「贈り物」としてのノブレス・オブリージュ
 
内田 樹


 樹
I 「贈り物」といえば何を思い浮かべるか。一般的には、指輪とかぬいぐるみとかチョコレートとか、誕生日やクリスマスにもらえる、形あるもの、価値のあるもの、実用性のあるものを思い浮かべる。しかし筆者は、贈り物とは贈る側が価値があると思うものではなく、受け取った側が「贈り物だ」と思った瞬間に価値が生成する贈与の儀式であると考える。
 例えば、挨拶も形はないが言葉の贈り物である。挨拶を受ける側は挨拶を返さなければならないと返礼義務や負債感を感じる。挨拶した側も返礼がないと心に傷を負う。
 どうしてなのか、理由を考えていく。例えば、「おはよう」には、「今日一日あなたにとってよき日でありますように」という予祝の言葉がある。でも、もともとは「朝が早い」という認知的な意味しかない。でも、受け取る側が予祝の意味と解釈し、祝福されたのだから感謝の意味を返さなければならないと思うから、返礼義務が生じるのである。
 挨拶という単なる単語に予祝の意味を補って解釈するのは不思議な仕組みである。
 贈り物は、贈り物自体に価値があるのでなく、贈られた側が自力で価値を補塡しなければ価値が生成しないからである。
 商品でも貨幣でも情報でも、受け取った側が自力で価値を補塡しないと贈り物にならないというルールは同じである。お金を払って買った物やアルバイトの給料のお金にたいしては返礼義務がない。しかし、プレゼントとしてもらった物や入学祝いなどのお金は、商品やお金を返さないまでもありがとうの一言ぐらいは返さなければならない。
 第一段落では、贈り物には返礼義務化あるということを確認する。

II 「天賦の才能」とは、自分に備わっている能力や資質を「天からの贈り物」と感じることである。贈り物だから、返礼義務がある。ここには三段論法がある。贈り物(A)は返礼義務(B)を生じる。天賦の才能(C)は天からの贈り物(A)である。だから、天賦の才能(C)にも返礼義務(B)が生じる。
 例えば、優れた頭脳を持った人の価値は、才能を賦与されたことにどれだけ返礼義務を感じているかで決まる。反対に、自己利益のために排他的に使用する人は評価できない。
 超能力者は、最良の貢献は何かを考えるはずである。しかし、能力の行使について代価を求める商取引が多い。そこには、天賦の才能の返礼義務として他者に対する最良の貢献をしようとする贈与と返礼のメカニズムは働いていない。
 人間の超能力は、天賦の贈り物に対してどのような返礼をしたかによって査定される。
 しかし、才能豊かな人の多くは、「文化資本」として私的に所有し、自己利益を確保し、敬意や賞賛を得ようとしている。
 返礼義務を腕力で考えるとわかりやすい。ここにも三段論法が駆使されている。天賦の才能として腕力の強い人(A)は、腕力によって困っている人の荷物を持つという返礼義務(B)という正しい使い方をしたと評価される。天賦の才能として知力を持っている人(C)も、困っている人の荷物をもってあげることが返礼義務(B)という正しい使い方が要求される。具体的には何ができるか。
 自分に例外的に与えられた能力は、それを持たない人のために役立つように使うべきである。

III ノブレス・オブリージュとは、高い身分に伴う、名誉を重んじたり、慈善を行ったりする義務のことである。一般的には、ノブレスは貴族のような身分の高い人は普通の人より重い負荷を引き受けなければならないという意味である。でも、筆者はノブレスは万人が固有の仕方で所有していると解釈している。言い換えると、特異性、多様性、個別性である。
 自分以外に持っていないものがあれば、隣人たちのために捧げる義務がある。それがノブレス・オブリージュである。

1)贈り物には、返礼義務がある。2)天賦の才能は、天からの贈り物だから、3)返済義務がある。4)ノブレスは誰もが持っている固有の能力であり、5)それを持っていない人のために役立てなければならない。(93字)


1.全体に1〜15の段落番号をつける。
2.あなたがあげた贈り物、もらった贈り物で思い出に残るもの問う。

「贈り物」としてのノブレス・オブリージュ 第一段落(1〜6)
 
1.次の漢字の読み方を書きなさい。
 挨拶  負債感  補塡
2.次の語句の意味を確認しなさい。
 負債(穂から金品を借りて返済の義務を負うこと)
 予祝(あらかじめ祝うこと)
 十全(完全であること)
 自明(分かりきっていること)
 補塡(補って埋めること)
3.次の設問を考えなさい。
   
【L1】そのまま抜き出す。【L2】少し変形して抜き出す。【L3】文中の語を使って説明する。
   
【L4】自由に考える。
■贈り物についての筆者の主張を考える。
11)【L1】「贈り物」というとふつうどんなものを思い浮かべるか、3つ。
 ・かたちあるもの、価値あるもの、実用性のあるもの。
 2)【L3】誰がそう思うのか。
   ・贈った側。
 3)【L1】でも、筆者は贈り物はどういうものだと考えているか。
 ・「これは贈り物だ」と思った人がそう思った瞬間に価値が生成するもの。
 ★「ふつう〜、でも〜」という譲歩の論理に注意する。
4)【L3】誰がそう思うのか。
  ・受け取った側。
■挨拶を例にして贈り物について検証する。
25)【L1】例えば、挨拶を受ける側はどう感じるか。
 ・「おはよう」と言わなければならない。
 ・同じ言葉を返さなければならない。
 6)【L1】一言で言い換えると。
 ・返礼義務。
   ★挨拶を受けると返礼義務を感じる理由は後で考える。
 7)【L2】逆に挨拶をする側はどう感じるか。
 ・返礼がないと心が傷つく。
 ★挨拶をして返礼がないと傷つく理由は後で考える。
■挨拶の仕組みの理由を考える。
38)【L1】たしかに、「おはよう」はどんな意味を持っているか。
 ・「今日一日があなたにとってよき日でありますように」という予祝の意味。
 9)【L1】でももともと「おはよう」はどんな意味しか持っていないか。
 ・「時間が早い」という認知的な意味。
 ★「たしかに〜、でも〜」という譲歩の論理に注意する。
10)【L3】でも、9)から8)の意味に変化した理由は。
 ・受け取る側が意味を補って解釈したから。
411)【L1】この仕組みを一言で言い換えると。
 ・不思議な仕組み。
512)【L3】この仕組みが不思議な理由は。
 ・贈り物自体に価値がなく、
  受け取った側が自力で価値を補塡することによって贈り物になるから。
13)【L1】「自力で価値を補塡する」とはどうすることか。
  ・返礼する。
14)【L3】挨拶を受けた側が返礼義務を感じる理由は。
 ・挨拶は予祝という贈り物であり、贈り物には返礼義務があるから、挨拶にも返礼  義務が生じる。
15)【L3】挨拶をした側が傷つく理由は。
 ・挨拶には返礼があるはずだが、返礼がないのは受けた側が価値を認めていないこ  とになるから。
 ★「空気の振動」とは、挨拶。
■挨拶の例を贈り物全体に一般化する。
616)【L3】商品にも貨幣にも情報にも共通する「同じルール」とは何か。
 ・受け取った側が自力で価値を補填することによって贈り物になる。
 ・贈り物→返礼義務

 


板書
第一段落(1〜6)
1.「贈り物」
  ・ふつう=かたちあるもの、価値あるもの、実用性のあるもの←贈る側
    ⇔「でも」
  ・筆者=「これは贈り物だ」と思った瞬間に価値が生成するもの←受け取る側
2.(例)挨拶=贈り物
  ・受ける側→返礼義務を感じる。
  ・する側 →返礼がないと心が傷つく。
   ↓「どうしてでしょう」=問題提起
3.(例)「おはよう」の意味
  ・「時間が早い」=認知的な意味
    ↓受け取る側の解釈
  ・「今日一日があなたにとってよき日でありますように」=予祝の意味
    ‖
  ・不思議な仕組み
  ×贈り物自体に価値がない。
 ○受け取った側が価値を補塡する
    ↓同じルール=贈り物→返礼義務
  ・商品や貨幣や情報
4.結論
 ・挨拶を受けた側
   ・挨拶=予祝=贈り物→返礼義務
 ・挨拶をした側
 ・挨拶→返礼がない→受けた側が価値がないと判定→傷つく


「贈り物」としてのノブレス・オブリージュ 第二段落(7〜13)
 
1.次の漢字の読み方を書きなさい。
 天賦  賦与  天変地異  帰依  査定  威嚇  論破  駆使  金儲け
2.次の語句の意味を確認しなさい。
 天賦(生まれつき備わっている資質)
 賦与(授け与えること)
 天変地異(自然界に起こる異常な現象)
 帰依(ある対象を信仰してその恩恵にすがること)
 査定(調査して評価を決めること)
 威嚇(力を示して相手を脅すこと)
 論破(議論によって相手の説を破ること)
 揚げ足を取る(相手の言葉尻や言い間違いをとらえて皮肉ったり批難したりする)
 駆使(思いのままに使いこなすこと)
3.次の設問を考えなさい。
   
【L1】そのまま抜き出す。【L2】少し変形して抜き出す。【L3】文中の語を使って説明する。
   
【L4】自由に考える。
71)【L1】「天賦の才能」とは何か。
 ・自分に備わっているさまざまな能力や資質を「天からの贈り物」だと感じること。
2)【L1】贈り物だから何が生じるか。
 ・返礼義務
3)【L3】「贈り物」「返礼義務」「天賦の才能」の関係は。
 ・贈り物には返礼義務がある。
 ・天賦の才能も贈り物である。
 ・だから、天賦の才能にも返礼義務がある。
 ★三段論法
84)【L1】例えば、優れた頭脳という天賦の才能を持つ人は、人間的な意味での評価基準   に従えば、どうすべきか。
 ・深い返礼義務を感じる。
 5)【L1】とすれば、どんな人間は評価できないか。
   ・自己利益のためだけに排他的に使用する。
   ★成否の対比に注意する。
96)【L1】例えば、千里眼という天賦の才能を持つ人はどうすべきか。
   ・天変地異の予測や、事故や犯罪を未然に防ぐ。
 7)【L1】でも、おおかたの超能力者はどうするのか。
   ・行使について代価を請求する。
    ・金品を要求する
    ・個人的な帰依を求める。
   ★成否の対比に注意する。
 8)一言で言い換えると。
   ・商取引
 9)【L1】それに対して、6)の行為を一言で言い換えると。
 ・贈与と返礼のメカニズム。
1210)【L4】例えば、腕力の強い人の正しい使い方は、荷物を代わりに持ったり、木や岩を取り除いたりすることだが、知力の高い人の正しい使い方とは具体的に何か。
 ★三段論法に注意する。
 ・勉強を教える。
 ・薬を開発する。
11)【L3】腕力の正しい使い方が、知力では同意できない理由は。
   ・腕力はすぐに自己利益に結びつかないが、知力はすぐに結びつくから。
1312)【L1】結論として、例外的に与えられた能力の正しい使い方は。
 ・それを持たない人たちの役に立つように使う。

 


板書
第二段落(7〜13)

1.天賦の才能=天からの贈り物
  贈り物→返礼義務
  天賦の才能→返礼義務 三段論法
  ↓
2.(例)優れた頭脳=天賦の才能
     ↓人間的な意味での評価基準
    ○深い返礼義務を感じているのか。
    ×自己利益のために排他的に使用する
3.(例)千里眼=天賦の才能
     ↓
    ○天変地異の予測や自己や犯罪の防止=贈与と返礼のメカニズム
    ×能力の行使について代価を請求する=商取引
4.(例)腕力の強い人=天賦の才能→返礼義務
     知力の高い人=天賦の才能→返礼義務
      ・自己利益に結びつきやすい。
  ↓
・例外的に与えられた能力は、それをそれを持たない人の役に立つように使う

「贈り物」としてのノブレス・オブリージュ 第三段落(1415)
 
1.次の漢字の読み方を書きなさい。
 負荷  特異  捧げる
2.次の設問を考えなさい。
   
【L1】そのまま抜き出す。【L2】少し変形して抜き出す。【L3】文中の語を使って説明する。
   
【L4】自由に考える。
■ノブレス・オブリージュの一般的な意味と筆者の解釈を考える。
141)【L1】「ノブレス・オブリージュ」の一般的な意味は。
 ・身分の高い人は、普通の人より重い負荷を引き受けなければならない。
2)【L2】でも、「ノブレス」の筆者の解釈は。
 ・万人はそれぞれ固有な仕方で「ノブレス」(他人にはない能力)を持っている。
  ★「一般的には〜、でも〜」という譲歩の論理に注意する。
3)【L1】それを言い換えている3つの語は。
 ・特異性、多様性、個別性。
154)【L2】筆者の考える「ノブレス・オブリージュ」とは何か。
 ・誰もが固有な能力を持っていて、それを隣人のために捧げなければならない。
5)【L3】その理由は。
  ・固有な能力は天からの贈り物であり、贈り物には返礼義務があるから。
   ★三段論法に注意する。
 6)【L4】あなたはどんな「ノブレス」(固有な能力)を持っているか。また、それをどのように「オブリージュ」(返礼)したか。
 
板書
第三段落(1415)
1.ノブレス・オブリージュ
 ・一般的な意味=高い身分人は、普通の人より重い負荷を引き受けなければならない。
・筆者の解釈 =万人がそれぞれ固有な仕方で他人にはない能力を持っている。
 ↓     特異性、多様性、個別性。
・誰もが固有な能力を持っていて、それを隣人のために捧げなければならない。
     天賦の才能          返礼義務



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