おいしい釜飯の通販、決済簡単、家にいるだけでお手軽に釜飯が楽しめます。

チベット/ネパール編
(1999/9/17-10/15)

[拉薩] [日咯則] [拉孜] [定日] [聶拉木] [Tatopani] [Kathmandu] [Pokhala] [Lumbini]


Tibet チベット(西蔵)自治区/Tibet
区都:ラサ/Lhasa面積:約122.8万平方km(日本の約3.2倍)
人口:約240万人人口密度:2人/平方km(日本の約1/165)
民族:チベット族94.7%、漢族4.9%、ホイ族、メンバ族
感動したうまいモノ:トゥクパ(チベット・ラーメン)
 平均海抜4500メートルの高原地帯。ヤク・羊などの牧畜が盛ん。 チベット仏教(ラマ教)の中心地。チベット族は古くテイ・羌の名で中国文献に現れ、7世紀には統一王朝吐蕃を樹立、14世紀からダライ-ラマによる支配が行われたが、18世紀には清朝の保護国となった。第二次大戦後、自治権を獲得したが、1959年、反中国の動乱が起こり14代ダライ-ラマはインドに亡命、65年チベット自治区が成立。
(1995年資料)
(神の地の意)
1999.9.17-23

 [曼陀羅]

大昭寺の前で五体投地する人々
 
ポタラ宮の前で
 ゴルムドからバスで26時間、ラサに到着。26時間、何も食べていない。途中の景色なんか見てない、記憶にない。まだ、高山病が残っていて、気分が悪いけど、晩飯は同行していた日本人と食べた。中国にほとんどない焼餃子を頼んだ。でも、それはフライパンで転がして焼いてあり、全面キツネ色でギトギト。どうも、日本人向けに実物を見ないで話だけで作ったらしい。別の日には、ヨーグルトライスというのも食べた。しかし、まずい。まずくて食べ物を残したのって初めてだ。
 中国の朝は、粥と油条。油条一本たいてい50厘(約8円)、粥一杯たいてい1元(13円)。安い。でも、味がない。塩をかけよう。
 バルコルに面したカフェでビールを飲んでいた。陽気な、でも英語の話せない店員のお兄ちゃんは「コーラ」は「コーラ」と言っているのだが、なぜか、「ビール」は「ビッラ」と言う。同じ店内に居たアメリカ人団体観光客のおじさんに直されていた。なんて風景を見ていたら、現地のお兄さんが日本語で話し掛けてくる。彼は、内蒙古自治区から医学を勉強しに来ている内モンゴル人。仲良くなって、餃子をたらふく食べて、(彼曰く)ディスコに遊びに行った。初めはチベット人の行くディスコへ。でも、入れてもらえなかった。で、漢民族の行くディスコへ。入れてもらえた。でもそこは、初めこそ皆踊っていたのだが、途中からショーパブ状態。つんくみたいな人が歌い。女の人が踊る。2時間も居ただろうか。飽きてきた。そしたら、彼が、100元出せば、女の子が横で飲んでくれると言う。でも、30元で一泊している僕には高い。なにより、話が出来そうもないのが、更におっくうにさせる。断った。かなり飲んで気分が悪くなり始めていたのもある。後々、考えた。これってもしかしたら、一晩過ごせるってこと?そりゃあ、安すぎでしょう。
・・聞いた噂・・
 −ラサに反町隆がオフで来ていたらしい。ランドクルーザーをチャーターして中国ネパ-ル友好道路をブイブイいわせたらしい。やっぱり首が開いたあのTシャツか?
 −ウルムチにパンチョ伊藤がいたらしい。現地のそっくりさんだと思って、近寄って見たら本物だったとか。
シガツェへの途中であったチベタンの少年
(1024*768)
 −寝小便チェコ人。ラサのバラクショーホテルには小便布団あり。気をつけようないけどね。(次のシガツェで同じドミトリーにいたという日本人に会った、本当のようだ。こそこそと洗っていたらしい。やっぱり、水に落ちた夢でもみたのだろうか。)
 −50年代チェコ人。チベットで100USドルと50年代のガイドブックを握り締めた彼は、未だ中国はビザ不要と思ってるらしく、結局捕まって国外退去。もっぱら死んだとの噂。

 ラサをはじめとするチベットは宗教に政府に殺されようとしている。「FreeTibet」、甘美な響きだが、彼らに明るい未来はない。僕の感じたのは、所詮残って、中国とやっていこうという人ばかりなんではないかってこと。過去、いろいろ動乱もあったようだが、少なくともラサにいるチベット人は、漢語を話し、観光客が持ち込む西洋的文明に心わしづかみにされている気がする。チベタン僧侶も靴と時計に夢中だ。だんだん、いやになってきた。5日ほどいて、ネパールに向かう決心をした。出発に当たり、一緒にバスに乗ってきた皆さんに挨拶をしたかったが、ひとり、出掛けていて出来なかった。
 最後の晩餐はヤクのステーキ。堅い肉。味はガーリックソースがガッチリかかっていて、わからん。
*亜旅館/Yak Hotel 30元/約390円(1泊分/ドミトリー)
*ラサ-シガツェ 38元/約494円(バス)

1999.9.23-25
シガツェの町並み
 ネパールに抜けるための許可証と取るために、公安に行った。でも、チベットの公安は日本人が嫌い。なぜなら、漢字が読める日本人はチベット内の非解放地区にバンバン行き、いっぱい行方不明になっている、面倒を起こす輩なのだ。1999年9月時点の行方不明者は全て日本人らしい。でも、ただネパールに抜けるだけだとわかったら、片言の日本語も話してくれるいい人でした。前の日も馬でカイラス山に抜けようという連中が面倒を起こしたらしいが。
 シガツェで中秋の名月。同室の日本人たちと祝う。月餅が中秋の名月を祝うためだと初めて知った。
 この旅で最も恐いもの、それは犬。どう考えても狂犬病の予防接種されているわけがない。ノコノコといろんな所に入っていく僕は、突然よく吠えられる。
*剛堅果園招待所/フルーツ・ホテル 15元/約195円(1泊分/ドミトリー/9.23)
*丹増旅館/テムジン・ホテル 25元/約325円(1泊分/ドミトリー/9.24)

*シガツェ-ラツェ 30元/約390円(バス)
1999.9.25-26
乗せてもらった公安のランドクルーザー
 シガツェでヒッチハイクをしたかったのだが、全く捕まらない。仕方ないから、というより、辛抱足りなくて、ラツェにバスで向かった。そしたら、ラツェでチベタンの行商人が200元で乗せてくれると言う。おまけに車はジープだという。高いと思ったが、ビザに余裕がないので(9/27で切れる)、仕方なく了解した。でも、実際来たのはTOYOTAのランドクルーザー、しかも公安のやつ。これはありでしょうと浮き浮きと乗った。
 雨期が終わったばかりなので、崖沿いの道は土砂に埋もれ、または半分道が崩れていた。道を川がまたぎ、ほとんど舗装されていない。パジェロとかのRV車はこういうためにあるのを実感。しかし、この車がボロで何度もエンコ。国境まで行ってくれる話だったが、手前の町「ニャラム」までしか行けなかった。
*拉孜賓館 20元/約260円(1泊分/ドミトリー)
*ラツェ-ニャラム 190元/約2,470円(ランクル)
1999.9.26
多分、中央がエベレスト
(1024*768)
 ネパール国境へ行く道、中国ネパ-ル友好道路(Friendship Highway)の途中にあるエベレストの麓に向かう分岐点。なんとか、遠くにあるエベレストが見えました。ここで食べたトゥクパ(チベット汁麺)がメチャメチャうまかった。
1999.9.26-27
中国-ネパールの国境
 ホテルを早朝出た。レセプションに人がいなかったので、20元程置いて出てきた。すっとぼけようとも思ったけど、中国も最後なので気持ちだけ置いた。それから、町外れでヒッチハイク。2時間も待って、政府の郵政トラックと交渉成立。一気にネパール国境の町「ダム」に行けた。さらに高度が下がる。緑がどんどん濃くなっていく。トラックはほとんどエンジンを切って、惰性とブレーキで山道を降りていく。昇りを考えるとガソリン代が勿体無いのは分かるけど、ブレーキの痛みも激しそうだ。
 トラックの運転手に20元払えって言われたが、何を思ったか5ドルも払ってしまった。なぜだろう。
 最後に中国銀行で両替えしようとしたら、ネパールルピーは扱ってないといわれた。国境で?不思議だ。仕方ないからUSドルに変えた。そしたら、さらに国境線の近くにもう一軒の銀行を発見。ここならネパールルピーに両替え出来たのかも知れない。でも、闇両替え屋がきっといると踏んで、、そこは素通り。勿論、しばらく歩いてたら、声をかけられたので、20ドルほど変えた。
 中国側のチェックポスト(ダム)で3ドル払ってポーターを雇い、山を下ったネパール側のチェックポスト(コダリ)に向かった。ポーターを雇うなんて初めてだ。チェックポスト(ダム)では、ネパール人タクシードライバーに30ドルでカトマンドゥまで、ネパール側のチェックポスト(コダリ)まで5ドルだと言われた。当然、そんな金はないので、ネパール側のチェックポスト(コダリ)からバスに乗るべく、3kmの山道をポーターと下った。険しい山道を2人で下る。どんどん暑くなる。僕は水を用意していたので、そのペットボトルをラッパ飲みしてた。で、そのネパール人ポーターにも手渡そうとしたけど、受け取ってくれなかった。後で気付いたけど、彼はヒンドゥー教徒なので、人の口にしたものに口を付けられないのだろう。
 ネパールに入ったら、雰囲気は一気にマサラ。
*樟木賓館聶拉木招待所 20元/約260円(1泊分/シングル)
*ニャラム-ジャンムー 5ドル/約550円(郵政バス)
中 国 で の 経 済 白 書
合計金額:7,381.1元 (約103,335円)滞在日数:29日1日当たり:約3,563円
大きな出費:ネパールVISA (270元/ 約3,510円)、ゴルムド-ラサ/バス (800元/ 約10,400円)
中 国 で の 生 活 白 書
ジャスミン茶:ただ 630壜ビール:3元 (約39円)
市内交通 (バス):1元 (約13円) Internet Cafe:-煙草:3元 (約39円)
宿泊費 (29泊うち列車5泊、バス1泊):約210-5,040円 (平均1,037円)

Nepal ネパール王国/Kingdom of Nepal
首都:カトマンドゥ/Kathmandu通貨:ルピー(1Rs=約1.7円)
言語:ネパール語(インド-ヨーロッパ語族インド語派に属する。サンスクリットやヒンディー語と同じくデーバナーガリー文字を使用。)・マイティリー語・タマン語・ネワール語
面積:約14.7万平方km(日本の約2/5)
人口密度:149人/平方km(日本の約1/2)
一人当たりの国民総生産:約21,000円(日本の約1/198)
政体:立憲君主制平均寿命:男50.88歳、女48.10歳
識字率:27.5%外貨準備高:7億ドル(日本の約1/263)
人口:約1291.8万人宗教:ヒンドゥー教90%、チベット仏教7%
民族:グルカ族、ネワール族、グルン族、リンブー族、ライ族、タマン族、タカリー族、マガル族、シェルパ族
国防予算:4,400万ドル(一人当たり2ドル、日本の約1/1,063)
兵員:4.3万人(人口の0.2%、日本の約1/5)
(1995年資料)
1999.9.27-28
タトパニの打たせ湯
 タトパニは中国国境のコダリから10分くらいバスでいった温泉場。打たせ湯だけだったけど、その前、寒くて4日も風呂に入ってなかったので、気持ち良し。そこにいたチベタン僧侶と話をした。彼は日本の様子が聞きたいらしく、質問攻め。チベットの死にっぷりにへきへきしていたので、複雑な気持ちだったが、なるべく説明した。そんな彼は温泉でブリーフを洗っていた。
 ここはネパール、食べ物は勿論、中華なんてない。あるのはサモサくらい。
*コダリ-タトパニ 10Rs/約17円(バス)
*Maiti Lodge & Hotel 100Rs/約170円(1泊分/ツイン)
*タトパニ-バラビセ 50Rs/約85円(バス)
*バラビセ-カトマンドゥ 120Rs/約207円(バス)
1999.9.28-10.8


ボタナートの少女と若い母親とその子供
(1024*768)

町中で見かけた蛇使い
 久々の都会。こんなに都会だとは思わなかった。別に高層ビルがある訳じゃないけど、ネオンが光っている。食べ物も種類豊富でなんて楽しい所だと思った。僕にとっては香港、イスタンブールと並ぶ、いかした場所だと思った。でも、1週間もいると飽きた。あまりにツーリスティック過ぎるのだ。ネパールは世界で4番目に貧しい国だというのに、この豊かさは、不自然すぎる。どこか、アンバランスなのだ。インドビザ取得のため、仕方なく長くいたが、ま、一回行けばもういいやって所だ。
 ここで、Hotmailのアドレスを取得した。一ヶ月半ぶりのインターネットは楽しい。なによりもキーボード叩いてる時、心が躍った。すっかりサイバーな人になっているらしい。メールで旅の近況報告発行開始、第1-3回。
*Himalaya's Guest House 150Rs/約255円(1泊分/シングル/9.28-29)
*Budda Guest House 100Rs/約170円(1泊分/シングル/9.30-10.7)

*カトマンドゥ-ポカラ 170Rs/約289円(バス)
1999.10.8-12


ポカラの少女(1024*768)

日本山の仏壇と子供達
 ラサで一緒だった日本人と待ち合わせて、トレッキングに行く予定をたてるが、天気に恵まれず取り止めた。彼女は、この町はつまらないと言っていたが、山がきれいだ。また来てもいい。トレッキングするために。
 インターネットの繋がり悪い上に高い。
 日本人がやっている日本飯屋に行く。旅行者向けなので安い(大抵、日本食は高級料理)。そこの主人にいろいろ話を聞く。平和そうに見えるネパールもマフィアが横行していること、そのマフィアの呼び掛けで、10/7にカトマンドゥの公共機関が全てストを行ったこと(10/7はカトマンドゥにいて、泊まってたホテルの主人に「なんで全部止まるのか?」って聞いたらホリデーだって答えられた)、そのマフィアたちは、皆、普通に生活を営んでいるので全く分からないと言う事、その後ろには中国マフィアも絡んでいて、中国製の自動小銃を提供していること、そのため、一度銃撃戦になると、単発の銃しか持たないネパールの警官達は太刀打ち出来ないこと。あれ?なんかマフィアの事しか聞いてないや。
 10/11は、ちょうど出発から50日目。
*Hotel Mt.Manasulu 200Rs/約340円
(1泊分/ツイン with Bath/10.8-10/10.11は2人でシェア)

*ポカラ-バイワラ 250Rs/約425円(バス)
*バイワラ-ルンビニ 12Rs/約20円(バス)
1999.10.12-15
(仏陀生誕の地)
韓国寺の巡礼宿
 ポカラからインド国境のスノウリ行きのバスに乗る。出発の時、あれだけ曇っていて見えなかったマチャプチャレが良く見える。少し、後ろ髪が引かれる思いでもあったが、そのままバスで出発した。バスはどんどん高度を下げていく。800mも下がったらしい。ぐっと暑くなる。途中のバイワラで欧米人おばさんといっしょに降りて、またバスに乗り換えて、一路、ルンビニへ。
 この急な気温の上昇で、体調を崩す。韓国寺に泊まったけど、飯最高。特にお勤めの義務もなかったので、一応は早起きしてみたものの、他にだれも参加してなかったので、また寝た。
 夜、全く街灯のない外を歩いていると、木がボーッと光っている。近付いて目を凝らしてみると、周り、四方八方にえらい数の螢が飛んでいる。光る木も螢が留まっているからだ。初めて野の螢を見た。見たことあると言っても、小学校の頃にどこかの昆虫展で一度見ただけだ。身が震える感動ってやつを初めて体験した。町でヤギの出産も見た。こっちは感動してるが、ヤギの飼い主はいつもの事なので、なんだか片手間に見てた。こっちの感動している姿を阿呆らしいとばかりに見てた。
 体調を崩していたので、朝は11時には宿にもどり、夕方も4時からしか動かなかった。暑いのは、9/8-10の西安以来なので、本当に辛い。
*大聖釈迦寺 200Rs/約340円(3泊分/ドミトリー/お布施)
*ルンビニ-バイワラ 12Rs/約20円(バス)
*バイワラ-スノウリ 2Rs/約3円(乗り合いジープ)
ネ パ ー ル で の 経 済 白 書
合計金額:18,648Rs (約31,701円)滞在日数:18日1日当たり:約1,761円
大きな出費:インドVISA (2,400Rs/ 約4,080円)、小包 (45ドル/ 約4,950円)
ネ パ ー ル で の 生 活 白 書
煙草:24Rs (約40円) Internet/1hour:300-540Rs (約510-918円)
350缶ビール:45Rs (約76円)市内交通:-チャイ/Milk Tea:5Rs (約8円)
宿泊費 (18泊うち寺1泊):約170-340円 (平均198円)

ページ別
[日本・韓国] [中国/シルクロード] [チベット・ネパール] [八大仏跡/バラナシ] [デリー/ラジャスタン] [アラビア海沿い] [ベンガル湾沿い] [バングラデシュ]
[シッキム・ブ−タン] [北西インド] [パキスタン中部] [パキスタン北・西部] [南イラン] [北イラン] [東トルコ・シリア] [ヨルダン・イスラエル] [エジプト]
[東地中海] [アドリア海東岸] [北イタリア・南フランス] [アンドラ・南スペイン] [ポルトガル・北スペイン] [ポーランド・バルト3国] [ロシア]

この旅で出会った人たちに感謝感謝! Clich here!!


前へ 次へ

Back

あなたの感想を聞かせて下さい

あなたのお名前

あなたの電子メールアドレス

どう思いました?

ご記入、ありがとうございました。

PostPet
ポストペット用アドレス:earth-born@mte.biglobe.ne.jp