水の東西 10
 
山崎正和


 「鹿おどし」は、竹のシーソーの一端に水受けがついていて,それに筧の水が少しずつたまり、一杯になると傾いて水をこぼし、水受けが跳ね上がって竹が石をたたいて音をたてる仕組みになっている。単純な緩やかなリズムが無限に繰り返される。緊張が高まり、一気にほどけ、しかし何も起こらない徒労が繰り返される。それが人生のけだるさを感じさせる。実際は水が流れるのであるが、定期的に鳴る音が時を刻み、時の流れも感じる。流れをせき止め刻むことによって、却って流れて止まないものを強調する。流れる水であり、時間的な水である。
 しかし、ニューヨークの大銀行では、余りに忙しすぎて長い間隔を聞くゆとりがない。それよりも噴き上げる噴水の方が人々の気持ちをくつろがせる。欧米では噴水が景色の中心になっている。壮大な水の造型が林立し、揺れ動くバロック彫刻のように音をたてて空間に静止している。噴き上げる水であり空間的な水である。
 欧米で噴水が発達したのは、空気が乾いていることや水道技術があったことなどが挙げられる。日本に噴水がないのはそうした外面的な理由ではなく、水は圧縮したりねじ曲げたり造型する能動的なものではなく、行雲流水という言葉のように水は自然に流れるものであるという独特の感性の問題である。それは受動的なものではなく、積極的に、形のない水を恐れない心の表れである。形のない流れを感じるとすれば、水を見ることさえ必要なく、鹿おどしのように流れている音を聞いて心で味わうこともできる。
 唯物論的な西欧の見える水に対して、唯心論的な東洋の酔えない水の対比である。


1.【指】学習プリントを配布し、漢字の読み、語句調べを宿題にする。

2.【指】漢字の読み方を確認する。
 鹿おどし  愛嬌  一端  筧  解けて  跳ね上がる  緩やかな  徒労 刻んで  静寂  噴き上げる  趣向  凝らして  添えもの  林立  乾いて 行雲流水  外界  間隙  極致
3.【指】語句の意味を確認する。
 愛嬌=にこやかで、かわいらしいこと。
 くぐもる=声などが、中にこもる。はっきりしない。
 徒労=むだな骨折り。無益な苦労。
 趣向=味わいやおもしろみが出るように工夫すること。
 行雲流水=空を行く雲と流れる水。物事に執着せず、淡々として自然の成り行きに任せて行動することのたとえ。
 間隙=物と物との、あいだ。空間的・時間的すきま。
4.題名について
 1)【L2】東と西とは。
  ・東洋(日本)と西洋。
 2)【L4】この評論の内容を予想すると。
  ・水について、日本と西洋を比較する。
 3)【指】「○○の東西」という題名で小論文を書くことを予告する。「○○」に当たるテーマを考えておくように。
5.【指】小段落番号を付けさせる。

3.一人一段落ずつ音読させ、全体を四つの段落に分けさせる。
 ・第一 1〜2 鹿おどしについて(日本)
  第二 3〜5 噴水について(西洋)
  第三 6〜8 伝統と水
  第四 9〜11 感性と水


第一段落(1〜2)

1.【指】ペアリーディングさせる。
2.「鹿おどし」の仕組みについて
 1)【L1】何について書いているか。
  ・鹿おどし
 2)【L1】これは、東か西か。
  ・東(日本)
 3)【L2】どんなものか。
  1)(かわいらしい)竹のシーソーの一端に水受けがついている。
  2)それ(水受け)に筧の水が少しずつたまる。
   【説】筧の説明をする。
  3)水受けが一杯になる。
  4)シーソーが(ぐらりと)傾いて水をこぼす。
  5)水受けが跳ね上がる。
  6)竹が石をたたいて(こおんと、くぐもった)音をたてる。
  7)1)〜7)を繰り返す。
   【注】まずは想像させてみる。
 4)【L4】見たことがあるか。
 5)【説】ミニチュアを見せて、実演する。
 6)【説】名前の由来を説明する。
  ・農村地帯で、音で鹿や猪をおどして被害を防ぐ道具だった。
 7)【説】3)に擬態語や擬音語を付ける。

3.鹿おどしの感じについて
 1)【L2】「鹿おどし」から受ける感じは。
  ・愛嬌。
  ・人生のけだるさ。
  ・流れるもの。
 2)【L2】なぜ「けだるさ」を感じるのか。
  ・単純な、緩やかなリズムが、無限にいつまでも繰り返される。
  ・緊張が高まり、それが一気にほどけ、何事も起こらない徒労がまた一から始まる。
  ・曇った音響が時を刻んで、庭の静寂と時間の長さを引き立てる。
 3)【L3】どこが人生に似ているのか。
  ・平凡な日常が繰り返される。
 4)【L1】何の流れを感じるのか。
  ・水の流れ。
  ・時の流れ。
 5)【L3】なぜ時の流れを感じるのか。
  ・一定時間毎に音がするから。
  【説】時計の時報と同じ。
 6)【L3】流れをせき止めることによって、かえって流れるものを感じさせるとは。
  ・筧から流れる水を、せき止める。
  ・竹が石をたたく音で、一定の時が流れたことを感じる。
  ・せき止めるのは、水の流れ。
  ・流れるのは、時の流れ。
 7)一見矛盾するようだが、よく考えると真理を述べている表現は。
  ・逆説。


第二段落(3〜6)
 
1.【指】ペアリーディングさせる。
2.噴水について
 1)【L1】ニューヨークは東か西か。
  ・西。
 2)【L1】なぜニューヨークに鹿おどしが似合わないのか。
  ・余りに忙しいから。
  ・長い感覚を聞くゆとりがないから。
 3)【L1】その代わりの「水」は。
  ・噴水。
 4)【説】エステ家の噴水の説明をする。
 5)【L2】噴水の言い換えは。
  ・壮大な水の造型。
  ・揺れ動くバロック彫刻。
  ・音をたてて空間に静止している。
 6)【L1】鹿おどしと噴水の違いは。
  ・鹿おどし=流れる水。時間的な水。
  ・噴水  =噴き上げる水。空間的な水。


第三段落(7〜11)
 
1.【指】ペアリーディングさせる。
2.水と伝統について
 1)【L2】なぜ、日本では鹿おどしは多く、噴水は少ないのか。一言で言うと。
  ・伝統。
 2)【L2】なぜ、西洋で噴水が発達したのか。
  ・空気が乾いて、人々が噴き上げる水を求めたから。
  ・ローマ依頼の水道の技術が有利であったから。
  【説】逆に言えば、日本は、空気が乾いていないし、水道の技術もなかった。
 3)【L1】このような理由をなんと呼んでいるか。
  ・外面的な理由。
 4)【L1】日本で噴水が発達しなかった内面的な理由は。
  ・水は、圧縮したりねじ曲げたり造型する対象ではないから。
 5)【L1】日本人にとって水の美しさとは。
  ・自然に流れる姿が美しい。
 6)【L1】水の特性は。
  ・形がない。
 7)【L3】形のないものに対する西洋人と日本人の違いは。
  ・日本人=形がないものを恐れる。唯心的。
  ・西洋人=形がないと不安。唯物的。
 8)【L1】違いを端的に表現すると。
  ・日本人=見えない水。
  ・西洋人=見える水。
 9)【L1】日本人の独特の好みを表す言葉は。
  ・行雲流水。
  ・一点の執着もなく、物に応じ、事に従って行動すること。
 10)【L3】「行雲流水」は「思想」でなく「感性」であるが、その違いは。
  ・思想=人生や社会についての一つのまとまった考え・意見。固定的。
  ・感性=物事を心に深く感じ取る働き。流動的。
 11)【L2】日本人の水の実感の仕方は。
  ・水を見る必要すらない。
  ・心で味わう。
 12)【L3】心で味わうとは。
  ・音を聞いて、水の流れを想像する。

3.【W】イメージワーク「水の循環」を聞かせる。

4.【指】「○○の東西」という題で四〜八百字で作文を書かせる。
 1)テーマを決める。
 2)代表する具体的なものを挙げる。
 3)その特徴を説明する。
 4)それが発達した、好まれた理由を述べる。
「○○の東西」構想メモ
                       組  番 氏名

東               西              
具体的なもの



 
 
特徴
キーワード










 
説明・理由 















 
コメント1   組   番 氏名








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水の東西 学習プリント
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学習の準備
1.読み方を書きなさい。

 鹿おどし  愛嬌  一端  筧  解けて  跳ね上がる  緩やかな  徒労 刻んで  静寂  噴き上げる  趣向  凝らして  添えもの  林立  乾いて

 行雲流水  外界  間隙  極致
2.語句の意味を調べなさい。
 愛嬌
 くぐもる
 徒労
 趣向
 行雲流水
 間隙
                                        
学習のポイント
1.「鹿おどし」の仕組みを理解する。
2.「鹿おどし」に人生のけだるさを感じる理由を理解する。
3.「鹿おどし」が流れるものを感じさせる理由を理解する。
4.「鹿おどし」がニューヨークに似合わない理由を理解する。
5.「流れる水」と「噴き上げる水」の違いを理解する。
6.「時間的な水」と「空間的な水」の違いを理解する。
7.噴水が日本で似合わない理由を理解する。
8.西洋で噴水が発達した理由を理解する。
9.日本人が噴水を作らなかった理由を理解する。
10.「行雲流水」の意味を理解する。
11.日本人独特の感性を理解する。
12.「見えない水」と「目に見える水」の違いを理解する。
13.日本人の感性を理解する。