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ロシア・日本編
(2000.7.18-8.3)
Russia:[Sankt=Petersburg] [Moscow]
[Ulan Ude] [VladiVostok] [Nahotoka]
日 本:[伏木/富山]



russia ロシア連邦/Russian Federation
首都:モスクワ/Moscow 言語:ロシア語、タタール語、ウクライナ語など
宗教:東方正教、イスラム教 外貨準備高:149億ドル(日本の約1/12)
通貨:ルーブル(1Rubles=約4.5円)人口:約1.4億人(日本の約1.2倍、世界第6位)
面積:約1,707.5万平方km(日本の約45倍、世界第1位)
一人当たりの国民総生産:約246,400円(日本の約1/18)
政体:共和制平均寿命:男57.59歳、女71.18歳
識字率:98.0%人口密度:9人/平方km(日本の約1/37)
民族:ロシア人81.5%、タタール人3.8%、ウクライナ人3.0%、その他100以上の民族
国防予算:480億ドル(一人当たり322ドル、日本の約1.02倍)
兵員:127万人(人口の0.8%、日本の約5.4倍)
  9世紀後半建設されたキエフ公国に始まり、14世紀にモスクワ大公国が擡頭。1613年ロマノフ朝。18世紀初めピョートル1世により大帝国に発展。ロシア革命により1917年に崩壊。1922年ソビエト社会主義共和国連邦が成立。
1991年12月ソビエト連邦の解体により、独立。
(1995年資料)
2000.7.18-20
1712年から1918年までロシ
ア帝国の首都。18世紀初めピ
ョートル1世によりペテルブル
クと称し、1914年ペトログラ
ードと改称。1924年レーニン
にちなみレニングラードに。
1991年に改称。

 [ペルシャ式モスク]

サンクトベテルブルグのロシア正教会
 リガからの 到着はモスクワ時間の午後11時。午後10時かと思っていたけど、時間帯が変わった。まだ少し明るいが、全くロシア通貨のルーブルを持っていなかったので、不安。町の中心ではないフィンランド方面行きの列車の発着駅でバスを降ろされて、繁華街まで50分歩く。両替出来そうな所を探したけども、ない。でも、なんとかATM発見。一安心。
 YHに泊まった翌朝、そのままチェックアウト。そのまま、モスクワに行くつもりで、駅に切符を買いに行った。でも、駅の切符売り場で全く英語が通じない。しかも凄い人ゴミだし、表示は全てキリル文字。自分の番が来ても、目の前で休憩に入ったりする。さすが、ロシア!!らちが開かないので、併設の予約センターに行ってみた。でもダメ、同じ、だれも英語を話せない、助けてくれない。さすがに、くじけた。それで途方に暮れて町を歩いてると、観光案内所らしき所を発見。そこで「切符買えないんだけど、どうしたらいいかなぁ。」って相談したら、コミッション払えば買ってくれると言う。で、サンクトベテルブルグからモスクワまで、モスクワからウランウデまで、ウランウデからウラジオストックまで、の3枚を日付け指定で、とにかく出来るだけ安いチケットを依頼する。翌日、取りに来いと言われた。一安心。
 宿を町の中心から地下鉄に乗って行く安い所に変更。でも、探した探した。しばらく、住所を頼りに歩き回って、なんとか英語出来るおじさんに教えてもらって、何とか見つけられた。でも、翌日からの予約があって、1泊だけしか駄目と言われた。もし、明日のモスクワ行きがダメになったら、また、昨日泊まったYHに泊まればいいや。
 夕方、散歩をしてたら、はるか彼方にモスクのミナレット(尖塔)っぽい塔を見つけた。もしやと思って、20分程歩くと、ありました、モスクが。まさか、こんな所でまたモスクにお目にかかれるとは思いませんでした。しかもトルコ型。
サンクトベテルブルグでの夕食 (約607円)
 翌日、かのエルミタージュ美術館に行く。シリアで作った偽者国際学生証の学割でただ。大活躍である。
 全く凄い量の展示品だ。途中、指定された時間に、美術館を抜けてチケットを取りに行く。そしたら、今から1時間後のモスクワ行きの列車だと言う。夜の列車を頼んでおいたのに・・・。確かに、前日のやり取りで気になっていた事があった。僕はチケットの安さばかり協調して、無かったら翌日に回してくれって言わなかったなぁ〜って。まさか、そんなに前倒しで取ってくれるとは夢にも思わなかった。しかも、明後日出発で頼んでおいたモスクワからウランウデの列車も明日出発。急いでエルミタージュ美術館に戻って荷物を回収して、そのままモスクワへ。ちなみにウランウデからの列車は現地で取ってくれと言われた。
*International Hostel 492R/約2,214円(1泊分/ドミトリー/7.18)
*Petrovsky Hotel 170R/約765円(1泊分/ドミトリー/7.19)

*Sankt=Petersburg-Moscow(列車)185R/約832円
2000.7.20-21


聖ワシリー寺院
シベリア鉄道の出発駅
 なんとも慌ただしい。モスクワ滞在16時間。モスクワ到着は大雨。靴もビチョビチョ。翌日も乾かない。起きたら、ピアスがなくなっていた。
 朝御飯を食べて、宿の喫煙コーナーでたばこを吸っていたら、欧米人ツーリストが「日本人か?」と聞いてきた。「そうだ」と答えると、「これはお前の国のコインだろう、国に帰って使え」と言う。でも、それは五円玉。「君にあげるよ」と言うと、「これは幾らの価値があるんだ?」と聞いてくるので、「約5USセント」だと答えると、なんか複雑な表情を見せていた。そりゃそうだわな。
 翌日、駅に荷物を預けて、クレムリンに行く。初めてのつもりだったけど、前に来てた。すっかり忘れてた。そのまま赤の広場に。これは覚えてたんだけど、レーニン廟にまた行った。5年前から変わりはない。でも、聖ワシリー寺院の中は初めて入った。迷路みたい。
 これからシベリア鉄道に乗る。ウランウデからのチケットが確保されてない。大丈夫か?シベリア駐留か?ロシアヴィザは8/15まで。ちゃんと帰れるか? ウラン・ウデまで96時間、5,600kmを乗り続ける。
*Traveller's Guest House 420R/約1,890円(1泊分/ドミトリー)
2000.7.21-25
モスクワ-ウラン・ウデの三等寝台チケット
 7/21・・・14:35、ほぼ定時に出発。まずは駅で買ったパンと水で腹ごしらえ。夜はカップメン10ルーブル(約45円)で済ました。
 7/22・・・6:50起床。でも、午前は4時間ほど昼寝をしていた。駅に着く度になにかしら売っている人がいる。朝飯代わりにきゅうり4本とトマト4個を買う。25ルーブル(約102円)なり。ほとんど体を動かすことがないので、あまり腹は減らない。夕方も1時間寝た。夜に中身がキャベツだけのピロシキ2つ6ルーブル(約27円)とカップメン1個20ルーブル(約90円)を買う。20時10分頃にヨーロッパとアジアの分岐点のオリベスク通過。約3ヶ月ぶりにアジアの戻ってきた。22時頃、横になったけど、しばらく眠れなかった。
 7/23・・・8:00頃起床。どこかの駅に止まっている。外に出て朝飯として、ふかしイモ10ルーブル(約45円)と乗客に薦められたピクルス3ルーブル(約13円)を買う。オモスクに着く。アイスクリームを買う。その後、日課と成りかけている昼寝をして、15:00頃に着いた駅でチーズクレープ4個7ルーブル(約31円)、魚のフレークを揚げたもの2個10ルーブル(約45円)、カップメン13ルーブル(約53円)を買う。夜は、ノボシビルクで鳥のもも肉1個とソーセージロール1個合わせて40ルーブル(約180円)を買う。シベリアも内陸に来ると夜は寒い。翌2:00頃寝る。常に揺られているせいか、変な夢を良く見る。寝言を言ってるかもしれない。
 7/24・・・8:00頃起床。隣にいた家族連れが降りていった。しかし、同じ駅で次の一家が入ってきた。車内の時刻表によれば、次は11:00まで止まらない。腹が減ってきたので、車内販売でピロシキ2個12ルーブル(約54円)、ゆで卵1個3ルーブル(約13円)を買って食べた。やはり、車内販売は割高だ。でも、そのまま食堂車に行ってコーヒーを飲んだ(7ルーブル/約31円)。11:00頃、駅に。昼食として、魚の薫製、丸いパン、たばこで合わせて33ルーブル(約148円)。乗客が増えてきた。16:30頃、駅に。おやつ兼夕食として、クランベリー1包み5ルーブル(約22円)、アイスクリーム4ルーブル(約18円)、カップメン2個23ルーブル(約103円)を買う。その駅は16:50頃発車。少々、遅れているようだ。
 7/25・・・日中はバイカル湖を見て、夕方、ウランウデ到着。
*Moscow-Ulan Ude(列車/3等寝台)589R/約2,650円
2000.7.25-28

 [曼陀羅]

ウラン・ウデ駅
 
イボルガ・ダトサンのチベット寺院
 モスクワからの到着は夕方。駅の南北間違えて、目指したホテルには行けなかった。かなり遠くまで歩いて来て気付いたから。そのかわり、別の安いホテルが近かった。そこは中国人宿。表示は、英語が全くないもの、ロシア語と中国語。だからいろんな説明書きの内容は少し分かる。
 7/26は、ウラジオストックまでのチケットを確保に走る。でも、駅のカウンターで英語が通じない。頑張って、なんとか英語の分かる駅員を呼んでもらう。7/27には出発したい。そしたら、朝3時に来いと言う(言ったはずだ)。途中乗車になると始発駅から列車が出ないと分からないのかなと思いつつ、そこを離れた。その後、イボルガ・ダトサンのチベット寺院へ。タクシーをチャーター。建物はしょぼい。でも、ここがモンゴル、中国、チベットに繋がっているのをなんか実感。去年の9月にチベットにいて、またチベット文化圏に来ました。晩飯はホテルの近くの中華レストランへ。物珍しいらしく、モンゴル系のロシア人が英語であれやこれや話し掛けてくる。オーダーの時、別のスラブ系ロシア人のウェイターが付いた。中国語のメニューから御飯を探して「ミンファ、ミンファ」と呟いて、めくってたら、さっとそのページを出してくれた。さすがにモンゴルや北京への分岐点だけあって、多少の中国語もわかるようだ。ここで食べたのは、牛肉木耳炒め、涼菜(チンゲンサイとか入ってる)、御飯、アップルジュース、ジャスミンティーで210ルーブル(約945円)。
 7/27の午前2時40分に守衛にあきられつつ、大雨の中、ホテルを出て、駅へ。でも、全く話にならない。カウンターのおばちゃんは英語が話せなくて、「ニエット」の一点張り。ウラジオストックのキリル文字を書いて、筆談で頑張って、なんとか7/28朝の1等を確保。ホテルに戻る。また入れてくれた。助かった。
 昼間は、ウランウデの街探検。ロシア正教会に行って、イコンを買おうとした。でも、売ってくれなかった。
*Odon Hotel 76R/342円(1泊分/ツイン)
2000.7.28-31


アムール川
ウラン・ウデ-ハバロフスクの
一等コンパートメントで同室のリタ
 7/28・・・9時過ぎには駅に着き、4ルーブル(約18円)払って待ち合い室へ。そこでコーヒー3.5ルーブル(約15円)を飲みながら待つ。9:58発のウラジオストック行きの列車は、20分ほど遅れて出発した。シーツを借りるのに15ルーブル(約68円)払う。一等コンパートメントは、ドアの閉まる個室にベッドが二つある。勿論、一人で使える訳もなく、同室は若いお母さんシーニャとその娘リタ。朝飯は前日に作っておいたサンドイッチ(ベーコンときゅうり)。昼も買っておいたカップ麺。夜は奮発して食堂車に行った。イワシのオイル漬けとトマトの入ったサワークリームのスープ、黒パンのクルトンが入っている。メインディッシュはペンネ、グリンピース、コーンに辛いソースの入ったグリルした牛肉。それにコーヒーとパンを頼んだ。占めて120ルーブル(約540円)。またも夜、眠れず。
 7/29・・・朝は買っておいたカップスープパスタと貰ったパン。昼はパンにごついベーコン34ルーブル(約153円)。夜は水餃子とふかしたイモ22ルーブル(約99円)。
 7/30・・・朝は買っておいたスープとパン5ルーブル(約22円)にピクルス3ルーブル(約13円)、昼もその残り。おやつでクラッカー14ルーブル(約63円)を買って、夜はピロシキとケーキ15ルーブル(約67円)。同室のリタとは、言葉が通じないなりにも仲良くなったつもりでいた。アムール河を越えた後、そのリタと母親のシーニャは7:30頃、ハバロフスクで降りた。僕はまぁ、バイバイって挨拶するつもりでいた。でも、リタは家族が迎えに来ていたので、気持ちはそっちに行ってしまい、全く挨拶出来ず。ちょっと寂しかった。その後、中国系の男性が乗って来た。彼も英語は話せない。
 7/31・・・7:30頃、ウラジオストックに到着。ウランウデからの66時間、3,500kmの旅も終わり。
*Ulan Ude-Vladivostok(列車/1等寝台)1,550R/約6,975円
2000.7.31 天気悪い。これで宿探しになったらと思うと憂鬱。
 ウラジオストック駅前のビルの旅行会社に行く。日本行きの船に乗るため。てっきり、ウラジオストックから出てるかと思ったら、なんとナホトカから、しかも今日、フシキに行くと言う。最悪、1週間の滞在も覚悟していたので、あまりにもラッキー。旅行会社にナホトカまでのバス代とタックスを払う。船代は船で払えと言われる。いくらか聞くと、200ドルくらい。ルーブルで払えるか聞くと、ドルのみ。両替え出来るか聞くと、闇両替屋に連れて行かれた。でも、レートはさして悪くない。で、その足でナホトカ行きのバスに乗る。
*Vladivostok-Nahotoka(バス)430R/約1,935円
2000.7.31  2時間してナホトカに到着。すぐには乗れない。ターミナルで待たされる。残りのルーブルを煙草やお菓子にして、コーヒーを飲んだ。ひとり日本人がいた。彼にフシキって新潟駅の近くか聞くと、何と!富山!知らなかった。午後6時に出ると言われたが、結局午後10時。腹減った。四人部屋一人で占領。
 船は揺れる。8/1、あまりの気分の悪さに朝食をすぐ吐いた。食堂にも人はまばら。船員に聞かれる「How are you?」僕、答える「Not fine.」。でも、寝てたらどんどん良くなった。
 8/2、気が付くと船が止まっている。いっしょにいたカナダ人のおじさんに聞くと(彼は英語、フランス語は勿論の事、ロシア語、日本語、ドイツ語、韓国語が話せてしまうスーパーおじさんなのだ)、「魚を捕るワニがスクリューに引っ掛かった」と言う。その場にいた一同で「ええ!ワニ!」と驚くが、よく聞くとワニではなく、アミ(網)。
 空気がどんどん湿気を帯びて、重く暑くなってきた。日本は近い。昼過ぎ、能登半島が見えてきた。甲板でジッと約一年ぶりの日本を見ていた。そばにいたロシア人が聞く、「Your country?」、「Yes」と僕。
 夕方、伏木に到着。船で40時間。結局、船代も請求されず、ただ乗り。三食付いたいい船旅でした。
*Nahotoka-伏木/富山
ロ シ ア で の 経 済 白 書
合計金額:7,323.35R (約32,955円)滞在日数:14日1日当たり:約2,353円
ロ シ ア で の 生 活 白 書
煙草:約67円 Internet/1hour:約770円
500壜ビール:約54円市内交通/地下鉄:約13円ネスカフェ:約18円
Hotel (13泊うち列車7泊):約328-2,214円 (平均975円)

日本
2000.8.3 伏木に上陸。入国審査でいままでの旅程を話させられる。港近くのJR伏木駅から、もうひとりの日本人とカナダ人とデンマーク人の女の子2人と日本語話せるロシア人とJRに乗って、高岡駅へ。そこからはそれぞれの目的地へ。僕は皆と別れて富山駅へ。東京行きのバスはソールドアウト。上野行きの夜行列車にする。時間まで、富山の街を歩く。最初の御飯は、ざるそばとカツ丼。コンビニ巡って、漫画、雑誌を読み歩く。日本の情報が嬉しい。そして、ず〜と湯舟に浸かってなかったのでサウナに行って、湯舟に浸かる。
 富山駅から妹に電話した。僕「明日の朝、帰るから」、妹「え〜片付いてないから、もう少しどっか行ってなよ」。歓迎されてない。
 上野行きの列車は空いてる。4人席をひとりで体伸ばして寝た。午前8時には取手に着いた。旅も終わり。
*富山-上野(列車で7時間、自由席8,160円)
ト ー タ ル の 経 済 白 書
合計金額:約828,347円滞在日数:341日1日当たり:約2,429円

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