評 論
真木悠介
メキシコに行く前は、バスの時間を見て家を出たので、バスの待つ時間を惜しんでいたが、今は、時間を見ないで家を出るのでバスを待つ時間が長くなった。───の部分をまとめればこれで済む。ところが、表現の視点から言えば、この冒頭は名文である。いきなり「メキシコ」である。外国をあげるのは常套手段としてあるのだが、その外国というのは全てと言っていい程欧米である。あるいは、穴ねらいである。ところがメキシコというメジャーでもなしマニアックでもなしの国名から入る所にこの人のすごさがある。それは一見見過ごされがちだか、わかる人にはわかる、わからない人も読めばわかるようになるという自信の表れである。そして、「奇妙なこと」と、何が?という疑念を読者に喚起させ、「バスを待っている時間が多くなったのだ」と肩すかしを食わせる。ところがこれは本当の意味の遊びで、「時間」というこの評論のバックボーンであるワードをさらりと使っている。そして、「同じ」とか「も」で状況を強調しておき、バス停の「光」で日の光と閃きの光を掛けている。「安らぎ」「充実」という言葉を惜しげもなく使って直ぐに種明かしをする。ところがタネはもっと奥にある。「どうしてだろう」とたった7文字の短文攻勢が始まる。インパクトは強烈である。転調することによって評論ベースに引き込む。毎朝バスの時刻を調べるはずがないので「あらかじめ頭に入れておいた」とより身近な現実を描写する。その上、時刻まで細かに刻むことによって自分の日常と重なるように錯覚させて作者の世界に引き込む。それも短文で畳みかけられるとイメージがより鮮明になる。そうしておいて「そういう」と評論用語で評論を読むモードに読者の思考(志向)を切り換えさせる。計算した文章でないとすれば、天性の名文家である。それは次の例の段落でもいきなり英語をアルファベットでいきなり始めるという手法でさらに増幅しながら、しっかりと評論の世界に引き連れていく。この第一段落を読むだけでも、この評論は学習の甲斐がある。
メキシコを出発する空港で、日本人スタッフからUrgencyというビジネスライクな冷たい言葉を聞いた。彼らは職務上の時間の緊迫生から余計な人間とのかかわりを避けているのである。しかし、メキシコ滞在中はそんな人間とは会わなかった。また、彼らが使った英語では、今日やれることは明日に延ばすなと言う諺があるのも象徴的である。メキシコでは明日やれることは今日やることはないと言う。
メキシコでは、列車が一〜二時間遅れるのは普通で、その間野外バーベキューを楽しむ。日本では、駅ソバを一分間で食べることを自慢し、電車が一時間も遅れると暴動が起こる。これは近代化という、分刻みに追われる時間に生活がかけられている精緻な、緊急用件の無限連鎖のシステムの上に成立する社会構造の破綻の裂け目から出る、平常は見えない所でで抑制し蓄えているいらだちの情動というエネルギーである。こうした近代化は、ゆとりという大きなものの喪失の上に成立している。
グアテマラの市場でマヤの婆さんとの織物の値段の交渉を通して、私が時間を「費やした」と感じたように、僕たちの世界では、時間は費用であり、バスを待つ時間は無意味な空白か有効に活用される資源であり、時間は活用するものである。しかし、メキシコでは時間は人生であり、待つということの中に現実が存在し、時間は生きるものである。
時間を費用にすぎない世界は、プロセスの意味を失い、出会いの能力を衰えさせる。時間が現実でないならば、現実はどこにあるのか。
全体把握
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全体把握
1.メキシコのイメージを質問する。
・先住民によって高度な文明を持つアステカ帝国が築かれていた。
・十六世紀にスペインに征服された。
・一八二一年に独立した。
・一九一〇年にメキシコ革命が起こり、近代化、工業化した。
2.学習プリントを配布する。
3.形式段落ごとに9番まで番号をつせけさせる。
4.次の作業を指示する。
1)前半をさらに2つ、後半を3つに分ける。
2)何について書いてあったか。
5.全体を音読する。
6..テーマと話材について把握する。
1)何について書いてあったか。
・近代化と時間
2)タイトルにもある「旅」の役割は何か。
・時間を導くための話題になっている。
7.文章の構成について考える。
第一段落 1) バスを待つ時間
第二段落 2)3) メキシコの空港での出来事
第三段落 4)5) 電車の時刻
第四段落 6)7) トトニカパンの市場の買い物について
第五段落 8)9) 結論
第一段落
1.音読させる。
2.メキシコから帰国後続いた「奇妙なこと」とは何か。
・バスを待っている時間が多くなった。
★いきなり、「奇妙なこと」と書くことで、読者の注意を引きつける。
3.「バスを待っている時間が多くなった」理由について
1)待ち時間が多くなった理由は何か。
・バスの時刻を調べずに出るようになった。
2)言い換えると、メキシコに行く前はどうだったか。
・バスの時刻表を調べてから出た。
3)「それをあらかじめ頭に入れておいたのだ」と言い換えて、より現実的に描写していことを確認する。
・家から毎日乗るバスだからいちいち調べるはずはない。
4)「バスは九時十五分に出る。」 「家からバス停まで二分ほどかかる。」「だから九時十二分ごろ出れば間に合う。」と短文で区切ることによって、いかにも時間に追われ ている様子を具体的に表現していることを確認する。
5)なぜ、時刻を調べてから家を出たのか。
・待ち時間をなくすため。
6)作者は待っている時間をどのように思っているのか。
・安らいで充実した時間。
7)その気持ちを表現している語句は。
・朝の光
8)作者の時間に対する考え方が、メキシコに行ったことで変わったことを確認する。
9)みんなはバスや電車に乗る時に、時刻を調べて出るか。また、待ち時間をどうしているか。
第二段落
1.音読させる。
2.Urgencyの意味を文中から探させる。
・時間の切迫性。
★英語を使いながら直ぐに意味を書かず読者の興味を引く効果に注意する。
3.空港での出来事をまとめる。
・空港で呼び出しを頼んだが断られた。
4.スタッフの言葉について
1)「いんぎん」の意味を調べる。
・人に対して礼儀正しく、ていねいなこと。
2)「鋼」の比喩は。
・冷たく強いもののたとえ。
3)スタッフの言葉の「いんぎん」と「鋼」の部分は。
・「いたしかねます」という非常に丁寧な言葉だが、サービスを冷たく強く断っている。
5.作者が呆然とした理由は。
・一年ぶりに「こういう種類の人間」に会ったから。
・メキシコでも、役人や警察官や教師や銀行員など、比較的固い職業の人と会っていたが、このような人間に会ったのは一年ぶりだったから。
6.スタッフの対応について
1)「こういう種類の人間」の言い換えを抜き出させる。
・ビジネスライクな冷たさを身につけた人間。
・近代産業の優秀な職員。
2)「ビジネスライク」の意味を確認する。
・事務的、能率的。
3)東京やパリやニューヨークはどんな所の代表か。
・近代化の進んだ都市。
4)ビジネスライクな対応をする理由は。
・職務上の時間の切迫性の観念が余計な人間とのかかわりをはねつけているから。
・時間の切迫性と余計な人間とのかかわりの拒否が近代化であることを確認する。
5)「電磁波のように」の比喩は。
・非常に速い様子。
・バリアのような様子。
6)「Urgency」と英語を使ったことについて
1)象徴的の意味を確認する。
・抽象的、精神的な目に見えないものを具体的な形で表すこと。
2)英語を使うことの不自然を確認する。
・日本人に対して答えるなら、日本語を使うべきである。
・メキシコなので、公用語であるスペインを使うはずである。
3)何を象徴しているのか。
・アングロサクソン的生活態度。
4)アングロサクソン的生活態度とは。
・「今日やれることは明日に延ばすな」
5)メキシコ人の生活態度は。
・明日やれることを今日やるな。
7.生徒は「今日やれることは明日に延ばすな」派か「明日やれることを今日やるな」派 か意見を聞く。
第三段落
1.音読させる。
2.メキシコと日本の鉄道の違いを考える。
1)メキシコではどうか。
・昼に野外バーベキューを楽しんでから出発する。
・メキシコでは昼食(コミーダ)が最も重要な食事で、午後二時になると家で揃って御馳走を食べて昼寝(シエスタ)をし四時に仕事に戻る習慣がある。
・列車が一〜二時間遅れるのは普通である。
2)「一日に二度通る」と「一日に二本通る」の違いは。
・「一日に二本」は時刻が決まっているが、「二度」は時刻すら決まっていない。
3)日本ではどうか。
・駅ソバを一分間で飲み込む。
・電車が一時間遅れる暴動が起こる。
・一九七三年三月に起きた「上尾事件」。ストのために高崎線上尾駅に列車が二本30分遅れで到着した。満員で乗車できずにいた六千人の乗客が、電車の窓ガラスを割り、運転手を引きずり出し、電話や信号機を壊したり、投石したりした。
4)暴動が起こる理由は。
・民族性の問題ではない。
・生活がかかっているから。
5)「生活」を言い換えると。
・精緻なシステム。
・緊急用件の無限連鎖のシステム。
6)「精緻なシステム」とは。
・分刻みに追われる時間に生活がかけられている社会構造。
7)精緻なシステムが破綻するとどうなるか。
・一つの歯車が狂うと、他の歯車も狂ってきて、全体に今まで抑えて蓄えていたいらだちの情動が噴出する。
3.近代化はどういう喪失の上になっているか。
・時間的なゆとりの喪失。
第四段落
1.音読する。
2.値切り様子をまとめる。
・半値を主張して三分の二で折り合うのだから、4ケッツァル主張して、4ケッツァル33センタポで折り合うのが相場。
3.値切った経験を聞いてみる。
・スーパーや関東では値切らないが、関西の小売店では値切る。
4.作者が値切った理由は。
・おばさんと話しているのが楽しかった。
5.五ケッツァルに負けてくれた時の作者の気持ちは。
・値段の攻防に費やした時間は何だったのか。
6.交渉の結果から見えてくることは何か。
・日本
・時間はコストにすぎない。
・同じ成果が得られるなら短い方が良い。
・待ち時間は無意味な余白か活用されるべき資源。
・時間を活用することに関心がある。
・メキシコ
・時間は人生である。
・待ち時間の内に現実が存在する。
・時間を生きることに関心がある。
7.どちらの生活がいいと思うか、質問する。
第五段落
1.音読する。
2.自動販売機の利点は何か。
・売り手にとっては、人件費というコストがかからない。
・買い手にとっては、買い物の時間というコストがかからない。
3.時間がコストにすぎない世界で、失われたものは何か。
・プロセスの意味。
・出会いの能力。
4.今という時がリアルでないとはどういうことか。
・時間はコストに過ぎず、そこには生きるという現実が存在しない。
5.今でない時がいつ訪れるのかとはどういうことか。
・今=リアルでない→今でない=リアル生きる現実をいつ感じるのか。
・ゆったりと生きている時にこそ、生きている実感があるはずである。
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