山月記


 詩人になりそこなって虎になったあわれな男が、残り少ない人間の心でいられる時間に、親友に自分の思いをの語る内に、自分が虎になった理由に気づいていく。最初は虎になった運命を嘆き、次に詩への未練を語り、詩人になれなかった理由に気づき、最後に虎になった理由に気づく。そして、自分を罰し未練を断ち切るために、今まで隠していた醜い姿を親友にさらして、人間と決別する。最初は第三者の視点から李徴のプロフィールが語られ、袁惨と出会う経緯が語られている。

 李徴は非常に優秀であり、天宝の末年に役人になる。しかし、協調性がなく、自信過剰な性格は役人には向いていなかった。小役人として無能な上司に仕えるのに我慢できず、また詩人として有名になることを夢見て退官し、故郷で詩作に耽る。
 しかし、詩人としても認められず、生活が苦しくなる。妻子を養うためという表面的な理由と、詩人としての才能に半分絶望した内面的な理由から、再び役人になる。
 しかし、昔鈍物として相手にしなかった連中の命令を聞かねばならないことが自尊心を傷付け、不満が募る。そして、一カ月後に旅先で発狂して行方不明になる経緯が第三者の視点で語られている。
 
 翌年、同年に役人になった唯一の友人の袁傪に出会う。駅吏が人食い虎が出ると警告したのは袁傪との出会いの伏線である。それでも袁傪が出発したのは勅命に対する忠誠心である。突然虎に襲われ、喋りだした虎の声を聞いて袁傪だと即座にわかった袁傪はただ者ではない。袁傪も襲いかかった時は虎だったが、その瞬間人間に戻って袁傪だとわかったのも親友ゆえだろうか。袁惨は温和な性格で、今は監察御史に出世している。一方、李徴は険しい性格で、今は虎に身を落としている。李徴は、あさましい姿を友に見られたくない気持ちと懐かしさの相反する気持ちで、姿を見せずに話を交わすことを求める。

 李徴のモノローグが始まる。第一段落で第三者の視点で語られた発狂して行方不明になった経緯が李徴の視点で語られる。夜半急に顔色を変えて寝床から起き上がって訳のわからないとを叫びながら闇の中に駆け出したのは、我が名を呼ぶ誰かの声を聞いて「誰だ」と叫びながら追いかけたからである。「覚えず」「無我夢中」「知らぬ間」「気が付くと」と無意識の内に虎に変身する。当然信じられず夢と思いたかったが、現実を認めねばならずどんなことでも起こり得ると懼れる。運命の不条理を感じ死を決意する。しかし、兎を見た途端に虎に変身して兎を食い殺してしまう。死ぬことも許されないのだ。人間の心で虎としての行為や自分の運命を振り返る時が恐ろしい。人間に戻る時間も短くなり虎になっていくことも恐ろしい。完全に虎になれば苦しまなくて済むのでしあわせになれるが、人間だった記憶がなくなることが恐ろしいという矛盾する気持ちになる。

 李徴が袁惨に託した一つ目の依頼は、詩の伝録である。一人前の詩人面をしたいのではなく、李徴という人間がこの世に存在したという証拠を残しておきたかったと言う。
 袁傪はその詩を聞き、確かに素晴らしいが第一流の作品になるのには微妙な点で欠けていることに気づく。それは、後で述べられる人間性であり、家族への愛であり、自分の才能に対する不安である。
 旧詩を吐き終わった後、突然自嘲的になる。先程は詩人面がしたいわけではないと言ったが、今でも詩人として有名になることを夢に見る。そして、今の心境を即興の詩で述べる。「自分は精神病によって虎になった。かつて袁傪とは名声を分け合ったが、今では自分は落ちぶれて虎になってしまったが、袁傪は出世をしている。そんな自分を哀れんで月に向かって吼えることしかできない」と。

 李徴は、虎になった理由について考え語り始める。自分は自ら人との交わりを避け、人から尊大だと思われた。しかし、それは「臆病な自尊心」であった。詩によって有名になろうと思いながら、才能の不足を暴露することを恐れて、努力することをしなかった。また、「尊大な羞恥心」から、自分の才能を半分信じているので、凡人の仲間になることもしなかった。この相反する気持ちは猛獣であり、自分を損ない、家族を苦しめ、友人を傷つけ、自分を虎に変身させた。
 僅かな才能を専一に磨いて詩人になればよかったと後悔するが、虎となった今は不可能である。その悲しみを分かってもらおうと月に向かって吠えるが、誰一人分かってくれない。それは、人間だった時に傷つき易い内心をだれも理解してくれなかったのと同じである。

 二つ目の依頼は、自分は死んだと妻子に伝え、経済的な援助をしてほしいということであった。それは妻子に心配をかけたくないことと、自分が恥ずかしいからである。
 その直後、再び自嘲的になる。李徴は自分が虎になった本当の理由に気づいたのだ。妻子のことより自分の詩業を先に考える人間性の欠如が虎になった理由だと。
 三つ目の依頼は、自分が完全に虎になって襲うかもしれないので、帰路にはこの道を通らないでほしいこと。四つ目の依頼は、虎になった姿を見てほしいこと。人間としての最後の自尊心を捨てて、人間であることに決別する。そして、「さらば」と咆哮して、叢に躍りいる。その後李徴を見た者はないという最後の視点は李徴ではなく第三者に戻っている。


導入

0【L4】動物チェック
 ・思い浮かぶ順に3種類の動物と、その動物から思いつく言葉を3つずつ書きなさい。
  1)自分がこうなりたいと思う人物像。
  2)人からどう見られているか。
  3)本当の自分。
1【指】形式段落番号1〜21を打たせる。
2【指】6つの意味段落に分ける。
 1)1はじめ
 2)2翌年、監察御史〜5
 3)6今から一年程前〜
 4)7袁傪はじめ一行は〜13
 5)14なぜこんな運命〜
 6)15ようやく辺り〜21
3【指】教師が音読する。
4【L1】概要を問う。
 1)場所は。
  ・中国。
 3)時代は。
  ・天宝の末年。
  ・唐の時代。
 1)主人公と登場人物は。。
  ・李徴
  ・袁惨
 4)誰がどうなったのか。
  ・李徴が虎になった。
5【L4】疑問点は。
6【L4】あなたが生まれ変わるとしたら何になるだろうか。その理由は。
 ・動物でもものでも良い。 
 ・なりたいものでなく、なってしまうもの。


第一段落

 李徴の人物設定がされている。難しい漢字や語句が多く出てくる。生徒にとっては何が書いてあるのかわからない。しかし、ここをしっかり抑えなければ次の展開がわからなくなる。時間をかけて古文のように読解していく方法もあるが、生徒の興味を損ないかねない。深読みもできるが、それは李徴のモノローグに譲るとして、ここでは大切なポイントを抑えるまた、格調高い文章なので、文章のリズムを感じさせたい。

1【指】音読する。
 ・難解語句が多く意味がわからないだろうが、リズムを感じる。
2【説】難解語句の意味を確認しながら、内容を把握する。
★隴西=甘粛省は中国の西部の山岳地帯。
・博学=知識が豊富なこと。
・才穎=知恵が非常に優れていること。
★天保の末年=唐の玄宗皇帝の時代。安禄山の乱で、玄宗が長安から西に逃れた戦乱があ  った。
・虎榜に連ねる=官吏登用試験に合格する。
★官吏登用試験について。
  ・「科挙」という最も難しい試験。
  ・暗記力だけでなく、詩を作る才能も試される。
  ・高齢になって合格する人も多く、若くして合格するのは非常に優秀であった。合格   者の平均年齢は三十六歳。五十歳で進士になるのは若い方といわれた。
・江南尉に補せられる=江南の警察や軍事を担当する役人に任命される。
・狷介=かたくなで人と融和しないこと。人づきあいが悪い。
・自ら恃む=自負する。自信がある。
・賤吏=身分の低い役人。
・甘んずる=そのまま受け入れる。
・潔しとしない=それで良いと思わない。
・いくばくもなく=まもなく。
★虢略=中国河南省。隴西とは別。
・帰臥=役人を辞めて故郷に帰り静かに暮らすこと。
・下吏=身分の低い役人。
・膝を屈する=服従すること。
・焦躁=いらだちあせること。
・峭刻=厳しく険しいこと。
・炯々=厳しく光るさま。
・信士=役人登用試験。
・登第=試験に合格すること。
・豊頬=頬がふっくらとした。
・節を屈す=信念を曲げる。
・鈍物=才能のない者。
・歯牙にもかけない=問題にしない。無視する。
・往年=昔。
・自尊心=自分をえらいものだと思う気持ち。プライド。
・央々=不満に思うさま。
・狂悖=狂って道理にさからうこと。 
3.基本的な設問を考えながら読解する。
 1)【L2】李徴の行動をまとめる。
  1)若くして役人になる。
 ・役人は、現在の高級官僚。当時の最高の仕事。エリート中のエリート。
  年功序列で、有能なものが出世できるわけではない。
  上意下達。上の命令は絶対で、下は意見を言えない。協調性がないと勤まらない。
  江南尉は長江下流の地方の警察官。長安からすると遠く離れた地方になる。
  2)まもなく役人をやめる。
  3)数年後地方役人になる。
  4)一年後発狂し行方不明になる。
 2)【L1】若くして役人になった李徴の才能は。
  ・博学才穎(知識が豊富で知恵が優れている)
 3)【L2】李徴が役人をやめた理由は。
  ・狷介(頑固で協調性がない)
  ・自ら恃む(自信過剰)
  ・賤吏に甘んずるを潔しとしない(下級役人として馬鹿な上司の命令に従いたくない。
 ・天保の末年は政治が乱れ、役人も腐敗していた。
 ・俗悪な大官とは、身分は高いが、権力欲、物欲、名誉欲が強い。
  ・詩家として名を死後百年に残す(詩人として有名になる)
・詩人は、人に夢や感動を与える仕事である。
・漢詩からもわかるように、当時の最高の文学。
・協調性は不要で、実力次第で有名になれる。
・「詩」を残そうとしたのでなく、「名」を残そうとした。
   ・役人と詩人の共通点は、当時最高の地位である。
   ・つまり、李徴は仕事の内容より、最高のものを求めていたことがわかる。
 *【W】「あなたは上司とうまく付き合えるタイプか」チャートをする。
 4)【L1】李徴が再び役人になった理由は。
  ・妻子の衣食のため。
  ・己の詩業に半ば絶望したため。
 ・「詩才」ではなく「詩業」である。詩人の才能ではなく、詩人として名を残せな  いことに半ば絶望したのである。
 ・半ば絶望したのだから、もう半分は絶望していない。
 ・詩への未練はあったが、妻子の生活を優先させた。
 ・あるいは、妻子の生活を詩人をあきらめる口実にした。
 5)【L1】発狂した理由は。
  ・自尊心を傷つけられた。
   ・昔歯牙にかけなかった者の命令を聞かねばならない。
  ・央々(不平不満)ばかり言う。
  ・狂悖(凶暴な性格)が強くなる。
4.深い設問を考える。
 1)【L4】李徴はなぜ役人になったのか。
  ・役人の世界は上下関係が厳しく、若い頃は上司の命令を聞かなければならない。
  ・難しい官吏登用試験に合格して自分の能力を証明しようとした。
 2)【L4】李徴はなぜ詩人になろうとしたのか。
  ・詩は人を感動させるものである。
  ・李徴は詩人としての名を残そうと考えていた。
  ・詩は有名になるための手段である。
 3)【L4】李徴はどうすれば発狂せずにすんだのか。
  ・かつて問題にしなかった者の命令を聞かねばならないことはわかっていた。
  ・収入を得る手段として働くと割り切る。
  ・かつての栄光や詩人への夢をあきらめる。
  ・プライドを捨てて我慢する。
5.【指】別冊宝島『珍国語』のパロディ「木曜スペシャル風山月記」の週刊誌の記事の パロディを読ませる。
 ・山月記を身近な問題として考える。
4.板書する。                                 
第一段落(1))
 1.若くして進士の試験に合格し役人になる。
  ・博学才穎(知識が豊富で優れている)
 2.まもなく、役人をやめ、詩作にふけった。
  ・狷介(人づきあいが悪い)
  ・自ら恃む(自信過剰)
  ・賤吏に甘んじるを潔しとしない(下級役人に満足できない)
  ・詩人として名を死後百年に残す
 3.数年後、地方の役人になる。
  ・文名は揚がらない。
  ・生活に困窮する。
    ↓焦燥
  ・妻子の衣食のため
  ・詩業に半ば絶望
 4.一年後、旅先で発狂する。
  ・鈍物の命令を聞く→自尊心が傷つく
  ・央々として(不平不満)
  ・狂悖の性(非常識)
    ↓
  ・急に顔色を変えて起き上がる。
  ・訳の分からないことを叫んで飛び降りる。
  ・闇の中に掛けだす。
 Q1 なぜ役人になったのか?
 Q2 なぜ詩人になろうとしたのか。
 Q3 発狂しないためにはどうしたら良かったのか。


第二段落(2〜5)

 李徴と袁惨の出会いを通じて、二人の相違点を押さえながら、二人の友情の深さを理解する。

1.【指】漢字の読み方を確認させながら音読する。
勅命  駅吏  躍り出た  翻して  恐懼  漏れる  懐かしげ  久闊を叙す異類  故人  畏怖嫌厭  愧赧  傍ら  消息  叢中
2.【指】語句を確認する。
 ・勅命=天子の命令。
 ・あわや=あやうく。
 ・恐懼=おそれおののくこと。
 ・峻峭=厳しくきついこと。
 ・久闊を叙す=長い間会わなかった相手にあいさつする。
 ・おめおめ=恥ずべきことと知りながら、そのままでいるさま。
 ・故人=昔の友だち。
 ・畏怖嫌厭=恐れ嫌うこと。
 ・愧赧の念=恥じ赤面すること。
 ・消息=たより。音信。連絡。
3.設問を考えながら読解する。
 1)【L3】なぜ、袁傪は駅吏の言葉を聞かず出発したのか。
  ・供回りが多勢いたから。                         ・  ・勅命を受けていたから。
   ・任務に忠実な役人であった。
  ・虎になった李徴と出会う伏線。
 2)【L1】「月」を使った表現を抜き出せ。
  ・残月の光をたよりに
   *朝になっても残っている月。
   *朝早く、夜明け前の、まだ暗いころ。
 3)【L2】なぜ、袁傪に襲いかかろうとした虎が身を翻したのか。
  ・李徴が人間の心に帰り、袁傪であると認めたから。
 4)【L1】なぜ、袁傪は虎が李徴だとわかったのか。
  ・虎の声に聞き覚えがあった。
  ・虎が喋ることを受け入れた。
  ・声を聞いただけで李徴だとわかるにはかなり深い関係。
 5)【L2】袁傪と李徴の出身地や性格や身分を比較しなさい。
袁傪               李徴              
出身 陳郡。温暖な農耕中心の土地。  隴西。乾燥草原の遊牧中心の土地。
性格 温和。              峻峭(険しく、厳しい)
身分 監察御史(出世コース)      役人をやめ虎になった。     
 6)【L2】なぜ、李徴は草むらから出てこないのか。
  ・虎になったあさましい姿を友にさらしたくないから=自尊心
  ・袁傪に恐怖と嫌悪の気持ちを起こさせるから。
 7)【L1】李徴の相反する気持ちは。
  ・恥ずかしさを忘れるほど懐かしい。
  ・醜悪な外形をいとわず話を交わしてほしい。
  ★相反する気持ちは、『山月記』のテーマの一つである。
 8)【L2】「超自然の怪異」とは何か。
  ・李徴が虎に変身したこと。
  ・虎が人間の言葉を話すこと。
 9)【L2】二人はどんな状態で話していたか。
  ・袁傪は虎になった李徴が潜む草むらに向かって話す。
  ・草むらの中から李徴の人間の声が聞こえる。
  ・二人の対話をお供の人々は見ている。
  ★不思議な光景である。
 10)【L2】袁傪が行列の進行をとどめた意味は。
  ・天子の命令よりも李徴との友情を優先した。
4.板書する。

1.李徴と袁傪の出会い
 1)袁傪は駅吏の言葉を聞かず出発した。
  ・勅命を受けていたから。
 2)虎は袁傪に襲いかかろうとして身を翻す。
  ・李徴が人間の心に帰り、袁傪であると認めた=友情
 3)袁傪は声で虎が李徴だとわかる=友情
 4)
袁傪               李徴              
出身 陳郡。温暖な農耕中心の土地。  隴西。乾燥草原の遊牧中心の土地。
性格 温和。              峻峭(険しく、厳しい)
身分 監察御史(出世コース)      役人をやめ虎になった。     
 5)李徴の気持ち。
  ・虎になったあさましい姿を友にさらしたくない=自尊心
  ・袁傪に恐怖と嫌悪の気持ちを起こさせる。
   ⇔
  ・恥ずかしさを忘れるほど懐かしい。
  ・醜悪な外形をいとわず話を交わしてほしい。
 6)超自然の怪異
  ・李徴が虎に変身したこと。
  ・虎が人間の言葉を話すこと。

 7)袁傪は行列の進行をとどめた。
  ・天子の命令よりも李徴との友情を優先した。


第三段落(6)

 虎に変身する様子と、虎になってからの相反する心理を考える。

1.【指】漢字の読み方を確認する。
 戸外  無我夢中  肘  臨んで  映して  茫然  所行  経書  残虐
 憤ろしい  経る  礎  悔い
2.【指】語句を意味を確認する。
 ・無我夢中=我を忘れて行動すること。
 ・茫然=ぼんやりしている様子。
 ・所行=行ったこと。
 ・忍びない=耐えられない。
 ・経書=儒教の教典。易経、詩経、春秋など。
 ・そらんずる=暗記して言う。
 ・憤ろしい=腹立たしい。
3.【指】音読する。
4.設問を考えながら読解する。
 1)【L3】6)を三つの部分に分けよ。
  1)今から〜すでに虎となっていた。=虎になるまで
  2)自分は初め目を信じなかった〜虎としての最初の体験であった。=虎になってから。
  3)それ以来今までに〜おわり=虎になった気持ち
 2)【L3】第一段落の発狂し行方不明になる場面と第三段落の最初の部分の違いは。
  第一 第三者の視点から客観的に書いている。
     発狂して訳のわからないことを叫んで駆け出した。
  第三 李徴の立場から主観的に書いている。
     誰かに呼ばれて追いかけて走り出した。
 3)【L4】戸外で我が名を呼ぶ「誰か」とは。
   ・運命、神。自分の中のもう一人の自分。無意識。
 4)【L3】虎に変身するまでの過程をまとめ、共通点を考えよ。
  1)ふと目を覚ます。(急に顔色を変えて起き上がる)
  2)だれかが我が名を呼んでいる。(何か訳のわからないことを叫ぶ)
  3)覚えず、声を追って走りだす。(闇の中へ駆け出す)
  4)無我夢中で駆けていく。
  5)いつしか山林に入る。
  6)しかも知らぬ間に左右の手で地をつかんで走っていた。
  7)なにか体中に力が満ち満ちている。
  8)気が付くと手先やひじに毛が生えている。
  9)既に虎になっていた。
  ・無意識を表す副詞が多い。
  ・李徴が無意識の内に虎になった様子がわかる。
 5)【L2】虎に変身した後の心理の変化をまとめよ。
  1)初め目を信じなかった。
  2)次に、夢に違いないと考えた。
  3)そうして懼れた。
  4)しかし、理由がわからない。
  5)すぐに死を思うた。
  6)しかし兎を見た途端に自分の中の人間が姿を消した。
 ○【W】「夢チェック」をする。
 6)【L1】なぜ、「懼れた(2516)」のか。
   ・どんなことでも起こると思ったから。
 7)【L2】なぜ虎になったと考えたか。
   ・理由も分からずに押しつけられ、理由もわからず生きていく生き物のさだめ。
   ・不条理。
 ○【L4】「生き物のさだめ」という警句について、あなたの考えを書きなさい。
 8)【L2】なぜ、すぐに死のうと思ったのか。
   ・人間としての自尊心が許さない。
   ・虎として生きていくぐらいなら死んだ方がましだ。
 9)【L3】なぜ、「人間」に傍点がついているのか。
   ・人間の心を表している。
 10)【L2】「恐ろしい」について、それぞれの何が恐ろしいのか。
  1)【L1】2611「恐れた」(2)
    ・人間の心で、虎としての残虐な行いを見て、運命を振り返ること。
  2)【L1】2614「恐ろしい」
   ・どうして以前人間だったのかと考えるようになったこと。
   ・次第に人間でなくなっていくこと。
  3)【L1】2707「恐ろしく」
   ・人間だった記憶が全部なくなるから。
  4)【L2】同時に、なぜ、そのことが「しあわせ」なのか。
   ・虎としての残虐な行為に悩まなくてすむから。
   ★李徴の相反する気持ちに注意する。
   ★傍点が付いているのは、本心ではないから。
 11)【L2】「古い宮殿の礎が土砂に埋没する」は何をたとえているか。
   ・人間の心が獣としての習慣に成り代わること。
 12)【L3】李徴の人称の変化の理由は。
   ・自分(第一部分)→己(第二部分)→おれ(第三部分)
   ・自分=客観的。理性的。
   ・おれ=首魁的。感情的。
 ○【L4】「もとは他のものだったのに忘れている」という警句について、あなたの考え   を書きなさい。
5.板書する。
 1.虎に変身する様子=「自分」
  1)誰かが我が名を呼んでいる。
   運命
  2)無意識に走り続ける。
 2.虎に変身した後=「己」
  1)目を信じなかった。
  2)夢だと思う。
  3)懼れた(1)
   ・どんなことでも起こりうる
  4)理由を考える(1)
   ・生き物のさだめ=不条理
  5)死のうと思った
   ・自尊心
  6)うさぎを見る
   ・自分の中の人間が姿を消した=人間の心が失われた
 3.虎になった李徴の気持ち=「おれ」
  1)恐ろしい(2611)
   ・人間の心で虎としての残虐な行為を見なければならないから。
   ・己の運命を振り返らなければならないから。
  2)恐ろしい(2614)
   ・以前どうして人間だったのかと考える。
   ・人間より虎の部分が大きくなっているから。
  3)恐ろしい(2707)
   ・すっかり人間の心が消えてしまう。
   ・完全に虎になってしまうから。
  4)しあわせ
   ・虎としての残虐な行為に後悔しなくてすむから。


第四段落(7〜13)

《目的》李徴の一つ目の依頼と今の気持ちを理解する。

1.【確】漢字の読みを確認する。
業  遺稿  記誦  詩人面  巧拙  執って  朗々  格調高雅  意趣卓逸
岩窟  嗤う  哀れ  自嘲癖  狂疾  粛然  薄幸
2.【確】語句を確認する。
 ・息をのむ=一瞬、非常に驚く。
 ・名を成す=有名になる。
 ・遺稿=故人がその生前に書いておいた未発表の原稿。
 ・記誦=覚え。そらんじること。
 ・詩人面=詩人のような態度。
 ・巧拙=じょうずなことと、へたなこと。
 ・産を破る=財産を失う。破産する。
 ・朗々=声などが大きくはっきりして透き通っている様子。
 ・格調高雅=詩歌の品格や調子が、気高く優美であるさま。
 ・意趣卓逸=詩に盛り込まれた思いや趣向がひときわ高く抜き出て優れていること。
 ・自嘲=自分で自分を軽蔑し、あざけること。
 ・狂疾=精神病。
 ・殊類=異なる種類。
 ・粛然=おそれ、慎む様子。
 ・薄幸=不幸せ。
3.音読する。
4.設問を考えながら読解する。
 1)【L1】なぜ、暗誦している詩の伝録を依頼したのか。
  ×一人前の詩人面がしたいのではない。
  ○自分が生涯執着したものを後代に伝えたい。
 2)【L1】袁傪が感じた李徴の詩の長所と短所は。
  ・長所=格調高雅、意趣卓逸。
  ・短所=第一流の作品になるには、どこか微妙な点において欠けている。
 3)【L4】李徴の詩に欠けている「微妙な点」とは何か。
  ・作品より名声を残したいこと。
  ・臆病な自尊心と尊大な羞恥心。
  ・切磋琢磨して努力しなかったこと。
  ・家族よりも自分のことを優先する。
  【注】後の部分で出てくるので、ここでは意見を聞く程度に留める。
 4)【L2】なぜ、李徴は旧詩を吐き終わった後、自嘲したのか。
  ・虎と成り果てても、詩集が評価されていることを夢に見るから。
  ・未練
  ・「詩人面したいのではない」との矛盾に気づいた。
 5)【L1】李徴は自分自身を自嘲的に何と呼んでいるか。
  ・詩人になりそこなって虎になった哀れな男。
 6)【L3】漢詩の訳の訳は次の通りだが、1)虎になった理由をどのように考えているか。    2)どんな気持ちが詠まれているか。
  ・偶然、精神病によって異類のものになってしまった。
  ・災いが襲いかかって避けることもできなかった。
  ・今では、この爪や牙に誰が歯向かうだろうか、いや誰も歯向かわない。
  ・当時は、私も君も二人とも評判が高かった。
  ・私は虎になって雑草の下にいるが、
  ・君はすでに立派な馬車に乗って順調に出世している。
  ・この夕方谷山の明月に向かって、
  ・私は詩を吟ずるのでなく吼え叫んでいるだけだ。
  1)精神病。
  2)後悔、諦め、嫉妬、悲し。
 7)【L4】あなたが、後世に残したいものを書きなさい。
  ・年をとるにつれ死が近づくにつれて、このような思いが強くなる。
  ・子ども、自叙伝、ホームページ・プログ。
5.板書する。
 第四段落(7〜13)
 1.李徴の依頼(1)
  ・詩の伝録
   ○生涯執着したものを後代に伝えたい。
   ×詩人面をしたいわけではない。
 2.袁傪の感想
  ・微妙な点で欠けるものがある。
 3.李徴の自嘲(1)
  ・詩に対する未練。
  ・「詩人になりそこなって虎になった哀れな男」
   ↓
 4.即興の漢詩
  ・精神病によって虎になる。
  ・虎になった悲しみ。


第五段落(14)

《目的》李徴の語る虎になった理由と本心を考える。

1.【確】漢字の読みを確認する。
努めて  倨傲  羞恥心  就いたり  切磋琢磨  珠  刻苦  憤悶  塹恚
損ない  警句  弄し  怠惰  専一  哮って
2.【確】語句を確認する。
 ・倨傲=おごりたかぶっていること。 ・尊大=たかぶって偉そうにすること。
 ・羞恥心=恥ずかしいと思う気持ち。
 ・切磋琢磨=仲間どうし互いに励まし合って学徳をみがくこと。
 ・俗物=つまらない人物。 ・伍する=仲間に入る。
 ・珠=才能。 ・刻苦=心身を苦しめて、励み努めること。
 ・瓦=つまらないもの。 ・空費=むだに使うこと。
 ・警句=人生・社会・文化などについて真理を簡潔な中に鋭く表現した語句。
 ・危惧=あやぶみ、おそれること。 ・専一=ある物事だけに力を注ぐこと。
3.【指】音読する。
4.設問に答えながら読解する。
 1)【L2】「なぜこんな運命になったかわからぬと、先刻は言った」の該当部分は。
   ・「しかし、なぜこんなことになったのだろう。わからぬ」(2601)
 2)虎になった理由について、1)【L1】キーワードを2つ抜き出せ。2)【L2】説明してい  る部分を抜き出せ。3)【L3】「臆病」「自尊心」「尊大」「羞恥心」に分析せよ。
   1)「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」
  2)・詩によって名を成そうと思いながら(自尊心   )、進んで師に就いたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった(臆病    )。
・かといって、俗物の間に伍することも潔しとしなかった(尊大    )
★「ながら」(逆接)「かといって」(逆接)に注目する。
・己の珠にあらざることを恐れるがゆえに(羞恥心    )、刻苦して磨こうと もせず(臆病    )、
・己の珠なるべきを半ば信ずるがゆえに(自尊心    )、碌々として瓦に伍す ることもできなかった(尊大    )。
   ★「ゆえに」(順接)に注目する。
   ★「半ば」が中途半端であることに注目する。
 3)【L3】「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」とはどのようなものか。
態度   心理  
−臆病な +自尊心
+尊大な −羞恥心
   ・「臆病な」と「自尊心」、「尊大な」と「羞恥心」は矛盾した組み合わせ。
   ・臆病=怖がってびくびくすること。【−の態度】
   ・自尊心=自分を優秀だと思う気持ち。プライド。【+の心理】
   ・尊大=偉そうにすること。【+の態度】
   ・羞恥心=自分を恥ずかしいと思う気持ち。【−の心理】
    ↓
   ・「自尊心」はあるが、失敗を恐れて、「臆病」な態度をとる。
   ・「羞恥心」強くなる。
   ・「羞恥心」はあるが、隠そうとして、「尊大」な態度をとる。
   ・「自尊心」が強くなる。
 4)【L1】「人間は誰でも猛獣使い」とあるが、李徴の猛獣とは何か。
   ・「臆病な自尊心」「尊大な羞恥心」
 5)【L1】「人生は何事かを成すにはあまりに短いが、何事かを成すにはあまりに短い」   という警句の裏にあった事実は何か。
   ・才能の不足を暴露するかもしれないとの卑怯な危惧(臆病)
   ・刻苦をいとう怠惰(尊大)
 ○【L1】「人生は何事かを成すにはあまりに短いが、何事かを成すにはあまりに短い」   という警句について、感想を書きなさい。
 6)【L3】李徴はどうすれば虎にならなかったのか。
   ・詩才を信じて、乏しい才能を専一に磨く。
   ・詩才のなさを自覚して、詩人になることをあきらめる。
 ○【L1】「それを専一に磨いた」の「それ」の指示内容は。
   ・乏しい才能。
 7)【L3】「月に向かってほえた」李徴の気持ちは。
   ・胸を焼く悲しみを誰かに訴えたい。
   ・誰かにこの苦しみを分かってほしい
   ・悲しみとは、日ごとに虎に近づいていくこと。
   ・詩人になる方法がわかったのに、実行できないこと。
 8)【L3】なぜ、毛皮が濡れたのか。
   ・後悔の涙を流したから。
   ・悲しみを誰も理解してくれない。
 ○【W】性格タイプの心理テストをする。
   1)自分の立場で回答させ、自分のタイプを考える。
   2)李徴の立場で回答させ、タイプを考えさせる。
 ○【L4】生徒の中にある矛盾する心について話し合う。

5.板書する。
 
第五段落(14)15))
 1.虎になった理由(2)
  ・臆病な自尊心=自分の才能に自信があるが、失敗を恐れて臆病な態度をとる。
  ・尊大な羞恥心=自分の才能に自信がないが、隠そうとして尊大な態度をとる。
    =
   猛獣=虎
    ↓↑
   乏しい才能を専一に磨く→詩家
 2.月に向かってほえる
  ・悲しみや苦しさみをわかってほしい
   ・日ごとに虎に近づいていくこと。
   ・詩人になる方法がわかったのに、実行できないこと。
    ↓↑
  ・誰一人わかってくれる者はない=人間だった頃
    ↓
  ・おれの毛皮が濡れたのは夜露のためばかりでない

              


第六段落(15〜21)

《目的》虎になったもう一つの理由と、袁惨との人間との別れを告げる李徴の気持ちを考   える。

1.【確】漢字の読みを確認する。
木の間  孤弱  道途  飢凍  計らう  恩倖  慟哭  欣んで  飢え凍え

堕とす  帰途  懇ろ  悲泣  咆哮
2.【確】語句を確認する。
 ・恩幸=いつくしみ。
 ・慟哭=号泣。声をあげてはげしく泣くこと。
 ・意に添う=気に入る。満足する。
 ・懇ろ=ていねいであるようす。
 ・咆哮=(猛獣が)さけびほえること。
3.【指】音読する。
4.設問に答えながら読解する。
 1)【L1】「酔わねばならぬ時」とはどんな時か。
   ・虎に還らねばならぬ時。
   ・「虎に還る」とは虎が本来の姿である。
 2)【L1】李徴は何を依頼したか。
   ★第二の依頼である。
   ・家族に死んだと告げてほしい。
   ・妻子が道途に飢凍することのないよう計らってほしい。
 3)【L3】なぜ、死んだと告げてほしいのか。
   ・家族にショックや嫌悪感を起こさせないため。
   ・自分の自尊心が傷つくから。
 4)【L3】なぜ、李徴は慟哭したのか。
   ・家族のことを思い出したから。
 5)【L2】なぜ、李徴は自嘲したのか。
   ★第一と同じく依頼した後で自嘲的になる。
   ・飢え凍えようとする家族より、自分の詩作を先に依頼したから。
   ・先に家族のことを依頼すべきだったと気づいたから。
   ・人間性の欠如。
 ○【説】虎になった第三の理由を思い当たった。
 6)【L1】李徴はさらに何を依頼したか。
   ★第三第四の依頼である。
   ・帰途にはこの道を通らないでほしい。
   ・丘の上から虎になった自分の姿を見てほしい。
 7)【L2】依頼した理由は。
   ・自分が虎になっていて袁傪と認めずに襲いかかるかもしれないから。
    ・醜悪な姿を示して、再び自分に会おうという気を袁傪に起こさせないため。
   ★第二段落で姿を見せなかった理由の逆を考える。
 8)【L3】李徴が袁傪に姿を見せた意味は。
   ・自尊心や羞恥心を捨てた。
 9)【L4】虎になった李徴の咆哮を人間の言葉で表現すると。
   ・袁傪に会えた喜び。「ありがとう」
    ・人間への未練を捨て切った。「さらばじゃ」
 10)【L4】「再びその姿を見なかった」と「再びその姿を見せなかった」の違いは。
   ★主語を考える。
   ・見なかった=袁傪や作者の立場からの表現。
   ・見せなかった=李徴の立場からの表現。
   ・人間としての李徴が完全に消滅した。
11.板書してまとめる。
 第六段落(16)〜㉑)
 1.李徴の依頼(2)
  ・家族には死んだと伝えてほしい
   ・家族に恐怖と嫌悪感を起こさせない。
   ・虎になったと知られると自尊心が傷つく。
  ・家族の生活の面倒を見てほしい
   ↓
  ・慟哭する
   ・家族を思い出す
 2.李徴の自嘲(2)
  ・妻子より自分の詩業を優先。
  ・人間性の欠如=虎になった理由(3)
 3.李徴の依頼(3)
  ・帰路には通らないでほしい
  ・虎になって襲いかかるかもしれない
 4.李徴の依頼(3)
  ・虎になった醜悪な姿を見てほしい
  ・二度と会おうと思わせない
  ・自尊心を捨てる
 5.虎の咆哮
  ・袁傪との別れ
  ・人間との別れ
 6.(袁傪・人々は)見なかった
   (李徴は)見せなかった
    ・人間としての李徴が完全に消滅


まとめ

1.【指】「人虎伝」の口語訳を配布する。
2.【交】4人組でサークルリーディングさせる。
3.【交】4人組で『山月記』との相違点をまとめ、理由を考えさせる。
 1)相違点
  1)詩人になるために役人を辞めたのではない。
  2)復官後は地方の人に歓迎された。
  3)虎になって、兎でなく、人を食った。
  4)妻子の今後と、詩の伝録の依頼の順序が逆。
  5)袁傪の詩の欠点の指摘がない。
  6)虎になった理由は、未亡人との密通と一家の焼き殺し。
  7)尊大な羞恥心と臆病な自尊心という言葉がない。
  8)袁傪の後日談がある。
 2)理由
  ・李徴の異常な犯行が削除されている。
  ・李徴が詩人になることにこだわっている。
    ↓
  ・李徴の異常な性格でなく、詩人としての葛藤を描きたかった。