人間はどこまで動物か


日高敏隆


 人間を、ホモ・サピエンスという学名の動物として生物的にとらえる時、「ヒト」と言う。それは戦後のあまり難しい漢字を使うなという動きのなかでも定着した。それは、人間もサルやイヌのように動物であると示す上ではいいことである。
 しかし、これは「ヒト」と「人間」という言葉が区別して使われるという奇妙な方向に展開していった。人間は生物学的にヒトという動物であるが、文化や言語や思想を持っている。ヒト=人間ではなく、「ヒトと人間」「ヒトと動物」というナンセンスな対比も生まれた。人間の生物学的な呼び方がヒトであるにすぎず、ヒトは動物の一部であるにすぎない。さらに「人間はどこまで動物か」という表現も流行するようになった。生理学や医学の進歩で、人間と動物の差が小さいことが明らかになった。言語能力や抽象能力まで差がなくなった。この経過の中で「人間は単なるヒトではない」、人間と動物と違わなければならない、人間は他の動物より有能であるという信念が強固になった。イヌと他の動物のように動物同士の違いと、人間と他の動物の違いに、どのような違いがあるのか。
 問題は、「人間はどこまで動物か?」という問いかけの中にある。「どこまで」という場合はスケールは1本しかない。1本しかないスケールの上に並べてどこまで人間に到達しているかと序列化する発想するのである。例えば、知能というスケールで並べるとすると、アメーバ→カラス→ウシ→イヌやネコ→チンパンジー→人間となる。さらに、イヌはネコより人間を助けるからネコ→イヌになる。しかし、「イヌはどこまでネコか」という問いを発することはない。イヌとネコは全く違う動物であることは無意識の内に知っている。それは、「どこまで」というスケールの問題ではなく、ベクトル(方向)やパターンの違いであるからだ。獲物の獲り方にしてもイヌとネコでは全く違う。
 動物行動学は、すべての動物は子孫を残そうとするが、そのやり方は種によって違うことを明らかにした。「ゾウはどこまでライオンか」という問いは成立しない。それなのに「人間はどこまで動物か」と問い続けるのは、常に1本のスケールの上で到達度を問題にしようとする近代の呪縛ではないか。先進国や発展途上国という言葉も、大学の偏差値も同じ発想である。


1.【指】学習プリントを配布し、漢字の読み、語句調べを宿題にする。
2.【指】漢字の読み方を確認する。
  開祖  哺乳類  一環  結構  強固  有蹄類  獲物  察知  呪縛  如実
3.【指】語句の意味を確認する。
 開祖=一つの学問の考え方を開いた人。
 一環=全体としてつながりを持つのものの一部分。
 ナンセンス=無意味なこと。くだらないこと。
 察知=おしはかって知ること。
 呪縛=まじないを書けて動けなくすること。
 如実=ありのまま。
4.【指】1〜21まで、段落番号を付けさせる。

5.【W】全体を黙読させ、四つの段落に分けさせる。
 ・第一=1〜5 人間をヒトと書くのはよいことである。
  第二 6〜12 ヒトと人間を区別して使うようになった。
  第三 13〜17 「人間はどこまで動物か」という問いには1つのスケールしかない。
  第四 18〜21 「人間はどこまで動物か」という問いは近代の発想の呪縛である。

第一段落(1〜5)

1.【指】1〜5を音読させる。
2.【L1】「ヒト」とは何の呼び方か。
 ・動物としての人間。
3.【L1】人間の動物としての学名は。
 ・ホモ・サピエンス
4.【L1】カタカナで書く理由は。
 ・戦後、あまり難しい漢字を使うなという動きがあったから。
5.【L2】「これは大変結構なことであった」の「これ」の指示内容。
 ・「動物として」ということを強調するためには、かたかなでげヒトと書く必要があっ  たこと。
6.【L1】これが大変結構なことである理由は。
 ・人間も動物であることを示してくれるから。


第二段落(6〜12)
 
1.【指】6〜8を音読させる。
2.【L1】発展していった「奇妙な方向」とは何か。
 ・「ヒト」と「人間」という言葉が区別して使われるようになった。
3.【L1】「人間」と「ヒト」の違いは何か。
 ・文化があること。
4.【L3】人間の文化とは何か。
 ・本能ではなく学習によって身につける行動。
 ・衣食住、技術、学問、芸術、宗教、政治。
5.【L3】「ヒトと人間」という対比がナンセンスな理由は。
 ・「ヒト」は人間の生物学的な呼び方であるから。
6.【L3】「ヒトと動物」という対比がナンセンスな理由は。
 ・生物学的には、ヒトは動物の一部分であるから。
7.【指】9〜12を音読させる。
8.【説】チンパンジーの心理や知能の研究の結果、人間と動物の差が小さくなっていく。
 ・道具の使用、道具の製作、言語能力や抽象能力の差もなくなった。
9.【L1】このような経過の中で一貫して流れているものは何か。
 ・人間は単なるヒトではない。
 ・人間と「動物」は違わなくてはならない。
10.【L2】これに対する筆者の意見は。
 ・動物どうしの「違い」と、動物と人間の「違い」との間に違いはない。

第三段落(13〜17)
 
1.【指】13〜17を音読させる。
2.【L1】「人間はどこまで動物か」という問いかけの中にある問題とは何か。
 ・一本しかないスケールの上に並べてどこまで到達しているかを比べる発想。
3.【L2】知能というスケールで並べるとどうなるか。
 ・アメーバ→昆虫→カラス→ネコやイヌ→チンパンジー→ヒト
4.【L1】このスケールで考えるとかると、ネコとイヌではどちらが上か。
 ・イヌ。
 ・人間の助けになることをするから知能が高い。
5.【L3】なぜ問題なのか。
 ・動物はさまざまな生き方をしているので、一つの基準で比べることができないから。
6.【L4】知能以外の基準で並べると、どうなるか。
7.【L1】しかし、「イヌはどこまでネコか」という問いを発することがない理由は。
 ・イヌとネコは全く違う動物であることを無意識のうちに知っているから。
8.【L1】イヌとネコの違いは何の違いか。
 ・ベクトル(方向)。パターン。
9.【L1】イヌとネコの具体的な違いは。
 ・イヌは、遠くまで歩き回りながら、獲物を追いかける。
  だから、散歩に連れて行く。
 ・ネコは、遠くまで行かずに、獲物を待ち伏せる。
  だから、散歩することが無理である。

第四段落(18〜21)
 
1.【指】18〜21を音読させる。
2.【L1】動物行動学の研究が示してくれたものは何か。
 ・どの動物も子孫を多く残そうとする。
 ・そのやり方は違う。
3.【説】具体的な例をあげる。
 ・イヌは、発情周期が六カ月、メスは大きくて強いオスを選び、三〜十二頭の子どもを  産み、六〜九カ月で成人し、十二〜二〇歳で死ぬ。
 ・ネコは、一〜三月と五〜六月が発情期で、メスは一番強いネコを選ぶとは限らず、四  〜六頭の子どもを産み、一歳で成熟し、十二年程度生きる。
 ・ゾウは、子は一頭で、四歳まで乳を飲み、六〇〜七〇年生きる。
4.【説】だから、「ゾウとどこまでライオンか」とは言わない。
5.【L1】「人間はどこまで動物か」と問い続ける理由は。
 ・一本のスケールの上での到達度を問題にしようと近代の発想の呪縛があるから。
6.【L3】近代が一つのスケールの上で到達度を問題にする理由は。
 ・経済性、効率、数字が重視されるから。
6.【L1】この呪縛は他にどのように表れているか。
 ・先進国と発展途上国。
 ・大学の偏差値。



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人間はどこまで動物か 学習プリント

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学習の準備
1.読み方を書きなさい。

開祖  哺乳類  一環  結構  強固  有蹄類  獲物  察知  呪縛  如実
2.語句の意味を調べなさい。

開祖
一環   
ナンセンス
察知
呪縛
如実   


学習のポイント
1.ヒトの定義を理解する。
2.かたかなでヒトと書く目的を理解する。
3.人間をヒトと書くのが結構な理由を理解する。
4.奇妙な方向とは何かを理解する。
5.人間と他の動物との違いを理解する。
6.生理学や医学やチンパンジーの研究の結果わかったことを理解する。
7.このような経過の中に一貫して流れているものを理解する。
8.「人間はどこまで動物か」という問いかけの中にある問題を理解する。
9.「イヌはどこまでネコか」という問いを発しない理由を理解する。
10.イヌとネコの違いは何によるものかを理解する。
11.動物行動学の研究が示してくれたものを理解する。
12.人が「人間はどこまで動物か」と問い続ける理由を理解する。
13.近代の発想の呪縛を理解する。
14.近代の発想が如実に現れているものを理解する。