊る。2時間も居ただろうか。飽きてきた。そしたら、彼が、100元出せば、女の子が横で飲んでくれると言う。でも、30元で一泊している僕には高い。なにより、話が出来そうもないのが、更におっくうにさせる。断った。かなり飲んで気分が悪くなり始めていたのもある。後々、考えた。これってもしかしたら、一晩過ごせるってこと?そりゃあ、安すぎでしょう。 −ウルムチにパンチョ伊藤がいたらしい。現地のそっくりさんだと思って、近寄って見たら本物だったとか。
−50年代チェコ人。チベットで100USドルと50年代のガイドブックを握り締めた彼は、未だ中国はビザ不要と思ってるらしく、結局捕まって国外退去。もっぱら死んだとの噂。
ラサをはじめとするチベットは宗教に政府に殺されようとしている。「FreeTibet」、甘美な響きだが、彼らに明るい未来はない。僕の感じたのは、所詮残って、中国とやっていこうという人ばかりなんではないかってこと。過去、いろいろ動乱もあったようだが、少なくともラサにいるチベット人は、漢語を話し、観光客が持ち込む西洋的文明に心わしづかみにされている気がする。チベタン僧侶も靴と時計に夢中だ。だんだん、いやになってきた。5日ほどいて、ネパールに向かう決心をした。出発に当たり、一緒にバスに乗ってきた皆さんに挨拶をしたかったが、ひとり、出掛けていて出来なかった。 | ||||||||||||||||||||||||
| 1999.9.23-25 |
シガツェで中秋の名月。同室の日本人たちと祝う。月餅が中秋の名月を祝うためだと初めて知った。 この旅で最も恐いもの、それは犬。どう考えても狂犬病の予防接種されているわけがない。ノコノコといろんな所に入っていく僕は、突然よく吠えられる。 *丹増旅館/テムジン・ホテル 25元/約325円(1泊分/ドミトリー/9.24) *シガツェ-ラツェ 30元/約390円(バス) | ||||||||||||||||||||||||
| 1999.9.25-26 |
雨期が終わったばかりなので、崖沿いの道は土砂に埋もれ、または半分道が崩れていた。道を川がまたぎ、ほとんど舗装されていない。パジェロとかのRV車はこういうためにあるのを実感。しかし、この車がボロで何度もエンコ。国境まで行ってくれる話だったが、手前の町「ニャラム」までしか行けなかった。 *拉孜賓館 20元/約260円(1泊分/ドミトリー) *ラツェ-ニャラム 190元/約2,470円(ランクル) | ||||||||||||||||||||||||
| 1999.9.26 |
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| 1999.9.26-27 |
トラックの運転手に20元払えって言われたが、何を思ったか5ドルも払ってしまった。なぜだろう。 最後に中国銀行で両替えしようとしたら、ネパールルピーは扱ってないといわれた。国境で?不思議だ。仕方ないからUSドルに変えた。そしたら、さらに国境線の近くにもう一軒の銀行を発見。ここならネパールルピーに両替え出来たのかも知れない。でも、闇両替え屋がきっといると踏んで、、そこは素通り。勿論、しばらく歩いてたら、声をかけられたので、20ドルほど変えた。 中国側のチェックポスト(ダム)で3ドル払ってポーターを雇い、山を下ったネパール側のチェックポスト(コダリ)に向かった。ポーターを雇うなんて初めてだ。チェックポスト(ダム)では、ネパール人タクシードライバーに30ドルでカトマンドゥまで、ネパール側のチェックポスト(コダリ)まで5ドルだと言われた。当然、そんな金はないので、ネパール側のチェックポスト(コダリ)からバスに乗るべく、3kmの山道をポーターと下った。険しい山道を2人で下る。どんどん暑くなる。僕は水を用意していたので、そのペットボトルをラッパ飲みしてた。で、そのネパール人ポーターにも手渡そうとしたけど、受け取ってくれなかった。後で気付いたけど、彼はヒンドゥー教徒なので、人の口にしたものに口を付けられないのだろう。 ネパールに入ったら、雰囲気は一気にマサラ。 *樟木賓館聶拉木招待所 20元/約260円(1泊分/シングル) *ニャラム-ジャンムー 5ドル/約550円(郵政バス) | ||||||||||||||||||||||||
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| 1999.9.27-28 |
ここはネパール、食べ物は勿論、中華なんてない。あるのはサモサくらい。 *コダリ-タトパニ 10Rs/約17円(バス) *Maiti Lodge & Hotel 100Rs/約170円(1泊分/ツイン) *タトパニ-バラビセ 50Rs/約85円(バス) *バラビセ-カトマンドゥ 120Rs/約207円(バス) | ||||||||||||||||||||||||
| 1999.9.28-10.8 |
ここで、Hotmailのアドレスを取得した。一ヶ月半ぶりのインターネットは楽しい。なによりもキーボード叩いてる時、心が躍った。すっかりサイバーな人になっているらしい。メールで旅の近況報告発行開始、第1-3回。 *Himalaya's Guest House 150Rs/約255円(1泊分/シングル/9.28-29) *Budda Guest House 100Rs/約170円(1泊分/シングル/9.30-10.7) *カトマンドゥ-ポカラ 170Rs/約289円(バス) | ||||||||||||||||||||||||
| 1999.10.8-12 |
インターネットの繋がり悪い上に高い。 日本人がやっている日本飯屋に行く。旅行者向けなので安い(大抵、日本食は高級料理)。そこの主人にいろいろ話を聞く。平和そうに見えるネパールもマフィアが横行していること、そのマフィアの呼び掛けで、10/7にカトマンドゥの公共機関が全てストを行ったこと(10/7はカトマンドゥにいて、泊まってたホテルの主人に「なんで全部止まるのか?」って聞いたらホリデーだって答えられた)、そのマフィアたちは、皆、普通に生活を営んでいるので全く分からないと言う事、その後ろには中国マフィアも絡んでいて、中国製の自動小銃を提供していること、そのため、一度銃撃戦になると、単発の銃しか持たないネパールの警官達は太刀打ち出来ないこと。あれ?なんかマフィアの事しか聞いてないや。 10/11は、ちょうど出発から50日目。 *Hotel Mt.Manasulu 200Rs/約340円 (1泊分/ツイン with Bath/10.8-10/10.11は2人でシェア) *ポカラ-バイワラ 250Rs/約425円(バス) *バイワラ-ルンビニ 12Rs/約20円(バス) | ||||||||||||||||||||||||
| 1999.10.12-15 (仏陀生誕の地) |
この急な気温の上昇で、体調を崩す。韓国寺に泊まったけど、飯最高。特にお勤めの義務もなかったので、一応は早起きしてみたものの、他にだれも参加してなかったので、また寝た。 夜、全く街灯のない外を歩いていると、木がボーッと光っている。近付いて目を凝らしてみると、周り、四方八方にえらい数の螢が飛んでいる。光る木も螢が留まっているからだ。初めて野の螢を見た。見たことあると言っても、小学校の頃にどこかの昆虫展で一度見ただけだ。身が震える感動ってやつを初めて体験した。町でヤギの出産も見た。こっちは感動してるが、ヤギの飼い主はいつもの事なので、なんだか片手間に見てた。こっちの感動している姿を阿呆らしいとばかりに見てた。 体調を崩していたので、朝は11時には宿にもどり、夕方も4時からしか動かなかった。暑いのは、9/8-10の西安以来なので、本当に辛い。 *大聖釈迦寺 200Rs/約340円(3泊分/ドミトリー/お布施) *ルンビニ-バイワラ 12Rs/約20円(バス) *バイワラ-スノウリ 2Rs/約3円(乗り合いジープ) | ||||||||||||||||||||||||
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