青年期の課題


第1節 青年期とはどういう時期か
第2節 自我同一性の拡散
第3節 青年期の現代的問題
  1.モラトリアム人間
  2.退却神経症
  
3.2極分化する社会心理

 

第1節 青年期とはどういう時期か

1.青年性とは

青年期は、身体的には<第2次性徴>によって始まり急激な変化を遂げる。しかし、精神的な変化がそれについていけず敏感で不安定である。社会的にも家族から離れて社会に出ていく過渡期に当たる。身体的、精神的、社会的に「疾風怒濤」(C.S.ホール)の時代であり、「第2の誕生」(E.シュプランガー)と言っても過言ではない。そのため、子どもから大人になる時期であるが一筋縄には進まない。

2.成熟とは

大人になれば誰もが完全な人格者になれるわけではない。ある人の人格が一定の社会基準に到達した時、社会はその人を大人とみなすのである。G.W.オルポートは、6つの基準を考えた。

  (1)自我の拡張

自分以外の他者や社会に、興味・関心を持つようになり、社会に参加して社会人としての役割を果たすようになる。

  (2)他人に対する温かい関係

相手に積極的に接近することによる親近関係と、一定の距離を保った状態で相手を理解・尊重・協調していく関係がもてるようになる。

  (3)情緒の安定

欲求不満に耐えながら、衝動的な行動や他人の幸福を妨害したりしないように自己を抑制できるようになる。

  (4)現実認知と技能

現実を冷静に客観的に把握したようとする態度や技能を持てるようになる。

  (5)自己客観化

等身大の自分自身を客観的に分析し理解できるユーモアのある洞察力をもてるようになる。

  (6)人生観の確立

自己の人生に主要な目標を設定して、さまざまな事象を統一的に理解していくようになる。

第2節 自我同一性の拡散

青年期の問題を考える時、最も参考になるのはE.H.エリクソンの<自我同一性>である。青年期の発達課題は、いままで達成してきた課題を点検し、再統合することである。それに失敗した場合、<自我同一性の拡散>という危機に直面する。

1.時間的展望の拡散

時間的な見通しが失われ、何に対しても希望を持てなくなる。生活全体が刹那的になり、緩慢になり、無気力になる。これは、大人になることへの抵抗とも考えられ、殆どの青年が軽い体験をする。

2.自意識過剰

誇大な自分や全能感に満たされた自分を夢見て自分の世界に陶酔する。つねに自分が他人から見られ評価されているように感じる。

3.否定的同一性

家族が期待している社会的価値が過剰であったり、自分の価値観にそぐわなかったり、両親の矛盾する願望や隠された願望を見抜いた場合、その役割を軽蔑したり憎んだりするようになる。そして、期待される役割とは正反対の、最も危険で、最も現実的で、より少ない努力で達成感を引き出しうる役割を果たそうとする。例えば、つっぱったり、非行集団に帰属したりする。

4.勤勉性の拡散

能力や才能があり、かつて成功した経験もある人が、人生には努力するに値するような価値が存在するのだろうかという不信感に急に襲われる。かつての勤勉性を取り戻そうとして、<しなければいけない>という意識が過剰な競争を繰り返したり、偶然起こってくることに身を任せる退屈な生活を続けたりする。

5.親密さの問題

親密な仲間関係のちょっとした失敗によって、自分の親密性に自信が持てなくなる。表面的な対人関係しか持てなかったり、熱狂的な企てを繰り返しては落ち込んだり、一番親密になれそうもない相手と親密になろうとしたりする。

6.権威の拡散

全ての権威や権力に盲従し、上の人にはへつらい、下の人には支配的になる権威主義的性格をもって行動する。あるいは、どんな組織に帰属することも恐れ、意欲を失った逃避的な生活を送る。

7.理想の拡散

分裂しそうな自我を何とか一つに統合しようとして、一つの信念やイデオロギーに身も心も捧げ尽くそうとする生き方を求める。あるいは、現在の社会に呑み込まれる不安から、社会的な信念やイデオロギーに関与することを避け、刹那的で見通しのない生活をする。

第3節 青年期の現代的問題

1.モラトリアム人間

エリクソンは、青年はやむをえず一時的に同一性拡散の状態に陥ると考えた。しかし、小此木啓吾は、1960年代以降、意図的に同一性拡散の状態を選択しモラトリアム状況を維持しようとする正常な現代青年が見られるようになったと指摘している。
モラトリアム人間の特徴は次のようになる。
(1)実社会に対して直接働きかけないだけでなく、いずれの社会組織にも帰属感をもたない。
(2)本当の自分は私的なものであって、形式的に規定された社会的な自分は、仮の存在、一時的・暫定的なものにすぎない。
(3)長期的な見通しを欠き、一時的・暫定的なかかわりを優先する気分派である。
(4)当事者意識をもたぬお客さま的存在であり、生産者であるよりも消費者である。
(5)マス・メディアのもっともよきお客さまであり、それだけに評論家的存在である。
(6)一貫したイデオロギーよりは、生活感覚や主観的心情を重んじる。
(7)権力や地位よりも、ヒューマンな優しさを大切にする。
(8)人工環境の保護なしには生きられないのにその自覚がない。それらが破綻した時には致命的なパニック状態に陥る。
(9)利害の衝突や葛藤のためにおこる対人関係のトラブルには大変傷つきやすい。

2.退却神経症

笠原嘉は昭和40年代前半の学園紛争の最盛期に、無気力な学生の一群が気にかかり始めたという。その特徴は次のようになる。
(1)無気力・無関心・無快楽で、主観的苦痛の体験を持たず、自分から積極的に助けを求めない。
(2)無気力は「本業」とでもいうべき社会生活の中枢部分からの選択的退却となってあらわれる。本業以外の社会生活では決して無気力ではない。
(3)第三者によってむりやり本業的生活部分に参加させられると、なんとなく何か起こりそうな予感を伴った不快感とでもいうような不安が現れる。
(4)本業的生活部分から退却さえしていれば、不安から完全に解放される。
(5)本業から退却して周囲に迷惑をかけたり期待を裏切ったりしていることに対しては無関心である。しかし、その他のことに対しては決して鈍感でも非常識でもない。
(6)人間が日常生活を営んでいるとき、多少とも感じているはずの快楽を感じなくなる。

3.二極分化する社会心理

こうした現象を作り出した現代社会の心理的構造は両極に分かれる。1つは、極端なほどの平和主義により、モラトリアム状態が可能になり、価値観が多様化する、というモラトリアム社会の心理構造である。
もう1つは、熾烈な競争社会を勝ち抜くために、徹底した管理社会体制が出来上がり、価値観の画一化する、競争・管理社会の心理構造である。
現代人はこの2つの心理構造の間を行き来しながら生きていかなければならない。
大学へ入学するまでの競争・管理社会的心理構造であった。しかし、大学に入学すればモラトリアム社会の心理構造になる。ところが、実社会に出ると再び競争・管理社会的心理構造になる。
しかし、最近では、大学入学前や大学卒業後にもモラトリアム社会の心理構造が侵入している。

参考文献

E.H.エリクソン 小此木啓吾訳 1973 『自我同一性』 誠信書房

小此木啓吾 1978 『モラトリアム人間の時代』 中公文庫

笠原嘉 1977 『青年期』 中公新書

笠原嘉 1988 『退却神経症』 講談社現代新書

笠原嘉他編 『青年の精神病理』 弘文堂

鑪幹八郎 1990 『アイデンティティの心理学』 講談社現代新書

鑪幹八郎他編 『自我同一性研究の展望』 ナカニシヤ

稲村博 1989 『若者・アパシーの時代』 NHKブックス

西平直喜 1990 『成人になること』 東京大学出版会

藤永保他 1987 『テキストブック心理学5)青年心理学』 有斐閣ブックス


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