未来世代への責任

岩井克人

 経済学は、利己的なので悪魔である。他者に対して責任ある行動を取る「倫理」を否定することから出発した。アダムスミスは、資本主義社会の市場機構という「見えざる手」によって、意図的な自己利益の追求が、意図せずに社会全体の利益を増進すると言っている。
 経済学の悪魔ぶりが最も顕著なのが環境問題である。資本主義の私的所有制と自己利益の追求が環境破壊を起こすと考えるのが常識である。しかし、経済学者は、私的所有制が環境破壊を解決すると考える。なぜなら、草原が共有地ならば、自分の家畜を自由に放牧し、その結果牧草が枯渇し、残されたわずかな牧草を奪い合うという「共有地の悲劇」が生じる。もし牧草が私有地ならば、自己の利益追求のために合理的に管理するので環境破壊を防止できるからである。京都議定書もこの論理を取り入れ、大気を牧草、排出枠を牧畜家が所有する牧場に見立てて、大気に排出枠という所有権を設定し、それを売買するすることによって、温暖化の悲劇を解決しようとした。
 しかし、これでは未来世代の環境問題は解決しない。地球温暖化の問題は、「未来世代」と「現在世代」の世代間の対立である。未来世代の自然環境は現代世代によって一方的に破壊される。未来世代に環境に関する所有権を与えれば解決するように思われるが、未来世代はこの世に存在していないので取引することは不可能である。また、現在世代が未来世代を代行する方法も、自己利益の追求の観点から考えると不可能である。そこで、現在世代が自己利益の追求を抑え、無力な未来世代を代行する「倫理」的な存在になることが要請される。
 このように考えていくと、経済学者の論理を極限まで推進すると、追放したはずの「倫理」に行き着き、「悪魔」でなくなる。京都議定書の批准をめぐる混乱は、地球上で最も枯渇した資源が「倫理」であることを明らかにした点において、「悪魔」である。

1.【指】学習プリントを配布して宿題にする。
2.【確】学習プリントの漢字の読みを確認する。
 97 太古 意図 律する 増進 顕著 98 占める 微々たる 枯渇 到来 元祖 分割 99 勘案 賃料 完璧 00 枠 過不足 売買 作動 補償 01 相反する 02 極限 推し進めた 羽目 批准
2.【確】学習プリントの語句の意味を確認する。
 太古=大昔。
 倫理=として守り行うべき道。道徳。
 律する=ある基準に当てはめて判断・処理する。
 顕著=だれの目にも明らかなほどはっきりあらわれているさま。
 逆なで=わざわざ人の気分を害するような言動をとること。
 微々たる=小さくて取るに足りないさま。
 枯渇=物が尽きてなくなること。
 勘案=あれこれと考え合わせること。
 過不足=多すぎることと足りないこと。
 羽目=成り行きから生じた困った状況。
 批准=全権委員が調印して内容の確定した条約を、条約締結権をもつ国家機関が承認すること。

3.【W】自己チューチェックをする。
 1)ノートに1〜10の数字を書き、次の問いに対して「はい」なら「○」付ける。
  1)自分は頭のいい方だ。
  2)「猫っぽい」と言われたことがある。
  3)ペットにするなら従順な犬の方だ。
  4)携帯のストラップはジャラジャラ3本以上付けている。
  5)他人と同じものは使いたくない。
  6)「俺は」「私は」と自分の話ばかりする。
  7)駄目な人に何を言っても駄目だと思う。
  8)自分が好きで好きでたまらない。
  9)自分が可哀相でたまらない。
  10)今日も一日しゃべり倒した。
 2)「はい」の数を数えて判定する。
  ・8以上
    圧倒的に自己中心的なあなた。ナルシストマスターです。
    ここまで自分大好きなら、いっそそのまま行きましょう。
    変人も限界を超えれば希少価値があるもんです。
  ・5〜7
    相当な自己中のあなた。
    若いうちはお姫様・王子様キャラでいけますがある程度の年齢に達したらただの「迷惑な人」。
    もう少し自分を客観視してみよう。
  ・3〜4
    ごくごく一般的なモラリストのあなた。
    その調子でいつも自分を客観視してコントロールしていきましょう!
  ・0〜2
    エゴのまったくないあなた。
    解脱しちゃってますね・・。もう少し自己主張があっても。。。
    
4.【指】形式段落に1〜21の番号を付ける。

第一段(1〜3)

1.【指】ペアリーディングさせる。
2.経済学者と「倫理」について
 1)【確】私とは誰か。
  ・作者。
  ・岩井克人
  ・プロフィールを見る。
 2)【L2】なぜ、経済学者は「悪魔」なのか。
  ・「倫理」を否定することから出発したから。
 3)【L1】なぜ「倫理」を否定することが悪なのか。
  ・「倫理」とは、人類が太古の昔から利己心の悪について語ってきたこと。
          他者に対して責任ある行動をとること。
  ・利己心は悪であるから、他己心の「倫理」は正義である。
  ・正義である倫理を否定するのだから、経済学は利己心を肯定する悪である。
3.アダム・スミスの経済論について
 1)【説】アダム・スミスの説明をする。
  ・イギリスの経済学者・哲学者。
  ・主著は『国富論』。
  ・「経済学の父」と呼ばれる。
 2)【L2】アダム・スミスの考え方をまとめると。
  ・個人は自分の安全と利得だけを意図する。
  ・だが、そこに見えざる手が働く。
  ・意図しなかった〈公共の〉目的を促進する。
 3)【L1】「見えざる手」とは何か。
  ・資本主義を律する市場機構。
 4)【説】市場機構を説明する。
  ・経済は需要と供給のバランスで成立している。
  ・ある商品を欲しい人が多く需要が増えれば、品薄になり、価格が上昇する。
  ・価格が上昇すると、その商品を作る人が増えて、供給が増える。
  ・しかし、供給量が需要量を上回ると、品物が余るので、価格が下落する。
  ・価格が下落すれば、作っても損になるので供給を減らす。
  【注】需要・供給曲線を描いて説明する。
 5)【L1】アダムスミスの言葉を言い換えると。
  ・自己利益の追求こそが社会全体の利益を増進する。
  ・個人の利己心が社会の利益につながる。
 6)【L4】アダムスミスの言うように、市場機構によって、自己利益の追求が全体の利益を推進するのか。
  ・小泉政権では、竹中大臣が中心になって、市場経済主義を振りかざし、官から民へ、郵政民営化を唱えた。

第二段(4〜10)

1.【指】ペアリーディングさせる。
2.経済学と環境問題について
 1)【L1】経済学者の「悪魔ぶり」とは何か。
  ・個人の利益を追求すること。
  ・利己心。
 2)【L1】経済学者の悪魔ぶりが顕著に発揮される問題は。
  ・環境問題。
 3)【L2】経済は環境問題にどのように発揮されるのか。
  ・資本主義の前提は私的所有制である。
  ・私的所有制のもとで、自己利益の追求によって環境破壊が起こる。
 4)【説】これが常識的な考え方である。
 5)【L1】経済学者はどう考えるか。
  ・常識とは逆のことを考える。
  ・私的所有制が環境問題解決する。
3.草原の放牧の例について
 1)【説】図に書いて説明する。
 1)【L2】図示を言葉に置き換える。
  1)草原で誰のものでもない。
  2)自分の家畜を増やしたい。
  3)牧草を自由に食べさせる。
  4)他の家畜のことを考えない。
  5)牧草が枯渇する。
  6)牧草を求めて争い合う。
  【注】1)を「共有」という語で言い換える。
 2)【L1】このことを何と言っているか。
  ・「元祖」環境問題。
 3)【L1】言い換えると。
  ・共有地の悲劇。
 4)【L2】経済学者はどう考えるか。
  1)草原を分割し、個人が所有する。
  2)自分の家畜を増やしたい。
  3)他の家畜の受ける影響を考える。
  4)家畜を増やすかどうか考える。
  5)牧場は合理的に管理される。
   牧場を売ったり貸したりすることもできる。
  6)環境破壊を防止する。
  【注】1)を「私的所有制」と言い換える。
4.京都議定書について
 1)【説】概要を説明する。
  1)先進国は、全体として二酸化炭素等の温室効果ガスの排出量を、一九九〇年水準に比べて二〇〇八〜二〇一二年の間に5.2%削減するという法的拘束力をもつ目標   を設定。
  2)おもな国別削減目標は、ヨーロッパ連合(EU)が8%、アメリカ7%、日本6%とする。
  3)先進国および市場経済移行国間の排出権取引(排出枠の売買を認める)や共同実施(共同して温暖化対策を行う制度)、および先進国と開発途上国が協力するクリーン開発メカニズムなど、市場メカニズムを活用した排出削減措置を規定。
  4)削減目標の達成には、前記の柔軟性措置を勘案したネット方式が採用される。
 2)【L1】その中で、この評論に関連するポイントは。
  ・温暖化ガスの排出枠を権利として割り当て、その過不足を売買することを条件付きで許した。
 3)【L2】京都議定書と共有地の悲劇との関係は。
  ・牧草=大気
  ・家畜=温暖化
  ・私的所有制=排出枠
  ・大気は誰のものでもなく、無限にあるのでもない。それに所有権を設定することで、自分の与えられた大気の大切にし、温暖化を防止する。
5.【L4】筆者の論理に問題点はないか。
 ・自然を分割して所有するのは人間の傲慢。
 ・資源が枯渇しないように知恵を出し合えばいいし、枯渇しそうなら、枯渇しそうな資源とどう折り合いをつけて生きるかが問題になる。
 ・これはあくまで経済学者の発想。

第三段(11〜19)

1.【指】ペアリーディングさせる。
2.「未来世代」の環境について
 1)【確】これで環境問題は解決しない。
 2)【L2】「経済学者の論理」とは何か。
  ・自己利益の追求が社会全体の利益を増進すること。
 3)【L1】「経済学者の論理が作動しない共有地」とは。
  ・「未来世代」の環境
 4)【L1】地球温暖化が深刻である理由は。
  ・各国間の利害の対立ではなく
  ・「未来世代」と「現在世代」の世代間の対立であるから。
  ・「未来世代」の自然環境は「現在世代」によって一方的に破壊されるから。
 5)【L1】経済学者の論理に従った解決方法は。
  ・牧草問題では、牧場を分割して、個人の私的所有制を設定することで解決した。
  ・同じように、未来世代に環境に関する所有権を与える。
  ・そうすれば、未来世代は、被害に応じた補償額を現在世代に請求する。
  ・現在世代は、その費用を考慮して環境破壊を自主的に抑える。
 6)【L1】この解決法の根源的な問題とは。
  ・未来世代はこの世に存在していない。
  ・だから、取引することは不可能である。
 7)【L1】唯一可能な方策は。
  ・現在世代が未来世代を代行する方法。
  ・現在世代が、未来世代が被るであろう被害の補償を、現在世代に請求する。
 8)【L1】その方策は可能か。
  ・経済学の論理は、自己利益の追求である。
  ・現在世代が自己利益を追求する限り、未来世代の利益を考慮することはない。
 9)【L1】未来世代とは何者か。
  ・単なる他者ではない。
  ・自分の権利を行使できない無力な他者。
 10)【L1】現代世代と未来世代の関係を例えると。
  ・未成年に対する後見人。
  ・意識不明の患者に対する医師。
 11)【L1】現代世代は未来世代にどうしなければならないか。
  ・自己利益の追求を抑え、無力な他者の利益の実現に責任を持って行動する。
  ・「倫理」的な存在となる。
3.【L4】この論理の問題点は。


第四段(20〜21)

1.【指】ペアリーディングさせる。
2.私が「悪魔」の一員として失格であることについて
 1)【L1】「悪魔」の一員とは。
  ・経済学者。
 2)【L2】経済学者の論理を極限まで推し進めた結果とは。
  ・経済学者の論理は、自己利益の追求が社会全体の利益を増進すること。
  ・それを延長すれば、現在世代の自己利益の追求が、未来世代の利益も増進しなければならないこと。
  ・未来世代の利益を補償すること。
 3)【L2】私が「悪魔」の一員として失格である理由は。
  ・経済学者は、自己利益の追求することが第一である。
  ・しかし、現在世代は自己利益の追求を抑え、未来世代に責任を持って行動する「倫理」を呼び戻したから。
3.私が「悪魔」としての役割を果たしたことついて
 1)【説】京都議定書をめぐる最近の混乱について説明する。
  ・当時のアメリカ大統領であったブッシュが京都議定書から離脱を表明した。
  ・その理由は、1)温暖化がどこまで進むか、科学的に不確か。
         2)中国等の途上国に削減義務が課されていないのは不公平。
         3)温暖化対策がアメリカ経済に悪影響を与える。
  ・アメリカは、温室効果ガス全排出量36・1%を占めている。
  ・環境破壊を省みず、自国の利益を優先した。
 2)【L2】「倫理」こそが最も枯渇した資源であるとは。
  ・大国が「倫理」よりも自国の利益を優先していること。
 3)【L2】私が「悪魔」である理由は。
  ・未来世代の環境を保障するのに唯一可能なものは「倫理」である。
  ・しかし、その「倫理」が地球上で最も枯渇した資源であることを明らかにしたから。



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1.読み方を書きなさい。
 97 太古 意図 律する 増進 顕著 98 占める 微々たる 枯渇 到来 元祖
 分割 99 勘案 賃料 完璧 00 枠 過不足 売買 作動 補償 01 相反する
 02 極限 推し進めた 羽目 批准
2.語句の意味を調べなさい。
 太古=
 倫理=
 律する=
 顕著=
 逆なで=
 微々たる=
 枯渇=
 勘案=
 過不足=
 羽目=
 批准=

学習のポイント
1.経済学者が悪魔である理由を理解する。
2.経済学と倫理の関係を理解する。
3.アダム・スミスの言葉の意味を理解する。
4.私的所有制が環境問題を解決する理由を理解する。
5.京都議定書と放牧の関係を理解する。
6.未来世代と現在世代の環境問題を理解する。
7.私が悪魔の一員として失格である理由を理解する。
8.それでも、私が悪魔である理由を理解する。