女郎花〜紫式部日記〜


 早朝、道長は庭を散歩する。随身を呼んで遣り水の掃除をさせる。橋殿の南を見ると女郎花が見事に咲いている。それを一枝折って、几帳の上から私を覗く。自分の屋敷なので自由に振る舞っている。私にも親しみを持っているのだろう。その姿は立派である。私は起きたてで化粧もしていないので見苦しいと思う。道長が「女郎花の歌が遅くなるのはよくないだろう」とおっしゃったので、硯の傍ににじり寄って、筆をとって歌を詠んだ。
   露が置いて美しくした女郎花の色の盛りを見ると、夫と別れて恵まれない私に露が  置いて美しくしてくれない我が身を惨めさを思い知らされる。
 すると、道長は「ああ早い」と微笑んで、今度は自分で硯を取り寄せて、歌を詠まれる。
   白露は分け隔てしないだろう。女郎花が美しいのは、自分が美しくなろうとするか  らだろう。あなたも美しくなろうとしなさい。
 ひっそりした夕暮れに、私が豊子と話をしていると、頼通が簾を上げてお座りになる。年齢より大人びて奥ゆかしい様子で、「女性は心遣いが難しいものだ」と男女の仲をめぐる話をしんみりとする様子を見ていると、幼いと侮ることもできず、立派に見える。うちとけすぎた話になる前に、「多くの女性の中にいると浮名が立つので、退散しよう」と口ずさみながら立ち去る様子は、物語の中の男性のようであった。
 この程度のちょっとしたことを思い出すこともあるが、その時は興味深いと思ったのに忘れてしまうこともある。


1.【指】本文ワークシートを配布する。
2.【指】読点ごとにペアリーディングさせる。

3.渡殿の戸口の局に見出だせば、ほのうち霧りたる朝の露もまだ落ちぬに、殿、ありかせ給ひて、御随身召して、遣水はらはせ給ふ。
 1)【読み】「渡殿」「局」「随身」「遣水」の読みを確認する。
 2)【説】巻末の寝殿造の説明をする。
 3)【法】助動詞「ぬ」の識別。
 4)【L1】「殿」とは誰か。
 5)【説】「随身」の説明。
  ・今のボディーガード。8人いた。
 6)【法】敬語「召す」の種類と対象。
 7)【語】「遣水はらはす」の意味。
 8)【訳】
   ・(私が)渡殿の戸口にある部屋で外を眺めると、うっすらと霧のかかっている朝の露もまだこぼれ落ちない早朝に、殿が(庭を)歩き回りなさって、御随身をお呼びになって、遣水の掃除をさせなさる。

4.橋の南なる女郎花のいみじうさかりなるを、一枝折らせ給ひて、几帳の上よりさしのぞかせ給へる御さまの、いと恥づかしげなるに、
 1)【読み】「女郎花」「几帳」の読み方を確認する。
 2)【法】「なり」「に」の識別をする。
 3)【説】「女郎花」の説明。
  ・女性にたとえられることが多い。
 4)【法】「の」の用法を考える。
 5)【語】「恥ずかしげ」の意味を確認する。
 6)【訳】
   ・橋廊の南にある女郎花でたいそう盛りであるのを、(道長が)一枝お折りになって、几帳の上からお覗きになっているご様子がとても(こちらが恥ずかしくなるほど)ご立派であるのにつけても、
 7)【L3】道長が女郎花を持って几帳の中を覗いた理由は。
  ・女性の部屋を覗くのは失礼だが、自分の屋敷なので自由に振る舞っている。
  ・紫式部が女郎花を見て即興でどんな歌を詠むか楽しみにしている。

5.わが朝顔の思ひ知らるれば、「これ、遅くては悪からむ。」とのたまはするにことつけて、硯のもとに寄りぬ。
 1)【L1】主語の変化。
 2)【説】「朝顔」の説明。
 3)【法】助動詞「るれ」の意味。
 4)【L2】「これ」の指示内容。
  ・女郎花を歌に詠むこと。
 5)【法】助動詞「ゆ」の意味。
 6)【法】助動詞「ぬ」の意味。
 7)【訳】
   ・(私は)朝起きたばかりの、化粧をしていない顔の見苦しさが思い知られるので、(道長が)「これ(=女郎花を詠んだ歌)が遅くなってはよくないだろう。」とおっしゃるのにかこつけて、(私は)硯のそばににじり寄って、歌を詠んだ。
 8)【L3】「これ」の指示内容。
  ・女郎花を詠んだ歌
 9)【L3】「硯のもとに寄りぬ」気持ち。
  ・起きたての顔を見られることから逃れられる安堵感。

6.女郎花さかりの色を見るからに露のわきける身こそ知らるれ
 1)【法】「に」の識別。
 2)【語】「わく」の意味。
  ・分け隔てをする。
 3)【法】「こそ」の結び。
 4)【法】助動詞「るれ」の意味。
 5)【訳】
   ・(露が置いて美しくした)女郎花の盛りの色を見ると、露が分け隔てをして不幸な私の上に置かないので我が身のつたなさが思い知られる。
 6)【L3】「露」とは誰を指しているか。
  ・道長。
 7)【L3】歌意。
  ・露は女郎花の上に置いて、恵みを与えて女郎花を美しくした。
  ・しかし、あなたは不幸な私の上には恵を与えてくれないので、私は美しくなれない。

7.「あな疾。」とほほゑみて、硯召し出づ。
 1)【L1】主語。
 2)【法】感動詞+形容詞の語幹=感動表現。
 3)【法】敬語「召し出づ」の種類。
 4)【訳】
   ・(殿は)「ああ(和歌を詠むのが)早い」とほほえんで、硯を取り寄せなさる。

8.白露はわきてもおかじ女郎花心からにや色の染むらむ
 1)【法】助動詞「じ」の意味。
 2)【法】「に」の識別。
 3)【法】係助詞「や」の意味と結び。
 4)【訳】
  ・白露は分け隔てをして置いたりなどしないだろう。女郎花は自分の心で美しくなろうとして、美しい色にも染まるのだろうか。
 5)【L3】歌意。
  ・女郎花は露の力でなく、自分の力で美しくなった。
  ・あなたも卑下せずに、自分の力で美しくなりなさい。

9.しめやかなる夕暮れに、宰相の君と二人、物語してゐたるに、殿の三位の君、簾のつま引き上げて居給ふ。
 1)【説】「宰相の君」とは誰か。
 2)【L1】主語の変化。
 3)【法】「なり」の識別。
 4)【訳】
   ・(私が)ひっそりとした夕暮れに、宰相の君と二人で話をしていると、頼通が、簾の端を引き上げて(長押に)お座りになる。
 5)【説】頼通の登場の仕方。
  ・たまたま通りがかりに立ち寄った。

10.年のほどよりはいとおとなしく、心にくきさまして、「人はなほ、心ばへこそ難きものなめれ。」など、世の物語しめじめとしておはするけはひ、幼しと人の侮り聞こゆる こそ悪しけれと、恥づかしげに見ゆ。
 1)【語】「おとなし」「心にくし」「なほ」「心ばへ」「はずかし」の意味。
 2)【法】「なめれ」の品詞分解。
 3)【説】「世の物語」の説明。
  ・男女の仲の話。
  ・平安時代の物語といえば恋愛がテーマになる。
 4)【法】「おはする」「聞こゆる」の敬語の種類と対象。
 5)【法】「に」の識別。
 6)【法】2つの係助詞「こそ」の結び。
 7)【訳】
   ・年齢の程度よりはずっと大人びていて、おくゆかしい様子で、「女性はやはり、心遣いということが難しいものであるようだ」などと、男女の仲をめぐる話をしんみりとしていらっしゃる態度は、(まだ)幼いと人が侮り申すのは悪いことだと、(こちらが恥ずかしくなるほど)ご立派に見える。
 8)【L2】頼通の世間と作者の見方の違い。
  ・他の人=「侮り聞こゆる」
  ・紫式部=「恥づかしげに見ゆ」
 9)【L3】「人はなほ、心ばへこそ難きものなめれ。」理由。
  ・女性の品定めの基準を「心ばへ」に置くと、目に見えないだけに評価が難しい。

11.うちとけぬほどにて、「多かる野辺に」とうち誦じて立ち給ひにしさまこそ、物語に ほめたる男の心地し侍りしか。
 1)【説】「うちとけぬほど」の説明。
  ・うちとけた話にならない内に。
  ・親しくなり過ぎることを警戒している。
 2)【説】「多かる野辺に」の説明。
  ・「女郎花多かる野辺に宿りせばあやなくあだ名をや立ちなむ」
  ・うかつにも女性のもとで長居していると、浮名が立ちかねないので、退散しよう。
 3)【法】「に」の識別。
 4)【説】「物語にほめたる男」の説明。
  ・物語の登場人物で、理想的な振る舞いをほめられている男。
 5)【訳】
   ・うちとけた話にならないほどのところで、「多かる野辺に」と口ずさんで立ち去りなさった様子は、物語の中で褒めている男性のような感じがしました。

12.かばかりなることの、うち思ひ出でらるるもあり、その折はをかしきことの、過ぎぬれば忘るるもあるは、いかなるぞ。
 1)【L1】「かばかり」の指示内容。
  ・ここまでの話すべて。
 2)【法】「なり」の識別。
 3)【法】格助詞「の」の用法。
 4)【法】助動詞「らるる」の意味。
 5)【訳】
   ・この程度のことで、ふと思い出されることもあるし、その時は興味深いことで、時がたってしまうと忘れてしまうこともあるのは、いったいどういうことなのかしら。



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