「ウサギは寂しいと死んでしまう」次男のつぶやきが全体のテーマになってくる。
 この小説の時間軸は、私が父親になっている現在、私が小学校四年生から六年生の頃、私が浪人生から大学生までの頃、そして再び現在に戻る。
 現在の家族構成は、私(父)、妻、長男、次男、私の父。過去には、私の父、実母、継母、祖母、そして中川清子が登場する。過去の再婚して別居していた父が、現在の寝たきりの父である。
 現在、私の父は、寝たきりになっている。口も利けず、愛想笑いもせず、魚のような目を向け、痰が口からあふれ出している。妻は、その介護に疲れ切ってヒステリックになっている。長男は、高校二年で無口である。次男は、中学二年で極端なほど他人に気をつかう。食事内容の乏しさをカバーするために冒頭のような話題を提供したり、管理されるのを嫌ってバスケット部を辞めて父の介護を手伝ったり、それをさりげないユーモアで表現したりする。その話題に出たのが「ウサギ」である。ウサギは、白くて清潔で可憐なものの象徴で、清いものは弱い、感受性が鋭い動物は寂しさに耐えきれずに死んでしまう、寂しさが刃物になる。ウサギの話題や、次男の前向きな優しさに、私は余裕のない小学校時代を思い出す。
 群馬の山村の谷間で私は小学校時代を送った。母は教師をしていて三歳の時に死んでいる。父は再婚して継母とバスで二時間かかる鉱山の社宅にいて週末しか帰らない。私は祖母と姉と三人で暮らしている。
 私は祖母の枯れた穏やかな母性で育ったせいか、わがままで小心な少年に育っている。死んだ母が小学校の教師をしていたので同情的であったのと、学業ができたので、大目に見てくれ、お山の大将になっていた。理科の時間に実習でもないのにトマトの世話を続けたり、一日中信号機の模型づくりに没頭したりした。
 そこに登場したのが、転校生の中川清子である。発電所の所長の娘で、都会の匂いのする言葉づかいをしていた。容貌は可愛らしく、学業成績もよく、しとやかで控えめで、運動も抜群であった。まるでウサギのような愛らしさと俊敏さを持っていた。すぐにクラスのアイドルになった。それが、次男のいう酒井法子と共通する。
 彼女の登場で、私の立場は一転する。教師たちは明らかに高圧的になった。私は清子に対して、あこがれと嫉妬の入り交じった羨望を持つようになった。いじめや暴力はクラス全体を敵に回すことになる。そこで、ランドセルにウサギを入れるというイタズラを思いつく。それでも、ウサギが死なないようにエサを入れたり、ノートや教科書が汚れないように出したりする配慮をした。
 イタズラをしてから後悔する。祖母に相談しなかったことは精神的な乳離れであった。しかし、イラズラは発覚しなかった。清子が黙っていてくれたのだと思うと、嫉妬が消え、その懐の深さに恋心に似た憧れを感じた。だが、面と向かうと何も話せなくなり、フォークダンスで手をつなぐと胸が苦しくなった。清子の家の近くまで行き清子を想像すると、渋皮の残る生栗でさえ口に含むとほのかに甘く感じられた。秋の夕暮れの空気を清子と共有していると思うと寂しくなかった。この甘酸っぱい疼きは、あきらかに初恋であった。
 中学校に上がると清子が転校し、学校に興味がなくなった。東京に出ていた父に誘われ、見なければならない夢があると思い上京する。その夢は漠然としたものであり、父と継母の冷めた共同生活、乾ききった寂寥ばかりの生活の中で、消え去っていき、小説と受験勉強に逃避する。サッカー部も、放課後まで教師に管理されるのが嫌で辞めてしまう。バスケット部を辞めた意固地な次男と重なる。進学校と呼ばれる高校へ進み、小説を読みふける。大学は文学部へ行こうと思ったが、それでは食えないので実学の医学部を選択したが、浪人した。
 お茶の水の予備校で、中川清子と再会する。劣等感にさいなまれながらも、あわよくば初恋の告白をしようと目論んでいた。しかし、清子は、目の縁が固くぎこちない冷えた笑顔で、群馬の山村での生活についてはそっけない話をした。そして、自分は一つのことを始めると他の事は目に入らなくなる、今は精神科医になりたいので受験勉強だけをすると言う。彼女の態度は、成績優秀な浪人生らしい正論であった。しかし、幅も奥行きもなく平板で機械的であった。少し早く大人になったのか、それだけではない気になる点もあった。別れ際の笑顔も寂しそうだった。
 清子と別れてから、ウサギの話題を出していたら清子の苦笑でも誘い出せたのではないかと後悔した。清子は永遠に口もきけない別世界の人のように思えた。清子は東京の難関大学、自分は東北の新設大学に合格したが、都落ちの幼稚なひねくれから抜け出せないでいた。長期休暇になると父の所でなく祖母の所へ帰っていた。
 大学五年生の冬休みの帰省で、清子が神奈川の海で死んだと聞いた。花輪も参列者も少ない寂しい葬式だった。入水自殺かもしれない。
 また、時間は現在に戻る。父はウサギとは反対に、野生の動物のようによく食べる。寂しくても死なない存在だった。次男とウサギの話をしていると、妻は美しい話だと切り捨てる。今を支えている過去が虚しくなるくらいなら思い出さず、封印した方がいいと思う。現在と過去のつながりは?

 1)まず、家族構成を確認する。家族の立場と性格を理解する。

 2)次に、ウサギのイメージを理解する。

 3)主人公の複雑な家庭環境と、その中で形成された性格を理解する。

 4)清子の容貌と学業を整理し、私の彼女への気持ちを理解する。

 5)イタズラ後の清子に対して、初恋に至るまでの心情、初恋の心情を理解する。

 6)上京の理由と、東京での生活、大学選択の理由を理解する。

 7)清子との再会と、変わり果てた彼女の様子を理解する。

 8)清子の死の原因について推測する。

 9)感受性が鋭く死んでしまったウサギのような清子と、ただ寝ているだけなのに食欲だ  けは旺盛な野生動物のような父との対比をする。


1.動物心理テストをする。

 1)3種類の動物を思い浮かべてください。それぞれについて、3つずつその特徴を挙げ  てみてください。

 2)1番目は、自分がこうなりたいと思う人物像。

 3)2番目が、人からどう見られているか。

 4)3番目が、本当の自分。


2.はじめ〜恐れ入るばかりである(59上10)を音読する。

3.家族構成は。

4.それぞれの状態や性格は。

 1)私の父=寝たきり。(一日6回オムツを替える。痰が口内から溢れる。口はきけない。愛想笑いも挨拶もできない。)

 2)妻=3カ月間父の介護をしている。

    疲れ切っている。

    神経が逆立っている。ヒステリックになっている。

    死に近づいて老人の世話をして、気が滅入っている。

 3)長男=高校2年。

     無口。

 4)次男=中学2年。

     極端すぎるほど他人に気をつかう。

     バスケット部を辞めた。

     学校に管理されるのが嫌。

 5)次男の「極端すぎるほど他人に気をつかう」はどんな所から分かるか。

5.ウサギについて

 1)次男の言葉を確認する。

 2)「ひとつ屋根の下」のプリントを配布して、説明する。

 3)ウサギのイメージは。

6.次男と自分の少年時代の比較から、回想に入る。7.群馬県の山村の谷間(五九上13)〜敵にしてしまう恐れがある(六一上08)を音読す る。

8.小学校四年の私の境遇について

 1)どんな家庭環境だったか。

 2)そうした家庭環境で育った私の性格は。

 3)そうした性格を形成する他の理由は。

 4)そうした性格が現れた行動は。

 5)担任が静かに涙を流した理由は。

9.中川清子について

 1)様子は

    ↓

 2)私への影響

 3)私の気持ち

 4)「あこがれ」「嫉妬」がどんな行動に現れているか。

10.そこで思いついたのが(六一上09)〜これが初恋だった(六二下04)を音読する。

11.私のいたずらについて

 1)いたずらの内容を確認する。

 2)いたずらをした理由は。

 3)後悔した理由は。

 4)祖母に相談しなかった理由は。

 5)学校へ行った時の「ほっとしたような後ろめたいような割り切れない気持ち」とは。

12.清子への初恋について

 1)清子への気持ちが変化した理由は。

 2)私の気持ちの変化は。

 3)恋心の表れた行動は。

 4)小学校四年から六年までの空白は。

13.中学に上がる春(六三下05)〜浪人した(六四上18)を音読する。

14.私の進路選択について

 1)東京へ行った理由は。

 2)「見なければならない夢」とは。

  ★生徒の東京願望について聞いてみる。

 3)東京での生活はどうだったか。

  ★「家族生活」と言わず、「共同生活」と言う所に、心のつながりがないことがわか   る。

 4)小説や受験勉強に逃避した理由は。

 5)サッカー部をやめた理由は。

  ★次男がバスケット部を辞めたのと重なる。

 6)私の進路選択は。

        文学でめしが食えるほど世の中は甘くない。

  ★僕の進路選択について話す。

15.お茶の水の予備校(六四下01)〜寂しそうだった(六六下18)を音読させる。

16.清子との再会について

 1)「よお」と、前に回って手をあげた。(64下14)

  ×「よお」と言うのは親しそうに見えるが、前の部分をしっかり読む。

 2)直立したまま辛うじて言葉を組み立てた。(65上07)

 3)清子ぎこちない笑顔を作った。

 4)つい肩に力が入ってしまった。(65下13)

 5)清子ガラスのテーブルの上に視線を動かしていた。(65下15)

 6)まじめくさった顔をこしらえたものだった。(66上18)

 8)清子「それとも……」の後に続く言葉は。(66下14)

 9)思わず拳でジーパンの膝をたたいた。(67上02)

17.郊外行きの電車(六七上01)〜濃い水割りをあおった(下07)を音読させる。

18.別れた後の私の気持ちについて

19.清子の死について

   ↓

20.次男が奥の部屋で(六八下09)〜おわりを音読させる。

21.父とウサギを比較する。

 1)ウサギ

 2)父

23.ウサギの行方について

 1)私にとってウサギとは何か。

 2)思い出さない方がましな理由は。



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第一段

○家族構成

  • 私の父=寝たきり
  • 妻=3カ月間父の介護で疲れ、ヒステリック
  • 長男=高校2年。無口。
  • 次男=中学2年。

     極端すぎるほど他人に気をつかう。

  • ドラマの話題を提供する。
  • 自主的に父の夕食の当番を受け持つ。
  • クラブを辞めたことを「ボランティア部に入った」と言う。

     バスケット部を辞めた。

  • 学校に管理されるのが嫌。

○ウサギ

 「ウサギは寂しいと死んでしまう」

  • 白くて、清潔で、可憐。
  • 清い心は弱い。

第二段

○小学校四年の私の境遇

  • 実母=三歳の時に死んだ。
  • 父 =再婚して、別居。週末しか帰ってこない。わずかな仕送り。
  • 祖母=枯れた穏やかな母性。
  • 私 =わがままで小心。

     教師が同情してくれた。

○中川清子

 1)様子は

  • 発電所の所長の娘
  • 裕福である。
  • 可愛らしい
  • 学業成績もよい
  • しとやかで控えめ
  • 足が速い
  • 都会の匂い

    ↓

  • ウサギのイメージ

 2)私への影響

  • 成績が一番でなくなった。
  • 教師が明らかに高圧的になった

 3)私の気持ち

  • あこがれと嫉妬の入り交じった羨望
  • あこがれ=頬を赤くして伏し目になる
  • 嫉妬=悪態をつく

○私のいたずら

  • 清子のランドセルの中にウサギを入れる。

   ↓

  • 後悔する
  • 大きな騒ぎになると思ったから。

   ↓

  • ほっとしたような後ろめたいような割り切れない気持ち
  • ほっとした=ウサギのことがばれなくて安心した。
  • 後ろめたい=いつばれるかと思うと不安になる。

○清子への初恋

  • 嫉妬

   ↓ウサギのことを黙っていてくれた

  • 懐の深さに対するあこがれの念
  • 面と向かうと何も話せない。
  • フォークダンスで手をつなぐと胸が苦しくなる。
  • 一時間あまり歩いて清子の家を見に行く。
  • 渋皮の残る生栗でさえ口に含むとほのかに甘く感じられる。
  • 秋の夕暮れの空気を清子と共有していると思い込むと甘酸っぱい疼きを体のしんに覚える。
  • 片思いの期間が二年あまり続いた。

第三段

○私の進路選択

 1)東京へ行った理由

  • 清子が転校して学校に興味がなくなったから。
  • 見なければならない夢がたくさん用意されていると思ったから。
  • 都会の魅力。
  • あらゆる可能性にあふれている所。
  • 清子のイメージ。

 2)東京での生活

  • 父と継母との冷めた共同生活。
  • 乾き切った寂寥

    ↓

  • 小説や受験勉強に逃避した
  • サッカー部をやめた
  • 教師に管理されるのが嫌になった。

 3)進路選択

  • 文学部……小説が好き

        文学でめしが食えるほど世の中は甘くない。

  • 医学部……食うために選択した実学。

○清子との再会

 1)私が清子に声をかけた理由

  • 単純に懐かしかったから。

 2)清子の反応

  • ぎこちない笑顔を作った。
  • 髪をかきあげるしぐさがけだるい。
  • 短く答えるだけで、視線を合わさない。

    ↓

  • 私に誘われたことを迷惑に思っている。

 3)私の行動や気持ち

  • とんでもない過ちを犯したような気になった。
  • 一方的にしゃべり続けた。
  • 肩に力が入った。

 4)清子の進路選択

  • 精神科医になりたい
  • 自分自身に精神的な問題を抱えている。
  • 一つのことを考え始めると他のことが目に入らない。
  • ハードな受験勉強を自分に課していくしかない。

    ↓

  • 成績優秀な浪人生らしい正論

 5)清子の変化は。

  • 幅も奥行きもなく、平板で機械的。
  • とってつけたような笑顔が寂しそうだった。

 6)私の後悔

  • ウサギの話をしなかったことを後悔する。
  • 永遠に口もきけない別世界の人間のように思えた。

○清子の死

  • 神奈川の海で死んだ
  • 花輪も参列者もわずかな寂しい葬式

   ↓

  • 自殺

第四段

○父とウサギ

 1)ウサギ

  • 清潔でかわいい
  • 寂しいと死んでしまう
  • 感受性が鋭い

 2)父

  • 汚くて憎たらしい
  • 妻や次男に面倒を見てもらっている幸せ
  • 野生動物のような食欲。バカ。

○ウサギの行方

 1)私にとってのウサギ

  • 連綿と続いて己を支えてくれるはずの過去
  • かつての清子の、優しさと懐の深さ
  • 山村で育った子どもの頃の感受性

 2)思い出したくない理由

  • 再会した清子とその死がウサギのイメージを壊してしまいたくないから。
  • 「美しい話」として残しておきたい。