小説

山川方夫


 場所は都会から楽に日帰りできる距離にある海岸の町である。そこは、「夏」になると「休暇」に「避暑客」が押し寄せて、「他人の町」になる。
 その町に住む慎一は、中学3年生で、来年近くの工業高校に進学を希望している。しかし、父親が自殺して、経済的に苦しかった。そこで、ガソリンスタンドでアルバイトをしていた。
 慎一の父親は漁師で、一人底引き網や銛で魚を採っていた。十キロもあるカジキを、命を懸けて素手で捕獲したこともある。一人の人間と一匹の魚の対決に勝利した手応えに生きること、働くことを実感していた。その時の涙は感動の涙である。しかし、背骨を打って漁ができなくなり自殺した。父親にとって、手応えのない生は生きるに値しない。生き甲斐のない生を否定し、死を選んだのだ。生きるか死ぬかの肝心な問題は本人にしかわからない。死のうとしている人にはその人なりの理由があるのだから、その人の好きなように死なせてやる方が勇気の必要なことである。慎一は、幼くして父親を亡くしたが、それと引き換えに、働くとはどういうことか、生きるとはどういうことか、死ぬとはどういうことかを学んだ。父親殺しは文学テーマであり、エディプス・コンプレックスについても考えられる。母を獲得するために殺すべき父親を早く失ってしまうと、自分が殺していないのに、自分が父親を殺したのではないかという罪の意識が芽生える。ここでは、それを自殺にとその人なりの理由があるのだから救えないをという考え方で乗り越えている。
 八月の初めの暑い日の夜、慎一は深夜の海の沖で若い女に会った。目を凝らしてみると、何かが動いている。声の方に泳いでいくと、見覚えのある女だった。
 その女は、一人で、都会から、真っ赤なスポーツカーに乗ってやって来た。目の大きな、息を呑むほど美しい、映画俳優のような女であった。
 「ひどく疲れ、喘いでいた」=女は夜の海の遊泳を楽しんでいたのではない。自殺を考えていたのだ。ただし、理由はわからない。
 「だあれ?」=死のうと思っていた海で人に出会ったことに驚いた。
 翌日の夕暮れ、女がガソリンスタンドに来て、サングラスをとる。=虚飾の仮面を脱ぎ、素顔を見せる。他人の目を意識して自分を失っていた生き方を反省し、自分の生き方で生きようという決意の表れである。
 女は、「勇気」と「働くことの意味(生き甲斐)」を教えてもらった礼を言って去っていく。見送る慎一には、自分の行動は女に感謝されるような大それたことでなく、当たり前のことだったので、女の言葉の意味がわからない。やはり「他人」でしかなかったのだ。
 この小説では、二元的な構成になっている。
 少年と女。都会(虚飾に満ちた世界)と田舎(純朴な世界)。自殺した父親を持つ少年と自殺志願の女。女や避暑客と慎一や父親。休暇と労働。生と死。昼の海(他人の海)と夜の海(自分の海)


導入
 
1.学習プリントを配布する。
2.教師が音読する。
3.感想を聞く。
4.漢字を点検する。
5.感想文用紙を配布する。
6.次のことを指示して、黙読させる。
 ・主題について、「○○と○○」という形式で3つ挙げさせる。
 ・疑問点を書かせる。
 ・感想を二百字程度で書かせる。
7.感想文用紙を回収する。


全体把握

1.時間は。
 ・夏。八月の初め。
 
2.場所について。
 1)どんな町か。
  ・海岸の町。
  ・都会から日帰りできる距離
  ・避暑地
  ・他人の町
 2)他人の夏という理由は。
  ・避暑客たちが大勢押しかけてくる。
  ・避暑客が町を占領する
         ・わがもの顔に歩き回る
 3)都会をイメージするものは。
  ・大きく背中をあけた水着
  ・サンダル。
  ・ウクレレ
  ・サングラス
  ・写真機
  ・真っ赤なショートパンツ
  ・むきだしの太腿
  ・自動車の警笛
 4)「夏」「避暑地」「休暇」に「 」がついている理由は。
  ・海岸の町の住民のものではなく、都会からやって来た他人のものだから。
 5)海岸の町の住民は避暑客をどう思っているか想像する。
  ・愉快には思っていないが、避暑客のおかげで生活ができる。
 
3.慎一についてまとめる。
 ・中学3年生
 ・来年近くの工業高校に進学を希望している。
 ・父親が自殺して、経済的に苦しかった。
 ・ガソリンスタンドでアルバイトをしていた。
 
4.女についてまとめる。
 ・一人で都会から来た。
 ・真っ赤なスポーツカーに乗った。
 ・目の大きな、息を呑むほど美しい、映画俳優のような女であった。
 ・自殺しようとしている。
  ★根拠は後で考える。
 
5.父親についてまとめる。
 ・漁師で、一人底引き網や銛で魚を採っていた。
 ・背骨を打って漁ができなくなり自殺した。
 
6.出来事についてまとめる。
 1)どんなことがあったか。
  ・夜の海で、慎一と女が話す。
 2)その話から、女は何を教えられたか。
  ・勇気
  ・働くことの意味


夜の海の出来事
 
1.慎一、女、地の文に分けて音読させる。
 
2.慎一の心理について
 1)女が自殺すると判断した根拠は。
  ・深夜の海の沖を泳いでいた。
   ★女が一人で深夜の海の沖を泳いでいるのは不自然である。
  ・ひどく疲れ、喘いでいた。
   ★遊泳なら、泳ぎに自信があるなら、疲れたり喘いだりしない。
 2)父親のことをしゃべり始めた理由は。
  ・なんとなく女を自分につなぎとめておきたかった。
  ・都会の若い女性への憧れ。
  ★好きというのには中三では幼すぎる。
  ★女の自殺を止める意図があったかどうかは後で考える。
 
3.親父の話をまとめる。
 1)生きている手ごたえとは。
  ・命を賭けてカジキを捕まえる。
  (カジキを3日がかりで追い続ける危険について説明する)
  ・親父にとって漁は仕事である。
  ★仕事に命を賭けること=働くことの意味。
 2)泣いていた理由は。
  ・生きテイル手応えを実感した喜び。
 3)自殺した理由は。
  ・背骨を打って漁ができなくなったから。
  ★仕事ができなくなった。
  ★生きている手ごたえがなくなったから。
 4)勇気とは。
  ・自殺を止めないこと
 5)自殺を止めないことが勇気である理由は。
  ・人間はそのことに耐えなければいけないから。
 6)そのことの指示内容は。
  ・他の人の生きるか死ぬかの肝心なことがわからないこと
 
4.女の心理について
 1)『……だあれ?あなた』『知らない人ね、きっと……』、について。
  1)避暑地の海で知っている人に出会うはずがないことを確認する。
  2)「きっと」に含まれている意味は。
   ・「どうせ」という諦め。
   ・知っている人であることを期待していた。
  3)何を知っているのか。
   ・女が自殺すること。
  4)その人に何を期待していたか。
   ・自殺を止めてくれる。
  ★自殺しようと思って沖まで泳いできたが、死ぬ間際になって迷っている。
 2)「『ほっといてよ』と答え、笑った」について。
  1)普通、拒否する時の声の調子は。
   ・冷たく言い放つ。
  2)笑った理由は。
   ・余裕を見せたい。
   ・他人に本心(=自殺すること)を見せまいとする。
   ・都会の女の強がり。
  3)しかし、本当は心身ともに苦しく、「声が苦しげ」「笑い声もうまく続かなかっ
   た」ことを確認する。
  ★後でもう一度出てくる。
 3)『かまわないで』と言いながら『……あなた、この町の人ね』と話しかけた理由は。  ・死ぬ前に、少し人恋しくなった。
  ★自殺したい気持ちがそれほど強いわけではない。
 4)銛でカジキを捕まえた話を聞いて、「ひきつったような声で笑った」について。 
  1)笑った理由は。
   ・原始的な漁を軽蔑している。
  2)その笑いがひきつった理由は。
   ・自分の想像や能力を超えた力に驚きたじろいでいる。
 5)慎一の父の死を聞いて「黙った」について。
  1)普通考えられる理由は。
   ・最近父親を亡くした慎一に悪いことを聞いてしまったと思った。
  2)この女の場合はどうか。
   ・自殺しようとしている自分の気持ちなどわからないと思って話していた。
   ・慎一の父の死と、自殺しようとする自分が重なって驚いた。
 6)「喘ぐ呼吸が聞こえ、『ほっといてよ』と反抗的に答えた。」について。
  1)「自殺するつもりですか」が当たっていることを確認する。
  2)反抗的になるのはどういう時か。
   ・外から加わる力をはね返すとき。
  3)この場合、外から加わる力とは。
   ・子供に自分の本心(自殺すること)を単刀直入に言い当てられた。
  4)「ほっといてよ」と言った気持ちは。
   ・子供に都会の大人の本心を見透かされたくない強がり。
  5)さっきの「ほっといてよ」との違いは。
   ・さっきはまだ笑う余裕はあったが、余裕がない。
 6)「『からかうの?軽蔑しているのね、私を。子供のくせに』とヒステリックに言った」について。
  1)「正しい語順に直す。
   ・子供のくせに、私を、軽蔑して、からかうの?
   ・慌てているから、語順がバラバラになっている。
  2)女の気持ちは。
   ・子供に自分が自殺しようとしていることを見抜かれた怒り。
   ・「ほっといてよ」とはいったが、自殺を止めることを期待していたが、止めなか    ったので怒っている。
 7)「怒ったような目つきで、海を見つめていた」について。
  1)誰に対する怒りか。
   ×慎一に対する怒り。
   ○自分に対する怒り。
  2)父親の生きがい、勇気について確認する。
   ・生きがいとは、命を懸けるぐらい仕事(一つのこと)に打ち込むこと。
   ・勇気とは、他の人の生きるか死ぬかの肝心なことはわからないことに耐えること。
  3)自分の何に対する怒りか。
   ・命懸けで一つのことをしようとしないで、自殺しようとした弱さ。
   ・自殺を止めてもらうことを期待していた甘え。
   ・自分の苦しみを人にわかってもらえないことを嘆いていた甘え。
 8)慎一と共に岸に引き返さなかった理由は。
  ・慎一についていけば、人に助けられたことになる。
  ・生きるか死ぬかを自分の意志で決めるため。
  ・命を懸けて自分の生死を決める仕事をなし遂げようとした。
 
5.慎一の行動について
 1)深夜の海を一人で泳いでいた。
  ・昼間はアルバイトで忙しく、しかも、他人の海である。
  ・深夜だけが自分の海になる。
 2)若い女に出会う。
  ・出会った時から女が自殺することを勘づいていた。
 3)親父の話を始める。
  ・自分でも、なぜこんなことをしゃべりはじめたか見当がつかなかった。
  ・なんとなく女をつなぎとめておきたかった。
 4)一人で岸へ泳いで行った。
  ・女の自殺を止めなかった。
 5)慎一に女の自殺を止める意図があったか、全員に聞く。
  1)意志があったとしたら、作為的に親父の話をしたことになる。
  2)意志がなかったとしたら、単なる都会の女への憧れになる。
  ・ほとんどの生徒が止める意図があったと言う。
 6)女の言葉の意味がよく分からなかった。
  1)「女の言葉」の内容を確認する。
   ・働くことの意味、勇気を教えられた。
  2)勇気や働く意味を教えたつもりはないことになる。
   ・親父の言った通りを言い、実行した。
   ・自分の生き死には他人がとやかく言うものではなく、自分で決める。
   ・自殺を肯定したり進めたりしているのではない。
   ・意味のない生き方より、自殺する方が勇気があることもある。


まとめ
 
1.二元的な対置構造について考える。
 1)二人の登場人物を確認し、それぞれが象徴する物を挙げさせる。
  ・女──少年
  ・都会──田舎(海岸の町)
  ・昼の海──夜の海
  ・他人の海──自分の海
  ・休暇──労働
  ・生──死
  ・自殺志願の女──自殺した父親を持つ少年
  ・感情──理性
  ★出ない場合は、一方を挙げ、もう一方を問う
 
2.女の自殺を止めなかった、親父の考え方、慎一の生き方についてどう思い、話し合わ せる。


全体把握
 
1.時間=夏。八月の初め。
2.場所=・海岸の町。
      ↑・都会から日帰りできる距離
      │・避暑地
      │・他人の町
      │ ・避暑客たちが大勢押しかけてくる。
      │ ・避暑客が町を占領する
      │       ・わがもの顔に歩き回る
      ↓・「夏」「避暑地」「休暇」
     ・都会
      ・大きく背中をあけた水着
      ・サンダル。
      ・ウクレレ
      ・サングラス
      ・写真機
      ・真っ赤なショートパンツ
      ・むきだしの太腿
      ・自動車の警笛
3.慎一=・中学3年生
     ・来年近くの工業高校に進学を希望している。
     ・去年父親が自殺して、経済的に苦しかった。
     ・ガソリンスタンドでアルバイトをしていた。
4.女 =・一人で都会から来た。
     ・真っ赤なスポーツカーに乗った。
     ・映画俳優のように美しく若い。
     ・自殺しようとしている。
5.親父=・漁師で、仕事を生きがいにしていた。
     ・背骨を打って漁ができなくなり自殺した。
 
 
夜の海での出来事


1.慎一の心理
 1)女が自殺すると推測した
  ・深夜の海の沖を泳いでいた。
  ・ひどく疲れ、喘いでいた。
 2)親父のことをしゃべり始めた
  ・なんとなく女を自分につなぎとめておきたかった。
    ↓
   ・女の自殺を止めたかった?
   ・都会の若い女性への憧れ?
2.親父の話
 1)生きている手ごたえ=・命を賭けてカジキを捕まえる。
            ・仕事に命を賭けること。
 2)勇気=その人を好きなように死なせてやること
      ↑
     ・人間はそのことに耐えなければいけない
         ・他の人の生きるか死ぬかの肝心なことがわからないこと
              ・生きがい
 3)自殺=・背骨を打ってができなくなったから。
            ・仕事ができなくなった。
     ・生きている手ごたえがなくなったから。
3.女の心理
 1)「……だあれ?あなた。」「知らない人ね、きっと……」
  ・避暑地の海で知っている人に出会うはずがない。
  ・知っている人であることを期待していた。
   ・女が自殺すること   ・自殺を止めてくれる。
 2)「ほっといてよ」と答え笑った。
   ↑・余裕を見せたい。
   │・他人に本心(=自殺すること)を見せまいとする。
   ↓・都会の女の強がり。
  ・声が苦しげ、笑い声もうまく続かなかった
  3)慎一の父の死を聞いて、黙った。
  ・慎一にとって悪いことを聞いてしまった。
  ・慎一の父の死=自殺しようとする自分
  ・軽い驚き。
 4)「ほっといてよ」と反抗的に答えた。
  ・子供に自殺しようとしていることを見抜かれた心理的な焦り。
 5)「からかうの?軽蔑しているのね、私を。子供のくせに。」とヒステリックに言った。
   ↓
  「子供のくせに、私を軽蔑して、からかうの?」
   ・自殺を止めるのかと思えば、止めなかった。
 6)怒ったような目つきで、海を見つめていた。
  ・自分に対する怒り。
  ・命懸けで一つのことをしようとしないで、自殺しようとした弱さ。
  ・自分の苦しみを人にわかってもらえないことを嘆いていた甘え。
 7)慎一と共に岸に引き返さなかった。
  ・生きるか死ぬかを自分の意志で決める。
5.慎一の行動
 1)深夜の海を一人で泳ぐ。
  ・自分の海
 2)若い女に出会う。
 3)親父の話をし始めた。
 4)自殺を止めずに、一人で岸へ泳いで行った。
 ★女の自殺を止める気持ちはあったのか?
 5)女の言葉の意味がよく分からなかった。
  ・自殺を止める意志がなかった。
   a)単なる都会の女への憧れになる。
   b)親父の言った通りを言い、実行した。
    ・自分の生き死には自分で決めるのが当然だ。
    ・自殺を肯定したり勧めたりしているのではない。
    ・意味のない生き方より、自殺する方が勇気があることもある。
 
 
まとめ

二元的な対置構造。
 ・女──少年(慎一)
 ・都会──田舎(海岸の町)
 ・生──死
 ・浮ついた生き方──堅実な生き方
 ・昼の海──夜の海
 ・他人の海──自分の海
 ・休暇──労働
 ・自殺志願の女──自殺した父親を持つ少年



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