愛の詩


 彼女は暗い眼差しで僕を直視した。僕の精神力は彼女と対決した。僕の透明な眼は彼女に挑んだ。だが、間もなく、僕の方から眼を背けてしまった。彼女には通じない。全てが無のように、盗み取ろうにも取るべきものがない。ぼくはたじろいだ。彼女が無の独立体だからだろうか。否。僕の無が形を取って彼女という像を結んだのだ。僕の中のニヒリスティックな虚無思想の塊としての彼女。僕も求めていた人は彼女だった。ただ、僕が耐えられるのも限りにおいて。そう、彼女が僕の前に現れるのは、僕が何をする気力も喪失した時だけ。僕が意気揚々と胸中を告白しようとする時、彼女はいない。そしてまた、僕が傷つき疲れ果て全てに絶望した時、彼女は現れて黙ったまま慰めてくれる。ああ、なんという慰撫であろう。彼女の口からたった一言零れる。「悲しいわ」。ぼくは震撼する。ついぞかくなる快を経験したことがあろうか。僕は彼女を抱き竦める。確かにその温かみが伝わる。僕が深い眠りの中に彼女と二人入り込む。その世界には緑の草原はない。ただ一面灰色の世界。天井も床も壁もない灰色の中に、僕たちは直立して浮かんでいる。無表情に、微動だにせず抱擁を続けて。夢の世界と明け方の僅かの隙間に彼女が消える。そして僕は一人で歩き出す。昨夜の疲れが嘘のように。彼女はしばらく現れないだろう。それなのに僕は、彼女を探して朝から街を彷徨うのだ。

「文学以前」創刊号 一九七七年十一月

京都教育大学 四回生