紫式部〜無名草子〜
源氏物語の成立と、紫式部の名前の由来について書きながら、紫式部を絶賛している。清少納言を非難している作者の態度と正反対である。
一つの説は、大斎院が中宮彰子に面白い物語を所望されて、彰子が紫式部に相談したところ、紫式部が新しい物語を作るべきだと返事すると、それならあなたが作りなさいということになって、源氏物語を書いたというもの。もう一つの説は、宮仕えする前に里で書いていたので宮仕えに召されて、紫式部という名前も頂戴したというもの。
いずれにしても、紫式部日記を読むと、紫式部は立派で奥ゆかしくて近寄り難いように見えるが、案外ぼんやりしていて未熟で、漢字さえ書けないと友だちが思っていると書いてある。
主人筋に当たる道長についても、絶賛しながらも、色恋めいたことはなく、馴れ馴れしく書いていることもない。彰子について、立派で親しみやすいと書いているのは、彼女の控え目な態度にからふさわしくないが、それは道長と彰子の人柄だろうと、作者は道長と彰子に対しても絶賛している。
1.【指】本文ワークシートを配布する。
2.【指】読点ごとにペアリーディングさせる。
3.「繰り言のやうには侍れど、尽きもせず、うらやましく、めでたく侍るは、大斎院より 上東門院へ、『つれづれ慰みぬべき物語や候ふ。』と尋ね参らせ給へりけるに、
1)【説】大斎院、上東門院の説明をする。
・大斎院は天皇の即位後とに選ばれ、賀茂神社に奉仕した未婚の内親王または女王
・内親王は、天皇の姉妹および皇女。
・上東門院は、藤原道長の娘、中宮彰子。
2)【法】助動詞の意味。
・「ぬべき」は、強意+可能。
・「せ」は尊敬語の前にあるので尊敬。
3)【法】係助詞「や」の意味と結び。
・疑問。候ふ(四体)。
4)【法】敬語を考える。
・侍れ、侍る=丁寧。作者→読者。
・候ふ=丁寧。大斎院→上東門院。
・「参らせ給へ」=二方面の敬語。作者から、「参ら」の謙譲で大斎院を低めて上東門院へ、「せ給へ」の二重尊敬で上東門院へ。
5)【訳】
・同じことを繰り返し言うようでございますが、尽きることなく、うらやましく、
ばらしうございますことは、大斎院から上東門院(彰子)に、『退屈を慰めることができる物語はありませんか。』とお尋ね申し上げなさった時に、
6)【説】「尽きもせず、うらやましく、めでたく」と3つも修飾語を使って絶賛している。
4.紫式部を召して、『何をか参らすべき。』と仰せられければ、『めづらしきものは、何か侍るべき。新しく作りて参らせ給へかし。』と申しければ、『作れ。』と仰せられ けるを承りて、源氏を作りたりけるとこそ、いみじくめでたく侍れ。」
1)【L2】会話の主は。
・上東門院が『何をか〜』。
・紫式部が『めづらしき〜』。
・上東門院が『作れ』。
2)【法】係助詞の意味と結び。
・何をか=疑問。べき。
・何か=反語。べき。
・こそ=強意。侍れ。
3)【法】終助詞「かし」の意味。
・強意。
4)【法】助動詞の意味。
・参らすべき、侍るべき=推量。
・られ=尊敬。尊敬語の後。
5)【法】敬語を考える。
・参らす=謙譲。上東門院から自分を下げて大斎院へ。
・侍る=丁寧。紫式部→上東門院。
・参らせ給へ=二方面の敬語。紫式部から、「参ら」は謙譲で大斎宮へ、「せ給へ」は二重尊敬で上東門院へ。
・承り=謙譲。作者が紫式部を下げて上東門院に敬意を表す。
6)【訳】
・(上東門院は)紫式部をお呼びになって、『何を差し上げたらよいだろうか。』
おっしゃったので、(紫式部は)『目新しいものは、何かございますでしょうか、何もございません。『新しく作って、(上東門院が)(大斎宮に)差し上げなさいませ。』と(上東門院に)申し上げたところ、(上東門院は)『(あなたが)作りなさい。』とお命じになったのを(紫式部が)承って、源氏物語を作ったというのは、とてもすばらしいことでございます。」
5.と言ふ人侍れば、また、「いまだ宮仕へもせで、里に侍りける折、かかるもの作り出 でたりけるによりて、召し出でられて、それゆゑ紫式部といふ名は付けたり、とも申すは、いづれかまことにて侍らむ。
1)【法】係り結びを考える。
・か=疑問。む。
2)【法】助動詞の意味。
・られ=受身。む。
・む=推量体。
3)【法】敬語を考える。
・侍れ=丁寧。作者→読者。
・侍り=丁寧。
・侍ら=丁寧補助。
・申す=謙譲。対象は紫式部?
4)【訳】
・という人がありますと、また(一方の人)は、「(紫式部が)まだ宮仕えもしな
で、生家におりました時、このようなもの(源氏物語)を作り出したことによって、(上東門院のもとに)召し出されて、そのために紫式部という名前はついたのだ、と申しますのは、どちらが本当なのでしょうか。
5)【L2】「いまだ〜」の会話の主は。
・「繰り言の〜めでたく侍れ」と言った人以外の人。
6)【L1】「宮仕えもせず」の主語は。
・紫式部。
7)【L1】「かかるもの」の指示内容は。
・源氏物語。
8)【L2】「召し出でられ」はどこへか。
・上東門院のもと。
9)【L2】「それ」の指示内容は。
・里で源氏物語を書いたこと。
10)【L3】「いづれ」は何と何か。
・紫式部が、源氏物語を、宮中で上東門院に命じられて書いたのか、里で自発的に書いたのか。
6.その人の日記といふもの侍りしにも、『参りける初めばかり、恥づかしうも、心にく くも、また添ひ苦しうもあらむずらむと、おのおの思へりけるほどに、
1)【語】語句の意味を選ぶ。
・恥ずかし 1)恥ずかしい。気が引ける。
2)こちらが恥ずかしくなるほど、相手が優れている。
3)気詰まりである。
・心にくし 1)奥ゆかしい。
2)上品だ。
3)はっきりしない。
4)心が通じない。
5)恐るべきだ。
6)怪しい。
2)【L2】「参り〜あらむずらむ」「思へり」の主語は。
・紫式部。
・周囲の女房。
3)【法】敬語を考える。
・参り=謙譲。紫式部を低めて上東門院に敬意を表す。
4)【訳】
・その人の日記(『紫式部日記』)というものがありましたのにも、『出仕した初
のころは、(私のことを)気が置かれ、おくゆかしく、また付き合いにくくもあるだろう、とそれぞれ(周囲の女房たちが)思っていたところ、
5)【L1】「その人」の指示内容は。
・紫式部。
7.いと思はずにほけづき、かたほにて、一文字をだに引かぬさまなりければ、かく思は ずと、友だちども思はる。』などこそ見えて侍れ。
1)【語】語句の意味を確認する。
・ほく(惚く)=ぼんやりする。
・かたほ=未熟な。
2)【L1】「いと思はず〜なりければ」の主語は。
・紫式部。
3)【法】助動詞の意味を確認する。
・ぬ=打消、体。
・なり=断定、用。
・る=自発、止。
4)【訳】
・(実際の私は)全く意外にもぼんやりしていて、未熟者で一という文字さえ書け
い様子で、こんなふうに思わなかったと、友達たちは自然と思う。』などと、書いています。
5)【L1】「かく」の指示内容は。
・「いと思はず〜引かぬさまなりけり」
8.君の御ありさまなどをば、いみじくめでたく思ひ聞こえながら、つゆばかりもかけか けしく馴らし顔に聞こえ出でぬほども、いみじく。
1)【語】語句の意味を確認する。
・つゆばかり=すこしも。
・かけしけし=好色めいた気持ちでいる。
2)【L1】「君」とは誰か。
・道長。
3)【法】助動詞を考える。
・ぬ=打消、体。
4)【法】敬語を考える。
・聞こえ=謙譲。紫式部を低めて上東門院に。
5)【訳】
・道長公のご様子などを、とてもすばらしく思い申し上げながらも、少しも、いか
も気のある様子で、なれなれしく書き申し上げたりしないところも、すばらしく(思われます)。
6)【L2】「いみじく」の後の省略は。
・思ふ。
9.また、皇太后宮の御事を、限りなくめでたく聞こゆるにつけても、愛敬づきなつかし く候ひけるほどのことも、君の御ありさまも、なつかしくいみじくおはしましし、など 聞こえ表したるも、心に似ぬ体にてあめる。かつはまた、御心柄なるべし。」
1)【語】語句の意味を選ぶ。
・愛敬づく=1)かわいらしい。
2)魅力がある。
・なつかし=1)心が引かれる。
2)親しみやすい。
3)かわいい。
4)情愛が細やかだ。
2)【法】助動詞の意味を考える。
・あめる=ある+める=推定、体。
・べし=推量、止。
3)【法】敬語を考える。
・候ひ=「仕ふ」の謙譲。紫式部を低めて上東門院に。
3)【訳】
・また、皇太后宮(上東門院)の御事を、このうえなくすばらしいと書き申し上げ
につけても、愛らしく親しくお仕えした当時の(上東門院の)ご様子も、道長公のご様子も、親しみやすくもありりっぱでもいらっしゃった、などと書き申し上げているのも、(紫式部の控えめな)心には似つかわしくない様子であるようです。(けれど、これは)一方では、道長や彰子のご性格でもあるのでしょう。」
4)【L1】「皇太后宮」君」とはだれか。
・上東門院。
・道長。
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