おもて歌
 
無名抄


 作者鴨長明と和歌の師俊恵が、当時の和歌の第一人者藤原俊成のとおもて歌について話いている。
 俊恵が直接俊成から聞いたところによると、俊成自身が言うおもて歌は「夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里」である。しかし、世間一般では「おもかげに花の姿を先立てていくへ越え来ぬ峰の白雲」であるあると問うと、俊成は否定した。
 しかし、俊恵は私にこっそりと私見を述べた。「夕されば」の歌は「身にしみて」の部分が言いすぎていて浅くなっている。いい歌というのは、ただ景色だけを表現して歌の詮となる大事な部分はそれとなく思わせるものだ。
 そのついでに、後世の人が迷うといけないので、俊恵は自分のおもて歌を「み吉野の山かき曇り雪降ればふもとの里はうちしぐれつつ」であると言い添えた。
 この説によると、たしかに「おもかげ」の歌は春を求める気持ちを表面には出していないし、「み吉野」の歌も冬が到来し雪景色の感動を表面には出さずに表現している。


1.無名抄について説明する。
 ・ジャンルは、歌論書。
 ・作者は、鴨長明。
 ・内容は、鴨長明が和歌の師である俊恵と談話する。
2.登場人物を把握する。
 ・俊恵
 ・五条三位入道=藤原俊成。当時の和歌の第一人者。
3.俊恵の3つの会話からなることを確認する。
 ・1つ目は、俊成のおもて歌の自選と他選。
 ・2つ目は、俊恵の俊成の自選のおもて歌に対する批評。
 ・3つ目は、俊恵自身の和歌の自選。

4.俊恵いはく、「五条三位入道のもとにまうでたりしついでに、『御詠の中には、いづ れをかすぐれたりとおぼす。よその人さまざまに定めはべれど、それをば用ゐはべる
 べからず。まさしく承らんと思ふ。』と聞こえしかば、
 1)「まうで」の敬語
 2)「ついで」の意味。
  ・機会
 3)「いづれかすぐれたりとおぼす」の係り結び。
 4)「とおぼす」の「と」の会話部分。
 5)「それおば」の指示内容。
 6)助動詞「べから」の意味。
 7)「まさしく」の意味。
  ・確かに。
 8)「承ら」の敬語。
 9)「と思ふ」の会話部分。
 10)「と聞こえしかば」の「と」の会話部分。

5.『夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里
 これをなん、身にとりてはおもて歌と思ひたまふる。』と言はれしを、
 1)「夕されば」の和歌を訳す。
  ・夕方になると、野辺の秋風が身に沁みて、鶉もしみじみと鳴いているようだ。深草の里に。
  ・四区切れ。体言止め。
 2)「なむ」の結び。
 3)「たまふる」の活用の種類と敬語の種類。
  ・四段活用=尊敬。
  ・下二段活用=謙譲。
  ・ここでは、下二段活用の連体形。
  ・謙譲、俊成→俊恵
 4)「言はれ」の助動詞「れ」の意味。
  ・尊敬、俊恵→俊成
 5)「と言はれし」の「と」の会話部分。

6.俊恵、またいはく、『世にあまねく人の申しはべるは、
  おもかげに花の姿を先立てていくへ越え来ぬ峰の白雲
 これをすぐれたるやうに申しはべるはいかに。』と聞こゆれば、
 1)「あまねく」の意味。
  ・広く
 2)「あまねく人のもうしはべるは」と対照的な表現は。
  ・身にとりては
 3)「おもかげに」の和歌を訳す。
  ・花=桜。
  ・面影に桜の花の姿を思い描いていくつつ山を越えてきただろうか。峰の白雲を桜と見立てて。
  ・峰の白雲を桜と思って、桜を求めていくつも山を越えてきた。
  ・四句切れ。体言止め。
  ・桜を求める強い心。
 4)「と聞くこゆれ」の「と」の会話部分。

7.『いさ、よそにはさもや定めはべるらん。知りたまへず。なほみづからは先の歌には言ひくらぶべからず。』とぞはべりし。」と語りて、
 1)「いさ」の意味。
  ・さあねぇ。相手の言葉を否定的に受け流す。
 2)「さ」の指示内容。
  ・他の人が「おもかげ」を私のおもて歌と言っていること。
 3)「さもやはべるらむ」の係り結び。
 4)「知りたまへず」の敬語。
  ・下二段活用の未然形。
  ・謙譲。
 5)「先の歌」の指示内容。
 6)「なほ」の意味。
  ・やはり
 7)助動詞「へから」の意味。
 8)「とぞはべりし」の「と」の会話部分。
 9)「と語りて」の「と」の会話部分。
 10)ここまでのまとめ。
  1)(俊恵の質問)俊成自身のおもて歌は何か。
  2)(俊成の回答)「夕されば」
  3)(俊恵の質問)世間では「おもかげ」といっているが、どうか。
  4)(俊成の回答)比べ物に。ならない。

8.これをうちうちに申ししは、
 「かの歌は、『身にしみて』といふ腰の句のいみじう無念におぼゆるなり。これほどになりぬる歌は、景気を言ひ流して、ただそらに身にしみけんかしと思はせたるこそ、心にくくも優にもはべれ。いみじう言ひもてゆきて、歌の詮とすべきふしをさはと言ひ表 したれば、むげに事浅くなりぬる。」とて、
 1)「これ」の指示内容。
  ・これまでの部分。
 2)「うちうちに」の意味。
  ・こっそりと。
 3)「申し」の敬語。
  ・謙譲、俊恵→作者。
 4)「うちうちに」言った理由は。
  ・俊成は、当時の歌壇の大御所であり、その和歌を表向きに批判することははばから   れるから。
 5)「腰の句」の意味。
  ・第三句。
  ・身にしみて
 6)「景気」の意味。
  ・具体的な景色。
 7)「そらに」の意味。
  ・それとなく。
 8)助動詞「せ」の意味。
 9)「こそ」の結び。
  ・強調したい部分。
 10)「心にくし」「優に」の意味。
  ・心ひかれる。
  ・優雅に。
 11)「歌の詮」の意味。
 12)助動詞「べき」の意味。
 13)「さはと」の意味。
  ・明らかに
 14)「むげに」の意味。
  ・むやみに。
 15)すぐれた和歌の条件は。
  ・具体的な景色だけを詠んで、それとなく「身にしみる」と思わせる。
 16)「夕されば」の歌の欠点は。
  ・「身にしみて」という和歌の眼目まで詠みすぎたこと。
 17)「おもかげに」はどうか。
  ・眼目である、「白雲」を桜に見立てたことは直接は表現されていない。
 18)「とて」の「と」の会話部分。

9.そのついでに、「わが歌の中には、
  み吉野の山かき曇り雪降ればふもとの里はうちしぐれつつ
 これをなん、かのたぐひにせんと思うたまふる。もし世の末におぼつかなく言ふ人もあ らば、『かくこそ言ひしか。』と語りたまへ。」とぞ。
 1)「み吉野」の和歌を訳す。
  ・俊恵自身の歌。
  ・吉野山の空がかき曇って雪が降れば、ふもとは里は時雨れている。
  ・冬景色の感動。
  ・具体表現だけで、感情表現がない。
 2)「これ」の指示内容。
 3)「かのたぐひ」とは。
  ・自身のおもて歌の類。
 4)「なむ」の結び。
 5)「たまふる」の敬語。
  ・下二段活用の連体形。
  ・謙譲。
 6)「世の末」の意味。
  ・将来。
 7)「おぼつかなし」の意味。
  ・はっきりしない。
  ・俊恵のおもて歌がはっきりしない。
 8)「かく」の指示内容。
  ・わが歌〜思うたまへる。
 9)「たまへ」の敬語。
  ・四段活用の命令形。
  ・尊敬。
 10)「とぞ」の「と」の会話部分。



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おもて歌(無名抄)一三五頁  学習プリント
学習の準備
1.次の語の読み方を現代仮名遣いで書け。

 俊恵  御詠  承らん  鶉  白雲  詮  
2.次の語句の意味を調べよ。
 ついで まさしく 夕さる  おもて歌  あまねし おもかげ いさ なほ うちうち 腰の句 無念 景気 そらに 心にくし 優(いう)なり 歌の詮 さは むげに 世の末 おぼつかなし
3.助動詞の意味と活用形、敬語の種類と主体と対象を本文プリントの右に書きなさい。
4.訳を本文プリントの左に書きなさい。

学習のポイント
1.登場人物とその関係を理解する。
2.状況設定を理解する。
3.会話や心中語の始めと終わりを理解する。
4.指示語を指示内容を理解する。
5 藤原俊成の考える自分のおもて歌を鑑賞する。
6.世間の人の藤原俊成のおもて歌を鑑賞する。
7 俊恵の考える「夕されば」の和歌の欠点を理解する。
8.俊恵の考える理想の和歌を理解する。
9.俊恵の考える自分のおもて歌を鑑賞する。
10.「たまふ」という敬語について二つの意味を理解する。