自己を見つめる進路指導


1.ガイダンスと生き方指導


 新学習指導要領では、ガイダンス機能の充実が新たに示された。最初は昭和20年代の半ばに、アメリカからガイダンス理論が紹介されたが、それは就職・進学指導と教育相談を意味していた。進路を決定するには、職業について知ると同時に自己理解が必要である。それによって自分の適性から進路を考え、その実現に必要な教育や資格を獲得することへ発展する。教育相談的な手法は、その基本である自己理解の部分を担うことができる。
 最近の進路指導は、単なる出口指導でなく、生き方指導にまで広げて考えられるようになった。それでも、3年生になっても自分の進路がはっきりしない生徒が多い。刹那的にその場その場を生きるのでなく、将来的な展望を持てるような指導が必要になってくる。つまり、生き方指導である。

2.「LIFE R.P.G
 子供の頃、ルーレットを回してコマを進める「人生ゲーム」をして遊んだ。最近では、それがテレビゲームになっている。ただ、これは娯楽的な要素が強く荒唐無稽なイベントの連続で、地味な人生と掛け離れていた。それを、より現実的にしたものが、「LIFE R.P.G」である。これは、リクルートの「キャリアガイダンス」(1986年4月号)の「GOOD LUCK GAME」を改良したものである。「今日は進路学習をします」では乗ってこない生徒も、「今日は人生ゲームをやります」と言えば少しはこちらを向くだろう。
 目的は、人生の岐路を体験すること、それを決断する自分の価値観を知ることである。スタートラインは、進学・企業就職・自営業の3種類ある。自分の進路希望やチャレンジ精神で決める。
 進め方は、サイコロも使うが、出た目を進むという双六ではなく、自分の意志だけではいかんともしがたい運命の岐路を出た目によって決定するのである。例えば、入学試験で、1)〜4)が出れば合格、5)6)ならば不合格。また、人事異動で、2)5)が出れば不本意な部門への異動、3)6)が出れば遠い土地への転勤などである。
 サイコロを使うのは補助的で、このゲームの真骨頂は自分の意志による進路の決定にある。例えば、就職したが仕事が面白くない場合に、続けるのか退社するのか。遠い土地への転勤を命じられた場合に、承諾するのか退社するのか。結婚をするのかしないのか。夫婦間でトラブルが起こった場合に、離婚するのかしないのかなどを決断してコマを進めるのである。
 選択肢には、その進路を選択した時に大切にした価値観と犠牲にした価値観が付記されている。例えば、仕事が面白くないが続けることを選択した時は、「地位」や「安定」という価値観を大切にしたが、自分の「気持」という価値観を犠牲にしたことになる。また、結婚を選んだ場合は、「家族」を大切にしたが自分の「時間」を犠牲にしたことになる。価値観には、「時間」「視野」「お金」「人間関係」「地位」「安定」「気持(ストレス)」「家族」「自分らしさ」の9種類ある。
 1つのボードを5、6人で囲んでゲームをする。用意するものは、進め方と価値観の意味を説明したプリント、価値観のスコアを集計しチャートグラフを作るプリント、ボード、サイコロである。サイコロはサイコロキャラメルを使う。(中味は人生の勝利者にプレゼントすると一層盛り上がる。コマは消しゴムなど各自で用意させた方が面白い。)
 順番にコマを進めて、全員が人生を終われば終了する。順風満帆な人生を送った生徒は早く上がり、紆余曲折の人生を歩んだ生徒は時間がかかる。そして、スコアを集計してチャートにさせ、感想を書かせる。回収するのは感想だけでよい。
 このゲームを通して、自分は人生においてどんな価値観を大切にし、どんな価値観を犠牲にして決断をしていこうとしているのかを考えることができる。例えば、「家族」や「人間関係」を大切にしたが「地位」や「お金」を犠牲にする貧しいけれども温かな人生なんだなとか、「自分らしさ」と「時間」を大切にしたが「家族」や「安定」を犠牲にしようとしているマイペースの人生なんだなとか振り返ることができる。
 また、グループですることによって、他の人の人生の選択を見ることができる。自分と違う価値観で選択していく身近な友だちを見て、自分の人生と比較して考えることができる。また、ゲームをしながら、「あなた人生はわがままね、もっと人間関係を考えたら」とか「おまえの人生は『ナニワ金融道』だな」とか、人生について語り合うこともできる。生徒同士が親密でない場合は友達同士で組ませた方が盛り上がるし、自分も表現しやすいだろう。ただ、人間関係ができてきた段階では、グループにスタートラインの違う者が混じっている方が、自分にないものに気づく機会が多くなるだろう。
 生徒の感想は概ね好評だった。ただ、人生の選択で定められている価値観について、違和感を感じる生徒もいた。予め価値観を定めておくのでなく、その選択によって大切にする価値観と犠牲にする価値観を9種類の中から2つずつ選ばせることも可能である。
 また、女性だけが出産後の選択肢が分岐していることを、女性差別だと言った生徒もいた。男性も育児休暇を取れる時代であるから、男性にも同様の選択肢を設けるべきだろう。時代の変化と共に、人生の選択肢や価値観は変わる。生徒にこのゲームを作らせても面白いかもしれない。

3.「life simulation MY LIFE」
 もう1つの試みは、「life simulation MY LIFE」である。こちらは、高校卒業後の人生を、就職・結婚・出産育児・中年期・老年期の5つのステージに分け、それぞれのステージにおいて、アンケートや心理ゲームなどをしていく。
 例えば、就職のステージでは、働く目的について重要と思う順番に並べさせる。結婚では、結婚の意志や年齢、メリットやデメリット、結婚相手の条件などを問う。出産・育児では、子供の人数や性別、期待する学歴や生き方、出産後の仕事の継続、母親が働く意義、少子化について質問する。老年期では、仕事をやめる年齢、親や自分の介護、寿命、生まれ変わるなら女か男かについて聞く。
 結果の利用方法はいろいろある。数を集計して、その結果を生徒に分析させることもできる。全体の動向を把握できると同時に、自分の回答と比較し、自分の人生について考えることができる。
 また、グループで話し合うこともできる。これは、働く目的や、結婚相手の条件などですれば盛り上がる。結婚相手の条件には、「資産」「容姿」「学歴」「自由」「家庭」「性格」「趣味」「愛情」の8つの項目がある。まず各自で順位をつけ、次に喧々諤々の話し合いでグループの順位づけを決定する。
 さらに、より細部の項目についてアンケートを作らせることも面白い試みになる。人生にはどんなポイントがあり、どんな選択肢があるのか、人生の複雑さについて具体的に考えることができる。

4.おわりに
 ここでは、進路決定の大前提になる自己理解学習の試みを紹介した。これらの試みは年次を追って実施しても面白い。生徒の成長によって、同じゲームやアンケートでも答えは変わってくるだろうし、その変化について考えさせることも意味がある。
 また、私の実践では自分史を書かせることによって発展させた。過去のことだけでなく、未来の自分史も書かせるのである。
 どんな試みをしても、実際の人生はどうなるかわからない。でも、将来どんな課題にぶちあたるのかを、事前にシュミレーションしておくことは、自分の人生をよりジブンゴトとして生きる土壌を作ることになるだろう。(サイコロの目を表す1)2)は、四角の中にサイコロの目が入った活字に置き換えてください。) 教師は机間を巡視しながら、ゲームの進め方を説明したり、価値観のスコアを見て語りかけることもできる。やんちゃな生徒が堅実な人生を選んでいたり、おとなしい子が大胆な人生を選択したりしていると、思わず声をかけたくなる。生徒の方から語りかけてくることもあり、教師と生徒のコミュニケーションをとるのにも有効である。

 生徒の感想は、▼ただの双六なのに結構考えさせられた。自分の人生は自分らしさを重視するらしく、当たってるなと思った。▼かなり平穏な人生を送ったって感じだった。でも離婚はつらかった。▼なかなか面白かったです。本当に人はこんな風になるとは思えないけど楽しめました。と概ね好評だった。



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