十八史略


 魏・呉・蜀の三国が鼎立した三国時代、最も力があったのは、曹操の魏である。対抗する蜀は、劉備によって建国されたが、なき後丞相の諸葛亮が采配を振るっていた。天然の要害である長江を持つ呉は、孫権を中心に安定した力を持っていた。蜀は呉と謀って五丈原で魏を挟み打ちにしようとしていたが、呉は蜀に何の連絡もなく退却した。
 蜀の諸葛亮は兵糧に不安があり、また、自分の健康にも不安があり、短期決戦を望んでいた。魏の司馬懿は、兵糧の補給が難しいことを見抜き、持久戦に持ち込み、兵糧攻めを考えていた。亮は婦人の髪飾りや服を贈りつけて侮蔑し、懿を挑発しようとした。それを持って行った使者に、懿は質問した。しかし、その内容は、軍事のことではなく、日常生活のことばかりであった。使者の答えは、朝早くから夜遅くまで働きづめで、部下の面倒をよく見、他人に仕事を任せることのできない性格のようであった。しかし、その割に食事の量が少ない。懿は亮の死期が近いことを予感する。懿にとって最も恐ろしいのは亮であった。その健康状態をさりげなく聞き出す当たりは、懿はかなりの策士である。果たして、ますます戦おうとしないのであった。
 懿の予感通り、亮が死んだ。その直前に、大きな赤星が蜀の陣中に落ちた。これは亮の死の暗示である。史実にはない記述であるが、読み物としての面白さを増している。亮は死期を察し、楊儀に退却策を授けていた。楊儀は軍を整えて退却を開始する。土地の人々が懿に報告する。将軍の姜維は、楊儀に旗を返し太鼓を鳴らし、決戦するような素振りをさせた。懿はまだ亮が生きていて、退却すると見せかけて反撃する計略であるかもしれないし、死んだとしても何か策を授けていれば容易に動けないと思った。また、亮を失って切羽詰まった蜀軍は、手負いの虎であり、迂闊に手を出せば大怪我すると恐れていた。土地の人々は、死んだ諸葛亮が生きている司馬仲達を敗走させた、と諺にして、諸葛亮の偉大さを讃え、懿の臆病さを嘲った。懿はこの諺に苦笑するが、それは臆病を恥じているというより、そこまで追わなくても蜀を滅ぼせると余裕が感じられる。


0.学習プリントを配布し、原文の写しと書き下し文を宿題にする。
1.教師が音読し、読み順や漢字の読みや置き字をチェックさせる。
2.生徒と2〜3回音読する。
3.書き下し文のチェックをする。
 ・ひらがなに直す漢字と読まない漢字を確認する。
4.教科書の音読させ、時代背景を確認する。
 ・二二〇年、中国の三国時代である。教科書の付録の年表で確認する。
 ・魏、呉、蜀の三国が鼎立していた。
 ・魏の国王は、曹操。最も強大な国であった。
 ・呉の国王は、孫権。天然の要害である長江を持ち安定していた。
 ・蜀の国王は、劉備。険しい自然の中、最も苦しい立場にあった。この頃は、劉備は亡くなり、軍師で丞相の諸葛孔明が采配を振るっていた。
 ・蜀は呉と謀って五丈原で魏を挟み打ちにしようとしていたが、呉は蜀に何の連絡もなく退却した。
5.人名と所属する国を確認する。
 ・魏=司馬懿(仲達)
 ・蜀=亮(諸葛孔明)
     楊儀
     姜維
6.亮数挑司馬懿戦。懿不出。
 1)亮が戦いを挑んだ理由、懿が出なかった理由を考える。(Q1)
  ・亮は、兵糧が少ないので短期決戦を望んだ。
  ・懿は、兵糧攻めをするため、持久戦に持ち込みたかった。
       亮の軍略が長けていたので、攻め手がなかった。
7.乃遺以巾幗婦人之服。
 1)「乃チ」の意味を確認する。
  ・そこで
 2)「以テ」の用法を説明する。
  1)理由(〜のために)、2)対象(〜を)、3)時(〜の時に)、4)手段(〜を用いて)、
  5)接続詞(そして)
  ・ここでは、4)の「〜を用いて」
 3)「幗婦人之服」を贈った理由を考える。(Q2)
  ・男らしさがないことを辱めようとした挑発行為。
8.亮使者至懿軍。懿問其寝食及事煩簡、而不及戎事。
 1)「而」の用法を説明する。
  1)接続詞(順接、逆接)、2)すなわち(乃と同じ)、3)なんじ(お前)
  ・ここでは逆接の接続詞。
 2)軍事ではなく、日常生活を聞いた理由を考える。(Q3)
  ・亮の健康状態から寿命を推し量ろうとした。
  ・蜀軍で恐ろしいのは亮の計略だけである。
9.使者曰「諸葛公、夙興夜寐、罰二十以上皆親覧。所噉食不至数升」
 1)「夙に」の意味を確認する。
  ・早朝
 2)「覧」の意味を確認する。
  ・調べる。
 3)「罰二十以上皆親覧」からわかる亮の性格は。
  ・どんな細かなことも他人に任せることができない。
  ・そのために多忙になり、健康状態を損ねる。
  ・部下を信頼していないとも考えられる。
 4)「数升」の量を説明する。
  ・現在の一升は十八リットルだが、当時の中国では〇.二リットル。
  ・数升は、一.二リットル、ペットボトル1本分にも満たない。一日の食事としては少ない。
10.懿告人曰「食少事煩。其能久乎。」
 1)「〜ン乎」の句法を説明する。
  ・反語。〜だろうか、いや〜でない。
 2)懿が亮の寿命が短いと判断した理由を考える。
  ・忙しいのに食事が進まないことは、体が悪いからである。
11.亮病篤。有大星赤而芒。墜亮営中。未幾亮卒。
 1)「篤」の意味を確認する。
  ・病気が重い。重態である。
 2)「而」の用法を確認する。
  ・順接の接続詞。
 3)巨星が落ちることの意味を考える。(Q4)
  ・不吉なことが起こる前兆。
  ・聖人や賢人の死に際して、星が落ちるという伝説があった。
 4)「未」の再読文字の意味を説明する。
  ・まだ〜ない。
 5)「卒」の意味を確認する。
  ・卿大夫の死。
  ・天子は「崩」、諸公や貴人は「薨」、身分の低いものは「死」。
12.長史楊儀、整軍還。百姓奔告懿。懿追之。
 1)「百姓」の意味を確認する。
  ・土地の人々。農民の意味ではない。
 2)追の指示内容を考える。
  ・蜀軍。
 3)楊儀が退却した背景を想像する。
  ・軍師の亮が死んだ以上、絶対的に不利になる。
  ・しかし、亮が死んだことがわかれば魏が勢いを得て攻めてくる。
  ・亮が死ぬ前に、作戦を授けていたのかもしれない。
13.姜維令儀反旗鳴鼓若将向懿。懿不敢逼。
 1)「令ムAヲシテBセ」の句法を説明する。
  ・使役。AにBさせる。
 2)「反旗鳴鼓」の意味を確認する。
  ・旗の向きを変え、退却から進撃に向かわせる。
  ・進撃の時には太鼓を、退却の時には鉦を鳴らす。
 3)「若シ」の意味を確認する。
  ・比況。〜ようだ。
 4)「将」の再読文字の意味を説明する。
  ・今にも〜しようとする。
 5)「不敢A」の用法を説明する。
  ・強い否定。無理にAしない。
 6)退却から進撃に変えた理由を考える。
  ・奇策があるように錯覚させるため。
  ・進撃するつもりはない。
 7)懿が敢えて追わなかった理由を考える。(Q5)
  ・亮が生きていて、計略をかけようとしていると思ったから。
  ・亮を失った敵を追い詰めては、却って危ないと思った。窮鼠猫を噛む。
14.百姓為之諺曰「死諸葛、走生仲達」懿笑曰「吾能料生、不能死。」
 1)為の指示内容を考える。
  ・懿不敢逼。
 2)「走」の意味を確認する。
  ・敗走する。
 3)「死諸葛、走生仲達」の意味を考える。
  ・諸葛亮の偉大さを讃え、懿の臆病さを嘲った。
 4)懿が笑った理由を考える。
  ・臆病を恥じている。
  ・そこまで追わなくても蜀を滅ぼせると余裕。
  ・蜀軍を捕らえれば亮の遺体をさらし者にしなければならないので、避けたかった。
15. 陳舜臣の「小説十八史略」の該当部分のプリントを配布し、読ませ、これだけの漢 文から多くのことが想像できることに気づかせる。                



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