指示待ち生徒へのアプローチ


指示を待つ生徒たち

 あるプロ野球の監督が、インタビューでこんなことを答えている。「最近の若い人たちの傾向として臨機応変にやるとか、自分で考えるといった面が足りないように思います。その代わり、非常に真面目ですが……。知識も詰め込みですから、自分で考えることが苦手ですね。しかし、実際のところ指示を待っているわけではないのです。感じなくなっているのです。鈍感というか……。たとえば監督の立場からすると、3球続けて同じ球を空振りすることは理解できません。とにかく、“感じない、考えない”ですから、問題意識までいかないわけです。何を目的に試合しているんだろう?と不思議に思ったこともあります」。野球のエリートであるプロ野球選手でさえこうなのだから、普通の高校生は推して知るべしである。
 今年、五年ぶりで一年生の担任を持った。相変わらず「指示待ち生徒」が座っている。懇切丁寧に指示を出す毎日。五年前に比べると、生徒はおとなしく、反抗したり反発したりすることはない。言われたことは素直にしてくれる。が、やはり自分から動こうとはしない。授業にしても、単純な課題を与えると一生懸命にするのだが、自由に課題を探して自由にまとめていいと言うと、途端に困ってしまう。クラブ活動でも、強いクラブは指導者がメニューを事細かに組み立てて、生徒がそれを忠実にこなしていく。指導者のいないクラブは、何をしていいか分からず、仲良し集団になってしまうという風景が見られる。
指示待ちの2つのタイプ
 「指示待ち」は、一九八一年に「いわれたからやる。いわれないことはやらない」という新入社員の傾向を指す言葉として、ネーミングされた。「指示待ち」と言っても、二つに分けられる。一つは、やろうとする意欲はあるが、何をすればいいのか分からないタイプである。これをAタイプとしよう。彼らに欠けているのは、基礎知識、具体的なスキル、論理的な思考力である。
 もう一つは、やろうと思えばできるのだが、指示されるまでしないタイプである。これをBタイプとしよう。指示されればやろうとする消極的意欲はあるが、自分から進んでやろうとする積極的意欲が欠如しているのである。
 彼らは、自分はOKではないが、あなたはOKであるという、生き方の構えを持っている。自分には自信はなく、誰かに自分の行動の根拠を求め、指示されたいのである。「指示する−指示される」という縦の関係の中で、自分はいつも受け身の立場に安住しようとする。その方が責任をとらなくてすむし楽である。
 また、他人の目や評価を過剰に気にする。人によく思われたいというより、悪く思われないようにしようとする。目立つことを極端に嫌う。目立つと最悪の場合はいじめられたりする。だから、自分の意志でするよりも、誰かが指示したことをする方が無難なのである。したがって、他人のことや全体の状況を考える余裕も視点もない。

Aタイプへの対応
 こうした指示待ち生徒にどのように対応していけばいいのか。タイプによって方法は異なる。
 Aタイプには、やるべきことを教えなければならない。「指示する−指示される」こと自体は決して悪いことではない。生徒が指示することに慣れているなら、それを利用しない手はない。段階を追って、指示されなくても動けるような指示をすればよい。
 この場合、注意することは、まず、最初に目的と全体像を提示しておき、指示する課題が、全体の中でどのような段階や意味があるのかを明らかにしておくことである。結果ではなく、どのようにして目標を達成していくかというプロセスを重視させることである。
 指示はスモール・ステップで、一段階ずつ、少しずつ難しくした課題を与える。ある段階まで行けば、選択肢をいくつか示して自分で選ばせる。そうすれば、指示されながらも自分の意志を働かせた部分もあり、少しずつ自分でやったという達成感を味わうことができる。
 また、そのステップは、論理的に展開していくものでなければならない。並行して、生徒に論理的な思考力をつけることが大切である。全体を見据えた上で、個々のことがらをつなげていく能力の育成が必要である。
 成果については、数字で評価するスケーリングの手法を用いる。例えば、「今回の出来は十点満点で何点か」、「完成した状態が十なら、今はいくつぐらいまでできたか」と確かめる。
 うまくいった場合には、その原因を能力に起因させ、できるだけ多くの肯定的なストロークを与えることが大切である。すると、次もうまくいくと自信を持つ。うまくいかなかった場合は、努力不足や運に起因させると、次は頑張ろうという気になる。そして、何をどのようにすればよいのかを、具体的に指示する。
 こうしたことを、その意味を教えながら指示していくと、生徒は徐々に自分一人でもやれる力を身につけていくことができる。

Bタイプへの対応
 Bタイプの指導方法には、個人への対応と、集団の中での対応がある。
 個人への対応は、セルフ・エスティーム(自尊感情)を高めることである。心理学の考え方に、ジョハリの窓というのがある。人間の認知の領域を、自分も他人も知っている自分、自分は知っているが他人は知らない自分、自分は知らないが他人は知っている自分、自分も他人も知らない自分、の四つに分ける。生徒は、自分の知っている自分に自信が持てない時には自尊感情が持てない。その時、自分は気づかないが他人は気づいている自分の素晴らしい面を知れば自尊感情は上がる。
 集団の中での対応をするには、まず、他人と関係を持たなければならない。交流分析では、人との関わり方の階層として、関わらない段階、形式的な関わりができる段階、雑談程度の関わりができる段階、共同作業ができる段階、特定の人間とトラブルを起こす段階、互いにとってプラスになる親密な段階の六段階に分類している。親密まで行かなくても、共同作業ができる段階までの関わりができれば、自分の知らない部分を他人が気づかせてくれることは期待できる。さらに、親密な段階まで行くと、他人の目を過剰に気にしないで活動できるようになる。
 集団の中で関わる機会として、遠足や文化祭などの学校行事があるが、そういう大きな行事は数少ない。そこで、LHRや総合的な学習の時間などを利用した、問題解決のグループ・ワークが有効である。グループで一つの課題に取り組む中で、自分がどんな役割を果たし、それが周りにどのような意味のある変化が起こすかという疑似体験をさせるのである。
 こうして、自分に自信が持て、他人と関わるようになると、自分以外のものに貢献したくなるようになる。相手が喜ぶことを自分で考えて行動できるようになると、指示待ち状態から抜け出せる。

具体的な取り組み
 具体的な取り組みをいくつか紹介する。
 まず、セルフ・エスティームを高めるために、「いいところ探し」を試みた。「堂々とした・信念がある・自信に満ちた・正義感が強い・プラス思考」など、肯定的な五十六個の言葉の中の並んだプリントを配布する。まず、現在の自分にいつも当てはまるものに「○」、時々当てはまるものに「△」をつけさせる。過去の自分についても同じようにさせる。未来の自分についてはなりたいものに「○」をつけさせる。その後、生徒の名前の書いたカードを一人につき五枚ずつ全員分作り、自分のカードや同じ生徒のカードが当たらないように配布し、その生徒について当てはまるものを五〜七個数字で書かせる。それを本人に渡し、集計させる。これによって、自分で知っている部分だけでなく、自分では気づかないが他人が知っている自分の良い部分がわかり、自分に自信を持つことができる。ただ実際、各自が本人にカードを手渡すように指示したのだが、生徒は難色を示した。たとえ良いことでも、自分がどのように評価したのかを知られることには抵抗があるようであった。
 また、他人に対する親密感を持たせるために、ピア・カウンセリングを体験させた。ピア・カウンセリングとは、置かれている状況が似た仲間同士で話したり聞いたりすることである。相手の話に口を挟まずに、頷きや相槌だけでひたすら聞いたり、ポイントだと思うところを繰り返したり言い換えたり、適切な質問をしたりする。これは、カウンセリングの傾聴訓練の応用である。話す内容は、就職や結婚や育児や老後など、予め実施しておいた「これからの人生に関するアンケート」の回答である。生徒の感想は、こんなことを真剣に話したのは初めてだ、真剣に聞いてもらって嬉しかった、聴くことは難しいと思ったというものが多かった。話す方は聞いてもらったという実感を、聞く方は相手の役に立ったという実感を持ったようだった。
 問題解決のプロセスを体験するために、情報交換による地図づくりをした。情報が書いてある二十五枚のカードを数人で分配し、自分の持っているカードの情報を口頭で提供しながら、一枚の地図を完成させていくのである。話し合いなら意見を持っていなければ参加しにくいのだが、これなら嫌でも参加せざるを得ない。自分の情報が地図の完成に役立てば嬉しいものである。また、地図づくりの過程で知らず知らずに役割分担が出来上がっていく。それを、事後に「役割シート」を使って明らかにする。「ボス・トラブルメーカー・アイデアマン・責任逃れ」など9つの役割のどれをどれだけ果たしていたかを、自分で評価し、他のメンバーにも評価してもらうのである。



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