月や太陽、時間、船頭、馬子は永遠の旅人である。そして、作者の尊敬する西行や宗祇や杜甫や李白も永遠の旅人であり、旅の途上で死んだ。自分も永遠の旅人で、旅で死ねれば本望である。自然から人に近づき、同業者として尊敬する詩人、そして自分と焦点を絞る書き出しは見事である。さらに、冒頭の一文は中国の李白の文章を典拠としており、教養の深さも披露する。

 そして、自分の漂白ぶりを簡単に書き、いよいよ最後の旅になるかもしれない奥の細道の旅の構想を述べ始める。着々と旅の支度をする芭蕉の頭には、白河の関や 松島の月などの歌枕がよぎる。今まで住んでいた庵には思い出の句を掛けておく。

 旧暦の三月二十七日、今の五月中旬の明け方に旅立つ。その風景描写も『源氏物語』の一節をベースにしている。月に冨士に、そして想像の中で桜を配して、二度と帰って来ないかもしれない江戸の旅立ちを印象的に描こうとしている。多くの人が別れを惜しみ、見送ってくれる中、不安と離別の涙を流しながら旅立っていく。ところが、実際は、千住で一週間ほど送別会が繰り返されていたようだ。しかし、それでは旅立ちの感動が薄れるために虚構している。これも文学ならではであろう。

 矢立の歌は、旅の終わりの歌ととてもよく対応している。初めから旅の終わりの歌を決めていたのか、矢立の歌を後から考えたのかわからない。

 といった、虚々実々の修辞を含めながら、旅立つ芭蕉の気持ちを考えていく。


1.「奥の細道」について簡単に説明する。
 ・作者 松尾芭蕉。伊賀上野出身。別号桃青
 ・俳諧紀行文 江戸→関東→東北→北陸→大垣
 ★松尾芭蕉はことば遊びとしての俳諧を芸術としての俳句に高めた。俳句は世界最小の韻文で、五七五の中に表現したいことを盛り込む。そのため、色々な約束や仕掛けが  ある。「奥の細道」様々な仕掛けがある。それを解読しながら読み進んでいく。
2.学習プリントを配布する。
3.教師が音読する
4.生徒と音読する。

5.月日は〜旅人なり。
 1)「百代」「過客」の意味。
  ・百代=永遠。
  ・過客=旅人。
 2)「月日」の2つの意味
  ★時間と、太陽と月
 3)「月日は百代の過客にして」の典拠
  ★李白の『春夜宴桃李園序』の「夫天地者万物之逆旅、光陰者百代之過客」

6.舟の上に〜すみかとす。
 1)「舟の上に生涯を浮かべ」「馬の口とらへて老いを迎ふる」の職業
  ・船頭、馬子
 2)「舟」の縁語
  ★浮かべ
 3)ここまで、旅人に譬えられているものを整理する。
  ・月日、行きかふ年、舟の上に生涯を浮かべ、馬の口をとらえて老いを迎ふる者

7.古人も〜死せるあり。
 1)「古人」とは
  ★李白(中国の詩人)杜甫(中国の詩人)西行(日本の歌人)宗祇(日本の連歌師)
 2)「死せるあり」の「死せ」の活用の種類と「る」の識別。
  ・「死す」でサ変。「死ぬ」はナ変。
  ・完了「り」連体。下に「者」が省略

8.予も、〜さすらへ、
 1)「片雲の風に誘はれて」の「の」「れ」の意味。
  ・比喩、受け身。
  ・ちぎれ雲のように風に誘わて2)「海辺にさすらへ」の説明
  ・野ざらし紀行(江戸→大和→山城→近江→名古屋)四〇才。8ケ月間
  ・鹿島紀行(江戸→鹿島)四三才。1ケ月
  ・笈の小文(江戸→伊賀)四三才。2ケ月
  ・更級紀行(伊賀→大阪→明石→京都→名古屋→信州→江戸)四四才。12ケ月
  ・奥の細道 四五才
  3)「いづれの年よりか」の結び。
  ・意味の上から考えると、「漂白の思ひやまず」にかかる。
  ・連用中止法によって流れている。

9.去年の秋、〜手につかず、
 1)「やや」の意味。
  ・しだいに。だんだん。
 2)「蜘蛛の古巣を払う」とはどういうことを意味するのか。
  ・江上のあばら家に帰ってきて掃除をしている。
 3)「春立てる」の「る」の意味。
 4)「春立てる霞の空に」の掛詞
  ★春が立つ、霞が立つ
 5)「そぞろ神」「道祖神」の説明。
 6)「春立てる霞の空に」のかかり。
      1)「越えんと」にかかる場合
   ・春に白河の関に到着する
    2)「心を狂はせ」にかかる場合
   ・春に心を狂わせ江戸を出発する
 7)「春立てる霞の空に、白河の関越えんと」の典拠
  ・能因法師「都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関」
  ・この歌は体験に基づいた歌ではなく、あまりのできよさに発表を遅らせたという説もある。
  ・この歌から考えると、春に出発することになるので、「越えんと」は「心を狂はせ」にかかることになる。

10.ももひきの〜移るに、
 1)「三里」の説明
 2)「すうるより」の「より」の意味。
  ・〜するとすぐに
 3)「松島の月まづ心にかかりて」の縁語と掛詞。
  ・月−かかり
  ・月がかかる、心にかかる
 4)「住める方」の説明。
  ・芭蕉庵のことで、弟子から寄贈されたものを旅費を調達するために売却した。

11.草の戸も住み替はる代ぞ雛の家
 1)季語と切れ字
  ・「雛」で春、「ぞ」
 2)訳
  ・粗末な庵も住み替わる時がやってきた。(住む人が替わると、わびしい家から)雛人形を飾るような華やかな家になるのだろうか。
 3)「草の戸」と同じものを指している語。
  ・江上の破屋、住める方

12.表八句〜掛け置く
 1)表八句の実演と説明。
  ・初折    表8句 裏14句
   二の折   表14句 裏14句
   三の折   表14句 裏14句
   名残の折 表14句 裏8句 計百句

13.やよひも〜心細し
 1)「やよひも末の七日」は何月何日
  ・三月二七日
  ・太陽暦では、五月一六日
 2)「ものから」の接続。
  ・順接。月の光が薄れているから(夜明けで周囲が明るくなって)、富士の峰がかすかに見える。
  ・逆接。月の光が薄れているけれども(明るさはないが)、富士の峰がかすかに見える。
 3)「月は有明にて光をさまれるものから」の典拠
  ・『源氏物語』の「月は有明にて光をさまれるものから、(月の)影さやかに見えて、なかなかをかしき曙なり」
  ・これで考えると逆接である。
 4)「上野谷中の桜の梢」の虚構
  ・五月十六日なので、桜は散っていて見ていない。想像である。
  ・上野、谷中は深川へ行く途中ではない。
  ・しかし、いかにも眼前にあるように想像して描いている巧みさ。
 5)「またいつかは」の後の省略
  ・「見ん」
 6)「またいつかは」の典拠
  ・西行「かしこまるしでに涙のかかるかなまたいつかはと思ふこころに」
14.むつまじき〜送る。
 1)「むつまじ」の意味。
  ・親しい。
 2)「宵」の意味
  ・前の夜。早朝。

15.千住〜そそぐ。
 1)「前途三千里」の典拠
  ・中国でよくする表現で、三千は遠さ長さの誇張表現。「白髪三千丈」「母をたずねて三千里」
  2)「幻のちまた」の「の」の意味。
  ・比喩。
  ・幻のようにはかない別れ道。
  ・世の中や人生ははかないものであり、旅の別離はささいなことである。
 3)「涙をそそぐ」理由は。
  ・世の中は儚く、旅の別離は些細なことであるのに、やはり涙を流さずにいられない。
  ・高齢になり、これが江戸の見納めかもしれない。
  4)「弥生も末の七日〜千住という所にて舟を上がれば」の虚構
  ・『奥の細道』では三月二七日に千住に着いたことになる。
  ・『曽良随行日記』には 「巳三月廿日、深川出船。巳ノ下剋千住揚がる」とあり、三月二〇日に千住に着いたことになる。
  ・実際は二〇日に千住に着いて一週間送別会が続き二七日に出発したのであろう。
  ・しかし、それでは旅の重さに欠ける。

16.行く春や鳥啼き魚の目は涙
 1)季語と切れ字
  ・行く春(春)、や
 2)見立て
  ・鳥の鳴き声を別れを惜しんでいるように見立て、魚の目を別れを惜しんで涙を溜めているように見立てている
 3)最後の句と比べる。
  ・蛤のふたみにわかれ行く秋ぞ
  ・行く春と行く秋。
  ・鳥や魚と蛤
  ・「ふたみ」が、「二実」と「蓋と実」の掛け詞で修辞している。

17.これを〜見送るなるべし。
 1)「矢立て」の説明
 2)「見ゆるまでは」の後の省略
  ・見送らん
 3)「見送るなるべし」の「なる」「べし」の意味。



 ここ平泉は藤原清衡、基衡、秀衡の三代が栄えた土地である。清衡は平安時代の末期の後三年の役の手柄でこの地方に領地を得て、中尊寺などを建立して栄えた。基衡は毛越寺を建立した。秀衡は逃亡してきた義経を匿い頼朝と対立し、子の泰衡の代に頼朝に滅ぼされる。その間九十六年間栄えた。その栄華も、邯鄲一炊の夢の故事のように、はかなく消えて、今は当時の栄華を忍ばせる旧跡も田や野原になっているが、ただ自然の金鶏山だけが姿を残している。義経の居城であった高館に登ると眼下に北上川や衣川、泰衡の旧跡、衣が関が見える。それにしても、義経の忠実な家来である弁慶や兼房などはこの高館に立てこもって頼朝の軍と戦ったが、功名も一時で、今は草むらになっている。笠を敷いて時が移るのを忘れてしばらく眺めていると、尊敬する杜甫の「春望」が思い起こされて、自然と涙が出てくる。

  今は夏草が生い茂っているが、その昔は、義経の家来たちや藤原氏一族が、栄華を夢 見た跡である。

  真っ白に咲いている卯の花を見ると、白髪を振り乱して戦った兼房の姿が重なってく る。

 以前から噂に聞いて驚いていた経堂と光堂の二堂が公開されていた。しかし、曾良の日記には「経堂」は公開していなかったとある。ここにも芭蕉の虚構がある。経堂には藤原三代の像があった。しかし、実際には仏像が三像あるだけで、芭蕉の見てきたような嘘が露顕している。光堂は三代の棺があり、三尊の仏像を安置している。しかし、七宝は飛び散り、珠玉で飾った扉も壊れ、金箔を貼った柱も霜や雪で朽ち果てて、滅び果てて何の跡も止めない草むらになるはずであったのに(前段の「功名一時の叢」とは全く勢いが異なる)、四面を新たに囲って瓦を敷いてあるので風雨を凌ぐことができた。これでしばらくの間は、千年の昔を忍ぶ記念物になっている。

  五月雨もこの光堂だけは降り残しているのだろうか、この堂だけは昔の華やかさを止めている。


1.「旅立ち」から「平泉」までの旅について説明する。
2.学習プリントを配布する。
3.前半を音読する。
4.出てくる地名などをチェックする。
 ・大門(毛越寺)、秀衡が跡、金鶏山、高館、北上川、南部、衣川、和泉が城、(泰衡らが旧跡)、衣が関
5.前半部分について地名を地図で確認しながら訳す。
6.「三代」とは誰か。
 ・藤原清衡、基衡、秀衡
 ・奥州藤原氏。平安時代後期から平泉に栄華の文化を築いた。
7.「一睡のうち」の故事について説明する。
 ・昔、中国の趙(チョウ)の都邯鄲で、盧生(ロセイ)という男が道士に枕を借りて寝たところ、次第に立身出世して金持ちになった夢をみたが、目がさめてみると寝る前にたいていた黄粱(コウリョウ)がまだにえ終わらないくらいの短い時間であったという故事。
8.「金鶏山」について
 ・名前の由来を脚注を参照して説明する。
 ・建物などは跡形もなくなるが、自然は残っている。
9.「高館」を説明する。
 ・弁慶が弓矢を受けながらも高館の前で立ち往生をし、その間に義経は火を放って自害した。一説に、義経は海を渡って大陸に行き、ジンギスカンになったというが、時代が合わない。義経を英雄視することから出た俗説。
10.「大河」とは何か。
 ・北上川
11.「義臣」について
 ・忠義の家来。
 ・義経に殉じて死んだ弁慶や兼房や 和田三郎忠衡ら。
12.「すぐりて」の音便は。
 ・促音便
 ・すぐりて→すぐつて
13.「この城」とは。
 ・高館
14.「功名一時の叢となる」の訳に注意する。
 ・功名を立てたが、その功名も一時のことであって、今はその跡は草むらになっている。
 ・俳文独特の圧縮した表現。
15.「国破れて」の典拠は。
 ・杜甫の「春望」。
16.「落としはべりぬ」の敬語と助動詞。
 ・丁寧の補助動詞。作者→読者。
 ・完了の助動詞の終止形。
17.「夏草や」の俳句について
 1)季語と季節は。
  ・夏草(夏)
 2)切れ字は。
  ・や
 3)「兵ども」とは。
  ・義経や藤原三代
 4)訳す。
  ・夏草よ。ここは昔、義経や藤原氏三代が栄華を夢見て戦った跡である。
18.「卯の花に」の俳句について
 1)季語と季節は。
  ・卯の花(夏)
 2)切れ字は。
  ・かな
 3)見立ては。
  ・卯の花の白と、兼房の白髪
 4)訳す
  ・白い卯の花を見ていると、兼房が白髪を振り乱して戦っているように見える。
19.後半を音読する。
20.数字をチェックする。
 ・二堂、三将、三代、三尊、七宝、四面、千歳・五月雨
21.「耳驚かす」の意味は。
 ・すばらしいと噂に聞いていた
22.「二堂」とは何と何か。
 ・経堂と光堂。
23.「三将・三代・三尊」を説明する。
 ・三将、三代=藤原清衡、基衡、秀衡。
 ・三尊=阿弥陀如来、観世音菩薩、勢至菩薩。
24.「七宝」の説明をする。
 ・金、銀、瑠璃(ルリ)、玻璃(ハリ)、  (シャコ)、珊瑚(サンゴ)、瑪瑙(メ  ノウ)
25.「五月雨の」の俳句について
 1)季語と季節は。
  ・五月雨(夏)
 2)切れ字は。
  ・や
 3)訳す。
  ・五月雨も、降り残しているのだろうか、この光堂を。
26.前半から、変化するものと、変化しないものに分ける。
 ×大門、秀衡が跡、高館、和泉が城、泰衡らが旧跡、兵ども、兼房
 ○金鶏山、北上川、衣川、衣が関、夏草、卯の花
27.後半から対句を抜き出す。
 ・経堂は三将の像を残し
  光堂は三代の棺を納め
  三尊の仏を安置す
 ・七宝散りうせ
  珠の扉風に破れ
  金の柱霜雪に朽ちて
 ・四面新たに囲みて
  甍を覆ひて
28.「頽廃空虚の叢」と対照的な表現は。
 ・功名一時の叢。
29.『曽良随行日記』と比較し、奥の細道の虚構を考える。
 ・「十三日 天気明。巳ノ剋ヨリ平泉ヘ趣。山ノ目、平泉ヘ以上弐里半ト云ドモ弐ヨリ近シ。高館・衣川・衣ノ関・中尊寺・光堂・泉城・さくら川・さくら山・秀平ヤシキ等ヲ見ル。霧山見ユルト云ヘドモ見ヘズ。タツコクガ岩ヤヘ不行。三十町有由。月山・白山ヲ見ル。経堂ハ別当留主ニテ不開。」
 ・経堂は開かず、見ていない。実際、経堂の中には仏像が三像あるだけで、三将の像は安置していない。芭蕉の見てきたような嘘が露顕している。



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