若い男がいて、選ばれて都の役人に派遣される。宿屋の前に茶店があり、染物屋と向かい合っている。男は暇なので、茶店のテーブルに座って行き過ぎる人を見ていた。
 ある日、数人の、茶店の前を数回往来して、まるで染物屋をじっと観察しているような男たちを見た。特にこれを怪しんでいると、その中のある男が突然耳打ちして言った。「我々は商人です。あの染物屋の店頭に掛けてある絹織物を盗んで手に入れたいと思っています。お役人であるあなたに申し上げます。決して言わないように。」男は言った。「それは私にどんな関係があって、進んで絹織物を盗むなどと余計なことを言うのか。」その人は何も言わずにお辞儀をして去って行った。謎めいた行動であった。役人ならなぜつかまえないのか。無能な男である。また、わざわざ役人である自分にそんな予告をすること自体もっと疑わなければならない。
 男は密かに思った。「あの染め物は、みんな大通りに面して高々と掛けてある。昼間は人目が多い。彼らにもし盗む術があるとしたら、それは本当に悪賢い盗人だ。どんな風にして盗むか見たい者だ。」役人としての任務をまったく放棄している。
 そこでどのようにして盗むのかよく観察した。ただ彼らが何度も往来し、ある時は左にある時は右に行くのを見るだけだった。次第に時間がたつと次第に回数も減っていき、夕方になるとみんな見えなくなった。男はからかわれたのかと思って期待していた自分を笑った。「あのでたらめを言う奴らめ、おれをだましやがった。」
 そこで部屋に入って飯を食おうとすると、その部屋は空っぽであった。彼らは男の注意を店先に引きつけておいて、部屋の中のものをせっせと運び出していたのであった。


1.原文写しと書き下し文の宿題を点検する。
2.音読し、書き下し文のポイントを確認する。
3.学習プリントを配布し、訳させる。
4.あらすじを確認する。
 1)主人公は誰か。
  ・士夫。
 2)何の仕事をしていたのか。
  ・都の役人に派遣された。
 3)宿屋の周りの様子はどうだったか。
  ・前に茶店があり、向かいが染物屋であった。
 4)仕事はどうだったか。
  ・暇だったので、茶店の前を通る人を見ていた。
 5)どんな事件が起こったか。
  ・数人の男が染物屋の中を見ている。
 6)その中の一人が何を耳打ちしたのか。
  ・染物屋の絹織物を盗むつもりだ。他の人に言うな。
 7)男はどう思ったか。
  ・人通りの多い中でどのようにして盗むのか見てやろう。
 8)どんな変化があったか。
  ・彼らが店の前を行き来していたが、次第にその回数が減って、夕方には通らなくなった。
 9)男はどう思ったか。
  ・だまされた。
 10)部屋に帰ってみるとどうなっていたか。
  ・部屋の中のものが盗まれていた。
 
5.有士夫調官都下。所居逆旅、前張茗坊、与染肆相直。士無事。日憑茶几閲過者。
 1)語句の意味を確認する。
  ・士夫=若い男。
  ・逆旅=宿屋。人を迎えること。
  ・染肆=染物屋。「肆」は店の意味。
  ・無事=暇であった。
  ・閲=注意してみる。
 2)訳す。
  ・若い男がいて、選ばれて都の役人として派遣された。宿屋では前に茶店を開き、染物屋と向かいあっていた。男は暇であった。毎日茶店のテーブルに寄り掛かって行き来する者を見ていた。
 3)男が暇そうにしているのを見て、盗人がつけ込むという伏線になる。
 
6.一日、見数人往来其前数四、若睥睨染肆者。殊訝之、一夫忽前耳語曰
 1)語句の意味を確認する。
  ・睥睨=じっと観察する。
  ・訝=怪しく思う。
  ・忽=突然。
  ・耳語=耳打ち。
 2)「見」のかかる範囲を考える。
  ・数人〜染肆者。
 3)訳す。
  ・ある日、数人の、その前を何度も行き来して、染物屋をじっと観察しているような者を見た。これを不思議に思っている内に、その中の一人が突然耳打ちして言った。
 4)「訝之」の指示内容を考える。
  ・数人往来其前数四、若睥睨染肆。
 
7.「某輩経紀人也。欲得此家所暴樊帛。告官人勿言」士曰「此何預吾事而肯饒舌耶」其 人拱謝而退。
 1)語句の意味を確認する。
  ・某輩=われわれ。「某」は自分を謙遜して言う一人称。
  ・勿=禁止の句法。
  ・何〜耶=疑問の句法。
  ・肯=進んで〜する。
  ・饒舌=余計なことを話す。
 2)訳す。
  ・「われわれは商売人です。この家の掛けてある絹織物を手に入れようと思っている。役人に申します。他の人に言ってはいけません。男は言った。「こんなことを私に何の関係があって、進んで余計なことを言うのか。」その人はお辞儀をして帰った。
 3)指示内容を考える。
  ・此家=染肆。
  ・此=欲得此家所暴樊帛。
 4)「耳語」したり、「勿言」と言った理由を考える。
  ・本当に盗むと思わせ、関心を持たせるため。
  ・その間に男の部屋のものを盗むため。
 5)この言葉を信じさせるために何をしたか考える。
  ・耳語。
  ・勿言。
  ・拱謝而退。
 
8.士私念「彼所染物、皆高掲於通衢之前。白昼万目共覩。彼若有術可窃、則真黠盗也」
 1)語句の意味を確認する。
  ・若シ〜バ=仮定の句法。もし〜ならば。
 2)訳す。
  ・男は密かに思った。「あの染め物は、みんな高い所にあり、大通りに面している。昼間は多くの人の目が見ている。かれらがもし盗む術を持っているならば、ほんとうに悪賢い盗人である。
 3)男が盗むことが難しいと判断した根拠を考える。
  ・染め物は高い所にある。
  ・大通りに面している。
  ・昼間は人目が多い。
 
9.因諦観之。但見其人時時経過、或左或右。漸久漸疎、薄暮則皆不見。士笑曰「彼妄人、果紿我」
 1)語句の意味を確認する。
  ・諦観=よく見る。
  ・時時=何度も。「時々」ではない。
  ・漸久=次第に、時間が経つ。
  ・薄暮=夕方。
  ・妄人=でたらめを言う人。
 2)訳す。
  ・そこでよく観察した。ただ彼らが何度も行き来し、ある時は右へある時は左へ行くのを見ただけであった。次第に時がたち次第に回数が減って、夕方にはみんな見えなくなった。男は笑って言った。「あのでたらめを言う奴らめ。やっぱり私をだましたな」
 3)男たちの様子を確認する。
  ・最初は何度も往復し、時間が経つに連れて回数が減り、夕方には誰も見えなくなった。
 4)男が笑った理由を考える。
  ・白昼堂々と、みんなの見ている前で、どのように盗むのか期待してみていた自分に対する嘲る気持ち。
  ・よくもだましたなという男たちに対する怒りではない。
 
10.即入房将索飯、則其室虚矣。
 1)語句の意味を確認する。
  ・房=部屋。
 2)訳す。
  ・そこで、部屋に入って食事をしようとしたところ、その部屋の中は空っぽであった。
 3)何が起こったのか考える。
  ・男たちに部屋の中のものをすべて盗まれた。
  ・男たちは、若い男の注意を染物屋に引きつけておき、男の部屋からせっせと盗み出していた。



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盗智  学習プリント

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学習の準備
1.左右1行ずつ空けて原文を写しなさい。
2.次の漢字の読み方を書け。
 士夫  逆旅  睥睨  殊に  忽ち  前み  勿かれ  饒舌  私に  若し 諦観  但だ  漸く  疎  薄暮  即ち
3.原文の右に書き下し文を書きなさい。特に、次の部分に注意しなさい。
 1)見 数 人 往 来 其 前 数 四 若 睥 睨 染 肆 者。
 2)此 何 預 吾 事 而 肯 饒 舌 耶
 3)彼 若 有 術 可 窃 則 真 黠 盗 也。
 4)即 入 房 将 索 飯 則 其 室 虚 矣。
4.原文の左に現代語訳を書きなさい。

学習のポイント
1.士夫の住んでいる場所の状況を理解する。
2.士夫の仕事ぶりを理解する。
3.数人が店の前をウロウロしているのを見てどう思ったかを理解する。
4.そのうちの一人が耳打ちした内容を理解する。
5.士夫はそれを聞いてどう思ったかを理解する。
6.そしてどうしたかを理解する。
7.結果はどうであったかを理解する。
8.士夫が笑った理由を理解する。
9.最終的に何が起こったかを理解する。
10.疑問、仮定の句法を理解する。