評論

山崎正和


 「鹿おどし」がけだるさを感じさせる。竹の筒の中に水がたまり、筒が次第に傾いていくにつれていつ逆転するかと緊張が高まり、ある点を越えると一気に逆の方向に傾いたかと思うと、次の瞬間には水を吐き出して元の位置に戻る。その時、筒の尻が石を打ってコーンという音が響きわたる。こうした、単純でゆるやかなリズムが無限に繰り返し、高まった緊張が一気にほどけて結局は何事も起こらないという徒労がまた一から始まることにけだるさを感じるのである。その節目にくぐもった優しい、曇った音が時を刻む。それは庭の静寂を破り、音から音までの時の長さを強調する。水の流れを一旦せき止め、音を刻むことによって時の流れを止めるのだが、その連続がかえって、水の流れや時の流れを強調する。
 「鹿おどし」は日本古来の文化であるが、ニューヨークの大銀行では、そのけだるさを味わうゆとりがなかった。ここでは、水を吹き上げる噴水の方が似合っていた。日本の流れる水の文化と、西洋の吹き上げる水の文化の対比がここにあった。ヨーロッパやアメリカではいたるところに噴水があり、音をたてて空間に静止しているように見えた。
 日本の水は時間の流れを感じさせ、西洋の水は空間的な存在感がある。そう考えると、日本に噴水がないのも文化の伝統に則るものである。西洋で噴水が発達した理由は、空気が乾いていて人々が噴き上げる水を求めたことや、ローマ以来の水道技術がある。しかし、
日本に噴水がないのは、そういう外面的な理由だけでなく、水は自然に流れる姿が美しいという文化があったからである。
 水には形がないが、そこに日本人は独特の好みを持っていた。「行雲流水」、空を行く雲と流れる水のように、物事に執着せず淡々として自然の成り行きに任せて行動することを好む感性である。それは受動的な態度でなく、形のないものを恐れない積極的な心の現れである。日本の見えない水と西洋の見える水。日本では水は見える必要すらない。断続する音によって、その間に水が流れている様子を想像し、心で味わえばよい。その意味で、鹿おどしは究極の仕掛けである。


1.学習プリントを配布し、漢字の読み、語句調べ、段落分けを宿題にする。

2.「水の東西」というタイトルから、内容を推察させる。
 ・東西とは、東洋(日本)と西洋の比較。
 ・水というものを通して日本と西洋の文化を比較する。=文化論
3.一人一段落ずつ音読させ、全体を四つの段落に分けさせる。
 ・第一 1〜2 鹿おどしについて(日本)
  第二 3〜5 噴水について(西洋)
  第三 6〜8 伝統と水
  第四 9〜11 感性と水
4.漢字の読み方を確認する。
 16 鹿おどし 愛嬌 筧 解けて 跳ね上がる 緩やかな 徒労 刻んで 静寂
 17 噴き上げる 趣向 凝らして 添えもの 林立 19 乾いて 20 行雲流水 外界 現れ 間隙 極致
5.語句の意味を確認する。
 愛嬌=にこやかで、かわいらしいこと。
 くぐもった=声などが、中にこもる。はっきりしない。
 徒労=むだな骨折り。無益な苦労。
 趣向=味わいやおもしろみが出るように工夫すること。
 行雲流水=空を行く雲と流れる水。物事に執着せず、淡々として自然の成り行きに任せて行動することのたとえ。
 間隙=物と物との、あいだ。空間的・時間的すきま。
 極致=到達することのできる最高の境地。


板書

第一段落

1.音読する。
2.「鹿おどし」について
 1)どこで見かけるか。
  ・庭。
 2)名前の由来は。
 ・「鹿」を「おどす」というのは、農村地帯で鹿や猪の被害を防ぐ道具だったから。
 3)仕組みについて、ミニチュアを利用して説明する。
3.「鹿おどし」から受ける感じは。
 ・愛嬌がある。
 ・人生のけだるさ。
 ・流れるもの。
4.「けだるさ」の理由は。
 ・くぐもった優しい音。
 ・単純な、緩やかなリズムが、無限にいつまでも繰り返される。
 ・緊張が高まり、それが一気にほどけ、何事も起こらない徒労がまた一から始まる。
5.「流れるもの」について
 1)感じさせるものは。
  ・水の流れ
  ・時の流れ
 2)なぜ、感じさせるのか。
  ・それをせき止め、刻むことによって、この仕掛けは流れてやまないものの存在を強調するから。
 3)「それ」の指示内容は。
  ・流れるもの。
 4)「せき止め、刻む」とは「鹿おどし」で具体的にどうすることか。
  ・筧から流れる水を、筒の中にせき止め、筒の中の水が一杯になったら、傾いて流す。
  ・水の流れを一旦程度刻むのと、一定の時間を刻む。
 5)かえって流れてやまないものを強調するとは。
  ・音が鳴ることで、鹿おどしの視覚的イメージを思い出し、水が流れて筒の中にたまっていたことを想像する。
  ・音が鳴ることで、定期的に一定の時間が立ったことを感じる。
 6)こうした、一見矛盾するようだが、よく考えると真理を述べている表現をなんと言うか。
  ・逆説。


第二段落

1.音読する。
2.「鹿おどし」と「噴水」の特徴は。
 ・鹿おどし=素朴な竹の響き。
 ・噴水  =噴き上げる華やかさ。
 ・17頁と18頁の写真で対比する。
3.「流れる水」と「噴き上げる水」で何を対比しようとしたのか。
 ・田園と都会。自然と人工。水平と垂直。上から下と下から上。
4.「音をたてて空間に静止している」について
 1)どのような状態か補足する。
  ・水自体は流動し循環しているが、絶え間なく繰り返されるので、静止しているように見える。
 2)他のものに例えると。
  ・揺れ動くバロック彫刻。


第三段落

1.音読する。
2.「時間的な水と空間的な水」と言っている理由は。
 ・時間的な水=流れていたり鹿おどしに見られるように、時の流れを刻む水。
 ・空間的な水=空間に静止したように見える水。
3.日本に噴水が少ない、あっても美しくない理由は。
 ・伝統だから。
4.西洋で噴水が発達した理由は。
 ・空気が乾いて、人々が噴き上げる水を求めた。
 ・ローマ依頼の水道の技術が有利であった。
5.日本人が噴水を作らなかった「外面的な理由」とは。
 ・空気が乾いていない。
 ・水道の技術がなかった。
6.それでは、「内面的な理由」とは。
 ・水は自然に流れるのが美しい。
7.「自然」の反対語を抜き出すと。
 ・圧縮したりねじ曲げたり
 ・造型


第四段落

1.音読する。
2.水に形がないことを確認する。
3.形のないものに対する西洋人と日本人の違いは。
 ・西洋人=その段階で思考が停止する
 ・日本人=独特の好みを持っている
4.日本人独特の好みとは。
 ・形がないものを好むこと。
5.好みを端的に表している言葉は。
 ・行雲流水
6.「行雲流水」の意味を確認する。
 ・一点の執着もなく、物に応じ、事に従って行動すること。
7.「行雲流水」は「思想」でなく「感性」であるが、その違いは。
 ・思想=人生や社会についての一つのまとまった考え・意見。固定的。
 ・感性=物事を心に深く感じ取る働き。流動的。
8.「行雲流水」の感性が「受動的な態度」であく「積極的な心」であるとは。
 ・受動的な態度=外界のものに影響される。
 ・積極的な心=形のないものを恐れない。
9.「見えない水と目に見える水」の違いは。
 ・見えない水=形がない水を恐れない独特の好みを持つ日本人。
 ・目に見える水=空間的視覚的に確認できる水を好む西洋人。
10.日本人の水の実感の仕方は。
 ・水を見る必要すらない。
 ・断続する音を聞いて、その間隙に流れる水を想像して心で味わう。
 ・「鹿おどし」がその極致であることを確認する。
11.イメージワーク「水の循環」を聞かせる。



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水の東西 学習プリン 学習の準備
1.読み方を書きなさい。
 16 鹿おどし 愛嬌 筧 解けて 跳ね上がる 緩やかな 徒労 刻んで 静寂
 17 噴き上げる 趣向 凝らして 添えもの 林立 19 乾いて 20 行雲流水 外界 現れ 間隙 極致
2.語句の意味を調べなさい。
 16 愛嬌 くぐもった 徒労 17 趣向 20 行雲流水 間隙 極致
3.形式段落に番号を付けなさい。
4.全体を4つの意味段落に分け、その根拠を考えなさい。

学習のポイント
1.「鹿おどし」の仕組みを理解する。
2.「鹿おどし」に人生のけだるさを感じる理由を理解する。
3.「鹿おどし」が流れるものを感じさせる理由を理解する。
4.「鹿おどし」がニューヨークに似合わない理由を理解する。
5.「流れる水」と「噴き上げる水」の違いを理解する。
6.「時間的な水」と「空間的な水」の違いを理解する。
7.噴水が日本で似合わない理由を理解する。
8.西洋で噴水が発達した理由を理解する。
9.日本人が噴水を作らなかった理由を理解する。
10.「行雲流水」の意味を理解する。
11.日本人独特の感性を理解する。
12.「見えない水」と「目に見える水」の違いを理解する。
13.日本人の感性を理解する。