(北東インド)シッキム・ブータン編
(2000/1/13-20)

India: [Siliguri] [Gangtok] [Rumtek] [Phoedong] [Siliguri] [Jaigaon]
Bhutan: [Phuentsholing] India: [Calcutta] Bangladesh: [Dhaka]


インド・西ベンガル州/West Bengal
2000.1.9-10 バングアデシュのチラハティからインド国境まで、リキシャで行く。途中には検問もあって少々待たされたけど、平和なもんだ。国境は畑のど真ん中を鉄条網が走っている。ゲートはあるけど閉まっていて、バングラデシュ側、インド側共に人はいない。いくら呼んでも反応はない。30分も待ったろうか、やっとインド側の国境警備の兵隊さんが現れる。簡単に通してくれた。結構、インド-バングラデシュを跨いで働いている人が多いようだ。僕が取り調べを受けている最中にも、警備兵にちょっと一言言って通っていく人が少なくない。
 警備兵がリキシャマンを呼んでくれた。とにかく値段交渉。駅まで15ルピーで行きたかったけど、リキシャマンは譲らない。押し問答の末、警備兵が間に入って、向こうの言い値の30ルピーを飲む羽目になった。
 リキシャで20分も走ったろうか、ハルディバリに着いた。インドはルピーの持ち込み、持ち出しを禁止しているので、国境警備兵、リキシャマンに対してルピーを持ってない振りをしていた。だから、町中の入国管理官に聞かれてもないと答えた。そしたら1ドル=30ルピーで吹っかけてきた。だいたい1ドル=43ルピーがバンクレートで、1ドル=35ルピーを見ていたので、その場しのぎに5ドルだけ両替えしようとしたら、100ドルよこせと言う。頭に来たのでそのまま事務所を出てやった。リキシャマンには、後で両替えしたら払ってやると言っておいたので、心配そうに見ている。彼を物陰に連れ込み、こっそりと払ってあげた。お前何してんの?ってリキシャマンの視線。外国人はそこらへんにナーバスで、真剣なんだよ!
 スィリグリーの駅を降りた時のあまりの町の汚さにびびるが、バスターミナルまで行くとマシだ。
 さっきまでバングラデシュで、全くの東アジア顔のオイラは大注目だったのに、ここはチベット系のシッキム人、ブータン人が多くいるので、だれも見てくれない。東ヨーロッパの田舎から、ロンドンに行った時と同じ感じのさみしさ・・・。
 バングラデシュで酒が飲めなかったので、ビールを飲む。今年初。
*国境-Hardibari 30Rs/約81円(リヤカーリキシャ)
*Hardibari-Siliguri 12Rs/約32円(列車)

*Hotel Apsara 70Rs/約189円(1泊分/シングル with Bath)
*Siliguri-Gangtok 74Rs/約199円(バス)
 > > > > 2000.1.13-14
インド・シッキム州/Sikkim
ヒマラヤ山脈の南麓に位置し、チベットとインドとを結ぶ交通の要衝。住民の多くはネパール人。もとインドの保護国。1975年州となる。
2000.1.10-132000.1.122000.1.13

 [曼陀羅]

ガントクのチベタン少年僧
 スィリグリーからバスでガントクへ。このシッキム州は中国と接してることもあって、入るためにシッキム入境許可証が必要。途中の検問で、僕のパスポートが検問で取り上げられた。まぁ、予想された事態だったので、素直に渡した。しかし、返してもらう前にバスが出発した。あわてて、車掌というか、チケット管理のお兄ちゃんに言いに行くと、彼は「ノープロブレム」を連発。すぐに町で止まり、休憩タイム。そしたら、チケット管理のお兄ちゃんが、シッキム入境許可証にスタンプをもらって来てくれた。嗚呼、一安心。
 泊まったホテルでは、斜面にあって、ヒマラヤが一望できる部屋をゲットした。ホットシャワー付き。でも、このホットシャワー、あったかくなりません。しかも停電が多くて参った。停電の最中は本当に何もする事がない。
 シッキム州は、ヒマラヤの梺でもあるので非常に寒い。カンチェジュンガも見える。チベットのラサまで直線で200kmほどしかない。シッキムは、もともとインドの保護国で1975年にインド領になったらしいけど、中国政府のチベットや他の漢民族以外に対する扱いを見てたら、インドとの関係を深くするのもいたしかたないかなぁ。最初聞いた時、なんで自治権を放棄するのか分からなかったけど。多民族多宗教国家であるインドの方がましってことだろうね。
ルンテックのチベット仏教寺院
 せっかくここまできたのに、チベット料理のトゥクパ、モモを出してくれる所があんまりない。いわゆるインド料理屋が多い。ホテルにも食堂が付いてたので、行ったけど、出るのはカレーだけ。最初の夜の一回だけで、二度と行きませんでした。2軒、いかした店を見つけたので、滞在中はほとんどこの2軒で食べた。でも、本当に停電が多くて、暗闇の中で食べるのもしばしば。
 夜、ヒマだったので映画を見た。街を歩いてたら、見た事のある看板が!でも、インド映画ではなく「アルマゲドン」。小説を読んでいて、筋は知っていたのだが、やっぱり泣いた。ハリ〜!
 ちょっと、下痢気味。町歩きをしていたが、強烈な便意を催し、早足で宿へ(駆け足は出来ないくらい緊急事態)。間一髪セーフ。
 町の雰囲気がベオグラードに似ているのはなぜだろう。
 前に勤めていた会社がアジアの民芸品の輸入卸問屋で、チベットの民芸品も結構扱っていたから、チベタンの絣には馴染みがある。でも、ここのシッキムのチベタンの絣はまたひと味違う。
フォドンの路上で会った少女達
 ガントクからルンテックに、日帰りで乗り合いジープで行った。パスポートをホテルに置いて来ていた。ルンテックの入り口で警備兵に咎められたが、忘れて来ちゃったと殊勝に言ったら、すんなり入れてくれた。でも、そのやり取りの間に乗り合いジープは出発してしまった。少し歩く羽目になった。
 やけに人がいるなぁと思っていたら、カルマパ17世っていう偉い僧侶がチベットから亡命していて、説法をしていた(らしい)。でも、これを知るのは、ブータンのプンチョリンで再会した日本人に聞いてから。この時は、本当になんだか人が多いな〜って思ってただけだった。でも、欧米人ってシャングリラへの憧れって大きいんだよね。ここでは何人もエンジの袈裟着た欧米人見た。チベットよりは簡単に来れるしネ。
 フォドンには乗り合いジープで2時間かけて行ったのに、なんと僧院は改装中。おまけに雨まで降ってきた。僧院から町へは何キロか歩く必要がある。ガントクのホテル引き払って来たけど、なんかがっかりして泊まることなく、ガントク経由で一気にシリグリーに帰ってしまいました。
*Gangtok-Runtek 20Rs/約54円(乗り合いジープ)
*Gangtok-Phoedong 40Rs/約108円(乗り合いジープ)
*Phoedong-Gangtok 50Rs/約135円(乗り合いジープ)
*Gangtok-Siliguri 60Rs/約162円(バス)

*Hotel Siddharth 100Rs/約270円(1泊分/シングル with Bath)
インド・西ベンガル州/West Bengal
2000.1.13-14 再びスィリグリー。今回は町歩きをした。屋台でモモ(餃子)やチョウミン(焼そば)を食べられてゴキゲンだ。でも、ホテルのインド人宿泊客がうるさい。大便してたら、ドンドンドアを叩きやがる。文句行ってもどこ吹く風。
*Priyo Lodge 60Rs/約162円(1泊分/シングル)
*Siliguri-Jalgaon 49Rs/約132円(バス)
 > > > > 2000.1.9-10

Bhutan ブータン王国/Kingdom of Bhutan
首都:ティンプー 言語:ゾンカ語・ネパール語
人口:約163.8万人 民族:ブータン人60%、ネパール25%
面積:約4.7万平方km(日本の約1/8)
人口密度:35人/平方km(日本の約1/10)
一人当たりの国民総生産:約44,000円(日本の約1/94)
政体:絶対君主制平均寿命:男49.10歳、女52.40歳
国連加盟年:1971年9月通貨:ヌルタム(1ドル=約43nu)
宗教:チベット仏教75%、ヒンドゥー教25%
識字率:42.2%外貨準備高:1.2億ドル(日本の約1/1,537)
国防予算・兵員:インドの保護国なので依存
(1995年資料)

[インド側]
2000.1.14-16

 [曼陀羅]

プンチョリンのマーケット
 ジャイガオンはブータン国境の町。ブータン側はプンチョリン。門と溝で別れているが、行き来は自由。でも、ジャイガオンはプンチョリンと違ってえらい汚い。インド的でいいのだがあまりに対照的だ。ビザなしなのでブータンには宿が取れず、ジャイガオンに宿は取った。どうも、紛れ込んでくる日本人は多いらしく、宿の人にお前も日本人か?と言われた。
 ブータン人の女の子に付きまとわれる。でも彼女は全く英語が出来ない。なぜか300ルピーでコートを買わされる。結局、そういうことを求めていた様だが、インド側の適当なホテルが見つからないので、ブータン側に行こうと言う(多分)。でも、外国人である僕は、ビザ無しにブータン領内に泊まることは出来ない(昼間、歩き回る分には問題無し)。それは無理だよと言ったら、どう受け取ったのかわからないが、僕のDバッグを持って、飛び出してしまった。さすがにあわてて追い掛けようとすると、同宿の英語の話せるブータン人が、どうしたと聞いてくる。肝心な所は誤魔化して、わからないけど、彼女が僕の荷物を持って行ってしまった、と答えた。結局、荷物はホテルの男の子が取りかえして来てくれて、彼女は二度と僕の前に現れなかった。
ブータン人の少女達
 プンチョリンは面白い。民俗衣装もそうだが、インド人との混在ぶりが面白い。チベット顔をしていながら、ベンガル顔と混在して生活している。会話は何語なのかな?いつかもっと奥底までいってやる。でも、ツアーしかないっていうから、どうなのかな?
 所でブータン料理は辛い。ピーマンのように青唐辛子が入っている。チーズもふんだんだから、見た目はイタリアン。でも、大量の青唐辛子は決してピーマンではないから、とにかく辛い。
 チベットのシガツェで一緒に中秋を祝った日本人見かけた。思いきって、こっちから話し掛けたら、現地の日本語を話す人と思われた。でも、すぐに思い出してくれたけど。
 ここからバスでカルカッタに向かった。チケットに国籍を書く欄があり、何も言わなかったら、受付のブータン人はIndianと記入していた。
*安 Lodge 50Rs/約135円(1泊分/シングル)
*Phuentsholing-Calcutta 275Rs/約742円(夜行バス)
ブ ー タ ン で の 経 済 白 書
合計金額:1,564Nu (約4,222円)滞在日数:3日1日当たり:約1,407円

インド・西ベンガル州/West Bengal
2000.1.17-20
ブータン-カルカッタのバス
 カルカッタ行きのバスは、一路、スィリグリーへ。途中何度か休憩が入る。しばらく、ブータンのお金ヌルタムが使えた。
 早朝、カルカッタに着いた。ホテルはまたCenter point Guest House。そしたら、ホテルの人が覚えていてくれた。嬉しい。おまけに、年末に滞在した時に一緒に中華を食べに行った日本人とも再会。でも、ホテルで洗濯してたら、注意された。ルンギー(男性用の腰巻き)くらいならいいけど、他はダメだと言う。どうしたらいいんだと聞いたら、洗濯屋に頼めと言う。好印象が台なしだ。
 カーリー寺院にヤギの首切りを見に行った。そしたら4匹も見れた。嗚呼、突然命が断ち切られると、ああなるのか。きっとマリーアントワネットも口をパクパクさせて、首のない胴体はピクピク痙攣して、時折暴れたりしたのだろう。一度は見た方がいい。でも、一度で十分。かなりショックです。
 1/19は、ちょうど150日目。
*Center point Guest House 75Rs/約202円(1泊分/ドミトリー)
*カルカッタ-成田 23,000Rs/約62,100円(往復/ビーマン・バングラデシュ航空)
 > > > > 1999.12.26-28,2000.1.28-31

バングラデシュ/Bangladesh
2000.1.20
2000年1月のカレンダー
 カルカッタからビーマン・バングラデシュ航空に乗ってダッカ、バンコク経由で成田に向かった。前回のダッカで目を付けていたお祈り用カーペットとシャツを買った。でも、入国する時、あんまりトランジットで入国する人もいないらしく、結構もめた。でも、24時間ビザをなんとか貰った。
 > > > > 2000.1.1-6
 > > > > バングラデシュでの経済白書・生活白書

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