伊勢物語


 伊勢物語を代表する純愛である。また、大人になっては愛の技巧の極致である。
 地方で行商をしている親の子供が主人公である。当時の物語として、貴族が主人公にならないのは珍しい。これは地方への憧憬ともとれるし、中央の読者に地方の生活を知らせて好奇心をあおる意図があったのかもしれない。二人は幼なじみで、幼い頃から井戸の周りで遊んでいた。井戸の周りは井戸端会議と言う言葉として今も残っているように、母親同士の社交の場であり、そこに連れてこられた子供たちの遊びの場でもあった。そして、この井戸は成人してからのプロポーズの贈答歌に利用される。
 二人は大人になっても愛し続ける。まるで『タッチ』の世界である。そこに親の邪魔が入る。これは当時の結婚の形態と大きく関連するが、それについては後で触れる。幼い頃に遊んだ井戸の筒の高さより大きくなったから結婚しようと男が求婚すると、髪が肩を過ぎて長くなり大人になったので結婚しましょうと女が答える。吉田拓郎の『結婚しようよ』は「僕の髪が肩まで伸びて君と同じになったら」であり、この話を下敷きにしている。互いに「貴方が見ない間に」とか「貴方でなくっちゃ」など相手を意識した言葉が入っている。そして、めでたし愛でたしゴールインする。
 しかし、女の親が死ぬと二人の愛も醒めてしまう。当時の結婚は婿取婚で、女の母親が男を自分の家に住まわせ経済的な面倒もみるという形態である。だから、女の親が死んでしまえば経済的に苦しくなり夫婦の危機が到来するのである。男は口減らしのため、あるいは性欲のため、新しいパトロンを求めて河内の高安の郡に新しい女を見つけ、足繁く通う。
 女の心中は穏やかでない。経済的に離れた心を愛の力で取り戻そうとする。しかし、追い縋ったり嫉妬をしたりして弱みを見せたのでは男は離れる一方である。そこで女は巧妙な愛の技巧を駆使する。素知らぬ顔をして男を送り出す。男の方は自分が浮気をしておきながら女が浮気をしているのではないかと疑い始める。女は庭の植え込みに隠れている男に聞かせるように、化粧をして男の安否を気づかう歌を読む。化粧は巫女への変身の意味である。女の愛の霊力に男は手もなく引き戻されてしまう。
 一方高安の女は、初めはしおらしくしていたが、慣れてくると油断をして下女につがせていた飯を自分でついでしまう下品な所を男に見られ、愛想を尽かされてしまう。それでも男を思う歌を詠み、一度は取り戻したかに見えたが、やはり元の女の愛の霊力の前には勝ち目はなかった。
 この話は、親が娘の嫁入り道具の一つとして必ず持たせた。これは新妻のバイブルである。女の賢さ、夫婦の危機の乗り越え方、男の扱い方が描かれている。
指導観
 難解語句や、習ったばかりの助動詞を一覧表になったプリントを見ながらチェックさせ、訳をつけさせる。語句は特に難しいものはない。当時の結婚形態などの風習や愛の技巧を今と比べて説明しながら、愛のテクニックのバイブルとして読んで行きたい。プロポーズの名文句や、言葉遊び、恋愛に関する心理テストなどをしながら、楽しく読んでいく。みるのも面白い。


展開

1.学習プリントを配布し、書写と語句の意味調べを宿題にする。学力伸長クラスでは、訳もさせておく。
2.教師が範読する。
3.生徒と一緒に音読する。
●語句や助動詞に注意し訳させて、補足説明する。

 
4.むかし〜恥かはしてありける。

 1)「いなかわたらひ」の説明をする。
  ・田舎で生活すること。あるいは、田舎回りの行商。
  ・主人公は庶民。都の貴族ではなきのが、当時としては珍しい。
 2)「井戸」の意義を説明する。
  ・当時は水道はなく、水は地域の共同の井戸から取っていた。
  ・女の社交場であり、連れて来られた子どもの遊び場でもあった。
  ・井戸端会議と言う言葉として今も残っている。
 3)大人になった二人の様子を考える。
  ・幼なじみが愛し合っている。
  ・『タッチ』の世界。
  ・大人になると恥じらいが混じってくる。
 
5.男は「この女を〜聞かでなむありける。
 1)「女をこそ得め」の係結びに注意する。
 2)「この男を」の後の省略を考える。
  ・得む。または、「こそ得め」
 3)「聞かでなむありける」の係結びを考える。
 4)「あふ」の意味。
  1)対面する。2)偶然会う。3)結婚する。4)争う。5)遭遇する 
 5)親の条件で結婚話を持ってくることは現在でもよくある。
 
6.さて、〜見ざるまに
 1)「かくなむ」の後の省略を考える。
  ・ありける。
  ・直前の「聞かでなむありける」を参考に考える。
 2)「井筒」の説明。
  ・井戸の地上部分を木や石などで囲ったもの。筒井筒は筒状の外枠。
 3)「まろ」の意味。
  ・私。自称の人称代名詞。平安時代、男女・上下の別なく広く用いられた。
 4)「妹」の意味。
  ・妻、恋人、姉妹。男性から女性を親しんで呼ぶ語。
 5)「過ぎにけらしな」の省略と品詞分解。
 6)歌の技法は。
  ・倒置法
 7)男の歌の本意は。
  ・背が高くなった→大人になった→結婚してほしい。
  ・男から女へのプロポーズ。
  ・当時のプロポーズは歌の贈答でした。
 
7.女、返し、〜あひにけり。
 1)「たれ上ぐべき」の係結びと反語の意味。
 2)「振り分け髪」「髪上げ」「上ぐ」を説明する。
  ・女性が成人した時の儀式。
  ・子どもの頃は、振り分け髪で、肩のあたりで短く切り揃えていたが、大人になると髪を伸ばすので、その髪をアップにしてくくる。
 3)女の歌の本意は。
  ・髪が伸びた→大人になった→あなた以外には結婚相手はいません。
  ・吉田拓郎の『結婚しようよ』の歌詞と「♪僕の髪が肩まで伸びて、君と同じになったら、約束取り迎えに行くよ、結婚しようよ、うんん♪」と比較する。
 4)求婚の歌の言葉遊びをする。
  1)男女の言葉を提示する。
   ・男「飽(あ)きもしたし、あの心(こころ)痛(いた)むごとき愛(あい)の気持(きもち)、ついに失(う)せたひと」
   ・女「飽(あ)きた原因(げんいん)知(し)らず。しかたないわ。泣(な)く
   のは、やめて、いなかへ帰(かえ)るわ」
  2)どちらも三十一文字あることに気づかせ、短歌と同じく五七五七七に区切り、句の最初と最後の字をつなげる。
   ・男「飽()きもし、あの心(こころ)痛()むごと/愛(い)の気持(きもち)、に失(う)せたひ
   ・女「飽()きた原因(げん)知(し)らず。しないわ。/泣()/のは、やめて、かへ帰(かえ)る
  3)すると、次のような言葉が浮かび出てくる。
   ・男「明日、会いたい。きっと」
   ・女「会いたくなんかないわ」
  4)初めの歌と後の言葉で、男と女の立場が逆転している。こういう言葉遊びを、アクロスティック、日本では、沓冠(くつかぶり)と言う。
 5)「本意」の意味。
  ・本来の目的、本来の志、かねてからの願い。
 6)角川文庫の『口説き言葉辞典』の中から面白いものを紹介する。
 7)昔は歌の贈答で愛を告白していた。今は……。
 
8.さて、〜いできにけり。
 1)「年ごろ」の意味。
  ・長年の間。長年。数年間。数年来。
 2)「頼り」の意味。
  1)よりどころ 2)縁故、ゆかり 3)具合、配置 4)機会、ついで 5)知らせ、手紙
 3)「ままに」の意味。
  1)〜のとおりに 2)〜にまかせて 3)〜するにつれて 4)〜ので 5)〜したまま 
  6)〜するやいなや。
 4)「あらむやは」の文法的説明と訳。
  ・反語。
  ・いようか、いや、いないでいよう。
 5)当時の結婚の形態について
  1)どちらの親が結婚を勧めたのか。
   ・女の親。
  2)結婚の形態について
   ・当時は婿取婚であった。
   ・女の親が男を選び、婿入りさせ、経済的に面倒を見た。
   ・女の親が死んでしまえば経済的基盤を失う。
 6)高安に新しい女ができた理由は。
  ・男は行商に出た。そこで知り合った女。
  ・妻の巻き添えをくうのはやりきれないという男の利己心?
  ・自分が出ていくことによって経済的な負担を軽くする?
 7)金の切れ目が縁の切れ目。今も昔も同じなのだろうか。
 

9.さりけれど〜うちながめて、
 1)「あし」の意味。
  ・悪い。
  ・よし→よろし→わろし→あし。
 2)「このもとの女」とは。
  ・妻
 3)「異心」の意味。
  ・浮気心
 4)「ながむ」の意味。
  1)物思いにふける。2)一点を見つめる。3)遠くを見る。
 5)「かかる」の指示内容。
  ・「あしと思へる気色もなくて、いだしやりけれ」
 6)女が化粧をしているのを見た男の気持ちは。
  ・やはり自分の留守中に他の男と会うので美しくしていると思っている。
  ・本当は、男の安全を祈るために、巫女に変身するため。(後で説明する。)
 7)自分が浮気をしているのに、妻を疑う男の身勝手さ。妻の素行の正体はいかに。次の段落で明らかになる。
 

10.風ふけば〜越ゆらむ
 1)序詞を含めて全文を訳させる。
  ・風が吹くと沖で白波が立つという竜田山を夜中にあなたは一人で越えているのでしょうか。
  ・山で波が立つのか?から序詞について説明する。
 2)使われている修辞技巧について説明する。
  1)序詞(ある言葉を導く、比較的長い語句)
   ・「風吹けば沖つ白波」が「たつ」を導く。
   ・枕詞(ある言葉を導く、5文字以内の言葉)との違いも説明する。
  2)掛詞(一つの言葉が2つの意味を表す技法)
   ・「たつ」。
   ・「(白波が)立つ」と「竜田山」
 3)歌の心は。
  ・浮気に出ていても夫のことを心配している。
 4)浮気に行く夫を知りながらも、健気に夫の安否を気づかう妻?
 
11.と詠みけるを〜いかずなりるけり。
 1)「かなし」の意味。
  1)しみじみとかわいい。切なくいとしい 2)身にしみておもしろい。すばらしい
  3)切なく悲しい 4)ふびんだ、かわいそうだ、いたましい 5)くやしい、残念だ、しゃくだ 6)貧しい、生活が苦しい
 2)女の策略について考える。
  ・女は夫の浮気を知りながら、純粋に夫の安否を気づかっていたのか?
  ・女の策略だったのか?
   ・浮気にでる夫を表立って責め立てない。そのうち夫の方が 不安になるのを待つ。
   ・夫が植え込みに隠れているのを知っていて、夫を心配している歌を聞かせる。
   ・化粧したのは貞淑な妻を装うため。あるいは、巫女に変身し霊力をつける。
 
12.まれまれ〜〜雨は降るとも
 1)「心にくし」の意味。
  1)奥ゆかしい。2)恐るべきだ。3)不審だ。
 2)「こそ〜けれ、」の用法を説明する。
  ・逆接
 3)「心憂がり」の意味。
  1)情けない、つらい、心苦しい 2)不快だ、あってほしくない
 4)「来てみれば」「つくれけれ」「見て」の主語。
 5)「心憂がり」の理由は。
  ・高安の女は男が通うだけあって裕福なはずである。
  ・当然侍女が飯を盛るはずなのに、自分で盛っているのがはしたない。
 6)「な〜そ」の意味。
 7)「かの女」とは。
  ・高安の女
 8)大和の方を見ている理由は。
  ・男が大和に住んでいるから。
 9)歌の修辞について説明する。
  ・倒置法。
  ・雨は降るとも→生駒山雲な隠しそ
 10)高安の女は金はあるが品のない女だった。メッキはすぐにはがれる。金の力より愛の力の方が強かった。
 
13.と言ひて〜住まずなりにけり。
 1)大和人とは誰か。
 2)「見いだす」「言へり」「待つに」の主語を確認する。
  ・男
 3)「もとの女」と「高安の女」を比較する。
  ・もとの女は、財力はなくなったが、夫を思う気持と、歌の才能ががあった。
  ・高安の女は、財力はあるが、品がなく、歌も直接的で才能がなかった。
 4)この話から、教訓として学べることをまとめる。
 5)「恋愛に関するアンケート」をする。



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